王都セントニア―――それはアズヘルン王国の中心都市である。双子の出身であるエッジ村には無いような石造りの建物が立ち並び、プレイスシティーとはまた違った種類の賑わいを見せるセントニア。まさに王都、と呼ぶにふさわしい街だ。
「王様のウワサ、聞いた?」
「もう長くないらしいわねぇ......」
「次の王は3王女のうち誰が継ぐのかしら?」
日中のポカポカ陽気の中、「やぁねぇ、、」と聞こえてくるおばさま方のゴシップ話。そんなゴシップも経済も集積するこの大都市に双子は来ていた。あの日、あの夜から10年が経ち、双子は15歳になっていた。この街に来た目的は唯一つ。西の仙人に紹介された聖剣魔術学園の入学試験が今日だからだ。そのために2週間前にエッジ村を出発し、余裕を持って王都へ到着した......はずだったのに、
「……シトラよ。なんかここ、さっきも通った気がしないか?」
「すみません、アザミ。地図はここが聖剣魔術学園だと示しているのですが......」
手に持った地図に首を傾げ、にらめっこをしながら“スーツを着た男の人が優雅にコーヒーを飲んでいるカフェ”を指差しているシトラ。魔術力ではかなり兄であるアザミに劣るものの、体術や剣術は兄を遥かに凌ぐ。なお、この二人のダメっぷりはトントンである。
10年前、双子は星空の下で誓った。『必ず魔王リコリスを討ち、今の生活を守る」と。そのための力を得るため聖剣魔術学園への入学試験へむかっているのだが……
「なあ、あの時計って狂ってたりしないかな?」
そう言ってアザミがカフェの時計を指差した。シトラももう今日何度見たかも分からないその時計を見つめる。その時計はちょうど12時を指していた。オルゴールが鳴る。鐘が示すのは無情にも今が昼の12時であるということ。
「……そうですね。試験開始が9時だったので……、あの時計が正しいのなら私達は今の所3時間の遅刻になりますね―――」
とりあえず落ち着こう。双子は互いに顔を見合わせ、揃ってスーハーと深呼吸をする。そして改めて時計を見る。12時1分、少し進んでいた時計は紛れもなくそれが真実であると示していた。肩の力を抜き笑みを浮かべて、双子は同時に思う。
(終わったっっ―――!!)
双子がエッジ村から徒歩で、てくてくとセントニアを目指すこと2週間。長い旅を終えてセントニアに着いたのは今朝5時。それから余裕を持って聖剣魔術学園へ着こうと意気揚々と出発したのだが、そのやる気をあざ笑うかのように同じ道をループし続けた双子は実に7時間もの間聖剣魔術学園にたどり着くことが出来ず、フラフラと王都を彷徨っていた。アザミはそんな原因不明の謎現象を前にふむ、と考え込む。
「……今更だが地図はあっているな? まさか、300年前のものだったりしないよな......?」
理由は地図の不具合しか考えられない、とそう思って地図を確認するも、地図はしっかりと昨年更新された新品のようだ。まず地図のせいという可能性が消えた。どうしようもなくなって頭を抱える双子。
エッジ村はもちろんのこと、西部最大級の都市であったプレイスシティでさえ、王都セントニアと比べたらド田舎だ。両親の過保護な扱いの元、ロクに出かけても居なかった双子にとってセントニアはレベルが高すぎた。
「このままでは聖剣魔術学園に入学できないではないか!?」
さっきから繰り返し同じようなことをしている現状に、今更ながら割と本格的にアザミが慌て始める。『時計見て現実を認識して絶望☆』という状態だ。だがヤバイヤバイ、と明らかに顔に出ているアザミとは対照的にシトラは冷静だった。その表情を一切変えることなくフンッと息を吐く。
「そうですね。でも、諦めたら何とやらです。少なくとも会場に辿り着かないことには合格はありえませんから」
そう言ってシトラは再び地図を凝視し始める。なお、シトラに余裕など無かった。冷静に見えるのはむしろヤバすぎて逆に落ち着いている、というゾーンに突入しているからで、決して落ち着いているわけではない。打開策など無論、無い―――。地図を見て考えている素振りを見せている間だけは現実から逃避できたから地図を握り締めて離さないだけだ。
焦りからか経験不足からか、この兄妹の頭に「道を尋ねる」という選択肢はもはや無かった。
* * * * * *
「アザミ、日が暮れてきたんですけど......」
何度目ましてかわからないカフェの前で双子は頭を抱える。だがここまで遅刻していても、「会場にさえ着けばいいんじゃね?」なんてポジティブに考えてしまう。もう現実を楽観的に考えることぐらいしか双子を平然に保つ方法はなかった。
「大丈夫かい? さっきから何度もこのカフェに来ているけど」
そんな絶賛迷子中の双子に、昼間からずっとテラスでコーヒーを飲みながら本を読んでいたスーツの男が声をかけてきた。流石に何度もそのカフェの前に戻ってくる双子を見て見ぬ振りは出来なかったのだ。
「あ、いや。……はい。実は“ちょっと”道に迷ってしまって」
突然の助けにびっくりしながらもアザミはこの好機を逃すまいと、ついに助けを求める。ちょっと、なんて取り繕いながら。実際はちょっとどころではないほど迷っているのだが、事実を素直に言うのはなにか恥ずかしかった。だがそんなアザミの言葉にもその男は「なるほど」と親身になって相談に乗ってくれた。
「道に迷っているのか。で、どこに行きたいのかな?」
「この『聖剣魔術学園』というところに行きたいんですけど、この地図が間違っているみたいで、、、」
シトラが持っている地図を見せて尋ねた。この期に及んで“地図のせい”だ。双子らしい、と言えば可愛げがあるが、実際はただの実力不足による迷子である。だが男はやはりそんな言い訳を気にすることもなく真剣な様子で地図を見つめ、そしてアッと小さく声を上げた。
「なにか分かったのですか!?」
「分かったっていうか、うーん......」
目をキラキラさせるシトラに、男は言いにくそうに頭を掻く。だがシトラはニコリと笑みを浮かべながら首を横に振り、「言ってください」と話を促す。そんなシトラに男は「じゃあ、、」と前置きして、
「……もしかしてこの地図、君が見ているのって上下逆なんじゃないかな?」
男の言葉にシーンと沈黙が双子の間に流れた。双子はクルッと地図を反転させて自分たちの方を向けたのち、上下を逆にして改めて見てみる。
「……盲点だったッッ―――!」
てっきり文字の上下で地図の左右南北が決定すると思っていたが、違うかったらしい。よく見れば確かに地図に書かれている大きな塔は文字では下の方にあっても、実際には北にある。つまり、というか当然のことながら双子の迷子の原因は地図が間違っていたのではなく、“双子の地図の読み方が違っていたから”だった。悲壮な現実に打ちひしがれる双子に同情の目を向ける男は「あはは、、」と申し訳無さそうに鼻の頭を掻いていた。
「だから君たちはこんな逆方向に来ちゃったんだね」
「な!?」
上下逆の地図を使ったのだから当然なのだが、双子が今いるカフェと聖剣魔術学園の校舎とは全くの逆方向であった。ここに来て現実がドドーッと洪水のように押し寄せてきた。言い訳のしようもない、明らかな遅刻だ。そんな目を背けたくなる現状にシトラが目を回しながら男の方をユサユサとゆすりながら嘆願する。
「あのっ! ここから学園までってどのくらいかかりますか? 私達、入学試験を受けたいんですッッ!!」
「……えっ? いや、この時間なら間違いなく試験は終わってると思うんだけど......」
シトラの無茶な願いに男はかなり困惑した表情を浮かべる。しかし失うものの亡くなった双子は動じない。
「はやく! 試験会場に着けばなんとかなるかも知れないだろっ!」
アザミが声を荒げる。もはや完全な逆ギレであった。だが自分の言っていることとやっていることすら、今の双子の真っ白になった頭の中には存在していなかった。あるのは唯一つ、聖剣魔術学園へ行けばなんとかなるかも―――という淡い期待のみ。男は呆れた顔を浮かべながらも、双子に尋ねる。
「君たちは本気で今から学園に行くつもりなのかい?」
男は「ハァ」とため息を付いて頭を抱えた。双子は間髪をいれずにその質問に頷いた。その速さに若干引きながら、男はまたまた大きなため息をつく。
「今から歩いていったら学園につく頃には深夜だよ。王都は案外広くて入り組んでいるからね、、、」
「じゃあどうすればっ―――」
「歩いていかなければ良いのさ」
ニヤリといたずらっ子のように笑いながら男は胸ポケットに刺さっていた羽ペンをスッと取り出した。それは見た所、なんの変哲もない普通の羽ペン。だが男はその先っぽを双子に向けると、真面目な顔で魔術を唱えた。
「
「うおっ!?」
その詠唱に応えるかのように、双子と男の体が白い光に包まれた。そしてそのまま、男が羽ペンをクイッと上方向に動かすとそれに従って体が宙に浮かんだ。アザミはさっきまで居たカフェが小さくなっていくのを見てあんぐりと口を開き、驚きを隠しきれない。
「……と、飛んでるのか!? 魔術でこんなことが、、、」
みるみるうちに高度は高くなり、眼下にセントニアの町並みが見える。ちょうど雲と屋根との中間点辺りだろうか。そのあたりまで来た所で上昇が止まった。
「さあ、このまま学園まで飛ぶよ―――!」
男がそう言って羽ペンを今度はクイッと前方に向けて振るうと、3人の体が風を切って加速し始めた。ビュンビュンと冷たい夜風が顔に当たる。高度を下げながら、滑空するように王都の空を飛ぶ双子と男。しばらく飛ぶと大きな時計塔が見えてきた。
「あれが、“聖剣魔術学園”っ―――」
アザミはその時計塔と、その下ある大きな建物を見てボソッとそう呟いた。今日、そこを目指してさまよい続けた目的地である、赤レンガ造りの大きな校舎―――王都の中でも五本指に入るほどデカく、そして豪勢な作りだ。そこ目掛けて男が羽ペンを軽く下に向けた。すると3人の体は次第に減速し、そのままゆるやかに学園の校門前に着地した。パンパンと着地の衝撃で舞った砂を払いながら、男が双子にニコリと笑いかけてその建物を指し示す。
「着いたよ、お二人さん」
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