「ハァハァ……、、ここまで来れば大丈夫だろ」
膝を抱え荒い呼吸をする双子。走っているうちにエッジ村への帰路についていた。ふと空を見上げると、すでに日は沈みかけている。
アグリーカとの戦いを終えた双子は「魔界の者を倒した5歳児がいるらしいんだけど」なんて、厄介な状況に巻き込まれるのを避けるために全速力でその場から立ち去ろうとした。
しかし戦闘で負った疲労は思ったより重かったため、動けなくなってしまった。そのためアザミの魔眼の持つ力の一つである『自動回復』を使用して、なんとか動けるようになるまで街で隠れていたのだ。
そういうわけで、帰るのがこんな遅くになってしまったというわけだ。暗い夜道をトボトボと歩く双子。
「父さんも母さんも心配してるでしょうね、、、」
「そうだな。とっても慌てている光景が容易に想像できるぞ、、」
―――家に帰ったらなんて説明しよう、、、
脳裏に容易く浮かんでくる両親の慌てた姿。それを思い浮かべてため息をつき、互いに良い言い訳を考えながら双子は無言で歩みを進め続けようとした。
しかし、双子がそのまま無事に家へと帰り着くことはなかった。また何らかの事件に巻き込まれた、というわけではない。怪我をしたわけでもない。そう、それはエッジ村とプレイスシティとの境の森を抜けようとしていた時だった。
「―――少しお話をよろしいですかな?」
本当に突然、双子の背後から落ち着きのある声が聞こえてきた。その声に慌てて振り返った双子の背後に立っていたのは、白髪で双子より少し大きいくらいの老人だった。だが、その見た目から年齢は想定できない。100歳と言われれば頷けるし、もっと上と言われても納得できる。そんな老人、だが見た目はただの老人だ。
「「な!?」」
双子は飛び退き、警戒の表情を浮かべていた。こんな夜道で幼い自分たちに声をかけてきたから、ではない。声をかけらることが出来た“老人のステルス性能に”、だ
―――5歳児に転生してるとはいえ
「ぼ、僕たちお使いの途中なの! 早く帰らないとパパとママに怒られちゃう! バイバイおじいちゃん!」
必殺、
「ハッハッハ。そんなに警戒しなさんな。ワシは味方じゃ。のう、あんたら“転生者”じゃろう……?」
「「えっ......えぇぇぇぇぇぇ!?」」
それどころか転生者であることまでバレている。夜の森の静けさの中に響く双子の絶叫。心臓が数回転くらいしたかのような衝撃を受けていた。
「何を根拠にソンナことを……」
そんな焦りから、少しオドオドした喋り方になるアザミ。そんなもはやバレバレのアザミに老人は優しく笑いかけた。
「ホッホ。この老いぼれの目も誤魔化せないのではまだまだじゃのう。安心せい。さっきも言ったとおりワシは味方じゃ。……そこでお主らに転生について、この世界について話したいことがあるんじゃが、、少し付き合ってもらえないかのう?」
老人の言葉を聞き、アザミはその表情を素へと戻した。これ以上隠したところで無駄、全てバレている以上着飾る必要はないと思ったからだ。そして、やっぱり子供っぽい話し方は、中身はバッチリ成人済みの魔王様にとってキツイものであったから。キッと細い目で老人を睨みつけたアザミが「はぁー」、と息を吐く。
「……あんたは何者だ......?」
「……ワシは『西の仙人』と呼ばれておる。“RPGの序盤で聞いてもないのにやけに説明してくるモブキャラ”のようなものだと思ってくれてよい」
「ん?? ……最後のはよく分からんが、確かに俺達も知りたいことは山程あるな。シトラ、行くぞ」
「はい。私も気になることはありますし……」
「ホッホッ。それではワシについてきてくだされ」
老人は素直にうなずいた双子にホッホと相変わらずの不思議な笑みを向け、クルッと身を翻して道を進んでいく。双子はその背中を追って森を進む。途中変な感覚がしたが、気がつくと少し小高い丘の上に木でできた小さな家があった。西の仙人は双子を家に招き入れると、「ほれっ」とソファに座るように促す。
「お邪魔します……」
―――そういえば人の家に招かれるなんて初めてだな
恐る恐るソファーに腰を下ろし、どこか懐かしい家の中をきょろきょろ見回しながらそんな事を考える魔王と勇者だった。そんな双子の向かいによっこいせ、と腰を下ろした老人がゆっくりと息を吐き、その口を開く。
「さて、ではどこから話しますかな、、」
「まずはあんたがなぜ俺達が転生者だと分かったのか。それを聞かせてもらいたい。俺たちは一見ただの5歳なはずだが......?」
「いやなに、ただの5歳はそこまでしっかりとして受け答えもできないのですがな。……そうですな。それも含めて、老いぼれの長話をまずは聞いてくださるかな?」
「いいだろう。話してくれ」
そう少し傲慢に話を促すアザミにも西の仙人は軽く微笑み、そしてゆっくりと話し始めた。
「では……
* * * * * * * * *
300年前、勇者シトラスと魔王シスルの戦いが相打ちになり戦争は終わった。
人界は魔界に対抗する切り札であったシトラスと聖剣フィルヒナートを失い、魔界は指導者であった魔王を失ったため戦争の継続が不可能になった。その後のことである。
両陣営ともに最大戦力を失ったこともあり、戦争の休戦案として人界と魔界は『魔人協定』を結び互いの不可侵を誓った。そしてそれを契機に世界に平和が訪れた。
―――はずだった。
およそ160年前、災厄の魔王が誕生するまでは。
災厄の魔王、人界の歴史にそう名を刻まれた者は魔王リコリスといった。長年魔王の不在が続いた魔界において“魔王シスルの生まれ変わりだ”と名乗って魔界の全権力を掌握することに成功したリコリスは魔人協定を一方的に破棄。そして人界への侵略を開始した。それが今から約150年前の出来事であった。
圧倒的な力と優れた将兵を要していたリコリス率いる魔界軍は人界の国を次々に破っていった。魔界に近い国から次々と。
当然、人界軍も応戦する。しかしまともな勇者も育っておらず、先の魔界戦争から150年の間に王国がいくつかに分裂していたこともあって惨敗を繰り返したのだ。
このままでは人類が滅亡してしまう―――芳しくない戦況を見てそう思った時の大魔法使いベクターはある一つの策を国王に提案した。
それは『全世界を覆うほどの巨大な魔法を用いて魔界軍を殲滅する』というものだった。
誰もが不可能だと考えた無謀な作戦。しかしさすがは当時最高峰だった魔法使いベクターである。彼は何とかその魔法を完成させ、それにより魔王リコリスを封印することに成功したのだった。
そして人界は“一時的に”侵攻を食い止めることに成功したのだ。
もちろん、そんな大魔術に弊害が生じないはずがない。それは国中、いや大陸中の全てに近い数の精霊を用いて行った魔法であったため、この世界における精霊の総量がほぼゼロにまで落ちてしまった。これにより古代精霊魔法は絶滅したのだ。その媒介となる精霊の消失をきっかけに。
古代精霊魔法とは自然の中に存在している様々な精霊の力を借りて術を放つ300年前の魔法の定番だった。しかしもちろんだが、その何もある“精霊”がいなくては全く役に立たない。もちろん、双子の転生した現代でも精霊の力は回復していない。そのため双子のよく知る300年前の“魔法”が現在では使えないのだ。
そんな困った状況に当時の魔法師たちも頭を悩ませた。なんとかしてその代替となるものは作れないか、と。そして、古代精霊魔法が使えなくなり困ったのは魔界も同じであった。両陣営とも魔法といえば精霊魔法であったからだ。だが起きてしまったことをもとに戻すなんて考えられない。
そして月日が経ち、長年の研究の成果により“現代魔術”というものが開発された。それは精霊の力の代わりに魔法陣と魔法式、それに自身の魔力を用いることで魔法によく似た“魔術”を使用出来るというものだった。
その発明以降、現代魔術は急速に普及していくことになる。そして幾度となく改良もされ、今ではめんどくさい長文詠唱すら省き、わずか数単語のみで術を展開できるようにまでなった。
そうした魔術の開発競争の結果、魔界・人界ともに戦争を再開できる軍事力を取り戻した。そして、それをきっかけとして戦争の引き金が再び引かれたのがわずか30年近く前。ベクターの手によって封印されていた魔王リコリスが復活したのだ。
復活したリコリスは再び人界への侵攻を開始した。しかし前までと違い、勇者や魔術師の育成に力を注いでいた人類はしぶとく抵抗する。さらに現代魔術には“魔法式”という知能の高さが必須となる条件があったため、魔物たちよりも魔力で劣る人類であっても互角以上に戦えた。精霊魔法が主流だった以前ほど魔界軍に苦戦することはなくなったのだ。
しかし現在、大陸の北部、その西側のアズヘルン王国と東側のイシュタル帝和国を除いたすべての領土が魔界のものとなってしまった。そしてその魔の手はいまやアズヘルン王国にも及ぼうとしている。ゆえに魔の者の王国内への侵入を許してしまっているのだ。
このままでは他の国と同様にアズヘルン王国までもが魔界のものになってしまう。そうなれば人類の滅亡も近い……
* * * * * * * *
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。