魔王と勇者が人界に暮らす無垢な双子に転生してから5年の時が経過した。
「ちゃんとお金は持ったわよね?」
「アザミくんがしっかりと妹を守るんだぞ!」
双子を心配するユーゴとメアリーの声。5年が経ったので当然だが、アザミとシトラは5歳になっていた。
アザミは赤いメッシュの入った漆黒の髪を持つ、300年前の魔界のものが生きていれば必ずバレるほど、魔王シスルそのままの姿へと成長していた。
シトラも当時のような長い髪ではなくボブほどの長さの髪型になっているが、トレードマークとも言える金髪碧眼はそのままに、こちらも勇者シトラスの面影が残る少女へと成長していた。
(300年前の肖像画でも見つかれば間違いなく気づかれるだろうな。てかこんなガバガバな転生でいいのか?)
ばれないだろうかと内心ヒヤヒヤ、不安に思うアザミ。だが今の所は自分たちの正体がバレた、というかバレそうになったことはない。そんな中今、二人は初めての共同作業に取り掛かろうとしていた。
“はじめてのおつかい”である。
アザミとシトラが生まれたミラヴァード家はここアズヘルン王国の騎士一族の末裔らしい。らしい、というのはユーゴが話してくれただけだからだ。そしてアズヘルン王国は人界にいくつかあった国の中で魔界から最も遠く離れた場所にあったはず、とアザミは回想する。
ユーゴ・ミラヴァードとメアリー・ミラヴァード。それがこの時代での双子の両親の名だ。ユーゴのほうは普段は木こり、そしてたまーに憲兵として村を守っている。メアリーは家の仕事をしながら趣味の裁縫をしているような女性だ。そして二人ともかなりの親バカなので相当甘やかしながら双子を育ててきた。それはもう、勇者と魔王という一応まともな者でなければ確実に社会生活不適合者に育つほどに。
だがそんなバカ両親でもついに双子をおつかいに出すことにした。これまで「危険だ」「心配」「少しでも会えなくなると私が死んじゃう!」など、色々あって双子を一切外に出そうとしなかった親バカが。
「本当に大丈夫なんだね? 危険なことはしちゃダメだよ? 怖くなったらすぐに帰ってくること。いいね?」
と、まあこの調子でかれこれ10回は同じことを言われた気がする、とアザミはため息をつく。だがそんな姿を親に見せるわけにはいかない。ニコリと300年前の自分を知っているものがいれば吹き出すか卒倒するような無邪気な笑みを向けるアザミ。
「うん! 大丈夫だよ! 僕がシトラを守ってあげるから!」
「お兄ちゃんに守ってもらえて嬉しい!」
仲良しな双子の様子に、演技とも知らずうんうんと親バカが満足そうに頷く。
「それじゃあ、二人仲良く行っておいで!」
「「いってきます!!」」
ギュッと手をつないで家から駆け出していくアザミとシトラ。
二人は近所でも評判のとっても仲の……
「……そろそろ手を放してもらえませんか。魔王」
「そうだな。全く、演技とはいえお前と仲良くするなど反吐が出るな」
……悪い兄妹だった。
0歳。同じベッドで寝かされているのに何故か毎回端と端に寝ている。
1歳。互いの暗殺を試みる。
2歳。ようやく喋れるようになり、お互いが魔王シスルと勇者シトラスであることを確認。
3歳。親の前では仲良く振る舞い、それ以外では一切の干渉を禁ずる協定が結ばれる。
4歳。しかし親は何も気づかない。
……そして5歳、今に至る。
ご近所「おたくの双子ちゃん、仲悪いみたいだけど何かあった?」
バカ親「とっても仲良しですよ? あ! もしかして私達の前でだけ素を見せられるのかしら? もう、照れ屋さんなんだから〜」
と、まあこんな具合に、ユーゴとメアリーは全く気づく気配もないのだ。気づいたとしても「サプライズなのねっ!」なんてポジティブに解釈して笑いそうだが。
「そもそも、勇者である私が魔王であるあなたと兄妹なんて納得できません」
「それを言うなら俺もだ。転生したのはいいのだが、お前と同じというのが気に食わない。……だが、いまはこの
「不本意ながら、そうですね。『親の前では仲良く』と盟約を定めた以上やるべきことはやらねばなりません。……ところで今更なのですが、その
「えっと......“隣町まで行ってリンゴを5個買ってきてね♡”、だそうだ」
「私達は4人家族なのに、ですか。全くどこか抜けていますね、あの二人は......」
どうやって分けるつもりなのやら、とため息をつくシトラ。そのまましばらく歩くと隣町へと向かう道についた。隣町へは家族でたまに出かけているため道は覚えている。なので、迷う心配はなかった。そのため特にやることも緊張感もなく、歩みを進めることになる。ここは魔界と違って魔物も出ないのだし。
「……ふと気になったんだが、転生したということは俺たちはあのとき死んだってことだよな?」
「―――今更ですか?」
「ああ、今更だが気になったんだよ」
「本当に今更ですね」
手持ち無沙汰で暇になったアザミはシトラに話しかけ、そして急に話しかけてきたアザミをシトラが訝しげに見つめる。そもそもこの兄妹に普段会話は無いのだから突然の反応といえばその通りなのだが。だがアザミはめげない。
「そうだな、あの戦いのことをお前とまともに話したことがないと思ってな。まさかこういう過去の話を家でするわけにもいかないだろ?」
「……まあそうですね。少しぐらいなら話をしてもいいでしょう。……でも、私としたことがあれは油断しました。まさかあなたの魔眼に反射の効果があったなんて。あれは隠していたのですか?」
「負担がデカイからあまり使わないんだよ。もしもの時の最終手段、ってところだ。まぁでも、油断させるために何度かわざと攻撃を受けた甲斐があったってものだよ。……あれっ? じゃあなぜ俺は死んだんだ? 確かにお前の攻撃を反射したはずなのだが―――」
「……何も覚えてないのですか? 私の『氷花一閃』を反射したあなたでしたが、私の二本目の刃は防ぎきれなかったんですよ」
呆れた様子のシトラの言葉にアザミの頭にあの戦いの情景が浮かんできた。アザミは目をつむり、その光景に集中してジィーっと見つめる。
(確か勇者シトラスが突っ込んできて、俺の防御術式を破った。そして俺は魔眼の反射であいつの斬撃を跳ね返して、あいつを上半身と下半身に分断した......なのに、その後あいつは剣を手放し、そのまま右手に持ったナイフで俺を―――)
300年も前のことなのにまじまじと思い出されるその光景。ようやくあの結末を思い出したアザミは目を見開くと、「はぁ」と頭を抱える。知ったあとでなんだが、知らなければ良かったと後悔する。
「……思い出した。お前はあのとき上半身だけになりながらも隠し持っていたナイフで俺の首をはねた。チッ、完全に俺の油断だな。勝ったと思ったのだが......」
「結果としては相打ちですけどね。まぁ、お互い油断しすぎました。ああ、聞いてて恥ずかしくなってきます…」
自分で思い出して恥ずかしくなるアザミと、それに触発されて顔を赤らめるシトラ。5歳児とは思えない会話をしながら二人は小道を歩く。もし誰かに見られていたら「天才幼児現れる!」なんて、ちょっとした騒ぎになっていただろう。それほどの語彙力と、世界観だ。
そんな会話をしているうちに遠くに隣町が見えてきた。
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