コンパートメントから通路へ出ると、私のように友人を訪ねているのか程々に賑わった様子で人の往来があった。
さて、ホグワーツ特急は10両にもなる車両があるわけで。
そのうちのどこに目的の人物がいるのかは歩いて探すしかない。
私達が座っていたコンパートメントは後ろ寄りの車両で、先頭へ向かって歩いていくとしてもどれだけの席を覗き込めばいいのか。
我ながら無計画に出てきてしまったものだ。
ひとまずと、先頭へ向かって歩いていくと寮によって上級生は固まっているようで、スリザリンの人達はまたその傾向が強いみたいだった。
マルフォイ家の一人息子であるドラコはおそらくそんなスリザリンの集団の中にいると辺りをつけて歩いてみることにする。
休みの間の話や、課題のこと、これから始まる授業のことや恋人のこと、そんな話声が聞こえては通りすぎていく。
ダイアゴン横丁程ではないがやはり人が多くて、息が詰まる。
プティにかけてもらった魔法は解けてしまったようで、ドラコに会ったら暫く休ませてもらうことにしよう。
「ねぇキミ迷子?」
キョロキョロと辺りを見ながら歩いていたからか緑の襟の上級生に声をかけられた。
迷子ではないが、人を探していて、その人がどこにいるのかわからない状態は迷子と表現するのだろうか。
とりあえず、迷子でも構わないが通路の両側へ腕を渡して行く手を塞がないでほしい。
あと顔が(稀にボージンおじ様の代わりで店番をしているときに来る一見さんがするにやついた顔と同じように)不快だ。
「1年生だよね?名前は?俺達のコンパートメントに来る?」
返事をしていないのに勝手に話し始めた。
こういう人にはさっさと要件を伝えたほうが会話がスムーズだと(これもおじ様の代理店番で)知っている。
この人、緑の襟ということはスリザリンの先輩だ。
ドラコの居場所を知っているだろうか。
「ご親切にどうもありがとうございます。お尋ねしたいのですが、マルフォイ家のドラコが何処に居るかご存知ありませんか?」
プティとお母様仕込みの軽い貴族カーテシーと共に問えば相手の足が半歩下がった。
「あぁ!ドラコ、ドラコ・マルフォイね!さっき挨拶はしたよ。でもキミファーストネームで呼ぶほど仲が良いんだね、案内するよ」
一瞬泳いだ目と、にやけた笑いが引きつり笑いに変わったのが、本当に知っているのか不安になってきた。
上級生についていくこと暫く。
1つのコンパートメントの前で立ち止まった。
「ここにいると思うよ!それじゃ、また学校で会おう!!」
「あ、はい。ありがとうございました」
告げるなり先へ歩いていってしまった。
名前も聞いてないが、そのうちわかるか。
示されたコンパートメントを覗けば確かにドラコがいるようだし、後程またお礼を言わなくては。
――こんこんこん。
三回のノックに返事が返ってきたのを確認して扉を開ける。
「こんにちは、ドラコ。久しぶりね」
「サルース!探しに行こうかと思ってたんだ。こんにちは、確かに会うのは久しぶりだな」
招かれるまま、ドラコのとなりの席へ腰を下ろす。
向かいの席にはドラコのご友人かお付きの家の子なのか1年生にしては恐らく(比較できる友人が3人しかいないため恐らく)大柄な男の子が二人座っていた。
お邪魔しますの気持ちを込めて目礼すればきょとんと、されてしまったので伝わらなかったらしい。
「お邪魔しますね?文通なんてはじめてだったから何か問題がなかったか心配だったの」
以前の手紙でドラコのお母上が気にされていた便箋と、ガラス製の万年筆(魔力に反応して任意でインクの色が変わるもの)を渡す。
もちろん、ラッピングしてあるので中身をきちんとドラコに伝えた。
ドラコのお母上にお会いしたことはないが、ドラコに似てお綺麗な方なのだろうと想像しながら便箋に合わせるプレゼントを選んだ。
へぇ?と興味を持った様子のドラコに引き換え向かいの二人はあまりこういった事には興味がない様子だ。
「僕にはないのかい?」
「ドラコに?えっと、私と色違いで良ければボールペンならあるのだけど…」
ポーチの中の筆記用具入れから、胴体が深緑のものと深紅のものを2本出して見せれば、お気に召したのか緑を持っていった。
便箋に関しては、女物だからいいとのこと。
「それで、そちらのお二人は?」
「あぁ、僕の従者で、ビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイルだ。こちらはサルース・バーク俺達と同じ聖28一族の子女で父上達が世話になっている貴族家だ。失礼のないようにしろよ」
従者、か。
ドラコのお父上達が取り決めているのか、それぞれそういった教育を受けてきているのかもしれない。
体格が良いからボディーガードの役目もあるのだろう。
「お世話になっているのは、私達の方よ?お二人ともよろしくね」
「うす、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
それぞれと握手を交わし、お近づきの印とポーチに残っていたお菓子を分けると喜ばれた。
「ところでサルース、体調はどうなんだい?ここへ来たときも顔色が優れなかったようだけど」
「もう良くなったわ。ここまで移動するのに少し疲れてしまったけど上級生が助けてくださったもの」
「上級生……?ならいいが」
尚も心配気にこちらを見るドラコに苦笑がもれた。
もともと青白い私の肌をみて顔色が良くなかった、と言えるドラコは良く見ている。
ドラコも色白だからわかるのだろうか?
「サルースは教科書は読み終えたかい?僕は全て目を通したし、ほとんど覚えてしまったよ。全く、マグル生まれに合わせて1からはじめるなんて時間の無駄さ」
手紙のやり取りをしている時にお互いの家庭教師について話題になったことがある。
ドラコの家にはそれぞれの科目の教師はもちろん、作法や話術、政治的世論に至るまで家庭教師がついていたらしい。
私の場合は両親とボージンおじ様、あとはたくさんの本と実践で覚えるという形で知識をつけてきたから驚いた。
魔法薬を作ることが得意だと伝えたら、ドラコも興味を持ったようだったし、妖精の呪文と変身術は杖を使うから自信がないと伝えたら教えてくれると約束してくれたりもした。
「私も全て読み終えたわ、文章を覚えるのは得意なの。マグル生まれがいなくともはじめからやるべきだと私は思うわ……だって人によっては教科書のタイトルすら覚えていないのではないかしら」
お向かいの二人とか、ロンとか恐らくその類いだろう。
そして、多くの生徒がそうなのでは?
「確かにこの二人はアルファベットが読めるかすら怪しい……おい、読めるよな?」
「「…うす」」
そんな確認が必要なほどって……まさか冗談だろうと窺えば二人の目線が多少泳いでいる。
……アルファベットは読めるが教科書のタイトルは覚えていないらしい。
この学力差のまま授業をはじめ、進めていくのはさぞ大変だろうと会ったことすらない先生方へ同情の気持ちがわいた。
「魔法はマグル学とは違って怪我じゃ済まない事故も多いわ。頭が吹き飛んでからもっと勉強に集中しておけばよかったなんて事になっても手遅れだものね」
「確かに、魔法薬なんてひとつ間違えれば薬じゃなくて毒ができあがるわけだ。お前たちほんとに卒業までついてこいよ?」
「「うす」」
変身術も、妖精の呪文も、扱いを禁じられているものがある。
本のはじめに書いてあるのだが、例えば砂をワインに変えたとして、それを飲ませた後で呪文を解く、するとワインを飲んだはずの人の身体の中でなにが起こるかは考えるまでもない。
こんなことが、簡単にできてしまう。
杖さえあれば魔法使いは万能なのだ。
死者を蘇らせる禁術だって探せばあるかもしれない程に。