ライターとして執筆するようになると、より包括的に、今起こっていることや、医療全体を考えるようになりました。
放射線科医
則武睦未(松村むつみ)先生
※画像診断は旧姓で、ライター業は現在の姓で行っています。
■ 仕事編
Q放射線科医になった動機、やりがい
わたしは2003年卒です。放射線科医になる前は、東京でスーパーローテート研修を終えた後、短期間ですが外科医をしていました。
千葉県の、東京から一時間以上かかる地域で、外科の後期研修をしていましたが(現在の専攻医にあたります)、毎日救急車のサイレンが鳴り響く日々でした。病院の敷地内に住んでいて、24時間、当直ではない日でも、何らかの当番があって救急外来に出向きます。他科のイレウス管の対応なども多かったです。当時は、医師の人手不足から「医療崩壊」が言われた時期でもあり、わたしの友人・知人でも、科をとわず、毎日のように当直するのが珍しくありませんでした。そういった毎日を過ごすうちに、体調を崩し退職しました。
その後、神奈川県で、マンモグラフィなどの検診の仕事をするようになりました。かなりご高齢の元外科医の先生と仕事をしていましたが、その先生があるとき体調を崩されたため、自分がほぼ全部のマンモグラフィをやらなければならなくなりました。そこで、当時まだ制度がはじまって間もなかった検診マンモグラフィ認定医を取得しました。その試験でそれなりにいい成績がとれたことや、要精査になった方々への説明や近隣の病院紹介など、それなりに責任を持たせていただいて仕事をしたことで、マンモグラフィをはじめとする画像への興味が日々増していったのです。働いていた施設の近隣にあった大学病院をご紹介いただいて、放射線科に入局しました。
放射線科医になって最初の数年は、24時間救急対応に追われることはありませんでしたが、色々と大変でした。医師は診療科によって、疾患の捉え方も異なり、結果として、考え方・物の見方も異なります。画像の勉強は面白く、乳腺のカンファレンスにも毎回参加し、有意義な日々を過ごし、最初の数年は飛ぶように過ぎました。
Qライターと放射線科医、将来はどちらを専業にしたいですか?
特に、どちらを、と考えたことはないです。そのとき興味があることや、必要だと思うことを深めて行ければと思っています。二つの仕事をしていて思うのは、副業は、どんなものであっても、本業の邪魔になるものではなく、本業を、金銭的な面以外でも、補いうるものだということです。二つの仕事で得られたそれぞれの気づきが、もう一つの仕事で役立つことがあります。
また、仕事は、一つとか二つとか、あるいは三つとか、あえて区切って数えなくてもいいように思います。仕事以外のこと、例えば、地域や子どもの学校での仕事なども、新しい経験をすることで、成長できることもあります。これは稼げるから、とか、稼げないから、ということは、あまり考えなくてもいいと思います。
これからやりたいことは、医師の仕事や、発信に関して、より確かな視点を持ちたく、イギリスの公衆衛生大学院に入学しようと思っています。イギリスの公衆衛生大学院は、アメリカよりも安価で、オンライン講座もたくさんあり、オンラインでも、現地に行った同様の学位を取得することが可能です。
~ある一日のスケジュール~
4:30 起床、執筆・遠隔読影
6:30 朝食準備し、子どもを起こし、家族で朝食を食べる。
7:30 長女を送り出し、次女の保育園送迎、通勤
9:00 病院勤務
13:00 昼食
14:00 執筆・Zoom取材・遠隔読影(自宅)
16:00 子どもたちの習い事
18:00 夕食準備、子どもの宿題
19:00 夕食
20:00 Zoom勉強会・Zoom取材
21:00 子どもたちと入浴、片付け、寝かしつけなど
22:30 就寝
■ プライベート編
Q一日のスケジュールは?
医師は基本的に、半日単位で仕事をしていることが多いと思います。病院の放射線科医も、半日は読影、半日はCT当番、あるいは半日はIVRといったライフスタイルですが、フリーになっても似たような感じですね。半日は病院に読影に行き、残りの半日は自宅で遠隔読影、というような生活。ライターの仕事は、遠隔読影をする時間帯にもやりますが、子どもたちが起き出す前の早朝にすることも多いです。早いときは、朝の3時か4時くらいから仕事をしています。取材は、基本は相手の方のスケジュールに合わせますので変則的です。
また、今はコロナで子どもたちの生活も、分散登校など変則的になっていますので、臨機応変に対応しています。基本的には、夕方には家にいることが多いです。
また、コロナ以降、平日や休日の夜間にZoom勉強会が頻繁に入るようになりました。Zoomであれば臨機応変に対応できそうですが、子どもがいると、なかなか時間のやりくりが大変です。
■則武先生に聞きたい!
Qフリーランスになって、今までと働き方はどう変わりましたか?
子育てに追われ、常勤の業務との両立が厳しくなったので、下の子が生まれてしばらくしたタイミングでフリーランスになりました。病院の仕事はフリーランスでも、代わりになる人がおらず、休めないことに代わりはありません。しかし、半日単位で仕事をしているので、一日のうちの時間を調整して、病院に連れて行ったり、懇談会などの学校行事や、子どもの習い事の送迎などがスムーズに行えるようにはなりました。自分で全て調整ができるので、誰かに自分の業務の穴埋めをお願いしなくてもよく、精神的には楽かもしれません。
放射線診断専門医に関しては、読影のフリーランスはすでに珍しい存在ではありません。子育て中の女性医師だけではなく、男性医師、シニアの医師も、フリーランスとして活躍している先生方は現在たくさんいらっしゃいます。フリーランスの欠点としてよくあげられるのは、上司や同僚がいなくなるので、スキルの研鑽がしにくくなることでしょうか。人によってスキルの維持や新たな勉強のやり方は異なるとは思いますが、わたしは、大学病院にも、非常勤で在籍させていただくことで(医局には入っていません)専門分野の勉強やアップデートを行い、研究にも携わり続けています。
Qライターになったのははぜ?
研修医の時から、医師と患者さんとのコミュニケーションで、細かい認識の違いのために、すれ違いが起こってしまうことを、なんとかできないかと思っていました。わたしの周囲にも非医療従事者の方がたくさんいますが、人によっては、医学の考え方を知らないために、不要なドクターショッピングを繰り返してしまう方もおられます。
わたし自身、医師や医療従事者の家庭出身ではなく、全く関係のない職種の両親の家庭から医学部に入りました。ですので、高校生くらいまでは一般の方々の感覚に近かったのです。
医学部に入る頃は、いわゆる「薬害エイズ」問題がマスコミを賑わせていて、マスコミの目を通して医療を見ていた部分もあったかもしれません。また、その後、「医療ミス」や「たらい回し」などで、様々な報道がなされ、その中には、もちろん適切なものもあれば、誤解に基づいたものもあったように思います。
医学を学ぶ中で、医学の考え方が、一般の方が医学に対して抱いているイメージとは必ずしも合致しないことに気がつきました。一般の方、マスコミの方々、医学への共通認識がないために、誤解に基づいた解釈を行っていることが少なくありません。もちろん、どんな方も医学的な考え方をするべきだ、ということではなく、医学ではこういう考え方をしていますよ、ということだけでも認識していただけると、コミュニケーションがもっとスムーズになるのではないかと思ったのです。
フリーランスになったときに、医学のことを一般の方にわかりやすく伝えるべく、メディアでの発信を始めました。発信する分野は、放射線医学や乳癌関係にとどまらず、最近では新型コロナウイルス関連など、広く発信しています。エビデンスをもとに、信頼できる発信をするように心がけています。専門家や自治体の方々などへのインタビューも行ってきました。
Qライター業をはじめて変わったこと
もともと医療の現場で働いていましたが、ライターとして執筆するようになると、より包括的に、今起こっていることや、医療全体を考えるようになりました。現場は普段の業務にフォーカスしますが、ライターでは、やや俯瞰的なところから見ることも必要です。
また、論文も、他分野のものも読み込みますので、より幅広い知識がつくようになりました。放射線医学の現場にフォーカスして働いていると、他分野の最新のことがわからなくなる場合もあります。自分にとっては、ライターの仕事は、医学そのものの知識のアップデートに役立っています。
以前は、論文は関連分野の好きなものを読むようなスタンスだったのですが、ライターとして書く際に、よりエビデンスや、読んでいる論文の信頼性について深く考えるようになりました。ちなみに、一つ記事を書くごとに、論文は平均20~30本くらい読み込んでいます。
ライターをはじめて、生活の面で変わったことといえば、普段会わないような方々ともお会いする機会があるということでしょうか。記者さんたちや編集者の方々、また、他の分野で精力的に発信している医師やコメディカル、自治体の方々など。取材でお会いする場合もあれば、勉強会でお会いすることもあります。コロナ禍では、Zoomでのコミュニケーションが主体となり、物理的に距離が離れていても、リモートでお会いし、お話しできるようになりました。リモートでのコミュニケーションには、伝わりにくいなどのデメリットもありますが、より多様な方々とお会いできるメリットがあります。
取材では、偉い方や有名な方にお話をお伺いすることもありますが、現場で、人知れず頑張っていらっしゃる方々、普段なかなか拾い上げられない声というものも、発信していければと考えています。たとえば、コロナ禍では、電話相談やワクチン接種などで、自治体の仕事をしている膨大な数の方々に支えられてわたしたちの生活が成り立ち、スムーズに医療やワクチンを受けることができています。こういった現場のお話を伺うことで、わたし自身も非常に勉強になりました。
Q情報が飛び交う世界で、個々のリスクヘッジは?
現代は、人類の歴史でも未曾有の情報化社会であり、不確かな情報も飛び交っています。わたしがライターとして、記事や書籍の中でいつも主張しているのは、情報は出所を必ず確かめ、一次情報を得ることです。わたしたち医療従事者は、医療に関しては、比較的、論文やデータなどの一次情報を得やすい立場にあり、正確な情報を得ることに慣れていると思いますが、例えば経済とか政治、環境問題など、他の分野でもそういう努力をしたほうが、普段生活する上で、よりよい選択ができるのではないでしょうか。これまで医療従事者でも、簡単に陰謀論を信じてしまう人を何人も見てきました。そうならないためにも、普段から、情報を適切に扱うリテラシーを持ちたいものです。
Q座右の銘
座右の銘に関して、これまであまり考えず生きてきてしまったのですが、普段考えていることを、あえて慣用句で言うなら、「禍福はあざなえる縄のごとし」「捨てる神あれば拾う神あり」「七転び八起き」などです。つまり、例え悪いことが起こったように見えても、それは新しいチャンスなのかもしれないと、多面的に捉えるようにしています。毎日起こることで、何が悪いかいいか、いますぐに見極めることは難しいです。ですので、一喜一憂せずに、日々淡々と、自分にできることをするのがいいのだろうと思っています。何事も、最後まで諦めないことが肝心ですね。
人生は、いいことも悪いこともありますが、
最後までおきらめないことが大切だと思っています。