狩人様の英国魔法界観察録   作:黒雪空

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不得手

数か月の基礎的な座学を得て、実践的な授業が増えた。

そんな妖精の魔法の時間。二人組になって、と言われた瞬間ハリーはすぐに、先生の話を聞いて居るのか居ないのか机の一点を眺めていたアリアナの手を掴んで向い合せにした。

 

組んで欲しそうなネビルの視線も有ったが、それ以上に彼には使命感があった。入学当初にも感じたものだ。彼女が兄あるいは弟と寮が別れて以来抱いている、アリアナの奇行のストッパー役にならなければという謎の使命感。

 

見た目だけは学年でもトップクラスの美少女だが、ハリーとしては人身御供くらいの気分で彼女の腕を引っ張った。

グリフィンドールの女子の間ではちょっと不思議ちゃんだけど、どんな相談も微笑みながら聞いてくれるお姉さんと言った風評だそうだ。きょうだいの居るスリザリンの女子…特に黒髪の性格のきつそうな子には嫌われているらしいが。グリフィンドールの男子は今の所ただの美少女と思ってる子がまだ半分もいる。その半分に羨ましそうな視線を向けられたが、前述のとおりなので、目前で風変わりな白い杖を握ったアリアナに、悪い意味でだいぶドキドキしている。

 

先生の教える『ビューン、ヒョイ』を試みているがアリアナとハリーの間に置かれた羽はぴくりもしない。少し意外だが、彼女はあまり呪文を唱えて杖を振る様な事が得意ではないらしい。常日頃の行いや、一部の異様に出来のいい科目を見て居ると、わざとなのだろうかとさえ思ってしまう。あるいは、彼女の中では理にかなった別のアプローチ方法を考えて居るのかもしれない。そして次の瞬間には奇妙奇天烈な事象を起すかもしれない。

だがそれは杞憂のようで、羽は一切動かない。残念ながら、ハリーの呪文にもだ。

 

なので嫌な動悸を覚えながらも、わざわざアリアナと組むに至ったもう一つの理由を口に出すことにする。

 

「最近、アルフレッド元気?」

 

相変わらず彼らは食事の席を交互に行き来してはいる。だがあの箒の一件辺りから、山盛りの課題に並列してクィディッチの練習が始まってしまい、時間が幾ら有っても足りない状況。スリザリンと授業が被る事は殆どなく、何だかずっとまともに会話していない気がしてしまう。

相変わらずハーマイオニーは無視の体勢を続けているので、同じタイミングから話す機会の減った彼とも喧嘩してしまった様な錯覚を抱いてしまっている。

 

「元気よ。何だかスリザリン寮で、悪い夢が流行ってるらしいけど。アルフレッドは悪夢を見ていないようだし、元気なんでしょうね」

 

「夢は風邪みたいに流行らないんじゃないかな」

 

どこかの組が、本来浮かせる筈の羽を燃やしたのか焦げ臭い空気がただよう。

 

「病が流行るなら悪夢も流行るわ」

 

相変わらず彼女の中では理論立っているらしい、よく分からない事をいう。ただ、魔法の世界では本当にあるのかも知れない。

それに、なにかにつけてちょっかいを掛けて来るマルフォイが最近妙に静かだったのは箒の一件だけではなかったらしいと分かって、そちらの方が気に成ってしまった。

 

スリザリンの流行り悪夢についての話をもう少し聞きたくて、羽を燃やしたらしいシェーマス達の組からアリアナへ視線を戻す。

 

くるくると先生の言った杖の動かし方とは全く違う動きで、猫でもじゃらす動きで白い杖を動かしている。すると、ほんのちょっぴり羽が持ち上がった。本当に、少しだけだが。

 

「ごめんなさい、違うの。持ち上げて欲しかったわけではないのよ。でもありがとう、おいで」

 

アリアナはそのせっかく浮いた羽と、机の小さな何もない隙間に向かって優しく声を掛けた。すると浮いていた羽はとすん、と落ち、アリアナは見えない何かを持ち上げる動作をして真横の空間へ腕を伸ばす。

その不可思議な動作に、つい今しがた浮かんだ疑問よりも、入学当初から気に成って居たものが口から零れる。

 

「また何か居たの?」

 

彼女が何も無い方を見詰めたり、話しかけたり、手を伸ばすのは昔から時々あった。自分の周りの不思議な現象を語っていた手前、否定する事はしていない。

今思い返して見れば、アルフレッドはアリアナが見るモノを見ては居なかった。ハリーと同じに否定はせず、ただ往来での行動に、車や通行人、少女趣味の変態等を避けるのに奮闘していた。

 

ただ、こうして二月ホグワーツで魔法の世界に触れてみて分かったのは、魔法界でもアリアナは『変わっている』と言うことだ。

 

「ねえ、ずっと聞きそびれてたんけど、君たちって最初から」

 

こっちの世界の存在をしっていたの?

汽車の中でアルフレッドに、ほんのちょっぴりその出自を聞いたが、それは自分と並んで学校に通っている時から知っていたのだろうか。そして知っているまま『普通』に生きていたのだろうか。

 

「皆さん見てください!グレンジャーさんがやりました!」

 

アリアナに尋ねてみる前に、先生の大きな声と拍手で遮られてしまった。

ふわりと浮いている羽の下。当然だという表情のハーマイオニーと心底不機嫌な顔をしたロンが居た。アリアナはまた若干焦点のズレた方向を向いてた。

 

 

 

 

 

 

人間の教会に居た頃、ハロウィーンというのは異教のお祭りではあったけれど、孤児院が併設されて地域の学校に通う子達が多かったら、普通に『イベント』として行っていた。まあそれでも大々的には行わずに、画用紙で作ったお面や魔女の帽子の工作をして、おやつの時間を過ごすだけ。

その程度の物だ。

 

父の記憶にもハロウィーンのお祭りはない。

勿論カインハーストのお城も、教会の上層も、そんな催しは存在しない。ただ、周りの子達の話を聞くに、父の記憶の中の事は常にハロウィーンの様なものかもしれない。不気味な夜を跋扈する『お化け』達。

 

どちらにしろ、彼女はハロウィーンも、父が駆け回った市街地に満ちた者もあまり興味はない。

獣なんて所詮人の内側の存在。『わたし』はもっと遠い、外を見たい。甘いお菓子よりも、女王から賜り父から分けられた『アリアナ』達の血の方が、きっともっと甘い。

 

そんな風に思っているのだが、アリアナは基本的に世渡り上手だ。周囲の子供達が楽しそうに、心弾む様子で居るのなら、ほんのり微笑んでハロウィンのご馳走に口元を綻ばせることだってできる。口に入れるもの全て、死んだ生物の加工品程度の感慨しか無くたって、それらしい感想だって言える。

 

なので今、彼女が気にした風を装っているのは妖精の魔法の授業以来、顔を見せて居ない同じ寝室を共有するハーマイオニーだ。

寮が同室の同級生の不調は、気に留めておくものだとアリアナは理解している。

だから、夕食の席で残りの同室メンバーであるパーバティとラベンダーと、そろそろ彼女を連れ戻しに行った方が良いのではないかと話題に出した。今日は一応イベント事、という括りでアルフレッドもスリザリンの知人と食事を摂っているので、今は周りに女の子しかない。

 

「彼女、ほっといてくれって言ってたし……まだ皆の顔を見れる気分じゃないんじゃないかしら」

 

パーバティが何となくその要因であろうと察している男子二人が嬉々とご馳走を楽しんでる方へ、ちらりと視線を向ける。

 

「それに、ねえ、何て声を掛けていいのか分からいもの」

 

ラベンダーは複雑そうな表情をで付け足す。

女の子は男の子よりも、同性間での協調性が幼い頃に身につく。だから、ハーマイオニーの真面目過ぎるお小言や自己主張に面と向かって反目はしないも、完全に打解けてもいない。波風立たないように、曖昧に頷く。『私が』『私なら』といった早口の語りにも、男の子達のように真正面から全て受ける事なく、ほどほどに聞き流すという対策を取っていた。

『こういう』親友の介入が必要そうな機会では、どう立ち回れば良いのか尻込みになってしまう。勿論同じコミュニティに属する、敵でない者を心配する気持ちはあるにはあるのだが…。

 

「でも、そろそろ『ほっておく』のは終わりで良いと思うの」

 

波風立てない程度の付き合いを極めたようなアリアナが、いつものほんやりと穏やかな微笑で小首を傾げる。

 

「わたし達は、あと数時間もすれば絶対寝室で顔を合わせるんだもの。このまま彼女だけハロウィーンのご馳走に立ち会えなかったまま顔を合わせるのは、とっても気まずいでしょう?」

 

決してハーマイオニーという個人を慮った訳ではない、女子間のコミュニケーションを潤滑にするための提案を示し、アリアナは一人立ち上がった。

 

 

 

 

 

それは確かに、と同意を示したパーバティが言っていた女子トイレへ向かい、アリアナは気負いなく呼びかけた。

 

「ハーマイオニーちゃん、居る?」

 

返事は無かったが、仮にもあの父に作られているのだ。潜んだ人間の鼓動や息遣い程度簡単に確認できる。彼女が籠っているのであろう個室の扉をノックする。

 

「あなた、このままじゃお夕飯を食べ逃してしまうわ。今夜はいっぱいのハロウィーンの飾りに、南瓜のおかしがある日よ」

 

わたしは興味ないけれど、なんて言葉は必要ない。

僅かに身じろぎする気配がある。

 

「……仕方ないわ。だって、あなたは周りの子より大人なんだもの。ね?」

 

同年代の子よりも大人で、賢いものだから、正しい情報と言葉の有用性を理解していて、それが伝わらない事がもどかしかったのよね。もどかしくて、それでも伝えようと頑張っていたのよね。

 

でも、そのもどかしさを飲み下す事ができる程の大人ではないのよね。という言葉をわたしは飲み下しておく。

 

貴女は大人だもの、と肯定する言葉を吐きながら、彼女こそが年齢にそぐわない大人びた艶やかな声で語りかけていると、無言を貫き閉ざされていた扉が開き、おずおずといった様子でハーマイオニーが顔を見せる。

目元が泣きはらして赤く成って居るが、そんな野暮な事は指摘せずに、ちょっとばかり悪戯っぽさを含んだ笑みを向ける。

 

「それに、ね? 男の子って女の子より六つくらい精神年齢が低いそうよ」

 

その言葉にちょっとだけハーマイオニーも笑って見せる。

 

「それじゃあ、あの人達五歳児って事になっちゃうじゃない」

 

「ええ。だからきっと、7年生になったらハーマイオニーちゃんが正しかったって理解できると思うの」

 

二人でクスリと笑い合う。

これでこの年代の女の子として、上手くやれたかしら、と思考した所でアリアナはある気配に気づく。

 

「獣……?」

 

父の記憶や夢の中で見た程の危機感や、悍ましさは無い。がだ人間やゴースト、ましてや上位の存在などでは決してない。強いて言えば、というだけだ。

 

「どうかした?」

 

アリアナの呟きを僅かに拾ったハーマイオニーが不思議そうに尋ねる。

 

「下がった方がいいかも」

 

そう言い、さっぱり訳が分からない。という様子のハーマイオニーを腕を掴んで少々強引に引き寄せた所で、ソレ、と目が合った。

 

なんとも不格好な生物。

酷い短足で、腕だけ妙に長く、ずんぐりとした醜い巨体。そして何よりどんな些末な脳が収まっているのかと顔を顰める程のちっぽけな頭部。

そんな不格好な巨体が、わざわざ身を屈めて女子トイレに侵入してくる所だった。

 

「トロール…!?」

 

ひっ、と悲鳴を堪える様に両手で口を塞ぎながらハーマイオニーが呟く。

アリアナは初めて見る生き物だったが、ブァーブァーという如何にも頭の悪そうな唸り声に、原始的な棍棒。愚鈍な動作の生物に興味は沸かなかった。きっとあれらは脳の麻痺した教会の下僕達より使い物に成らないに違いない。

 

興味は無いが、それでも、かち合ってしまった目に此方への攻撃性は理解出来た。心配性の弟にいわれたように、幾つか仕込んで居たスローイングナイフを取り出す。

 

十一歳の少女の細腕で投げつけたのだとは思えない程、勢いよく投げらたギザ刃のナイフが灰色の体に突き立ち、ぞぶん、と湿った音を立てて血飛沫を上げる。

巨体がたった一本の投げナイフでよろける。が、痛覚まで鈍いのか、一瞬ぽかんとした後に興奮した様に握った棍棒を振り上げ、辺りの物を八つ当たりのように叩き壊しながら迫って来る。

 

アリアナはポケットの内に居る、キラキラと愛らしい友人を掴み出そうとしてからはっとして、白い杖を構える。ただそれには何だか違和感を覚え、直ぐにしまってしまう。

あまり荒っぽいのは好きではな無いが、まあ、愚鈍な人型位なら何とか出来るかも知れない。

 

「ハーマイオニーちゃん、目を閉じて、屈んでてくれる?何とかしてみる」

 

ぎゅっと腕にしがみ付いた彼女が驚愕に、アリアナの言葉とは真逆に目を見開き一緒に逃げるのだとばかりにぶんぶんと首を振る。しかし知人を盾にする事出来ないという善性は働くが、混乱の為それ以上下がれない壁に引っ付くしか出来ない。

 

困ったな、と表情はいつもの穏やかな笑みのままに、アリアナは取り敢えず足元に転がった瓦礫をもう一度投げつける。綺麗なまあるい石ころではないので、少し狙いを定めるのが難しいが、ごしゅ、と鈍い音をさせて一瞬だけ動きを留めさせる。

 

アリアナは弟の様に筋力が無いので、重い銃器を持ち上げ発砲する事ができない。精々、火炎放射器やロスマリヌス(それだって、一般的な『子供』が片手で保持し続けるのは困難だが)位しか扱えない。仕掛け武器に至っては、実際に振るった事は無いが仕込み杖や慈悲の刃辺りの、軽いものさえ振るえるかも怪しい程度。

 

あら、わたしって、思ったよりもか弱かったのね。

 

勿論アルフレッドには出来ない『攻撃』は出来るが、それをこれまで一切神秘に触れて居なかった同級生の前でやっていいのか、迷う。

折角頭の良い子なのに、これで脳に不具合でも出たら可哀想だ。まあ、死んでしまえばただの死肉になるだけなので、勿体ないも何もない。

奇声を発し続ける生きた肉に成るか、唯の口を閉ざし続け腐敗する肉に成るかの差でしかない。

 

無駄にじたばたと暴れながら寄って来るグレーの人型を前に、すっぱりと狩る事の出来ない自分に、少なからず驚いて、アルフレッドが心配する訳だと納得する。

迫る巨体に、とうとうハーマイオニーが耐えかねたように悲鳴を上げる。

 

投石で巨体の生命を削り切るのは無理だと諦めて、ぎゅっと腕を握った女の子を少し強引に伏せさせる。

多分綺麗な感じには死なず、血も肉も派手に飛びそうだから、出来るだけわたしの血を浴びないようにしてもらおう。

 

父の手を経て与えられたこの血は大切なものなのだから。外の誰かに触れさせたくわない。

 

僅かな時間で出来るだけの死ぬ準備をして、迫る目前の敵を見る。

 

「あら?」

 

廊下で必死に絞りながらも焦った声が聞こえて、直ぐにガンッと乱雑、どころか破壊する勢いで女子トイレの扉が蹴り開けられる。というか破壊された。

 

そして間髪に入れずに、灰色の人型が爆ぜた。

 

アリアナがちびちびと瓦礫を投げつけた際の出血など、比では無いほどの血肉が飛び散り、ただでさえボロボロだったとトイレ内を汚し、凄まじい惨状を作り上げた。

血肉の生産元であるトロールは完全に上半身を叩き潰され、轢き潰され、残った下半身がどしゃりと崩れ落ちた。

 

一拍遅れて天井にこびり付いた内臓の破片が脂っぽい臭いと一緒に、ぽたぽたと降って来る。髪に纏わり付た臭いを落とすのが大変そうだ。何度シャンプーが必要になるだろうか。

 

でも今はそんな事どうでもいい。

半ば抱え込むよにしていた同級生の事も、この一時はどうでも良くなる。

殆ど振り払う様な勢いで、完全に腰を抜かし降り注ぐ血だまりの中に座り込むハーマイオニーの腕から抜け出し、弟へ向き直る。

 

「アルフレッド。それ、放したら?」

 

子供の背丈に異様なバランスで、ローゲリウスの車輪を片腕で担ぎ、肩で息をする様に佇む弟が居る。眼振でも起こした様に、自分の起こした現象を確認し顔色を無くす弟をじっと見つめ、ゆっくりと言い聞かせるように声をかけた。


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