映画と小説混合状態で進めようかと思います。
人間でごった返す駅の構内を、非常識だと思いながらもアルフレッドとアリアナは全力で走っていた。
キングス・クロス駅、九と四分の三番線から11時発の汽車に乗るためなのだが……時間が差し迫っている。勿論余裕を持って家、というか父の夢から出て来たが読みが甘かった。
全力で走った後、二人は立ち止まり足元へ視線を向ける。
丁度九番線と十番線の間。妙に人の流れが割れてぽかりと空いた空間だったので、丁度いいかと尋ねる。
「この辺りも駄目ですか?」
「駄目みたいね」
ぬっと地面から這い出すように出て来た小さな人型、数人の使者達がふんすと腕を組み首を振っている。
どうやらここも駄目らしい。
そんな風にして二人は駅の中をあっちこっち走りまわり、父に渡された『灯り』を点せる場所を探していたのだが、使者達のオーケーが出る場所が見つからず、時間的猶予がなくなりつつあった。
「ねぇ、アルフレッド。ちょっと右に三歩進んで貰える?」
「何ですか、急に」
どう頼んでもきっぱりとノー!と伝えて来る使者達から視線を上げ、アリアナが唐突にそんな事を言う。
訝しそうにしながらも、妹の言う通りに大人しく進み、それで?とその先を促すように見返す。
「何するんですかっ!?」
だが何も言わずに、またしても突然アリアナに柵に向かって突き飛ばされる。この年代の子供は女の子の方が成長が早かったりもするが、二人に関して言えば背も筋力もアルフレッドの方が勝っている。
完全な不意打ちだ。それでも、少しよろけた位で転ぶ様な事はしない。
今までだって唐突に妙な事はしたが、突き飛ばす様な人に害が出るような事はしなかった(と思う)のだが、驚きのままに苦言を向けるがそこに彼女の姿がない。
それどころか周囲の様子ががらりと変わって居る。
「あら、すごい」
駅の様子が一変し、子供とその親で溢れかえるプラットホームに電車などではない赤い汽車が佇んでいる。
姿が見えなく成った筈の妹の声に振り返れば、辺りをきょろきょろ見渡しながらもちゃんとそこに居た。
「覆い隠して居るのかしら、それとも夢のように重なって居るのかしら。ねえ、どちらだと思う」
突き飛ばしたきょうだいに悪びれもせずに尋ねてくる。
「……怒ってるの?」
難しい顔をして黙り込むアルフレッドに、そんな風に言ってみせた。
もちろん、驚いたし、突然突き飛ばすなんて無礼な行動はきょうだいだったとしても怒って当然だ。ただそんな事よりも気に成る事があった。父が迎えに来てから、小さな蟠りを作って居たもの。
「当然怒りますよ。けど、その……何故貴女が知っていて見えて、理解出来る事が私には何一つ分からないのかと、気になって」
気に成ったよりも『心配に成った』という方が正しい。
孤児院に居た頃は全てアリアナの不思議な発言だと思っていた物の端々が、しっかりと父との会話で噛み合う。そんな場面に出くわすと、不安になる。
自分には何か、不備が有るのではないか?父の求める機能を果たせないのではないか?と考えてしまう。
彼女は自分自身に思う所がある様子は見せないし、アルフレッドの知らない父と共有する知識がある。なのに自分は言われるまでに知らなかった事にさえ気づかないという事も多々ある上に、思考にさえ違和感を覚える瞬間がある。
妹に弱音を吐くようなまねも、父に失望されるかも知れない発言もずっと口を噤んできたが思わず零してしまう。
ちらり、と伺うように視線を向けたアリアナと珍しくちゃんと視線が合った。
年の割に色香の漂う艶っぽい笑みではなく、ふわりと優しい女の子の表情をしていた。
「いいのよ。それで。きっとその方が父さんが望んだあり方だから。わたしよりずっと、父さんが望んだ『人間』の姿のはずよ」
よしよし、とでも言う様に頭を撫でられて不安が飛びのき恥ずかしさがやって来る。
傍を通り過ぎた上級生らしき女子たちにくすくすと笑われてしまったのだから仕方ない。
「変な事を言ってすいませんでした!だから、もう頭を撫でなくていいです!恥ずかしいのでやめてください!ほら、使者もここなら良いらしいですから!時間もありませんしっ」
首を捻っていつになく、姉だと主張する様な楽しそうな顔で撫でて来るアリアナから逃れる為に、いつの間にか足元でこっちこっちと手招きして、灯りを点せと指さす使者へ話を逸らした。
さてどこもいっぱいだがどうしようかと、アリアナは一人、動き始めた汽車の中で思案する。
出発時間ぎりぎりに、漸く灯りを点し無事に乗り込んだは良いが既にどこも満席だ。二人一緒に座れるところを探すのは無理だろうと、それぞれに別れて座席を探している。
入学者数も、在校生も、人数が分って居るのだから全て指定席にしてしまえばいいのに、と思ってしまう。
人前でここぞとばかりに頭を撫でられた気恥ずかしさ、だけではないと思うが個々に席を確保しようと言った弟は大丈夫だろうかと、どこもいっぱいのコンパートメントをのぞき込みながら考える。
随分と人間らしい弟は頑固な上に、不器用だ。知らない子ばかりの中に上手く入れるだろうか。お行儀は同年代の男の子の中で良い方だろうが、その分同じようにふざけられずに『ウザがられる』結果が目に見えている。
その点自分は(正確には自分ではなく、お愛想笑いの上手い誰かだが)取り敢えず上辺でさらりと人付き合いができる。
それにしても、本当にアルフレッドはわたしと違って人らしくなってしまった。
不安を抱いたり、父が『失望する』何て考え方をするのがその証拠だ。
アリアナは『自分』でない誰かが示す通りの反応を自分だと偽って存在していても、父がそう作ったのだから、それでいいのだと顧みる事もしない。
「ここ座ってもいいかしら?」
最悪半日ほど汽車の中で立ちっぱなしでも問題はない。車内販売のカートでも通るなら、邪魔になるだろうけれど。アリアナ本人は少し疲れるだけだ。弟程ではないが、同じ年齢に見える人間よりはずっと持久力がある。
それでも、座れるならそれに越した事はない。
そんな中で、四人は座れるコンパートメントに一人でポツンと座る黒髪の女の子を見つけた。
徐々に速度を増す汽車の中なら、離席中という可能性もあるが荷物は一つしかないし、一人座った小さい女の子がつんとした、近づきがたい雰囲気で居れば声を掛けられずに空席のままなのかも知れない。
「……別にいいけど」
ちらりとアリアナを見た女の子は素っ気なく許可してくれる。
「ありがとう」
「あなた荷物は?」
黒い髪を短く切り揃えたその子は、手ぶらで向かいの席に座ったアリアナに聞く。
「全部しまってあるの」
どこ、とは上手く言えない。しいて言えば、夢と現の間だろうか。狩人の姿をとっている時の父なんかは何でもかんでも仕舞い込んで、どこに何が有るか分からなくなる事もあると言いながら、大量の『赤い石』を出したり仕舞ったり、虚無のような顔をしながら整理していた。
魔法使いの子供はそれで納得したように、ふーん、とだけ返しもう興味は無いと言った態度で窓の外を流れる景色を見ている。
「なによ」
何も話す事は無くなったのに、未だじっと見つめてくるアリアナに不機嫌そうな顔で、棘のある声を出す。
「綺麗な黒髪だと思っていたの。お名前を聞いてもいいかしら?わたしはアリアナ・ハントというの」
少女らしい可愛さというよりも、美しいと言った方がしっくる来る金髪美少女の言葉に、嫌味かと思われかねないが黒髪の女の子は、ある程度の自己肯定感が培われていた様でネガティブな受け取り方はしなかったが、賛辞に何か返す事はせずに、やっぱりどこか硬い口調で名乗るだけだった。
「パンジー・パーキンソン」
よろしくね、と笑う言葉にも、ふいっと視線を逸らされてしまう。
パンジーには少し居心地悪く、アリアナにはどうってことない沈黙が僅かばかり過ぎたころにこんこんとコンパートメントの扉がノックされ、がらりと引かれた。
「ドラコ!」
むっすりとしていたパンジーの華やいだ声に顔を向ければ、何時だったかにぶつかった男の子がそこに居た。その子の方も気づいたようで、せっかく自分に声を掛けてくれた少女への挨拶もそこそもにアリアナの方へ歩み寄る。
「やっぱりあの時の子だよね?確か、アリアナって呼ばれてた」
名乗る事は出来なかったが、人形が名前を呼んでいた。親しくもないのにいきなり女の子を名前呼びなんて、失礼なのだろうが名前しか知らない上に、アリアナ当人は何も気にしていない。
むしろパンジーの方が、明るい声で呼ばれる別の女の子の名前に気を悪くしている風だ。
「あの時は中途半端でごめんなさい。アリアナ・ハントよ」
「僕はマルフォイ。ドラコ・マルフォイだ。君は聞いた事無い名前だけど、どこの家の子なんだい?すこしだけお邪魔しても良いかな?」
ノクターン横丁で出会った時に交わせなかった握手を交わし、女の子二人だけの空間に臆面なく入り込む。通路でもたもた様子を伺う、大柄な男の子が二人ほど居たが、手を振るだけで追い払ってしまった。
女子二人の了承を聞いて、少し迷ってから元々知り合いだったらしいパンジー・パーキンソンの隣に腰を下ろす。
隣に座る少年に、少女の頬が少しだけ赤くなった。
狩人様、とどこか脳の奥で恋する乙女が切なそうに呼ぶ声が聞こえた。ああ、あの子も黒髪だった。意地らしく可愛い人。
血の聖女様。商売女に嫉妬する事なんてなかったわ。
だってあなた、それで結局穢れてしまったじゃない。
特に今必要ない声が過った。いったい『だれ』の思考だかも分からないし、知らなくたって構わない。
「ねえ、彼のこと好きなの?」
「なっ!?」
ぐっと身を乗り出して、向かいの少女へ耳打ちする。驚いた声と同時に、顔の朱が増した。当の渦中の男子は隣の知古である筈の彼女が跳び上がるように驚いたのに、小首を傾げている。
何とも可愛らしい。
思わず自動で勝手に人当たり良く作られている微笑みが、少しだけ『アリアナ』の本心に近い形になった。