女性のストレス発散方法は、買い物とお喋りだという。
別に微塵も残念では無いが、妹と人形(彼女は明確に『女性』であるかは置いて)と孤児院で世話になったシスター……誰だったか……しか親しい女性の居ないアルフレッドはその説には疑念がある。彼の女王を親しいと称するのは、畏れ多い。
学用品購入の一連の行動中、アリアナは興味を引くものが無い時特有のぼんやりとした顔で大人しくしていた。
強く注意し過ぎたかと(終始そんな調子だが)男性教師はおろおろとし、見て居て不憫になって来る程だ。だが長い付き合いのアルフレッドは断言しておく。アリアナは他人に注意された位で落ち込んだりしない。
人形は相変わらずしずしずと同行し、購入した物を一手に預かってくれている。
『女性』が買い物に熱心な様子はさっぱりない。
移動距離は増えるが、重く嵩張る書籍は後に回したが買い物自体は順調だった。
そもそも杖は父が手ずから用意してくれた。薬瓶もサイズ指定はされていない為、有るもので十分だ。望遠鏡もはかりも、既にアリアナがいつもの遊び場で見つけ出してきている。
新入学で、それに伴った祝いの様な新品も必要ない。全ては父の望みの為だけなのだから。
「ビルゲンワースの学徒達のようね」
「なんです?学徒?」
流石に制服や、指定された黒のローブ等は新しく買うしかない。
新学期に向けてのなのだろう。訪れたマダム・マルキンの洋装店は、他の店舗に比べ子供の客が多い。親が何を口出したって、制服は指定だし子供の背丈は変わらない。
一年生の間でも随分背が伸びそうだと称されつつも、大人しくされるままに着丈を合わされるアルフレッドへ、自分の番が終わったアリアナがぼんやりとした口調で感想を述べる。
なんの脈絡もなく、何処から受信したのか謎な事ばかりを言う。
「分からないならいいの」
本当にどうでも良い事なのだろう。直ぐにまた、ぼうっと全てから焦点を外したような顔をする。アルフレッドにとってもどうでも良い事なので、それ以上追求はしなかった。アリアナの電波な発現を全て拾ってしまっては疲れるだけだ。
相変わらず妹が妙な事を言いつつも、学用品の買い出しは恙無く終了した。
制服を合わせてる間に、人形と二人待たされるという事態に居た堪れなくなったのか、付き添いの教師は一人で二人の生徒分の書籍を買いに向かってくれた。彼はどうやら人形が苦手らしい。魔法使いという人種でも『人形』が動く事を怖がるのだろうかと少し疑問を抱いた。
あるいは単に、彼女の美貌に気後れでもしたのかもしれない。
それは兎も角、問題らしい問題もなく必要な物は全て揃った。
強いてあげるなら、父の(便宜上さっぱり英国魔法界に参画して来なかった魔法族らしきモノが独自に)作った杖で大丈夫なのかと疑念を抱かれ、向かう必要の無かった杖の職人を訪れた程度だ。
紀元前三八二年創業、と掲げられたオリバンダーの店。
店主らしき老人は物腰穏やかではあるが、父の言う所の『素晴らしき職人』といった空気がある。狩道具の修理を教わった時に言っていた。己の作りたい物だけを追求し極めにかかってるキチガイ共の仕事ぶりは信用していい、と。
つまり、この己の職務に熱心なご老人の言葉は信用できる。
そんなオリバンダー氏はアルフレッドとアリアナが与えられた杖を見て、魔力は申し分なく使用に耐えうると言った後にじっとこちらを見詰めて訪ねた。
「お二人はこれが『なに』かご存知かな……?」
漸く十年を生きただけの子供の見てくれをしたアルフレッド達に向け、至極真剣に問いかけた。もし、それが分からないなら、『それ』はよした方がいい。分からないと言うのならわしが必ずぴったりの杖を見つけよう、そう重々しく二振りのまどい白さの杖を差し出す。
「ええ」
返された、滑らかに白く妙に肌に馴染む質感の杖を受け取りながらアリアナは頷いた。いつも通りに美しく微笑むそれは何を考えて居るのかさっぱり分からなかった。本当に理解していの肯定なのか、ぼんやりと頷いただけの物なのか……。
アルフレッドも無言で頷き、自身の杖を受け取る。
『なに』か何て父が自分達の為に作った杖、というだけで十分なのだ。
何も購入しなかったにも関わらず真剣に対応してくれた職人に申し訳ない気がしつつも、その短い問答のみで店を後にした。
その程度の遠回りが有った程度だ。
無事に漏れ鍋まで戻り、案内を務めてくれた教師へ礼を告げ後は現のロンドンにある家(住所だけのだが)に帰るだけだったのだが……、どうも閑散としてしたパブが騒がしく妙な熱気があった。
まあ酒を飲む場所ならそう言った場面もあるだろうと、深くは考えない。
「アルフレッド!?」
が、知った声で声を掛けられそちらに目をやる。
「……ハリー?」
数少ない、というか唯一の親しい同性の友人がそこに居た。
「クィレル先生じゃないか!」
まさかこんな所で会うなんて、と話をしようと駆け寄る前に上方から大きな声が響き、癖の様に千景を抜こうと手が伸びかけた所で思いとどまる。
ハリーの連れらしき、酷く大柄な……それこそ残酷な守り人程有りそうな人物が、引率だった教師の名を呼んだ。つまりは、彼もホグワーツの関係者なのだろう(勿論個人的な知人というのも十分ありうるが)。
という事は、ハリーも自分達と同じような経緯でここに居るのだろうか?
そこまで考えてる間に、おどおどとしていた男性教師が感極まった様子で腰を屈め、ハリーと握手を交わしている。
というか、良く観察してみればこの場の中心が彼に固定されている。現状だけでは何が起きて居るのか分からないが、こういった事も父が見たいモノに含まれるのかもしれない。
アルフレッドの思考はそちらへ逸れ始め、当人さえ飲み込めない程の熱烈な歓迎に困惑し、それよりも気がかりになっていた友人と早く話したい、というハリーの視線を察知する事は出来なかった。
一頻り大人たちに囲まれ『おかえりなさい』との大歓迎を浴びた後に、漸く友人への接近が可能になる。
「どうしてこんなとこに、ひょっとして君たちもなの?魔法使いだったの?」
「という事はハリーもなんですね。はい。新学期から私もアリアナもホグワーツに通う事になったんですが……その、いろいろあって、魔法使いなのかという事の説明が難しくて……そのせいで手紙もだせませんでしたし」
しょんぼりと申し訳なさそうにするアルフレッドに、気にしてない事を伝える。実際、送られてきたとしてもその時はハリー宛の手紙は全て没収されてしまって居て読む事は叶わなかったはずだ。
「ハリーも元気そうで良かったわ」
目が回りそうな程に首を振って、落ち込んだアルフレッドに気にしなくて良いと訴える様子にアリアナがそう言う。元気になったのはハグリットから手紙を受け取ってからで、それまで暫くは随分落ち込んでいた。
ああ、そうだ蛇のケージの硝子が消えてしまった話も、物凄く彼女に聞いて欲しかったのだ。
「おまえさんの友達と……ガールフレンドちゅーやつか?」
きゃっきゃと、大人たちに囲まれてしまった時の緊張を吹き飛ばし、明るい表情で戯れる子供三人(アリアナは男子二人の様子を眺めて居るので正確には、2.5人程)を眺めてたハグリットの悪戯っぽい調子の声に素早く否定をかぶせる。
「違うよ!アリアナはアルフレッドのきょうだいで、友達だよ!」
アリアナの奇妙な行動に慣れて、見た目通りの儚く可愛らしいだけの美少女でない事は承知だが、こんな綺麗な女の子のボーイフレンドだなんて、自分なんかは絶対に名乗れないとの思いで勢いよくぶんぶんと首を振る。
若干の早口で否定するハリーの様子に、そうかそうか、と言いつつも優しく気のいい巨人の笑みは深まる。
信じてないな、という視線はよそに友人と呼ばれたアルフレッドが丁寧に名乗る。
「はじめまして。アルフレッド・ハントです。こっちは妹のアリアナ」
「姉よ。アリアナ・ハントというの」
双子に同時に握手を求められ、ちょっと戸惑った末に腕を交差させながらもちゃんと応じた為に奇妙な格好になっている三人だが、その辺りを突っ込む前に違和感を感じる。
「ハント?あっ、そうか」
凄く久しぶりに聞いた気のする、礼儀正しい友人の言葉に一瞬疑問が湧き、すぐに自己解決して頷く。アルフレッドもアリアナも、里子に行くというので別れたのだ。今は『ハントさんち』の子に成ったのだろう。
「ひょっとして、あの人が二人の新しい……家族?」
穏やかににっこりとしながらハグリットと握手を交わすアルフレッドの肩を突いて、ずっと気になって居た事を尋ねる。
ハグリットと当人の自己紹介で、ホグワーツの教師だと判明したクィレル先生ともう一人、二人と一緒に居たもの凄い美人について聞く。
最初は母親かとも思ったが、親というには少し若い気がしてでは姉か?とも思いすぐにどちらにしろ違った場合失礼かと思い家族という言葉を選んだ。
実際に産んだ訳ではない里親なのだから、若くても『お母さん』でいいのだろう。ただ、どことなく三人は雰囲気が似ている。色素の薄い瞳の色も、白い肌も、金色の髪も。血縁だと聞けば疑う者は居ないだろう。
「いいえ。彼女は、普段は父さんの身の回りの世話をしてる人形です。今日は私達の付き添いに父さんが付けてくれました」
「人形?」
その言い方は、彼女の名前が『人形』という意味ではなく単語の意味のままに人形なのだろう。
驚いて彼女の方を見る。
どう見てもちゃんと立ち上がり、動いて居る。それでもよく見れば、白く長い美しい指は人間のそれとは違い球体関節がはっきりと見て取れる。見詰める視線に気づいたのか、こいらを見返しペコリとお辞儀をされ、慌てて礼を返した。
ほんの少しだけ、不思議な魔法の世界に触れたばかりのハリーは大いに驚くが、アルフレッドもアリアナも当然とばかりに受け入れている。
先程の『いろいろあった』と言うので、本当にいろいろ有ったのだろう。
それこそ、交通事故で亡くなったと思っていた両親が、魔法使いに魔女で、実は自分も魔法使いだった。その上全く覚えていなくて実感の伴わい功績で、英雄のような扱いになっていたハリーみたいに。
「僕、話したい事が沢山あるんだ」
「私もです」
魔法学校からの手紙を受け取ってから、ちっとも落ち着かずどきどきと跳ね続ける気持ちを友人に話したくて仕方がなかった。
アルフレッドの方もそれは同じようで、深く力強く頷いて同意をしめしてくれる。
「でももうそれはまた今度にした方がいいのかも」
男の子は賑やかね、とばかりにお姉さんぶるように静かに眺めていたアリアナが首を傾げながら言う。
「クィレル先生、この後用事が有るみたいなの。わたし達がずっとここに居たら、動けなくて困ってしまうと思うの。今日はもう帰りましょう。父さんも人形の事を心配していると思うわ」
いつかのように、アリアナは別れを告げる。
「新学期が始まれば、また毎日あえるのだし」
ただそのあっさりとした物言いは、いつでも話せるような日常がまた来るのだから、という根拠から。
せっかくまた会えたのに……と酷くがっかりしたのも束の間、最後の言葉にぱっと明るい気分が訪れる。
そうだ、いつか思った通りにまた一緒にアルフレッドとアリアナと同じ学校に通うのだ。しかも魔法学校に。
思わぬ歓迎に少し腰が引けていたハリーだが、ごく普通のただの友人でしかない二人も一緒なのだと考えれば一瞬沸いた不安もすっと消えていくというものだ。
アルフレッドくんとアリアナちゃんの、認識しているモノの差。