狩人様の英国魔法界観察録   作:黒雪空

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魔法に『夢』を見ない子供

アルフレッドの父は酒というものを嗜まず、10年ほど世話になった孤児院の大人が飲酒する姿は、聖餐式の際の葡萄酒だけだ(それだってノンアルコールだったが)。

『子供』のアルフレッドにとっては尚の事。パブにも当然馴染みは無いし、出入りする様な形に成るまでのんびりしている心算もなかった。

それでもここはあまり流行って居ない店だ、と認識する。客がちらほらとしか居ない。が、それは恐らく時間帯のせいだろう。

 

非常に不本意な事だが、十一に成ったばかりの子供を同時に二人も引率しなければならないと言うのは非常に困難、という思考からかかなり早い時間から出ている。そして予想外に、アルフレッドもアリアナも『良い子』な上、来れない筈だった保護者が着いてきている。

毎年やんちゃ坊主共に悩まされる、教職が想定したよりも随分と早く予定は進行していた。つまり、今この場に居る人間は昼前から酒を飲んでいる、人としてどうなのか?という連中となってしまう。

魔法使いとやらは、活動時間が異なるのかも知れない。

父の夢の下では、常に月夜であるように。

 

ごく普通な人々の中で十年過ごした少年に、若干失礼な印象を抱かれた疎らな客達は、興味深そうに静かにたおやかに歩む長身の人形へ目を向けている。

当人は向けられる視線に小首を傾げ、丁寧にお辞儀をしていた。

 

「すいません」

 

少し待たせてしまった妹と、引率の教師に小走りに寄りながら謝罪する。

 

「だ、大丈夫ですよ。です、ですがここからは、人通りがお、多いので逸れないよう注意してっくださいね」

 

相変わらずどもりながらも、引率らしい事をいう教師に先程のアリアナがそうした様にお利口さんな子供らしく、はい、と頷いた。

ちらほらと顔見知り(或いは名門校の教師という立場上、顔が知れているだけかも知れないが)へ軽く挨拶をしながら店内を通り抜け、壁に囲まれた中庭へ、更にその向こうレンガの壁が口を開いた向こう側へ進む。

 

別にこれと言った感動は無いが。非常に可愛げが無くて申し訳ないが、成る程。と頷くだけだ。

ただ、ここは悪夢とは違い同じ現に地続きで存在する世界なのだな、と思っただけだ。父が見ればまた何か違った事が分るのかも知れない。

 

見慣れぬ類の店舗と、色とりどりのローブを纏った年齢性別疎らな人間が大勢行きかっているここが、ダイアゴン横丁と言うらしい。

確かにうっかりすると逸れそうだ。

それにしても、建物が斜めになっておりじっと見てると酔いそうな気がする。実験棟のぐるりと昇る階段をぐるぐる駆け上がるのとどっちがマシだろうか。

空を沢山のフクロウが飛び交い、大きな翼の影に一瞬ぎょっとするが、屍肉烏よろしくこちらを突いて来る事は無さそうだ。

 

さっそく様々なものに興味を示し、きょろきょろとするアリアナの手首を再び掴み先ずは換金が必要だ、というクィレルの言葉に頷く。

これから魔法界唯一の銀行、グリンゴッツへ向かうらしい。

 

どうやら本当に魔法族と言うものは、隔絶した社会を築いているようだ。しかしポンドと両替可能という事は、完全に行き来が無いという訳でも無いのだろう。

 

「アルフレッドだけで行って来て貰えるかしら?何だか、ここは目がまわるわ」

 

また例の瞳を閉じて何かを『見る』動作をしながらアリアナがそんな事を言う。白く、周りから浮いて大きな建物へ顔を向けながらだ。

 

「……絶対にそこを動かないでくださいね」

 

「大丈夫よ。人形と待って居るから。ねえ」

 

傍に立った人形を見上げ、同意を求めれば当然肯定が返って来る。

 

「はい。アリアナ様とお持ちしております」

 

こくりと頷く人形に、好奇心旺盛な妹への懸念を何とか押し込める。朝から本分とは異なるであろう『子守り』に駆り出された教師の為にも用事は早めに終わらせるべきだろう。

 

 

 

 

 

 

しばらく頑固者の弟が向かった方を見て、完全に建物の中に入り、見えなく成ったのを確認してから人形の手を引く。

 

「行きましょう」

 

別にアリアナは自分が『ここで』待ってるとは言っていない。人形と一緒にアルフレッドが用事を済ませるのを待つと言っただけだ。

とんだ屁理屈だと言うのは理解して居るが、彼が堅物の心配性なのが悪い。

 

アリアナの好奇心旺盛で、知りたがりな部分が気になると訴えたのだから仕方ない。父だってそれで良いという筈だ。

人間とは、そういう生き物なのだから。好奇に唆され、秘された物を暴き、知りたくて、認識したくて仕方がない。何処までも傲慢に求めるモノ。

 

グリンゴッツから少しそれた脇道。

明るく賑わうダイアゴン横丁とはうって変わり、何処か薄暗く陰気臭い。10年過ごした閑静な街よりも、ここ暫く棲んでいる悪夢の方に似た空気だ。

そちらの方が、面白そうだったから覗いて見たくなったのだ。実験棟があまり好きではない弟は嫌がるかと、一人で向かう次第で。

 

実際立ち並ぶ怪しげで、異臭漂いそうな店の中は実験棟で見た誰かの書斎そっくりだ。何だか『夜の闇』の中に似たそこは遊び場である悪夢の中を思い出しわくわくとした心持がする。

 

しかしその通りを行く人々にしてみれば、アリアナと人形は異物のようだ。

もともと胡散臭い人間が、胡乱な表情で更に怪しさを増しながらちらりと二人を見て来る。

だがそんな事よりも、ここを行く人達に人形はどう見えているのだろうかと、アリアナは気に成った。

 

蒙の啓いて居ない者には、本当の在り方が見えないから、彼女が動き喋る姿は認識できない。クィレル先生は、きっと疑似的に脳に瞳が(情けない姿と言う様な、ただくっ付いてるだけのものだが)あるから人形と会話が出来ているのかしら?とも考えたが、魔法使いたちの領分に入ってからは、皆当然の様に人形へ視線を向ける。

 

何となく彼女の顔を見て、薄汚れた店のショーウィンドウへ視線を動かす。

そこには人間の造形をした自分と、手を繋ぐ同じく人らしい造形が映っている。ただし、人形の虚像の顔部分は靄がかかり何も見えない。それは硝子が汚れているためではなく、そういうものなのだ。人形の顔は決して映らない。彼女は自分がどんな顔をしているのか、知らないのだろう。

 

「おっと!」

 

「あら、ごめんない。よそ見していたの」

 

今は自分の視点でしか物を見る事が出来ず、第三者から人形がどう見えるかなど、答えのでない疑問に思考を回していたせいで、うっかり見知らぬ男の子にぶつかってしまう。

 

一瞬むっとした表情をするが、謝罪するのが同い年位の女の子だと知ると、すぐにしゅっとした気取った様な顔をして、大丈夫、と頷く。

前の学校の男の子達同様に、ほうっと見惚れる視線に熱がこもっている。

父はカインハーストの女性は蠱惑的だからな、と苦笑して居たが、アリアナにはいまいちピンと来なかった。

 

「ねえあなたはこの辺りのお店に詳しいかしら?もしお暇だったら、一緒に歩いてくれる?」

 

何か会話を繋げ、アリアナと話したそうにしていた男の子は目に見えて嬉しそうにする。青白いとさえ言える色素の薄い皮膚に、白に近い程の淡い金髪は何だか弟に似ていて親近感を抱く。

アルフレッドと違い、気取ったな表情となよっとした成長期前の背格好だが、まだ幼い子が精いっぱい恰好つけて居るのだと考えると微笑ましい。

 

「ああ!もちろん!あ、でもその、今は父の用事が終わるのを待って居て……あぁ~…」

 

元気よく承知した後に、自分には用事が有った事を思い出したように言葉が尻すぼみに成って行く。

 

「えっと、君っていくつ?同じくらいだよね。僕は今年からホグワーツなんだ」

 

そこで言葉が消えてしまえば、アリアナが行ってしまうかと思ったのか慌てた様に話題を繋ぐ。その姿の可愛らしさに、と笑みがこぼれる。

 

「じゃあ同級生に成るのね。わたしは」

 

「アリアナ様、アルフレッド様がお戻りです」

 

名乗り握手を交わそうと腕を伸ばしかけた所で、背の高い人形が腰を折って耳打ちする。

 

「頑固者の弟が戻って来ちゃったみたい」

 

ちょん、とお互いの指先が触れ合った所でアリアナは困った顔を作って小さく手を振る。

 

「もし機会が有ったら学校で仲良くしてね」

 

人形の手に引かれながら、振りかえれば名前も聞き損ねた男の子も、子供っぽい動作を気にしてか控え目に上げた手を小さく振って居た。

 

「アリアナ……!私はここで!待って居てくださいと!言ったでしょう!見知らぬ人の多い場所で!逸れたらどうするんですか!!」

 

そして少しばかり小走りに戻ったが間に合わず、怒り心頭と言った顔のアルフレッドに凄まじい勢いで詰め寄られ、大音量でがみがみとまくしたてられた。

どうもこの弟は感情的になると声量調整がおかしく成るらしい。そっと耳を覆いながら、彼の興奮が収まるまでこくこくと頷いて置く。

 

本来叱れる立場の大人(この場合人形は除く。彼女は彼らの父含めその行いを慈母の様に全肯定してくれる)であるクィレル先生は、アルフレッドの勢いに気圧されおろおろと子供二人のやり取りを眺めるしかない。一通り諫言を吐き出して少年が落ち着いたのを確認してから、アリアナへ向き直り真剣な表情でノクターン横丁には近づくべきではない、と教師の顔で告げた。相変わらず言葉は引っ掛かるし、神経質そうに表情筋が微動を繰り返して居たが。

 

正直に言えば、そこまで『良くない』場所とは思えない。

悪夢の中とあまり変わらない。物騒な得物をぶら下げてうろつく人たちが居ないだけ、大分治安が良いと思う。

 

それでも、それがこの社会のルールなら心に留めるだけはして置こう。とアリアナは頷く。

父の見えない場所を見せる為にわたしは存在するのだから、いくら人らしく好奇心に従っても、余りに異端な行いで排斥されては元も子もない。

そういう事は、やっても構わない場所でやればいいのだ。

例えば、アリアナの誰だか知らない部分が思い浮かべる医療教会のように。

 

表面上はしゅんとしながら理解を示したアリアナを確認し、マグルでも純粋な魔法族でもない新入生の入学準備は続く。

 

 

 




この辺りまで書いて居て映画に寄せようか小説に寄せようかまだ定まっていません。
直近に起こる問題として、ハグリットの身長をどっちに揃えるか…人形ちゃんと並んだ時の表現が異なりますからね…。

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