悪いことは続くらしいと、とんでもない大混乱のダドリーの誕生日から物置に投獄されているハリーは思った。
数少ない友人二人との別れが、悪い流れの始まりだったのだろう。
アルフレッドとアリアナという双子のきょうだいだ。どちらが姉あるいは兄かは聞いた事が無いし、おそらく本人達も知らないのだろう。互いに兄、姉の座は譲らないだろうし。
そして二人はハリーと同じく、孤児だ。いや、正確には母方の叔母夫婦宅に身を寄せているので違うのだろうが。だが、今の生活環境を顧みるにアルフレッド達が世話になっている孤児院に預けられた方がよっぽどマシだっただろう。
「おはようございます。ハリー」
現に、アルフレッドはとても穏やかに礼儀正しい少年に育っている。
黒い髪はくしゃくしゃで、服装はいつもよれよれのお下がりばかりのハリーにも嫌な顔せずに挨拶をする。
体だって大きく、やせぽっちにみすぼらしいハリーとは大違いだ。しかもそれはダドリーの様な、横にも、という事ではない。高い背と同い年とは思えない確りとした体格をして居る。実際、運動神経も良く彼と居る時にはダドリー軍団に絡まれる事はない。
「アリアナも、おはよう」
最初はその美少女ぶりに、挨拶でさえどぎまぎしてまったが実体を知った今では気兼ねなくお喋りだって出来る。そしてそれを一部の男子が羨んでいる事も知って居た。
「おはよう」
それでも、にっこりと笑いかけられるだけでクラクラしてしまいそうな可愛さが有るのだからすごい。
彼女は所謂不思議ちゃんで、きっとアルフレッドとアリアナきょうだいがわざわざ遠くの学校まで通って居るのは、アリアナが何かやらかしたからでは、とハリーは睨んでいた。
それでもこの厄介な美少女も大切な友人だった。時々起こる不思議な『普通』ではない事象を信じ、真剣に話を聞いてくれる。
運動も勉強もできて、礼儀正しい上に美少年に美少女のきょうだい。それでも、施設暮らしだという事や、二人だけが離れた学校に通って居る事で様々なうわさが飛びかった。学校内や親たちには遠巻きにされがちだ。
当人達は別段気にした風もなく過ごし、遠巻きにする人々を意に介さない。同じようにつま弾きに成ったハリー以外に親しい子を見かけた事は無いし、新たな友人を作ろうとする動きも見かけない。
「でも、こうしてハリーと挨拶するのも最後なのね」
「え……?」
「アリアナっ!」
また彼女の不思議発言かと思えば、間髪入れずにアルフレッドが声を上げ姉だか妹だかの口を塞ぐ。その様子に、アリアナの言葉が真実だと裏打ちされた。
「その……里親が決まったんです。私達、二人とも」
もう少し情緒を持ってきり出してください、とアリアナに苦言を呈してから、何処か寂しそうに向き直り、そんな重大ニュースを伝えられた。
「本当に?」
きっとおめでとうと言うべき場面なのだろうが、あまりの衝撃にそんな言葉しか出てこなかった。お別れという事は、遠くの家へ貰われて行くのだろう。
何となく、彼らとはこれからも一緒なのだと思っていた。
そんな風に考えて居たのはきっと、友人として途轍もなく薄情な事だと分かっているが、彼らがどこか『普通』の家に貰われて行くのは難しい事で、大人になるまで孤児院で生活するのだと思っていた。そして、お互いに貴重な友人同士で居るのだと……。
何て薄情で、酷い奴なんだと自分に呆れ果ててしまうハリーだが、たった十歳。味方らしい味方も居ない中で、数少ない友人が二人も居なくなってしまうのは、様々な物を置き去りにして寂しいという感情が顔を出してしまう。それは仕方のない事なのだろう。
「ええ、本当。父さんが迎えに来たの」
「……えっと……あんまり嬉しそうじゃないね」
兄だか弟だかの手をぺしりと払い落としながら、こくりとアリアナが頷く。だがその顔は何処までもいつも通りで、とんでもない変化が起こるのだとはちっとも感じられない。いつも通りの美しいばかりの女の子だ。
「緊張してしまって……嬉しくない訳ではないんです」
きっちりとアイロンがあてられた白いシャツの胸元を、ぐしゃりと掴んでアルフレッドが深く息を吐いた。
「そういうもの?」
今の所、ハリーはダーズリー家以上に酷い『家族』という物を想像出来ないので、誰かがうちの子に成ればいいと言ったら、両腕を上げて大喜びをする自信があるが、彼らはそうでもないらしい。
「アルフレッドったら、真面目すぎるの。あと、あなたと別れるのが寂しいのよ」
アリアナの言葉で少しだけ、自分勝手な思いを抱いてしまった自分を許す事ができた。友人も同じ様に寂しがってくれるのに安心する。
当人は子供染みた感傷に恥じ入り、アルフレッドは俯いてしまう。
口調もその立ち居振る舞いも、同い年の子達より大人びている彼だ。その彼の照れたままに、顔を上げない様子に何だか親近感が増し、一層仲が深まった気さえする。
今日が別れなのだが……。
「手紙を、送ってもいいですか……?」
おずおずといったふうに尋ねる背の高い友人に力強く頷いた。
そして今後、郵便物を取りに行くという雑事は何を言われずとも敢行しようと決意した。
ただ、友人からの便りが届く前に今後を大きく変える事となる手紙が届く事になった。
時たま耳にする、産まれる前の記憶を持った子供の話がある。
アルフレッドも、産まれる前……というよりも産まれた経緯をしっかりと覚えていた。勿論男女がどうのだとかの、保健体育の分野でも、細胞がどうのと言った話ではない。
何の為に生きているのか、『父』がどうして自分達を作ったのかを理解している。
ある種の悟りの様に、確固たる存在意義を知って居た。
だから、孤児院に併設する教会に祀られた『上位者らしきもの』を敬う気持ちがさっぱりわかない。
彼も、アリアナも跪き頭を垂れるのは本物の上位者であり、文字通り自分達の支配者である『父』と、その父が跪いた女性だけだ。
……何故だか、アルフレッドはその女王の事を考えると途轍もない息苦しさを感じる。食事時に使うフォークを首に突き立てて穴を空ければ、少しは呼吸が楽になるだろうか?なんて考える程度には息がつまる。アリアナはそんな素振りをちっとも見せないものだから、不思議で仕方なかった。何故誇るべき血に胸がざわつくのだろうかと首を傾げている次第。
僅かな不思議を抱きながらも、『人になれ』と作られた機能の通りに子供らしい感性と、全てを悟った意識を持った歪な少年のらしき物体は、そういうもの、と飲み込むだけだ。
父は言って、いや、記憶していた。友達を大切にしろ。そして袂を分かつなら全力で殺せ、と。あと背後から蹴り落してきて『友達だろ?』などと宣う奴は、命乞いも無視して殺していい。
人として一夜を巡って居た時の父がそう言うのだから、殺しあう関係にない友人と別れる事を惜しむ事は『人らしさ』であり、求められた在り方なのだろう。
とても上手く出来たと思う。
すこし盲目に傾倒する質のアルフレッドは、実際のところ穴だらけで不透明で不可解な自分自身に対しても、与えられた意義と使命があれば、気に成らなかった。そもそも、気づいてさえいない。
彼はこれからも妄信のままに盲進していくだけだ。
きっと。
さて、さて、さて。
と夢の中で久しぶりに人の形を取り、ちょっとしたお遊びに車椅子に腰掛けてみた狩人は手元の二通の手紙に目を落とす。
魔法界はあの子達をナニと判断したのかは分からないが、こうして入学許可証を手に入れた。魔法使いの子供は学校に入る義務があるらしいので、少なくとも『魔法使い』の子供とは認識されたようだ。
実態を語れば、きっと魔法界の彼らはまた、ヒトたる存在と動物の区分に頭を悩ませる羽目になる。
ヤーナムから魔法界などというものに飛び込んだ人間はこれまで居なかっただろうし、そもそもこの悪夢蔓延る古都の探究者達も魔法使いなんてものでもなんでもないのだから。
予め便宜上のバックボーンを考えて居たとは言え、彼の魔法使いはよくまぁ、あんな異分子を受け入れる事を決断したものだ。
夢で対面を果たした、半月眼鏡のご老体を思い起こす。
偉大な魔法使い。好々爺として居ながら抜け目ない策士で、愚かで憐れなヒト。
狩人としての記憶でしか人だった頃を記録して居ないが、死に怯えて血の医療を求めた病人であった『誰か』なら彼の器に陶酔したかも知れない。
残念な事に、今の狩人からしたらヒトの殻の中に収まった、平面の存在。
さっぱり案内する気のない入学案内を見詰めながら狩人は笑みを作る。
そうだ。人間はこんな風に筋肉を歪め『愉快だ』と示すのだと思い出した。
「ああ、そう。杖。杖ね……杖」
羊皮紙の上、学用品の文字に視線を滑らせながら呟く。仕込み杖ではない杖。恐らくこれは狩人の仕掛け武器の様に大切な物だろう。
何か考えて置かななければいけないな、と狩人は思考し、思いの他自分がヒトらしい事に再び笑みが漏れる。やはりまだまだ枠組みを超えたばかりの赤子のでしかないようだ。
なにやら楽しそうにする狩人の傍に佇む人形の視線は、無邪気な子供を見守るように優しかった。
アルフレッドくん(便宜上11歳)とアリアナちゃん(便宜上11歳)の内容物と精神構造は割と滅茶苦茶のぐちゃぐちゃの混ぜこぜ。
だって上位者なりたて赤ちゃんの工作の品だから。