これはちょっぴし昔の話。
彼ら彼女らが高校三年生だった頃のお話である。
ミーンミーン、と蝉の鳴く声がして外を見ると、窓から見える大木に蝉が止まっているのが見える。
「蝉......かぁ」
彼女、桜町穂花は、誰に言うでもなくそう呟いて席を立った。
ここは街中の予備校。時期は受験シーズン。
皆が皆ピリピリと張りつめた緊張感を顔に浮かべているのを傍目に、桜町穂花は一人、興味がなさそうに呟いた。
「短い人生......、何で生きてるんだろ?」
☆☆☆
場所は変わって桜町穂花の通う高校。
未だに夏真っ盛りで暑さは厳しく、勉強しなければいけない身の上としては随分ときついものがある。
冷房はもう既に焼け石に水で、得に日差しの直接当たる窓側の席の住民は尚辛い。
そして窓を開けようとすると先生が「冷房ついてるんだから窓開けるのはやめなさい。お金の無駄になるでしょう?」と意味のわからない説教をたれてくるのだ。なら冷房消せばいいのに。
そんなことを思いながら桜町穂花は、教室で一人、スマホを弄っていた。
彼女はさして進学にも興味はなく、「テキトーな大学でも行ければいいさ。進学できれば」とそんな考えを持っていた。特に趣味もやりたいことも無く、恋人もいないため、行く大学はどこでもいいのだ。
時刻としては朝のホームルームの始まる一時間ほど前で、この時間から学校に来ている者など桜町本人のような物好きだけだろう。
───と、思っていたのだが、残念ながらこの教室にはもう一人生徒がいた。
少し着崩した制服に、染めたことなどないであろう黒い髪。
どこにでも居そうな男子生徒が一人、桜町の右前方の方の席で本を読んでいた。
確か名前は......、と桜町は考えるが、残念ながら影が薄すぎて名前を思い出せない。
(まぁ、興味無いしまぁいっか)
そう結論付けると、桜町穂花は再びスマホを弄り出すのだった。
───が、その静かな教室に来訪者が現れた。
「つーかさー、昨日のカラオケ何あれ、マジ受けたんですけどー」
「だよねー、いきなり店員さんからナンパとかマジ無いよねー。すっごい白けたんですけどー」
「ねぇねぇ、さっき寄ったコンビニでこんなの見つけちゃった!焼きそばのショートケーキ味! ちょーまずそうじゃねー?」
「「それあるーっ!」」
いかにも面倒くさそうな女子高生の三人組である。
この高校には色々と珍しい面々が揃っている───例えば、滅茶苦茶優しい超巨漢のヤンキーとか、飛び級してきた天才メカニックとか、男だか女だかわからない男の子とか、そういうヤバそうなのが揃っているのだが、彼女らはその中でもある意味異彩を放っていた。
噂によると裏にヤクザの組長やら誰かがいるらしく先生すら手出しできず、更には何かある度にその後ろ盾をかざして無理を突き通すのだ。
───そう、何だかどこにでもいそうな普通感が、逆に異彩を放っているのだった。
(まぁ、おかしいのが普通な時点で他の面々の異彩さが目立つんだけどねぇ......)
桜町穂花はそう考えるとスマホへと再び視線を下ろし、最近入れたばかりのゲームアプリを起動させると、ピロン、と音がする。
咄嗟に音量を消した桜町だったが、桜町の耳は確かに、それとほぼ同時に舌打ちの音も拾っていた。
───どうやらそれは気のせいではなかったらしく、
「はぁー? ちょっとアンタ、私たちが登校してきたってのに挨拶も無しにゲーム始める? フツーさ」
「ないわー、挨拶って大事だと思うんだよ、わたしー」
「まじ挨拶大事だよねー、挨拶出来ない奴とか本気で死ねばいいのにー、ねぇ? ......えーっと、名前なんだっけ?」
少しでも気に食わないことがあれば突っかかる。それが彼女達である。
それに少しでも弱気な部分を見せれば即座に金をむしり取られてパシリにされ、反抗的な態度を取ればヤクザという後ろ盾をかざされる。
つまりはこのバカ達に絡まれたが最後、金と労力、時間を無駄にするか、それとも命を危険に晒すか。その二択以外の選択肢は有り得ないのだ。
(......ごめんね、お父さん、お母さん。せっかく貰ったお小遣いだけど、この人達に渡しちゃうかもしれない......)
そんな後悔と自己嫌悪に襲われるが、きっと両親も僕の命を優先してくれるだろう。
そう思って悔しげに顔を歪めかけるが、それを無理やり笑顔という仮面を被って誤魔化す。そうでもしないと殴られかねない。
桜町穂花は精一杯の笑顔を顔に貼り付けると、席を立ち上がって三人に話しかけた。
「ごめんね、みんなっ、ちょっと僕、今体調悪くて......」
「あぁん? 体調悪いならさっさと帰ってろよ、わたしが風邪引いたらどう責任とってくれるんですかーっ?」
「ほんと風邪ひいてんのに学校来るとかどんな真面目ちゃんなのさーっ、ほんとチョー受けるっ!」
しかしながら穂花の稚拙な言い訳では集団になって自信のついた───それこそ自分たちは無敵だと思い込んだ馬鹿どもにはかなうわけもなく、一瞬で切り伏せられ、罵倒を受けるハメになる。
───赤信号。皆で渡れば、怖くない。
そんな嫌味があるが、まさに現状はその通りだ。
一人じゃなんの力も持たないくせに、数人で集まった途端にまるで自分は強いかのような錯覚を受け、最終的に横暴を働いて周囲に迷惑をかける馬鹿共。
みんなでやってる、みんなで怒られる、なら怖くない。
何かを壊しても、それはみんなでやった事だ。楽しけりゃ他のことはどうでもいいし、連帯責任で無関係な奴から金が巻き取られてもなんとも思わない。
桜町はそんな考えが死ぬほど嫌いだったし、自分が過去にそういう目に遭った事もあって、そういうことをしている奴が許せなかった。
───けれど今回、桜町穂花はその馬鹿どもに屈することとなる。
「あー、焼きそばに必要なお湯忘れちったーっ!」
「うわー、馬鹿はっけーん、マジ受けるわー、どうやって食うつもりしてんのさー」
「あー? アンタちょっと箸まで忘れてんじゃないー? なに、その歳でものボケとか来てんのー? チョー受けるんですけどー」
と、そんな会話の後に、穂花へとそのリーダー格が話しかけてきた。
「ねぇアンタ。いますぐコンビニいって箸三つのお湯のポット貰ってきて。私あんまし待つの嫌いだからさー、三分でお願いするわー」
「.........へっ?」
そのあまりの横暴な思わず歯の隙間から間抜けな声が漏れでる。
それをリーダーは聞き取れなかったのだと判断したのか、大きな舌打ちの後にもう一度同じ内容を言って怒鳴ってきた。
「いいから早くコンビニ行って、箸三つとポットもらって来いってんのが聞こえなかっのかァ!? あぁん!?」
───そんなの......、そんなのは分かってる。
けれど流石にコンビニに設置されているポットなんて持ち出したら即捕まるだろうし、コンビニはここから走っても五分はかかる───つまりは無理難題なのだ。
桜町は立ち尽くし、体の真横に下ろした拳を血が滲み出るほどに強く握る。実際に女性の握力でそこまで至ることは無かったが、それでも彼女は、生まれて初めてそこまで強く拳を握った気がした。
今までに味わったことのない屈辱だ。
自分の最も嫌う人種に、顎で使われる自分が情けない。
───そして、そんな奴らに笑いかけて媚を売ってる自分が大ッ嫌いになる。
「ちょっと、あんたマジで調子乗ってない? 私の話聞こえたよね、ならさっさとコンビニ行くべきなんじゃないの?」
リーダー格の声が教室に響き、ほか二人のクスクスという笑い声が耳の中で谺響して、べっとりと離れない。
───あぁ、ほんと。
「ははは......、ごめんね、今行ってくるよ」
───こんな自分が、僕は大嫌いだよ......。
僕が笑みを顔に貼り付けて駆け出すのと───クラスで本を読んでいたあの男子生徒が立ち上がるのは、ほぼ同時の事だった。
いきなり立ち上がったことにピクリと反応する女子高生一同。
それは桜町も例外ではなく、思わずその足を止めてしまう。
そんな様子をチラリと一瞥した彼は、小馬鹿にしたように鼻で笑うと、
「醜くて悍ましくて......、お前ら最高に気持ちが悪い」
そう言ったっきり興味をなくしたかのように、教室の前の扉へと歩き出しながらスマホを弄り始めた。
勿論そんな事を言われてプライドの高い彼女達が黙っているわけもなく、いつもの如く脅しの常套句を口にするのだが、
「ちょっとアンタ!! 私たちを誰だと思ってんの!? 私たちの後ろにはヤクザが......」
「ヤクザヤクザって、お前らそれしか自慢することないの? .........あっ(察し)。ご、ごめん、気にしてた?」
───彼の一言で完全に彼女らの堪忍袋の緒が切れた。
「こんの野郎っっ!! ぶっ殺してやるっっ!!」
リーダー格がそう言って彼へと襲いかかるのに続いて、ほかの二人もそれに追随する。
流石に男子とはいえ、女子三人を相手にするのはあまりにも無茶だ。それにあの男子生徒、きっと喧嘩すらまともにした事がないのだろう。
そう考え至った桜町は、彼女らを咄嗟に止めようと走り出そうとしたが......、
───その直後には、その考えは彼女の頭から消えていた。
「
男子生徒がスマホにそう呟いた。
───次の瞬間、教室の天井から床へと幾重もの紫色の落雷が降り注ぎ、悲鳴すらあげる暇もなく三馬鹿は白眼を剥いて気絶した。
「はぁ......、現代日本で僕に勝てる奴なんているわけねぇだろうが、この馬鹿野郎ども」
『正確には我らが領域内に散った私の子供たちのおかげ...』
「うっさい、カッコつけてんだから黙ってなさい」
男子生徒はそう言うとブチっと通話を切って、そのまま三人の足首を掴んでそのまま教室から出ていこうとする。
「あ、あのっ、ちょっと待っ......」
なぜ呼び止めたのか。
それは本人にも分からないことではあったが、自分の本能の奥の奥の方がうるさいほどにそう叫んでいた。
そうして気がつけば、そう口にして彼を呼び止めていた。
───けれども。
そう言った彼女の声に振り向いた男子生徒の瞳は、まるで氷山の一角から削り取ったかのような、背筋が凍るような冷たさを孕んでおり......、
「僕、こういうゴミ共に流されて笑ってる奴、あんまし好きじゃないんだよね」
そう言って、彼女の返事も聞かずに教室から出て行った。
☆☆☆
「いやぁ、そんなこんなでこの次の日の朝にはそのヤクザ組が壊滅したらしくてねー、なんかニュースになってたよー」
と、桜町の語った内容を聞いて思わず絶句する彼女のパーティメンバー───堂島に鮫島、そしてシスターマリアの三人だった。
そんな彼女らを知ってか知らずか、桜町は話を続けた。
「結局僕は高校時代に銀と話すことは出来なくってねー。言われたことがショックだったってのもあるけど、話しかけようとした時に限って了ちゃんと一緒に居たからねぇ......」
そう言って懐かしそうに遠くを見る彼女をみて、パーティメンバーは思わず顔を見合わせる。
「ぎ、銀君ってその時からそんな感じだったんだね......」
「まさか日本中に兵器を仕込んでるとは思わなかったわ.....。やろうと思えばあの二人だけで日本を簡単に乗っ取れたんじゃないかしら?」
「えええっ、執行者さんってそんなにぶっ飛んだ人なんですかッ!? 全然見た目の雰囲気とちがうんですけどっ」
三人の会話を聞いて思わず吹き出して、腹を抱えて笑い出す桜町。
それをキョトンという顔で見つめ、次第につられて笑い出してしまう他の面々。
「いやぁ、それにしてもカッコよくない!? あんな物語の主人公みたいな雰囲気で助けられたら絶対惚れちゃうって!」
「そうなのよねぇ......、問題は銀さんって助ける対象が見境無しだからどんどんライバルが増えちゃってるのよねぇ......。多分現在進行形で」
「ちなみに私はシルさん一筋だよっ! .........ってあれ、そう言えばシルさんどこ行ったんだろう?」
「皆さん青春してますねぇ.........」
と、そんな朝食時のちょっとしたガールズトークも終わりを迎え、そろそろ仕事の時間がやってくる。
「よーし、それじゃあ今日も、いっぱいお金稼ぐぞーっ!」
「「おぉぉーっ!!」」
「その掛け声はどうかと思うのだけれど......」
そんなこんなで、彼女らも着々と前へ前へと突き進む。
───案外、彼女と彼が再会する時は、もうすぐそこまで来ているのかもしれない。
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