ギン、目が覚めたそこは......
目が覚めて、最初に僕の目に飛び込んできたのは、紛れもなく"見知らぬ"天井であった。
「......いや、知らない所に連れてこないでよ」
人は、起きたら見知らぬ場所に自分が居た場合、お約束とかどうでも良くなって逆に焦る。
───期せずして、一種の真理にたどり着いてしまった僕であった。
とまぁ、寝起きからかなりのテンションをぶち込んでみたが、やはりというかなんと言うか、テンションと比べると身体のだるさは一線を画すものであった。
まぁ、大してテンションも高くはないが。
だるさを一先ず隅に置いておいて、その重い身体をなんとか左手一本で支え、上半身を起こす。
───そうしてやっと、僕がどこにいるのかを思考し始める。
どうやらここはかなり豪華な一室のようだ。
僕が寝ていたのは天蓋付きの大きなベッドで、あたりを見渡すと「あ、これ高いヤツだ」とひと目でわかるような品々───と言っても、絵画や壺、更には机やソファーまで、何から何に至るまでお高そうなのだから、この部屋自体がとてつもなく高価なもの、という言い方も出来るかもしれない。
この部屋で売りに出して一番安値が付くのが僕、と言っても過言ではないだろう───これが場違いという事か。
部屋の窓からは紅く染まった光が入り込んでおり、明朝か明晩かは分からないが、少しだけ、妖しげな雰囲気を感じた。
......まぁ、少し暗いってだけなのだが。
と、そこまで考えたところで、なぜ僕は気絶したんだ? と根本的な所に立ち返って考えてみると、僕の脳内にはあまりにも強烈過ぎた死神ちゃんの戦闘の映像がこびり付いていたようで、一瞬で思い出すことが出来た。
そうして僕が出した結論としては、
「なるほど。全く分からんな」
───何も分からないということが分かっただけであった。
確かに死神ちゃんがルシファーを殺した......殺したんだよな? よく分かんないけど倒したのと同時に僕は限界を迎えて気絶したのだろう。そこまでは分かる。
......だがなぜ僕はこんな両手の指に所狭しと宝石のついた指輪を嵌めたデブの成金貴族様が泊まってそうな部屋に居るんだ?
と、そこまで考えて僕は、猛烈に『なんか、この部屋に居たくない』という感情に襲われた。
───決して、何処ぞのクソ領主様がこの部屋に泊まっていたら? と想像してしまったわけではない。断じて違うからな?
空間支配でこの部屋付近の気配を探ってみるが、やはりいつもの如く、気絶し覚醒したばかりの僕の付近には人気というものが見当たらないので、僕はリハビリがてらこの付近を捜索してみる事にした。
まぁ、"起きたらラスボス部屋直前のセーブポイントでした"なんてことがある訳もないし、逆に言えば、少なくとも数時間は寝てたであろう僕が今の今まで生きていたことからも、ここが危険な場所ではない事だけは確かであろう。
僕はふらふらしながら起き上がると、......誰が着せたのかは追及しないでおくが、僕が身につけていたパジャマを脱いで、すぐ側に置いてあった神の布製の服を身につけると、アイテムボックスからシルのステッキを取り出す。
まだまだふらふらしているし重心もどこにあるのか手探り状態。
実際に歩くだけで精一杯だし、今のバランスでは魔法も今まで通りバンバン使える訳では無いのだろう。
───けれど、あんなの見せられたら一刻も早く戦えるようになりたいと思うのも、別に自然なことだよな。
「ま、生き急がずにゆったり歩いて行きますか」
僕は二つの意味でそう言うと、ゆっくり、ゆっくりと手探りで歩き出す。
───直ぐに最初の難関である『部屋のドア』にぶつかってしまい、いきなり諦めかけるのだが......、まぁ、それも含めて僕なのだろう。
☆☆☆
コツ、コツ、と石の床をステッキが鳴らし、それに少し遅れて僕の足音が追走する。
部屋を出てからというもの、何だかんだで十分ほど経っただろうか。
リハビリということで半径十メートルの空間把握を使用しながらこの家......と言うか屋敷......と言うか、うん、城だな。この城を彷徨いているのだが、何故だかまだ一人もすれ違わないのだ。
ふと窓から景色を見ると、どこかで見覚えのある巨大な───輪切りにされた木に、その切断された上部が崩れ、街を破壊する少し手前で止まっている様子が見受けられた。
やはりここは敵城などではなく獣王のいる帝都の王城───略して帝城......にはならないかな? よく分からないが、帝城───なのだろう。もしかしたら敵に占領されてるなんてこともあるかもしれないが、窓から見た街はいつも以上に活気づいて見えたから、きっとそんなことも無く平和なのだろう。
そう考え至ると先程まで万が一の可能性を考えて警戒していたのが馬鹿馬鹿しくなってくるな。誰かに見られていたと考えると恥ずかしい。
そんなことを考えながらも、コツ、コツと最初と比べて少しマシになった身体を動かして歩いていると、
「ひゃひっ!?」
どこかで聞いた覚えが......無くもないような、そんな可愛らしい声が僕の耳に届いた。
「.........ん?」
空間把握に映らないということは少なくとも十メートル圏内ではなく、さらに言えば僕の前方にはその主は見当たらない。
......つまりは、後ろか。
僕はそう考え、バランスを崩さない様に振り返る。
───が、そこには人影はなかった。
.........なかった?
自分で言っておきながら自分が言った言葉に対して猛烈な違和感に襲われた。
え、今僕確かに悲鳴を聞いたよな? いやいや、確かに疲れのあまりに聞いた幻聴とかそういう類かもしれないけれど、それでもやっぱりあれが幻聴だとも考え辛い。
ならば風が吹き付ける音だったり何かが何かの拍子に倒れた音だったのかもしれないが、やっぱりあれは悲鳴だった。
だ、だったら今の現状は......、
と、そこまで考えたところで、僕は最悪の考えを出してしまった。
───ゆ、幽霊?
瞬間、僕の身体中にルシファーの全力を見た時以上の鳥肌が立ち、歯がカチカチと不快音を奏で始める。
幽霊、オバケ、ゴースト、妖怪 etc..、
それらは最早人間の力の及ぶ存在ではなく、一度遭遇してしまえば取り付く島も無く───と言うか身体すらなく、一方的に惨殺されるという悪夢の象徴。
現代日本では『怪談』等という悪しき風習が跋扈しているが、やはり僕はその風習はどうかと思うし、そんなことしてゲラゲラと笑っている連中も本物を見れば泣き出して失禁するのだろう、と僕は冷たい目で見ていたのを覚えている。
よく考えても見てほしい、幽霊だぞ? ゴーストだぞ? オバケだぞ?
一体それらのどこに笑える部分があるというのだ。アイツらには身体すらないというのに。
幽霊なんて存在しない、そんなふうに思ったこともあったし、実際今も僕は幽霊なんて信じていない。
───だが、居ないと思い込んでいたところで、その存在に恐怖しないかと聞かれれば、否、と答えるしかないであろう。
もしも、もしも万が一に、そんな存在が居たとすれば?
もしも、もしも万が一に、自分のすぐ近くに居たとしたら?
いくら嫌でもそんな考えが頭の片隅を過ぎるのだ。
まぁ、ここまで長々と幽霊について語ってみたが、結論としては一言で済むのだ。
───僕は。オバケが苦手なのだ、と。
僕はそこに見ていたら
突如、かつ、かつ、と僕の背後から足音が聞こえだした。
僕の背後───つまりは、先程まで誰も、何も居なかったあの空間に、である。
ダラダラと冷汗が身体中から吹き出し、今にも倒れそうだった僕の身体は、皮肉にもカッチリと固まって直立不動だった───と言うか金縛りにも近いような、そんな常態だ。
まずいまずいまずい! ここに居たら間違いなく殺られる!
そんな焦りにの滲みまくった声が僕の中に谺響するが、やはり僕の身体は動かない。
───きっとこれは、恐怖のせいなのだろう。
そう思うと同時に、この恐怖をどうにかしなければ身体は動かないということにも気がついた。
とうとう
上手に編み込んだショーカットの、十代前半とも思えるような女の子。
幽霊とは思えぬその姿に驚愕し、そして同情して、悲しみを覚えた。
───こんなに若い女の子が化けて出るだなんて、一体この城で、過去に何があったのだろう? と。
けれど、やはり僕の中の恐怖は収まることを知らず、依然として僕の中で燻り続ける。
そして、彼女は手が触れるほどの近距離まで来て、立ち止まった。
一体この娘は今どんな気持ちで、どうしたいのだろう。
───そして、僕はこれから、どうなってしまうのだろう。
そう考え、半ば諦めかけたその時だった。
「あ、あの......、大丈夫、ですか?」
なんと、幽霊が話しかけてきたのだった。
☆☆☆
ぐはははははっ、クックック、ふふっ、と言う三種類の笑い声が部屋に響き、僕は恥ずかしくなって思わず額に左手を添える。
場所は変わり、城内の食堂。
僕は今現在、獣王と死神ちゃん、ゼウスに......先程の幽霊と共に食卓を囲っていた。
......まぁ、幽霊なんて言っちゃ悪いのだろうが。
僕はツーっと視線を横へスライドさせると、僕の左の方に頬を膨らませてこっちを睨んでいる可愛らしい幽霊さんこと、グランズ帝国第一王女、シャルロット様がお座りになっていた。
───そう、僕が幽霊と勘違いしたのはこの国の王族だったのだ。
あの後その少女が王族だと気づいた僕は平謝りし、よく状況が理解出来ずに首を傾げるシャルロット......様に一先ず獣王の所へと連れてきてもらったのだ。
すると最悪なことにそこにはゼウスと死神ちゃん───何でまだいるんだよ───が居り、思考を読まれて大暴露。
そうして気まずい雰囲気になったところを「ぐはははははっ、腹が減ったな! 夕食にしようではないかッ!」との獣王のフォローによって今に至る。
───全く酷い勘違いもあったもので、なるほど笑われるのも致し方ないし、睨まれるのも当然のことだった。
とそこまで考えたところで、やっと料理が運ばれてきたようである。
何故神様達がまだ居るのか、恭香達はどこに居るのか、ルシファーはどうなったのか、シャルロット様は先程どこに隠れていたのか。そんな疑問は尽きなかったし、さらに言えばあれからどれだけ経っているのかは不明だったが、何やらお腹の減りようが凄かったのでまずはディナーと洒落込むことにした。
まず最初に運ばれてきたのは軽いスープのようなものだった。色や具材、匂いから鑑みると、コーンポタージュのようである。
次にほんの少しのサラダにパンや米もどんどんと運ばれてきた。
───そして、最後に運ばれてきたのは......
見たまんまバジリスクであった。
巨大なバジリスクが一頭、丸まんまこんがりと焼かれており、それを巨大な皿に載せてアックスが運んできた───おい護衛騎士団長、何でお前がウェイトレスをやってんだよ。
アックスはこちらをチラッと見て口の端を釣り上げると軽く一礼、バジリスクの皿をテーブルのど真ん中にコトっ、と置くと深々と一礼して去って行った。
......一体彼は何がしたかったのだろうか?
バジリスクの全体重+皿を片手───それもウェイトレスらしく三本の指で運んできたその筋力や、更にはピチッとその筋肉を主張する小さめの執事服なんかにも驚いたが、僕はそのバジリスクの姿焼きに一番驚いた。
確かにバジリスクの肉はとんでもなく美味だし、実際にパシリア領主宅の晩餐に招待された際に食べたバジリスクの肉は今までのどんなものよりも美味かった。
───だがしかし、バジリスクと戦って死にかけた経験のある僕だからこそ、その危険性は充分に知っていた。
そう、あれはバジリスク討伐の直前、ビントスのギルドマスターであるベラミたちによって用意された資料。
その内の一つ、注意事項の欄にこう書かれていたのだ。
───バジリスクの肉は猛毒を持っているので食べることは出来ない、と。
それと一緒に、毒抜きをすれば食べられる、とも書いてあったのであの時は一応確認してから存分に食べることが出来たが、さすがにあの時は丸焼きじゃなく手羽先とかモモ肉とか、出てきたのはそういう類のバジリスクだった。
だがしかし、今僕の眼前の皿に威風堂々と座っているソレは、明らかに手の加えられた形跡の無い───完全なバジリスク。
バジリスクの毒程度なら僕でも大丈夫......だったのだが、今の僕ならもしかしたら万が一が有り得るかもしれない。
それにそもそも、シャルロット様は絶対に無理であろう。
と、そんな心配が顔に出ていたのだろう。僕へと視線を向けた死神ちゃんが、かなりのドヤ顔で話し出した。
「毒なら安心しろよ。コイツは俺様が狩ったんだ、毒ごと即死させたから毒なんて万が一にも入ってねぇよ」
ど、毒ごと即死.....、なんでもありですね、死神ちゃん。
そう思うと同時に、あの時の破壊光線が光の欠片になって砕け散ったのはきっと、死神ちゃんがあの破壊光線を『即死』させたからなのだろうと思い至った。
「うむ、それでは料理も出揃ったようなのでな! そろそろ晩餐を始めるとしようではないかッ!」
とまぁ、こんな感じで、珍しい面子の揃った晩餐が始まった。
───さて、色々と話を聞かせてもらおうじゃないか。
次回! 色々と明らかになります!
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