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第三章もいよいよ終盤へ!

果たしてどうなってゆくのでしょうか?

第三章 帝国編
第152話

あれから一体、どれだけ経っただろうか?


一時間以上戦っていた気もするし、もしかしたらほんの僅かな間なのかもしれない───だけど、せいぜいが戦い始めてから数分、と言ったところではないかと思う。


───でないと流石に恭香が原因を突き止めているだろうし。




「うわぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


ウイラム君の拳が僕の頬の横を素通りする。しかし、最早その拳には先程までのキレは見る影もなく、恐怖に染まりきったその顔に視線を向けて微笑んでやると、またも悲鳴をあげて後ずさる。



あの一撃以降、ウイラム君が僕へと抱いた僅かな恐怖を少しずつ、少しずつ温め、膨張させてきた。

ブーストはせずに余裕を見せつつ彼の怒りを誘い、その上で隙を見せればすかさずそこを攻撃する。

───それを数回も繰り返せばいくら馬鹿でも圧倒的な力の差を実感し、それが自分の敵だとしたら恐怖に打ち震えるだろう。


例えるなら街角で肩がぶつかって「よく見て歩けやボケェ!」と振り返ったらエルザが居た、みたいなものだ。......恐ろしいことこの上ないな。



「ほいっ!」


そんなことを考えながらも再び魔力が空いた場所へと蹴りを入れる───ウイラム君はこの魔力に触れてからまだ一時間も経っていない。フェイントが出来るほど熟練してはいないため僕も安心して攻撃を加えられる。


何度目かも分からない様な攻撃を受け、最早悲鳴にもならないうめき声をあげて吹き飛ばされる。流石に手加減をしたせいか数メートル程先で蹲ってしまったようだが。


先程までの狂ったゾンビのような様子とは違い、あまりにも膨大な『痛み』の感覚に麻酔までもが麻痺してしまった彼は、立ち上がり歩く度に身体中へと激痛が走っているであろう。




───そして、次第に心が折れてゆく。




今まで同世代に負けたことのなかったその力。



年上すらも圧倒し、楽々と騎士団の上位にくい込んだ。



努力は必要最低限、残りの九割は獣王レックスの遺伝でカバー出来た。



騎士団にはアックスやイグムスと言った怪物たちが控えているため一番にはなれなかったが、それは仕方ないと思うと同時に深くその過大な自尊心を傷つけた。




───そして先日、喧嘩を売った相手に秒殺され、力を得た今も尚相手にすらされない。




そこまで来ればもう既に心は半分折れかかっている。




だから、僕は最後にちょっとだけ、その背中を押してやろう。






「なぁウイラム君、人を見下すのはいいが、せめて相手くらいはきちんと見極められる位には強くなってからやるんだな」




その言葉にハッと顔を上げるウイラム君。



今の言葉は言外に『弱者が調子に乗るな、今回は命だけは助けてやるよ』と言っているも同然だ。

いくら馬鹿でも獣王の息子がこの意味に気づかないわけもない。



彼はその虚ろな目を僕へと向け、目尻に涙を貯める。その顔には少しの驚愕と大きな絶望、そしてほんの少し、悔しさが含まれているような気がした。




───これできっと、彼の心は完全にへし折れた。



それこそ、あの時のアーマー君の時以上にこっ酷くへし折って、叩き潰した。もう彼に反撃の意思はないだろうし、そもそも反撃する気力も湧かないだろう。


きっと僕がこの国を去った後も、彼はしばらく塞ぎ込んでしまうだろう。獣王の行動にもよるが自殺を試みるかもしれない。


だけどまぁ、僕はウイラム君に対して大した好意は持ってはいないし、強いて言うならば『子共らしくて馬鹿らしい』と言った感情しか持っていない。だから自殺するなら僕の知らないところでどうぞお好きにやってくれと言った感じだし、別に報酬を貰えるのならば医者として相手になってやってもいい。



───僕にとって彼は、所詮はその程度の存在でしかない。



けれども、僕はきっと彼のことは忘れはしないだろうし、もしもまたこの国を訪れることがあれば様子を見に来るのかもしれない。




と、そこまで考えて僕はひとつ、有るかもしれない未来を想像する。




───もしも、とてつもない才能が眠った傲慢王子が"努力"を知ってしまえば、一体どこまで強くなるのだろうか? と。




まぁ、きっとこんな"もしも"に意味は無いし、ここまでへし折られた彼がもう一度立ち上がり、更に努力を覚えるだなんて実際には可能性が無いに等しいのだろう。


だからこそ、僕はきっとこの想像については誰にも話さないし、彼が強くなることも望んだりしない。




───僕と彼の物語はここで幕を下ろすこととしよう。




僕にはきっと、これ以上彼に対して何かを言う資格はないだろうし、それに僕も彼の相手をして疲れたのだ。


実際にはカッコつけたい一心で表には出してはいないが、一度でも対処を間違えれば即死にも繋がるような一本綱を安全棒無しで渡っていたに等しいのだ。そりゃ誰だって緊張するし、集中力も使い果たしてしまうだろう。


正直言って、僕もそろそろ限界なんだよな......。




とまぁ、こうして僕はこのウイラム君との戦いに終止符を打ち、








────次の瞬間、僕の超直感が今までにない程の警鐘を鳴らした。





☆☆☆





「何故だ?」と考えが至る前に、僕の身体は超直感に従って横っ飛びに緊急回避を行った。


───そして次の瞬間、僕はその超直感に従った僕の身体に感謝することとなった。




音は、無かった。



音はなかったのだ。破壊の音も、衝撃の音も、そこには全ての音という音がなかった。



───いや、正確には音だけではない。



気配も、匂いも、振動も、そして、存在も無い───まるで何かで掘り起こしたかのように大地が消え失せ、虚無だけがそこに広がっていた。



そして、そこはつい先程まで僕が立っていた場所でもあった。




瞬間的に僕はその原因の可能性が最も高いウイラム君へと視線をやるが、彼の瞳は限界まで見開かれていた───あの反応は間違いなく違うのだろう。彼はそこまで演技が上手くない。




それと並行して空間支配によって辺りを捜索する。




ウイラム君と同様に目を見開いている白夜。


白夜の腰から離れ、緊急時の対処ができるように人型へと姿を変えた恭香。


───そして、()を見上げて目を見開いた、獣王レックス。





.........空、だと?



僕は空間支配によって確認するよりも早く、なんの躊躇もなくその空を、見上げた。






その時、僕の胸に込み上がってきたのは一体何だっただろうか?




───恐怖や絶望だろうか?



確かにコレを前にして、恐怖を抱かないのは人間ではないだろう。少なくとも上級神や最高神クラスでなければ不可能だろう。

だが生憎と僕は既に上級神クラスだ───その内の最下級だけど。まだ何とか大丈夫だろう.......多分。




───ならば、歓喜だろうか?



いや、これはきっと無いだろう。流石にドMを極めた白夜であっても、死んでしまえば元も子もない。それに僕はそんな性癖、持ち合わせてはいない。




───すると、怒りや憎しみだろうか?



確かに、僕にはコレに全てを奪われた(・・・・・・・)過去を持っているみたい(・・・)だからな。理性や上辺だけならば『記憶が無い』と言いきれるのだが、僕の心の奥の方から湧き出てくる感情は、きっとそれなのだろう。





空は黒々とした雲に覆われ、先程まで地上へと差し込んでいた光は、もう既に一切差し込んで来ない。



そして、空中を漂う黒い生物───否、生物ではないのだろう。



鬼のような、人のような、悪魔のような。どれとも判断のつかない醜悪な形相に、その身体から生える四本の腕に、背中から生える、左右非対称なドス黒い翼。


その身体中に埋め込まれたギョロりと動く目の玉が、矮小な僕をじっとりと見つめていた。






そう言えば、僕の嫌な予感は外れた試しなんてなかったし、ましてや想定内だったことも無かったな、と。




それを見て、最後にそう結論を出し......、








「はぁ......、つまらん、つまらん、つまらん、つまらんッッ!! なんだ先程の茶番劇は!? 俺が望んでいたのはもっとどす黒くてデッドエンドでバッドエンドな最低最悪胸糞悪くて知ることも悍ましいような結末だ! 」





───僕達に、聞き覚えのない男の声が降ってきた。




その声にハッと我に返り、その声の方向へと目を向ける。





───そして、僕はそこにいる一人の男に、絶望までは行かなくとも、今度こそ恐怖し、震え上がってしまった。





腰まである赤い髪を風に揺らし、その真紅の瞳は僕ら───いや、獣王のことのみ(・・)をしっかりと捉えていた。


白を主とした服に裾の広がったズボン、大きめな白いコートを羽織り、





────その背からは、二対の漆黒の翼が生えていた。






あの姿、あの翼、そしてこの距離でもビシビシと感じられる圧倒的な威圧感───それこそ、間違いなくレックスと同格だろう。



たったそれだけの事。



たったそれでもその男の正体は、最早恭香やレックスに聞かずとも僕にだって予想がついたし、きっとその予想は外れてなんかいないだろう。




そう、アイツはきっと......、









「だ、大悪魔......ルシファー(・・・・・)......?」






───悪魔、そのものなのだろう、と。





☆☆☆





ガクガクと足は震え、顎が震えて歯がカチカチと不協和音を奏で出す。


一度恐怖(それ)に気づいてしまったが最後、僕の身体は自分の制御を離れ、独りでに動き出す。



───死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ......



ゲシュタルト崩壊を起こすまでに頭の中で『死ぬ』という単語が騒ぎ立て、僕に落ち着いた思考を許してはくれない。



手の甲を思いっきり抓ってひとまずその考えを追い出した僕だったが───更に、そこに追い打ちをかけるように、





「ほう? 俺の名を知り、その上で呼ぶのは誰だ? ......なるほど、そこの人間紛いの神々の神器だな? ククッ、実に面白そうだ」




ルシファーが、先程思わずと言った様子で呟いてしまった恭香へと、興味(・・)を持ってしまったのだ。



いずれ死ぬだろうと予想はできていても僕はまだ絶望はしていない。だからこそ隙を見て逃げ出そうと思っていたが......、一度でも意識を向けられ、"路上の石"から"住処を荒らす害虫"にまでグレードアップしてしまえば、コイツ相手に逃げ出すなんてことは不可能だろう。



───まさに万事休す。打つ手無しだ。


話しかけたり交渉したりもしてみたいがそれで機嫌を損なわれてもらっては困るしな......。







そう思ったところで、僕は、完全に思考が止まった。






ルシファーはふむ、と一度頷くと手のひらを恭香へと向け、恐ろしい笑顔を浮かべ、こう言ったのだ。






「虫ケラ如きが俺の名を呼べたのだ。満足して死ね(・・)







瞬間、ルシファーのすぐ隣りに浮かんでいた『混沌』の身体が一回り小さくなり、それと並行してルシファーの突き出したその手の平に、混沌とウイラムに共通して見られるあのドス黒い魔力の膨大な塊が生み出される。




う、嘘......だよな?




そんな僕の心の声など聞き届けられるわけもなく.....、






───ついにその時はやって来てしまった。







「ではさらばだ。我らが主様の力(・・・・・・・)で逝くことを光栄に思うがいい」





冗談でもなく、誇張でもなく、純然たる事実。





───ルシファーは躊躇うことなく、その破滅の魔力を恭香へと放った。






☆☆☆





それは、僕にとっては目で追うのも難しい程の光線だった。



ドス黒い、気持ちの悪い魔力の光線。


───それは、先程僕を襲ったものの数十倍は早いであろう。


目の端に、咄嗟に恭香を助けに入ろうとした白夜やレックスが映るが、きっとそれも届かない。

白夜や僕、更には身体能力が子供同然の恭香にはまず、躱す事は不可能だし、レックスでも素の状態でギリギリであろう。


やめろ、と僕は咄嗟に手を伸ばす。



───けれど、力のない者の意思は、力のある者の意思によって簡単にひねり潰される。



僕は弱く、ルシファーは強かった。



───ただ、それだけの話なのだろう。



伸ばしたその手は届くはずも無く、ただ冷たくなった冬の空を切るばかりで、引き伸ばされたその一瞬の間に、感じるはずもなかった絶望が僕の中へと襲いかかる。



僕の目の先には未だ状況が読み込めず、けれど僕との別れを悟ったのか、悲しげな笑みを浮かべて僕を見つめる、僕の恋人の姿があった。




───あぁ、僕はやっぱり、恭香が好きだったんだな。




好きで、好きで、好きの気待ちで僕が溢れていた。



可愛らしくて、美しくて、一緒にいると楽しくて、



何よりも愛しくて。







───僕の命と引き換え(・・・・・・・・)にしたとしても、考えるまでもなく助けてしまうくらいには、愛している。






瞬間、僕はありったけの魔力を使用して、僕と恭香の居場所を変換する。




目の前には、見るだけで気持ち悪くなるような魔力の光線。



未だ長く感じられる時間の中で、目を見開く仲間達と、獣王、更にはルシファーの姿が確認できた。



───はっ、ざまぁみろってんだ。



僕は虫けら如きに自らの行動を止められたポンコツ大悪魔様へと向かって、最後にこういった。





「吸血鬼舐めるなよ? このクソ悪魔が」





───最期の最後で、僕の身体が間違いなく(・・・・・)消滅していくのを、この瞳に焼き付けた。

あれっ、ギン死んじゃって無いですかこれ?

なんだか最後の最後でとんでもない事になってますが......この後はどうなるのでしょう?


次回! 久しぶりにアイツらが出てきます!

ファンの人、お待たせしました!

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