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今回は真面目なギン君です。

少し難しいかもしれないですが......。

第三章 帝国編
第150話

バゴンッッ、と空気ごと殴りつけるかのようなフックがウイラム君の脇腹を抉り───と言うか身体ごとへし折り、あまりの威力に目視すらも出来ぬような速度でウイラム君の身体が先ほどの僕の二の舞となる。



───威力を一点に集中させた攻撃は音が煩くないんだな、と目の前で実感してしまった僕であった。



目の前にはもちろんウイラム君の姿はなく、その赤い髪を逆立て、揺らしながら身体からは熱気を放つ怒れる獅子ならぬ恐竜───獣王レックスの姿があり、その瞳はもう既に怒りに燃えている訳でもなく、見ているこちらまで底冷えするような鋭さと冷たさを持っていた。



───僕という生物の遺伝子の奥底に眠っていた『野生』が本能的に『勝てない』と死を認めてしまったような。そんな圧倒的な力の隔たりを感じた。



確かに僕は自分の力を測り間違えていたのかもしれない、と今更になって白夜の言っていたことに賛同できたみたいだ。


何が獣王と本気で殺り合ったら両手くらいは道連れに出来る、だよ。今の僕じゃせいぜいが指数本ってところ───いや、もっと力の隔たりがあるのかもしれない。きっと僕の考えは信用出来ないから。




「済まないな執行者、愚息が迷惑をかけた」



レックスはそう言って申し訳なさそうに目を伏せるが、僕は先ほどの体の底から震え上がってしまうような瞳を見たせいか、



「お、おう......。き、気にすんなよ......な?」



としか返せなかった。情けないことこの上ないな、僕。


だが、ふと横を見れば僕よりも怯えた様子の白夜と、何故か本なのに震えている恭香の姿があったため、まぁ、相対的に見れば僕はまぁまぁよくやった方だろう、と最終的に結論付けた。




とそこで、僕は初登場時からまともな扱いを受けていない名ばかりの第一王子のことを思い出した。




「って言うか獣王、もしかしてウイラム君殺っちゃったんじゃないのか?」


「ふん、あの程度の攻撃で死ぬ器ならばここで死ぬべき存在だったということであろう。現に生きているお前達はあの程度の攻撃ならば重傷は負ったとしても死にはせぬだろう?」



......滅茶苦茶な理論だな、おい。



そんなことを思って呆れたはいいが、それに反論できない自分にもっと呆れ果てた。


───あの攻撃受けてもピンピンしているであろう僕って、果たして人間と呼んでもいいのだろうか? と。





とそこまで考えたその時だった。




ガラガラッ、と崩れた内壁の一部によって出来た瓦礫の山が、まるで下から押されるようにして崩れ去ってゆく。



少ししてその瓦礫の山の下から、一人の男が現れる。



着ていた鎧は完全に砕け、体の内で折れたであろう骨が肉を突き破って飛び出している。口や鼻からはとめどなく鮮血が溢れ出し、左の腕と右足はあらぬ方向へと折れ曲がっている。



───一目見てわかる満身創痍、瀕死の重体、むしろゾンビとかそういった方がわかりやすいかも知れない。





だが、そのゾンビ(ウイラム)は様子がおかしかった。





「ハ、ハハッ!......な、何だよ何だ...クハッ......、よっ、親父の、攻撃は......その程度か!? ゲホッゲホッ......こ、これっぽっちも、効いちゃいねぇぜ!?」



彼の顔には『痛み』という感覚は微塵も窺えず、長年のぼっち生活とカウンセリングで相手の顔色を窺う事に長けた僕が、彼の顔に見たのは『痛み』ではなく『嘲笑』と『怒り』であった。



───狂っている。



僕はそう確信すると同時に、背筋に怖気が走る。


彼は一体どうなってしまったのか。あの攻撃を受けてなぜ立ち上がれるのか。なぜ痛みを感じていないのか。あの黒い翼は何なのか。あの気持ち悪い魔力は何なのか。



───そして、彼の後ろに何が居るのか。



そこまで考えが至ると同時に、僕はえもいえぬ恐怖と既視感に襲われた。

いや、既視感というより───どこかで体験したような、そんなトラウマに近いような、既に見知った恐怖だ。


気がつけば足はガクガクと震え、手に力が入らない。




僕は......、この魔力を知っている?



知っているとしたら、いつ、どこで見た......いや、この魔力による攻撃を受けた?



少なくともここ最近のことではないし、少なくとも僕が暁穂と出会う前の話だろう。



ならば、この気持ち悪い魔力による攻撃を受けて、僕は無事だったのだろうか?



いや、今の僕でもこの魔力には触りたくはない。ならばその頃の僕にとってはこの魔力は致死性の毒にも見えるだろう。受けて無傷など有り得ない。



もしもそうならば、僕はきっと、その時に死んだのだろう。





───ならば、なぜ僕は、今生きている?





そこまで考えが至った、その時だった。




ズキンッ、と右腕と左眼(・・・・・)に激痛が走り、突如息が苦しくなる。

感じたこともない───それでいて妙に懐かしい激痛に思わず膝をつき蹲る。いつの間にか変身は解除されており、影分身も跡形もなく消え去っていた。



「ガッ.....か、かハッ.....、な、何だよ....これ...」


『ぎ、ギン!? い、いきなりどうしたの!?』


「ま、まさかあのゾンビに何か......」



無事な右眼で辺りを見渡すが、どうやらこの症状が出ているのは僕だけのようで、恭香の焦った声が聞こえ、白夜と獣王の驚いた顔、それにウイラム君のポカンとした顔が視界に入る。


クッソ...、どうなってんだよコレは......。


そんな疑問を覚えた僕は、まるで片方の肺が潰れたような感覚を胸に覚えながら、残った肺で思いっきり空気を身体に入れると、脳が少しだけクリアになる。



左手で右腕を確認してみると、いつも通りに肩から生えており、どうやら不自由なく動くようだ。


何かしらの攻撃を受けたのかとも思ったが、もしそうだとしても少なくともこのステージ上にいる者ではないし、空間把握で確認したところ、僕、恭香、白夜、レックス、ウイラム君以外にこのステージ上には人は見当たらず、客席の人たちもほぼ全員が避難済だ。そもそもレックスの目を完全に欺いて僕に攻撃を当てるだなんて、それこそあの狡知神でも不可能だろう。


空間把握で左眼に肺も確認したところ、右腕同様に通常時と変わらず作用していることが分かった。それを確認したと同時に少し痛みが治まったことからも、これが物理的ではなく精神的な原因から来るものだと推測できる。




───痛みのフラッシュバック。




ふと、僕の頭にその言葉が浮かび、その現象は僕に今起きているものと限りなく似ていることに気づいた。





そして、僕の中で急激に正解へのピースが集まってゆく。





今朝の悪夢



あの男の子の怪我と、僕の現状



どこか懐かしいこの激痛



僕と彼女(・・)が共通して持つ『影魔法』



死神のコートに描かれていた紋様



夢の中で現れた奇妙な家紋



『鐘倉』という家名



迷い人でEXランク冒険者、現神様(・・・)のカネクラ



気持ちの悪いどす黒い魔力



とてつもない既視感





────そして、








何故僕は、影魔法を最初から使えたのか。






そんな疑問という名のピースが、僕を正解へと導いた。





☆☆☆





あの時───僕の身体が未だ吸血鬼になりきっていなかった時───僕は事前に魔力の探り方とそれの使い方をザックリと恭香から教えてもらったのだが、



『え? 魔法の使い方ですか? えーっとですね、こう、お腹の真ん中あたりにある魔力の貯水槽みたいな所から身体の各地へと血管に沿って回していく感じ......らしいですよ? あとはイメージです。まぁ、私は今の今まで魔力なんて使ったことないから分かりませんけど』



とは初期の恭香の言。


まぁ、天才肌じゃない僕がこんなザックリとした説明で理解できるはずもなく「はぁ、やるだけやってみるよ」とテキトーに言ってやってみた結果......、





───できちゃった。




との事である。


何が"できちゃった"だよ、って感じだができちゃったものは仕方ない。できちゃったんだもの。


その時のまだ何も知らない僕は「へぇ! 僕ってやっぱり異世界にトリップするだけあって魔法の才能あるんだね!」とか言ってはしゃいでいたが、今から考えると黒歴史以外の何物でもない。


切実に忘れたい。



とまぁ、そんなちょっとした昔話をしたところで本題へと入ろうか。



───だけど、その前に最後の確認をしよう。



僕は大分痛みの治まった身体をゆっくりと起こして立ち上がると、パンパンと軽く埃を払う。


恭香たちが何やら言いたそうにしているが、先にこちらの質問に答えてもらおう。




「なあ恭香、ここに来た時の僕の名字、『カネクラ』じゃないよな?」




その名字に、ピクリと反応する獣王。



はてなを頭に浮かべて首を傾げる白夜。



───そして、恭香の溜息が聞こえ、





『はぁ......、ギンの今の名字は"クラッシュベル"だけど、確かにその前の名字(・・・・)は"カネクラ"じゃないよ?......もしかしてその様子だと思い出しちゃった?』




それで、最後のピースが、合致した。





未だ僕の前の名字は思い出せず、その前(・・・)の幼少期も記憶に無い。


僕を産んでくれた母親の顔も父親の顔も未だに思い出せず、僕の頭に浮かぶのは交通事故で死んだ親父とお袋の顔だけだ。




───それでも、あの地獄だけは思い出した。




真っ赤に燃えさかる町並みと、崩れ去った我が家。


両親は押しつぶされ、石畳に血が滲む。


辺りからは悲鳴は聞こえず生存者は僕一人。


足元に転がる『鐘倉』と文字の彫られた板と、家紋。



───そして、空に浮かぶあの混沌。





何も思い出せなくとも、あの地獄だけは思い出せた。



今は、それで充分だ。





「済まない、心配かけたか?」



僕はそう言ってみんなに笑いかけるが、彼女らの僕を見る目は、先程までとは少し変わっていたように思える。



『......なんか雰囲気変わった?』


「ふむ、かっこよくなったのじゃ!」


「.........これは益々アイツ(・・・)に似てきたな」




雰囲気が変わった、と彼女達は言った。

だけど、もしかしたらそれは、少しだけ間違っているのかもしれない。



僕は僕で、どんな事があろうとその本質は変わらない。

───人間、そんな簡単なことで本質が変わってしまったら、それこそ世界が重い悩みを抱える人だらけになってしまうだろう。


だから、僕は変わってなんかいないし、もしも僕が変わったように思えるなら......、





───ちょっとだけ、僕に勇気がついたってだけだろう。





気がつけば身体の痛みは止んでおり、先程まで恐怖に震えていた身体はしっかりと地に足をつけている。



僕があの地獄を思い出して得た事としては、あれ以上の地獄は存在しない、という一種の悟りや諦めなのだろう。



だけど───いや、だからこそ、






「僕はもう、地獄を経験済なんだ」




───これ以上、何かを過度に怖がったり、絶望する要素なんてどこにも無いんだ。





もう、僕の心には朝から続いていた違和感は存在せず、むしろその以前よりも軽やかな気分ですらあった。


先程まで吹いていたからっ風はなりを潜め、どす黒く曇った空から幾つかの光が地上へと降り注ぐ。



───それは今の僕の心の中を表しているようで、少し恥ずかしくなって視線を逸らす。



ふと、心が軽くなれば体も軽くなるとは言うらしいが、果たしてそれは本当だろうか? とそんなことを考えた。


視線を逸らした先に、怒りに燃えたその目で睨み据えてくるウイラム君が映る。




「なぁ獣王、ウイラム君は生かしておいた方がいいよな?」


「うむ......、アレでも我が跡取りだからな。それに我でも自分の息子を殺すのは躊躇われる。性格を一から矯正させてやらねばなるまい」



獣王は僕の質問の意図にしっかりと気づいてくれたのだろう。

彼の瞳にはもう既に冷たい光は灯っておらず、ただ懐かしい何かを見ているような、そんな不思議なあたたかさが見て取れた。




「我では殺してしまうかもしれぬ故、仕方が無いな」




ため息をついてそう言った彼は、









「執行者よ。一つ、依頼がしたい」






そう、僕へと笑いかけた。



なんとか分かったでしょうか?

一応解説についてはもう少しあとを予定しています。


次回! 病は気から、不調も気から! 果たして自信のついたギンの本来の力とは!?


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