たとえば、毎日見ている風景がはじめて訪れた場所のように物珍しく感じるときがあった。
たとえば、私の名前を呼ぶ母様の顔や父様の顔に違和感を感じた。
たとえば、皆の呼ぶ私の名前がどこかしっくりこない。
そんな違和感が私の人生にはずっと付きまとっていた。
前世の記憶だとか精霊の加護だとかそんな言葉が珍しくないこの世の中、そんな不思議や違和感はきっと大した問題ではないのだろう。
そう、昨日までは思っていた。
私の考えが変わった事件の、はじまりは昨日の朝のこと。
屋敷しもべのプティが届けた一通の手紙だった。
*****
「サルースお嬢様、お手紙が届いております」
「あら…私にお手紙ですか?何方からかしら……プティそれは開けても安全なもの?それともボージンおじ様のイタズラかしら?」
「プティはそのお手紙をよく存じ上げております。サルースお嬢様に笑顔を届けるお手紙ですとお答えします」
プティがそう言うのなら、そうなのでしょう。
朝食の後の紅茶を飲み終え、書斎へ移ろうかと考えていた矢先のこと。
プティから受け取った手紙にはかの有名な学校の校章が印されていた。
中を確認すれば、サルース・バーク様と私の名前があり、新学期より入学が認められたという旨と持ち物のリストが入っていた。
夏が終わる頃にはホグワーツへ行けるのね。
母様も父様もボージンおじ様も学校は素敵なところだって言ってらしたからとっても楽しみにしていたの。
「ホグワーツからのお手紙ね!母様と父様にお見せしなくてはいけないわね、プティ?」
「はい!サルースお嬢様!奥様も旦那様もお喜びになられます!」
なんだかプティも長い耳を動かして、目を輝かせる様子がとても嬉しそう。
今日の夕食はきっと品数が増えるわね。
プティと共に母様と父様に会いに行けば、まるで自分の事のようにこの入学案内を認めた手紙を喜んでいただけたわ。
入学のために必要なものは明日、ダイアゴン横丁に買いにいくことになった。
ノクターン横丁から出るのは久しぶりだから日傘を忘れないようにしなくてはいけないわね。
「ねぇプティ?移動はボージンおじ様の暖炉を使わせてもらえないかフクロウを飛ばしてくれる?」
「はい!サルースお嬢様。ボージン様もお喜びになられますね」
「そうかしら?おじ様は薬を卸せなくなると嘆きそうだわ」
書斎へ向かいながら、いつもよりも酷い既視感にはてと、首をかしげた。
あの手紙を見たことがあった……?
まさか。そんなわけはない。
入学案内を見たときの喜びははじめて感じるものだった。
魔法族としての一人立ちを認められたようで、新しい知識との出会いの予感があって気分が高揚する。
そんな気持ちは今までにないことだ。
読みかけの本を手に窓際の日の当たらない机につくものの、考えるほど気になってついには手元の文字を追えなくなってしまった。
「こうなると読書に身が入らなくなってしまうのよね…図録でも眺めて心を落ち着かせましょう」
気分転換しなくては、と書斎の通路を背表紙を目で追いながら歩くことにする。
我がバーク家の書斎と、地下室は庭と屋敷に比べても広大な敷地を誇っている。
その蔵書の中には呪文書や魔法薬の秘伝書、吟遊詩人の歌集や魔法動物、妖精の知識書など魔法界のものは勿論たくさんある。
それだけなら、他の貴族屋敷にもあるだろう。
他と違うのは、マグルの記した本も多量に揃っている点だ。
マグルの医学書(人間の解体図や臓器の仕組みについて事細かにのっている)や植物学(野菜や観賞用の花とされているものもマグルの世界では薬となるものがある)、天体の本(宇宙という概念について記される占い学とは別のもの)や機械(科学というマグル独自の学問に基づいて産み出されるマグル式魔法器具のようなもの)の本なんてものもあったりする。
私が読むことのできるものだけでこれだけあるのだから品揃えの良さは伝わると思う。
他国語や妖精の言葉で書かれた本や、正しく開かないと呪われるものなど私が読めない本がここにあるもののほとんどなのだから。
なぜ我が家には豊富な書籍が揃っているか、それはバーク家の家業に理由がある。
魔法界に住む人ならばバーク家とボージンおじ様のことを知らないことはないと思う。
ノクターン横丁に店を構える[ボージンアンドバークス]その創設者にして技術開発を担うのがカラクタカス・バーク。今は亡き私の祖父様である。
祖父様は闇の魔術に関わる品を見つけては使い方を導くことに長けた人物だった。
本来、呪われた品というのは多くが長い年月の中で風化し術が不完全になったり、使い方が失われていたりと、扱いたい者を傷つける結果にしかならないガラクタだった。
使えない道具はゴミでしかないから仕方のない事だ。
しかし、それでも呪われた品を使い他者を傷付けたい者は多くいる。
力のある魔法界の貴族達はもれなくそうだと言っても過言ではないくらいだ。
しかし祖父様は代々続くバーク家では珍しく、使うことではなく集めることを好むお人だった。
そして集めたものの価値を正しく示すことができた。
そんな祖父様は御学友としてボージンおじ様と出会い、意気投合され闇の品を売るためのお店を開業させた。
そして母様と父様の話にうつる。
二人はそれぞれ修理と開発に才能を持つ。
母様の修理の腕は祖父様に勝るレベルだと、ボージンおじ様は言っていた。
父様はまたバーク家としては珍しく、使うことよりも作ることに喜びを見いだした。
そんな家族の仕事上、様々な本が集まっていった、ということらしい。
ちなみに、私は父様の開発から派生したのか魔法薬やそれと組み合わせた品物を作ることが好きだ。
マグルの作った機械を応用してよりスリルのあるものを作ったり、ユーモアに重きをおいたり。
そんな私の開発品達はボージンおじ様のお店で扱われているだけでなく、ゾンコの悪戯専門店のほうにも卸していたりする。
私の商品で有名なものだと一昨年の、ワードパズルを正しく解かないと愛の妙薬が気化し、対戦相手と恋に落ちてしまうというゲーム。
初期の、賽を振って出た目の数だけボードの上の駒を進める、すごろくと呼ばれるゲームから止まったマスの現象が本当に起こる、もしくはマスの指示に従うまで駒が歌う(それはもうけたたましく)なんてものもある。
もちろん、私が作ったものにつけてあるロゴはゴブレットに蛇の巻き付いた絵柄だ。
さて、話が逸れた。
「サルースお嬢様、ボージン様よりお手紙の返事が届きました」
「ありがとうプティ、暖炉を使って構わないとのことよ。それから納品依頼ね、午後から取り掛かって寝る前には終わるから届けて貰える?」
「はいサルースお嬢様」
さ、思考回路も落ち着いたことだから。
新しいトキメキを求めて昼食までは読書をしましょう。
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