ホグワーツと月花の狩人   作:榧澤卯月

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ブラッジャー

クィディッチで用いられる鉄球
選手を追い、高速で飛翔するそれは、容易に頭蓋骨や顎を破砕するが
その痛みに悶える様さえ、熱狂にくべる薪となる
血生臭い決闘が今もなお息づいている様に、人とはやはり闘争を求めるものなのだろう



ブラッジャー

 案の定、校長がポッターを連行した事は容疑者扱いの根拠となった。そもそも伝承が正しいとすれば、ポッターは継承者の敵として狙われる側である。純血主義を掲げたヴォルデモート卿を討った、非魔法族の下で育った魔法族。冷静に考えれば彼を避けるべき理由はないのだが、所詮は子供の集まりである。むしろハーマイオニーの様に憐憫の目を向けられる立場でありながら、非魔法族生まれの学生は彼から距離を置く様になっていた。教員達も何らかの声明を出すべきであったが、判断が付かないのか、あるいはケントの予想通り校長の策略であるのか、血文字事件についてもポッターについても何ら態度を表す事は無かった。

 蛇寮に対しては予想通りに誹謗中傷が飛び、普段は開かれている寮不問の女子会も立ち消えとなった。監督生から校内移動に際しては必ず複数人で移動することを厳命され、抜け道や隠し部屋といった安全地帯が改めて周知されることとなった。

 そうして迎えたクィディッチシーズン開幕戦となる蛇寮対獅子寮戦は、例年に比べても常軌を逸した盛り上がりとなっていた。まさに、熱狂である。

 

「まず、今日のビーターはドロテアとマリアだ。ヘルマンは今期グリフィンドールチームの分析の為にベンチに居てもらう」

「良かった。今日は豪雨になるでしょうから」

「つくづくやる気ねーな、オマエ。次に戦術だが、今日はラフプレー無しだ。秘密の部屋騒動で連中は相当気が立っている。連中に引っ張られて判定が不利になるかもしれねーな。やるならあからさまにではなく、事故に見せかけてやれ。

 それと、ヘルマンの言う通りおそらく試合中に雨が降るだろう。ドラコも練習じゃあ仕上がってるが、実戦経験と天候を加味すると、ポッターに有利だ。ビーターは徹底的にポッターを狙って妨害しろ。あっちのチェイサーは放っておいていい。オレたちがクアッフルをキープし続ければいいだけだ」

「別に、200点差を付けてしまっても構わんのだろう?」

 

 お兄様が不敵に笑う。実際可能だろうと思わせる程の余裕を感じた。

 

「もちろんだ。ウィーズリーズはウィーズリーズだから優秀なビーターだ。ポッターの護衛とチェイサーの妨害、どちらも同時にこなせるわけじゃねえ。ポッターを磔にするんだ、点は十分以上に狙えるだろう。

 じゃあ、征くぞ」

 

 既に競技場にはグリフィンドールチームが入場しており、3寮の声援とそれに匹敵するジョーダン先輩の解説が轟いていたが、スリザリンチームの入場直後は野次が飛んだ。

 

「今年はスリザリンチームに新戦力が加わりました。蛇寮は親の金で得点を買うと噂され――いえ、一部の声によると事実ですが、箒でポジションを買った選手をシーカーとして投入しました! ドラァァァァコ・マルフォォォォォイ!」

 

 マルフォイは抗議の為に編隊から外れようとしたが、キャプテンが制止した。

 

「キーパーにはなんと1年生! ケンンント・ヤマァァァムラァァァァ! あのアジア系の小さな体格はキーパーには明らかに不利と思われますが、スネイプ教授が当てつけの為にねじ込んだというのが有力説です!」

 

 抗議の為に編隊から外れようとしたが、当のケントが前に割って入った。

 

「そして何より、トロールを殴り殺した実績のあるビーター! マリィィィィア・ボォォォォォン! 既に生徒も手に掛けられているのは周知の事実! その棍棒で叩くのはブラッジャーか人の頭か!」

 

 ケントは抗議の為に編隊から外れようとしたが、制止する。自分の事を否定されるよりも、自分が信ずる相手を穢される方が余程腹が立つというのは同じらしい。

 

「ジョーダン!」

「いえ失礼しました。ですが高度な心理戦です! 彼女への恐怖感は選手にとって非常に重たい枷と成るでしょう! スリザリンらしい巧みで卑怯なやり方です!」

 

 昨年も思ったが、やはり試合カードに関わる寮の者を解説者とするのは誤りだろう。キャプテンはポッターを狙えと仰ったが、ブラッジャーを解説席にブチ込もうと思う。

 

「何だ? 何も言わないのか」

「いえ。何か言えば口封じに脅しに来たとでも言うでしょうから。黙らせるのは試合中です」

 

 お兄様が気遣って声をかけてくださったが、お兄様もまた瞳に光を灯していたので何かするつもりだろう。

 キャプテンとウッド先輩が握手を交わした後、フーチ教官のホイッスルに合わせて選手たちが空に上がる。ポッターがスニッチを探すためにひときわ高く上昇し、マルフォイがそれを追った。

 

「早い! スピネットとジョンソンの見事な連携でスリザリンのゴールに迫ります! シュゥゥゥーッ! 運悪くセーブされてしまいました。やはりあの加速力、新型の箒というのは無視出来ませんね! ですが気になるのはスリザリンのビーター達! 何をしていたのか! 浮かんでいるだけなら試合に出る必要はありませんね!」

 

 ブラッジャーが来なければビーターの仕事はない。お望み通り獅子寮生が棍棒で叩き落されるのを見たいのであればその限りではないが。

 流石にもう、我慢ならない。

 相方のドロテアを見ると、ゆらゆらと左右に揺れながら飛んでいた。

 

「マリアー! ちょっとこっち来てー!」

「何だ?」

「はい、これ。抑えとくから割れない程度にしてね」

 

 近寄れば、その腕の中には抜け出そうともがくブラッジャーが有った。それを突き出し、空中に固定するドロテアの膂力は狩人の魔力が成せる業。

 

「成程」

「マリアもよく辛抱してたからね。おねーさんからのプレゼントだよ」

 

 軽く棍棒を引き、魔力を込め、ブラッジャーに向けて振りぬく。鉄の砲弾が解説席に向かって飛翔した。

 

「いえーい! どう? どう? ヘルマンには馬鹿にされたけど、ぶっつけ本番でも案外イケるもんでしょ! 今度から正式に練習メニューに入れよーね!」

「おいおいドロテア、これは誤射だ。選手以外を狙ったら反則だろう? 初の実戦で私の手が震えてしまったせいだな。まったく、たかが球遊びで緊張とは、修練が足らず恥ずかしい限りだ」

 

 実況者の肩をかすめた砲丸はそのまま観戦塔を貫通し、場外の芝生に埋まった。周囲の観客は倒れ込む彼に駆け寄る者と巻き添えを喰う事を恐れて逃げる者とで別れた。

 

「あ、そうだったそうだった。いやー残念だね! んで、ディルク先輩は何してんのアレ?」

 

 お兄様はわざわざその塔に近寄り、再起動したブラッジャーから追われ始めていた。急旋回、急上昇を続け、舞う様に避けている。

 

「あ、分かった。あれ、急降下してバレルロールする気だ……ああ、やっぱり。そりゃあ妹も後輩も馬鹿にされて黙ってられるお方じゃないもんね」

 

 お兄様を見失い、慣性でそのまま飛び続けたブラッジャーがジョーダン先輩に向かっていくが、副校長が杖を振り、一瞬生まれた光の壁がそれを弾いた。

 

「うわぁ……あの運動エネルギーを弾く防壁を一瞬で? 副校長もやるじゃん」

 

 ホイッスルが鳴り、選手招集となった。

 教官からは次に選手以外にブラッジャーを打ち込めば反則行為とみなすとだけ注意が為されたが、副校長からの教育的指導が始まった。

 

「報復で観客に危害を加える等、前代未聞です!」

 

 副校長が怒りに震えながら叫んだ。フーチ教官は離れ、ブラッジャーを調べている。

 タイムアウト前、ジョーダン先輩へ射出した、もとい誤射したブラッジャーは普通に選手を追い回していたが、もう一つのブラッジャーはポッターだけを追跡していた。ポッターも強かなもので、マルフォイに擦り付けようとしていたが、効果は無かった。

 

「よく言うではありませんか。一発だけなら誤射かもしれない。私に度胸試しと称して呪いをかけた連中も杖が暴発したと言っていました。それを受けて報復した私だけを減点し、連中を不問としたのは忘れておりませんが?」

「マリアも初の実戦で緊張しているんですよー。手が震えたって自分で言ってましたしー?」

「お黙りなさいミス・グリム! 貴女がブラッジャーを撃ち出させたでしょう! ミス・ボーン、貴女が減点となったのは苛烈過ぎる報復をした為です! ミスター・ボーン! 貴方も成人したのでしょう! いい大人が何をしているんですか!」

「妹と後輩を想う心でどうしても気がそぞろになったことと、箒の加速が思う様に出来ずに回避に難儀しました。憐れ犠牲となったジョーダン君の言った通り、俺もマルフォイ家から寄贈された新型の箒を使っていればこんなことは無かっただろうと思い、反省しています。あるいはポッター少年に何者かが贈ったニンバス2000でもこうはならなかったでしょうに、ああ、財力が無く残念です」

 

 当然、お兄様は箒程度ダース単位で購入できる程に狩人として稼いでいる。余りの白々しさにお姉様が笑った。

 フリントキャプテンは不機嫌な様子で、ボーン兄妹の命令違反を咎めるかと思えば、副校長に向かって口を開いた。

 

「こっちだって後で囲んでボコられるリスク背負ってラフプレーしてんだ。好き放題言って何も無いなんてそんな虫の良い話はねぇだろ。

 そんなことより、だ。どうなってんだあのブラッジャー。ポッターを追い続けてるのはこっちも妙な疑いが持たれて困るんだが。こうやって呼びつけたのも、ジョーダンがどうこうより、オレらがブラッジャーに細工したかどうか調べるつもりだろう?」

「そんなん、あたしたちが出来るわけねーです。あ、キャプテンのが感染っちゃった。常に飛んでて魔術保護もされてるブラッジャーの機構に干渉するなんて、走行中の車を修理する様なものじゃないですか。それが出来なかったから暴れ柳に突っ込んだ獅子寮生が居るんでしょうし」

 

 制御ではなく浮遊術で強引に振り回す事は可能だが、面倒になるため黙っている。ものは試しにと練習中にやってみたところ、魔術保護による強い抵抗があったが、一応は可能だった。だが、浮遊術に優れるエーブリエタースと星輪樹の杖を使ってさえ、杖先から伸びる鎖付きの鉄球を振り回す様な感覚であり、先程ポッターを追い回していた様な滑らかな機動は不可能だ。

 フーチ教官もドロテアの言葉を肯定した。

 

「ミネルバ、ブラッジャー自体に異常はありません。私が錯乱していないのであれば、これは完全に正常です」

「……そうですか。ではスリザリンの皆さん、正々堂々とした行いをする様に」

「正々堂々とした実況解説を促す様お願い申し上げます。口が滑るのも仕方ないとは思いますが、委縮してまた手が滑る可能性もありますので。そうなったときは……頭でしょうか」

「ミス・ボーン!」

「はい?」

 

 お姉様が微笑んだ。

 

「貴女ではありません!」

「そうですか。でも不安ですわ。実況席に黒猫が居るなんて。マリアが怖がって、また手を滑らせてしまうかもしれません」

 

 治療を受けているはずのジョーダン先輩は消え、実況席の遥か上で黒猫が宙吊りになっていた。

 

 

 ホイッスルが再び鳴り、試合が再開された頃には雨が降り出していた。

 検査の上で放りだされたブラッジャーは、しばらく通常の挙動を見せた後、またもポッターだけを追跡する様になっていた。

 

「ドラコ! さっさとスニッチを獲れ! コールドになっちまう!」

「見当たらないんだ! どこにもない!」

 

 キャプテンに怒鳴り返すマルフォイだったが、普段の高慢な態度を取り繕う事も出来ず、悲愴な表情だった。

 黒々とした雲の中に一瞬の光が瞬き、遅れて雷鳴が轟く。飛行しながら鉄球を頭にぶつける極めて頭のおかしい競技だが、流石に雷雨の中を飛ぶことは安全性の観点から試合中止となる。そうなると、どれだけクアッフルによる得点があったとして0対0の引き分けとなる。過去3か月間にわたり続いた試合もあったらしいが、現在のホグワーツでは規定時間内にスニッチを獲得しない場合も同様にコールドとなる。仮に時間無制限としても、二軍のある蛇寮に比べ他寮の選手層は薄く、交代で休息や授業を受けるといったことは出来ないだろう。

 

「飛び回って探すな! 空域毎に定点で見ろ!」

 

 キャプテンがマルフォイに指示するが、マルフォイは焦燥か羞恥からか、顔を僅かに歪めただけで、そのまま離れて行ってしまった。

 先代シーカーのジェラルドによると、競技場を概ね9つに分け、それをS字に辿っていくらしい。重要なのは動と静を切り離して見る事。ブラッジャー以上の高速で飛翔するスニッチとはいえ、瞬間移動をしているわけではない。光の軌跡を追えば、見つける事は容易いという。それを補佐するのがビーターで、接近するブラッジャーを迎撃し、シーカーの視点を動かさない事。その言葉に従い、マルフォイと編隊を組んでいるが、マルフォイは一向にスニッチを見つけられない。

 

「ボーン! オマエは見つけられるのか!?」

「いえ! 暗いだけならまだしも、雨が邪魔です!」

 

 ジョーダン先輩に代わり実況解説に就いた副校長によると、お兄様とお姉様、キャプテンは220点を叩き出し、ドロテアはチェイサー1人を撃ち落としている。ケントも好調で、失点は僅か20点。これが試合中止となると、シーカーの随伴としては顔向けできない。

 

「自分の無能さが嫌になるな……ん? ウィーズリーズが戦術を変えたか」

 

 ビーターは暴れ狂うブラッジャーを迎撃せず、ポッターが独力で回避する方針に切り替えている。ドロテアと激しいブラッジャーの撃ち合いになっていた。

 

「ハッ! 見ろよボーン! ポッターが蜘蛛の巣に掛かった蛾みたいだ!」

「笑っている場合かマルフォイ! こちらの有利に慢心するな!」

 

 こんな時もポッターを嘲っていられるとは、逆に恐れ入る。ポッターは確かに無様とはいえ、通常の機動とは異なるブラッジャーを回避し続けている。その事実は特例を認められる程の能力がある事を証明している。ポッターは知る限り怠惰な人間だが、瞬間的な集中力が為す技能でいえば一線級のシーカーだろう。

 同意されなかった事が気に食わなかったのか、マルフォイはわざわざブラッジャーの飛び回っているポッターの傍に飛んでいった。流石に最新の競技用箒である。加速力はヤーナム工房産が劣る。

 顔を拭い、マルフォイの後を追うと、既に彼は空中に静止し、ポッターに何かを言っていた。ポッターも言い返しているのか、マルフォイに対峙し、睨み合っている。

 違う、ポッターはスニッチを見つけた。マルフォイの後ろに飛んでいるスニッチを。

 

「マァァルフォォォォォイ! 後ろだ! 後ろを見ろ!」

 

 叫んだ瞬間、ポッターが身をかがめ、加速姿勢に入った。その直後、ポッターの真下からブラッジャーが飛来し、彼の腕を折った。

 マルフォイもまた、スニッチを獲りにインメルマンターンで方向転換をする。その場でのターンでは加速力が得られないため、適切な判断と見事な機動だったが、高度を上げたマルフォイに対してスニッチは降下し始めた。スプリットSであればと思うが、あの瞬間ではどちらを選んでも仕方がない。マルフォイもループ中にスニッチを見つけた様で、降下を始めるが、先に加速していたポッターの背中を追う形になった。

 ブラッジャーはポッターの腕を折った後、慣性のまま上空に上がったが、あり得ざる角度で降下し始めた。何者かは知らないが、ポッターを撃墜するまで襲撃を止めないらしい。

 流石に人命に関わるものでは試合も何もあったものではない。

 スニッチをポッターに獲らせることとなるが、いずれにせよ蛇寮の勝利は揺らがない。ブラッジャーの進路に箒を進め、棍棒を振り抜いた。

 

「は?」

 

 ブラッジャーは先程お兄様が見せた様に、ロールして軸をずらし、粉砕するはずの一撃を逃れた。回避した後、僅かに軌道を変えてマルフォイの箒の尾を砕き、更にポッターを追って行った。

 箒が浮力を失い、落下しながら悲鳴を上げるマルフォイを掴んだ頃には、ポッターは地に伏せながらもスニッチを左手で掴んでいた。ポッターは落下の衝撃で気を失ったが、ブラッジャーはその頭に向かって進んで行く。

 舌打ち交じりに棍棒を投げて軌道をずらそうとすればそれも躱されたが、その先に居たどちらかは分からないが双子先輩の片方がブラッジャーを捕らえた。

 

「お前のせいだ!」

「何がだ」

「お前がブラッジャーを見過ごしたから! 僕の箒ならポッターには負けなかった! ブラッジャーさえなければ、僕が勝っていたんだ!」

 

 地上に降りた後に、涙とも雨ともつかぬ水滴を撒き散らしながらマルフォイが吐き出したのは聞くに堪えない負け惜しみだったが、一分の理はあるので反論はしなかった。

 そもそもマルフォイはポッターに近寄る時にスニッチを見つけられたはずだろうし、急降下の恐怖に腰が引けて加速を止めていたので、ブラッジャーに関わりなくポッターがスニッチを手に入れていただろうとは思うが、それよりもブラッジャーの挙動が気になった。

 ポッター以外を回避するという機動は、ブラッジャーを直接操作していた事を表す。マルフォイの箒に接触した事は軌道修正が間に合わなかったのか、あるいは意図的であったのかは分からないが、少なからず回避を試みた事は分かる。棍棒を回避した後、そのまま直進していればポッターを狙う前にマルフォイの頸椎を粉砕する進路だった。

 ブラッジャーは未だにポッターに向かって進もうとしているらしく、追いついた双子の片割れも合わせて抑え込むのに苦労していた。

 

「先輩方、手伝いますよ」

「冗談じゃない」

「さっきハリーの頭に向かって棍棒を投げただろう」

「アレはぶつけて弾くつもりでした。ポッターを殺す気ならば、先輩方を放っておいて彼の頭を砕きに行っているでしょう」

「「そりゃそうか」」

 

 あっさりと認めるのは疲れからなのか、元々そういう気質からなるものか。弟の方のウィーズリーに比べれば、蛇寮に対する態度も然程好戦的ではないという噂も聞く。事実、昨年はマルフォイに喧嘩を売るという事はなく、揶揄っている場面しか見ていない。

 ブラッジャーは確かに通常のものよりは遥かに強い推進力を持っていたが、別段抑え込めない程でもなかった。魔術で強化されている狩人にとってはさして驚くようなこともないが、「「オリバーよりゴリラかよ」」と口を揃えて賞賛するのは止めて欲しい。

 ポッターも目覚めた様で、人だかりが出来ていた。クィディッチ負傷者は珍しいものではないが、彼の初負傷という事で注目もあるのだろう。先日もカメラを構えていた1年生が、嬉々としてストロボを焚いていた。

 フーチ教官が収納箱を持ってきた頃には、ブラッジャーは抵抗を止めていた。それと時を同じくして、ロックハートもポッターに駆け寄っていた。この豪雨では靴の汚れを気にしそうなものだが、それ以上にポッターが気になるらしい。やはり、これもロックハートが書いたポッター英雄化計画の筋書きというわけか。

 ヘルマンは傘を差し、悠々と歩いてきた。防水加工のつもりなのか、星の娘の様に微小な魔力を放出して、横から吹き付ける雨粒を弾き飛ばしている。

 

「何だその……無駄に高度な無駄な技術は」

「濡れるのは嫌いだ。母が怒るから」

「洗濯するのは学校の屋敷妖精ではないのか?」

「他人に自分の衣類を渡すなんて気持ち悪いじゃないか」

「母君はいいのか?」

「洗濯物を渡さないと、面倒臭がって洗っていないだろうとか言われるんだ。いい加減子離れして欲しいね。それより、ブラッジャーは?」

「それそのものに細工された形跡は無かった。おそらく外部から直接操作していたな」

「君の得意な浮遊術でさえあんなザマだったのに?」

「軌道修正どころか加減速まで自由自在の様だった。精進すればどうこうと言った話ではない。そもそも浮遊術でさえないのかもしれない。挙動がおかしすぎる。それ程までにポッターを狙う何者かが居るということだ。そしてあそこに居るロックハート。やはり今年も教員総出でポッターの冒険か」

「つくづく彼は可哀想なことだよ」

 

 見れば、立ち上がったポッターは吐きそうな顔で目を閉じ、折れたはずの右腕を掴んでいた。水風船でも掴む様に、その指は肉に深く沈みこんでいた。

 

「あれは?」

「骨を消失させたんだろう。魔法界は外科治療の分野に著しく疎いから」

「成程。砕けた骨を摘出出来ないからと、消失させたというわけか。輸血で勝手に治るというのはやはり便利だな。そう言えば、どうして去年は骨折程度で欠場したんだ?」

「ジェラルドの粛清のせいさ。君の心を傷付けた分その痛みを知れと、輸血液を取り上げられた」

「……あの時は済まなかったな」

 

 トロールの件で冷静さを失った事を諫められ、それに逆上した結果、諫言したヘルマンがジェラルドに罰された。ボーン家への立場を考えろという事であったのだろうが、振り返ってみればヘルマンは完全に被害者である。

 

「気にするなよ。それより、ジョーダンにブラッジャーを撃ち込んだのは笑ったよ」

「中々いい見世物だっただろう?」

「ああ、血塗れ女帝の名が確たるものになったな。おめでとう」

 


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