日本に暮らすクルド人
テーマ:ブログ
日本では、外人同士の間に生まれた子供に国籍は無い。
日本の環境に育ち、日本語を話す彼らに救いの手はないのだろうか?
在日クルド人は3000人もいるのだ。
準国籍という仮の国籍を与えることはできないのだろうか?
子供が20才になる前に
日本人としての審査を受け日本国籍がとれるようにすればよいのではないか?
スパイ活動をしない条件が必要だから、足かせは必要だ。
スパイ活動を何もしなければ、監視問題は全く問題なくクリアできる。
難民は帰ることができない事情を抱えている。
日本の法律と文化・道徳に適応できるのであれば問題はないのではないか?
そして、彼らの支援をすることで、
日本は石油という宝を手に入れる窓口にすることもでき得るのだ。
フェルトや羊毛もラムジャーキー、お肉だって貿易できる。
彼らはバイリンガルなのだから、
通訳として、働くことができる。
貴重な中東とのパイプ役になってもらいたいけど!
どうだろう?
彼らを助けませんか?
日本人として働いてもらいませんか?
日本で暮らしてる外国人を支援して
他国と交易できるようにするのは日本の将来には
有益だと思います。
本来なら、
難民を生まれた国に帰して
暮らせる体制を作るのが大事です。
アサド大統領の言う通りだと思います。
今シリアに戻っておいでって、
アサド大統領が呼び掛けているのですから。
シリアには紙幣発行権が有るので、
他国の高利貸し援助より、
苦しくても、自国で再生しようとしている。
私はそれを応援して、中東から、石油を分けてもらうのが得策だと思うよ。
田中 遊梦
【日本に暮らすクルド人:「まるでモノ扱い……」収容されたある女性の証言】
これ、実は出そうかどうか、迷った内容なんで無視したい方は無視してください。
私は山本太郎後援会の管理人をやってる1人です。
その会にかなり特殊なメッセージが来たので、その方に直接メッセージに連絡しました。
見てくれてメッセージ承認はされましたが、連絡メッセージは残念ながら有りませんでした。
なので、忘れようと思ってました。
でも、DAYS JAPAN(デイズジャパン)2018年6月号の以下の記事、とても気になりだしました。
↓
特集2 日本に暮らすクルド人
1 法の外で生きる
2「まるでモノ扱い……」収容されたある女性の証言:文/織田朝日
少し考えた結果、以下の2018年5月25日 13:06のメッセージをここに公開します。
以下のメッセージがもし、デマや問題ある内容と思いましたら、私に直接メッセージをください。
削除します。
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■以下の文章は一切の編集なしでそのまま出します。
↓
高橋ユージェルファビアエミレイスと申します。
私はブラジル人と日本人のハーフで旦那は難民申請のトルコ人です。
旦那の名前はユージェルマヒルジャンです。
子供は2人いて現在新しい命がお腹に宿っています。
私たちの厳しい現状を知っていただきたくこちらの書面を作成致しました。
私と旦那の出会いを書きます。
10年前日本で ターゲットと言うゲームサイトで知り合いました。
しばらくはメールのやり取りをして仲良くなり2009.3.25に初めて会いました。
初めて会ったときは髭があって少し怖く思いました。
でも、話してみると見た目とは違い優しい人でした。
その日は一緒にフラフラ散歩し、マクドナルドを食べに行き双方帰宅しました。
その当時はまだ携帯電話をもっていなかったので帰宅後MSNでメールのやり取りをしていました。
その後さらに仲が深まり私の家族にも紹介し、交流するようになっていきました。
私から見て旦那の家族はとても楽しくて優しい人達だなと思いました。
私の母が「ユージェルの方が年上だけどファビアより年下みたいだね。」と言っていました。
二人の仲は更に深まり毎週の様に私に会う為に当時私が住んでいた川崎まで会いに来ていま
した。
2011.3.11まではこの様な感じです。
2011.3.11東日本大震災が起きました。
そのせいで私の家族はとても怖くなり私も常に家族と一緒に居るように言いつけられたので 1ヶ月程会えなくなる日々が続きました。
ゴールデンウィークにしばらくぶりに再開をしましたが、旦那は東日本大震災 のボランティアに行くことが決まりました。
ボランティアで陸前高田市、気仙沼、いわき市等合計21日間滞在し、主にがれきの撤去、ごみ の仕分け、近隣の人の手伝い等し、ボランティアは15~16人のチームで作業していましたが 災害で犠牲になって亡くなった方の遺体も何度も見つけました。
旦那は「地獄のようだ」と私にたくさん電話で状況を話してくれました。
埼玉に戻ってからも被災地の状況がどんなにひどかったか、どんな事をしていたのか話して くれました。
私は余震もひどかったので無事に旦那が帰ってこれたのでとても嬉しかったです。
その頃私の親の仕事も少なくなってしまい、生活が苦しくなってきたので中学校卒業後私も アルバイトをすることになりました。
アルバイトをし始めた為忙しくなってきてしまい、前の様に会える事も少なくなりました。
この事がきっかけになり「一緒に住みたい」と旦那から言われました。
私は両親に相談し、「付き合いも長いし、ユージェルの両親も了承しているなら一緒に住んでも いいよ」といってもらいました。
旦那は難民申請で日本に来ているので埼玉から引っ越す事は良くない事で難民申請は 家族ごとの申請で家族に迷惑がかかってしまわない様埼玉で一緒に住む事になりました。
2012.6月~2人は埼玉県川口市赤井に住む事になりました。
一緒に住み始めて最初はお金に困ったので辛い事が多かったです。
お金には困ってはいましたが2人は結婚する事になりました。
双方の家族からの了承ももらえました。
結婚届の書類も本当に難しかった。
結婚するにあたってブラジルでは出生証明書と家族の証明書が必要で私の国のブラジルから 書類が届くまで一年かかりました。
書類が全部そろった次の日車上荒らし被害にあってしまい、書類がすべて入ったバック、旦那 のパスポート、仮放免証明書等すべて盗まれてしまいました。
警察にも被害届を提出しました。入官にも報告しました。
この事件のせいで旦那は行きたくないトルコ大使館にまた行かなければなりませんでした。
書類、パスポート、すべて盗まれてしまったのですべてが0からのスタートになってしまいました。
また書類が届くのを待つ日が一年間続きました。
月日は流れまた一年がたって書類がそろい、3か国で結婚の書類を提出しました。 ブラジル、トルコ、日本です。
旦那に結婚指輪をプレゼントしてもらい、出会った日の刻印がしてある指輪をもらいました。
その後2012.8月頃に妊娠が発覚し旦那はずっと子供を欲しがっていて、ずっとパパになるのが 夢だったかもしれないなと思いました。
出産は川崎の実家の近くの川崎市立病院で出産する事を決めました。
2013.5.7にかわいい女の子を出産しました。言葉に出来ほどうれしく、複雑な気持ちでした。
旦那が初めて子供を抱いたとき泣いていました。娘も泣いていたし、両方泣き止ませようと 思っても泣き止まず困りました。
2人共泣き止まない姿をみて私は(この人が私の人生で最良の人だな)と再度確信しました。
・入管管理局に訴えたい事
結婚し、子供も生まれましたが旦那は難民申請の為週2日程度のバイトしか出来ず
苦しいながら生活をしてきてはいますが仕事ができない事がお金がない事に繋がりいつも大きな
問題でした。
娘が成長するにつれ(6ヶ月~8ヶ月位)体に病気がある事が分かりました。
岩槻の小児医療センターで「将来手術しなければならない」と医師から言われました。
娘が病気になってしまった事が私たち夫婦で今でも一番辛い事です。
娘が5才から6才位になったら手術を受けることが決まりました。
それからの生活は娘の病気を治す事を第一に考えた生活にしようと旦那は考えていました。
具体的には今やっている会社の事です。
合同会社マヒルとして2016.4.27に設立し、
業務内容は解体業で埼玉、東京、神奈川、千葉、茨城の各許可申請をし、許可もおりています。
会社を設立しようと思ったきっかけは日本人の親変わりで、日本のルールやマナーを教えて
くれた しばたゆうじ商店のしばたさんのアイディアでした。
しばたさんとは家族ぐるみの仲で良く遊びに行ったり旅行にも一緒に行ったりしていました。
2011.11.10.、11月9日がしばたさんの誕生日で旦那と一緒にお祝いした次の日の朝
「病院に行く」と言って家を出た所通院途中に心筋梗塞で亡くなってしまいました。
しばたさんのアイディアのおかげで私たちは成功しここまで来れました。
会社は順調に経営しています。
自宅では旦那の手伝いもし、周りからも信頼してもらえるような会社になってきました。
その後 茨城県常総市の大洪水で人々の家がたくさん失われる出来事がありました。
旦那が知人を集め自分たちで資金を出し合い支援物資を用意しました。
2tダンプ1台分(ティッシュ、トイレットペーパー、大人用おむつ、水等)を支援物資として
現地まで自分達で搬入し、現地の方たちに足の裏が腫れるまでくばって歩きました。
その後熊本県益城町の災害もおき、またボランティア活動にも行きました。
人々を助ける旦那の姿を見て私は幸せでした。
その頃2度目の妊娠が発覚しました。
また旦那が近所中に「うちの嫁に赤ちゃんができた!」と言いふらし、あまり知らない
コンビニの店員さんにまで話をしていたようで、
「妊娠したんですか?」と聞いてきたのでなぜ知っているか尋ねると
「旦那さんが言っていましたよ」と教えてくれました。
私はまた、旦那の親ばかぶりが発揮されてきたなと嬉しく思っていました。
第2子は草加市市民病院で出産する事を決め2016.2.26男の子を出産しました。
とてもかわいい元気な男の子です。
子供が成長するにつれ長女(アリサ)の幼稚園入園の時期が近付いていました。
私の母は「あんなに子供みたいだったユージェルがこんなに立派になるなんて思っていなかった」
みたいです。
旦那は埼玉の旦那の母が住んでいる家の近くの(しらぎくようちえん)に通わせたい
そうすれば夫婦2人が用事があるときに母の家の近くなら迎えに行ったり何かと助けてくれる
と言うので通わせることにしました。
その時は旦那の実家から20分位離れて居る場所に住んでいましたが、旦那の親、兄弟、親戚
みんな同じマンションに住んでいるので何かと助け合ったり出来ると思い今のマンションに
引っ越しました。
2016.12.13に引っ越しをしました。
公園も近くにあり、子育てにとてもいい環境です。
2017.1.10 長女は幼稚園に行くことになりました。
娘が幼稚園に行けば行くほど新しい日本語も覚えて帰ってくるのでとても感動する毎日です。
今は娘にひらがな、カタカナ、ローマ字を教えると書ける様になってきました。
娘は几帳面ではみ出さないように塗り絵もし、自分はお姉ちゃんなんだという自覚もあり
弟の面倒も良くみてくれます。
いまだに旦那が難民申請なのでどこかお出かけする度に入官に「どこに何をしに行くのか」
など沢山の書類を出さなければどこにも行けません。
急に娘がお出かけしたいと言います。
「急にお出かけは出来ないでしょ」
と説明してわからせようとしても娘は理解出来ずまだ小さい
のに我慢させてばかりでかわいそうだなと思っています。
私も旦那が2ヶ月に1回の更新に行くたびにもう会えないんじゃないだろうか と不安になり
その日はとても長く苦しい1日です。
旦那が病気になっても国民健康保険にも入入れないので40度の熱が出ても
「お金がたくさんかかるから病院にお金はかけたくない、自分の病院にお金をかけるくらいなら
子供たちの為に使いたい」といっています。
私は旦那が病気になる度に気軽に病院に行けない現状がどうしても納得いきません。
旦那がトルコに居た時の事、旦那の今までの人生がどんなだったか、どれだけ辛い人生だった
か、話をする時の最後はいつも
「子供達には同じ辛さをあじあわせたくない」
といっています。
子供達の将来は平和で生きて行ってもらいたいと旦那も私も思っております。
旦那にトルコから軍の招集令状が届きました。
軍の命令で私と同じ人間を殺せと言われたら殺さなければならない。一般人だろうが、子供だ
ろうが大人だろうが関係ない。命令があったら殺さなければならないと聞きました。
旦那も私も子供の頃から日本で育ったのですが、日本での育ての親のしばたさんからも
「そんな事は人間とは言えない。」「人間としてあり得ない」と言われ続けてきました。
私達もそう思っています。
以前娘と一緒に入官へ行ったとき入官の人に「この人はパパなの?」と娘に問う場面がありました
娘は不安になった様子でだまって何も言わず旦那にしがみついた事があったようです。
下の子と一緒に旦那は遊びもかねて入官に行くことが多いですが、
「この子はあなたの子ですか?」
と聞かれます。
職員さんたちも書類で旦那がどんなクルド人か解っているはずです。
妊娠中のエコー写真も提出していますし、ファーストネームが同じなのにもかかわらず、わざわざ
質問され旦那は入官に行くたびに精神的に迫害され帰って来ます。子供もこどもながらに不安
な様子で、入管から自宅に帰ってきた日はすごく甘えてきます。
入官法令法はある程度理解できますが理解しがたい場面、現状があります。
平成30年5月25日現在私は3人目の子を妊娠しています。とても幸せです。入管にも報告しました
出産予定は平成30年12月8日です。
ですがこの先 旦那が入国管理局に収監される事がきてしまったらといつも不安と戦っています。
平成30年5月11日からの申請では45日申請に短縮されてしまいました。短縮理由はわかりません
が入管からの指示なので従うしかありません。
期間が短縮された次は今までの周りの難民を
みていると次の申請で収監される人がほとんどです。
旦那は今戸田病院に通院しています。精神的に不安定で夜も眠れず、うつ病の薬と睡眠導入剤
が処方されています。もし次の申請で旦那が収監されてしまったら出産、長女の手術の日までに
には帰って来る事は難しいと思います。
収監の事が旦那も私も毎日とても辛いです。
犯罪を犯したわけではないのに収容されなければならないのがなぜかわかりません。
どうか子供達の為
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◼️1つ目の画像が会に来たメッセージの始まりです。
この画像は見やすくするために日付を左に寄せました。

引用元☛https://www.facebook.com/yumu.tanaka/posts/1727922270623432
ーーーend--^
^---引用ーー

田中 遊梦
ちょっと長いですが・・・
【マヒルジャンさんを救えプロジェクトVol.01:彼らの為に何かやれる事はないの?】
収監される危険がどんどん高まっているクルド難民の方は「マヒルジャン」さん、奥さんは「ファビアエミ」さんと言います。
彼らと知り合ったきっかけ、それはFBの「山本太郎後援会」です。彼らの為に、松本満寿美さんがあまりやった事がないSNSを必死にやり、発信していました。
彼女は会に1通のメッセージを送ってくれ、そこには、収監されそうな難民の方の状況が詳細に書かれていました。
※参照リンク
https://www.facebook.com/100002170262579/posts/1727922270623432/

Mahircan Miran Yucel (合同会社マヒル)…彼の奥さんが立ち上げたFBページの名前です。
マヒルは奥さんのファビアエミさんが立ち上げた会社。彼らは日本人より真剣に日本に根差そうとしているの、よく分かります。
マヒルジャンさんは3.11の時、ボランティアで陸前高田市、気仙沼、いわき市等合計21日間滞在し、主にがれきの撤去、ごみ の仕分け、近隣の人の手伝いなどを積極的にやっていました。
また、茨城県常総市の大洪水の時は仲間たちと資金を出し合い、2tダンプで現地に搬入し足の裏が腫れるまでくばって歩きました。更にその後、熊本地震の時もボランティアとして行っていました。
私なんかよりはるかに日本の為に尽くしている。
奥さんのファビアエミさん、人々を助ける旦那さんの姿を見て、幸せだったそうです。
添付した画像の1つ目がお二人の写真です。
2つ目の画像は、常総市への支援物資を集めたときの写真です。
3つ目はボランティアで車の運転をしてるマヒルジャン。
4つ目はお子さんとマヒルジャンの寝顔。
マヒルジャンさんは難民申請にて日本に子供の頃入国し、日本で育ち日本で恋をし日本でファビアさんと結婚し、日本で必死に働いて家族を作っていました。

そんな彼に対しての入管管理局の仕打ち、マヒルジャンさんや松本さんとDMや電話で内容確認した後、前からこの件を問題視している山本太郎さんに直接訴えてみた方が良いと判断しました。
そして6月22日金曜日、松本満寿美さんはFB仲間の尽力のおかげで山本太郎さんと会う事ができ、その場で嘆願書を渡す事ができました。
太郎さんはすぐに嘆願書を読んでくれたようで、25日月曜に早速、過去の物ですが難民問題を更新して出し直してくれました。
それが以下のブログです。
■2018.3.23 内閣委員会「入管 地獄のお・も・て・な・し」全文リンク
https://www.taro-yamamoto.jp/national-diet/8007
■追加参照:YouTube「入管は人権侵害の金メダリストか?」
https://youtu.be/bPYqEYSArs8
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■松本満寿美さんからの最新メッセージです。
今日(25日)はなぜか分かりませんが、収監されずに済みました。夫が収監されているマヒルジャンのお姉さんは大泣きしていました。
でも、平成30年6月25日にまた、入管にいかなければなりません。更新月がどんどん、短くなっています。
今までの回りの難民の収監された事例を見てみると更新月が短縮になったら収監されているのがほとんどです。
先日、「建設業の労働力不足で外国人を新たに受け入れして改善を」と、安倍首相が言ったとニュースに出ていました。
だったらもう日本にいる難民で働きたい外国人は沢山居るんです。
新たに政府が予算を出し、新しく海外から人を入れる体制を作るのは時間とお金の無駄使いなんではないでしょうか?
世界のアピールのためだけに難民を受け入れ、受け入れ体制がきちんと整っていないのに入国させ仕事をするにも制限があり、難民たちは日本でどうやって暮らしていけばよいのでしょうか。
どなたでもいいです。
総理に教えてあげてください。
日本で働きたい外国人の難民は政府だって何人居るか規模だって分かっているはずです。
入官では難民に対してこんな迫害的尋問、言動が日本で当たり前に行われている事実。 難民の日本での暮らしやすい環境、改善を望みます。
この家族をどうしても助けたいです。
皆様どうかお知恵をお貸しください。
引用元☛https://www.facebook.com/yumu.tanaka/posts/1757342221014770
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(*一部省略しています。書き起こしは時間がかかるので、誤字・脱字・変換ミス等はご容赦ください。「校正」より、記事のUPや 書き起こしに時間使っていますご理解ください。)


