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GAINAXアニメ講義 まとめ




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GAINAXアニメ講義第01回 「上手・下手、イマジナリーライン」

GAINAXアニメ講義第02回 「1カットずつ見るのではなく、流れで見ること」

GAINAXアニメ講義第03回 「情報のコントロール 前編」

GAINAXアニメ講義第04回 「情報のコントロール 後編」

GAINAXアニメ講義第05回 「絵コンテ集」

GAINAXアニメ講義第06回 「処理演出」

GAINAXアニメ講義第07回 「絵コンテで伝えること」

GAINAXアニメ講義第08回 「レイアウトについて」

GAINAXアニメ講義第09回 「レイアウト作業に入る前に考えること」

GAINAXアニメ講義第10回 「レイアウトの正解とは」

GAINAXアニメ講義第11回 「レイアウトに必要な描き込み」

GAINAXアニメ講義第12回 「自分のストックを増やすには」

GAINAXアニメ講義第13回 「アニメの消失点とパースの必要性」

GAINAXアニメ講義第14回 「描き込みの重要性」

GAINAXアニメ講義第15回 「レイアウトのバランス」

GAINAXアニメ講義第16回 「アニメーターになるには」

GAINAXアニメ講義第17回 「アニメーターは食べていけるのか」

GAINAXアニメ講義第18回 「アニメーターになるためにやっておいた方がいいこと/
                                  どんなタイプの人が向いているのか」

GAINAXアニメ講義第19回 「試験の時に見るポイント」

GAINAXアニメ講義第20回 「質問コーナー」

GAINAXアニメ講義第21回 「動画の線」

GAINAXアニメ講義第22回 「動画のしくみ」

GAINAXアニメ講義第23回 「研修期間/動画マン時代」

GAINAXアニメ講義第24回 「原画から動画へ」

GAINAXアニメ講義第25回 「原画は動画にどう影響するか」

GAINAXアニメ講義第26回 「アニメの表現と現場の変化」

GAINAXアニメ講義第27回 「Q&A/最後に」




GAINAXアニメ講義第1回
「上手・下手、イマジナリーライン」

講師:鶴巻和哉

映像制作において「シーンを制作する設計図」ともいえる絵コンテ。

講義の第1回目は、この絵コンテを制作するにあたっての経験則に基づいたルール、
用法について「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」監督・鶴巻和哉氏に語っていただきました。

とりあえず、始める前に一つ。僕は正式な絵コンテの描き方というものを習ったこともないし、
入門書で勉強したこともないんです。完全に、見よう見まねだけなんですね。

なので、映画学校などで教えていることとは、ずれていることもあると思います。

ひょっとしたら、完全に間違っていることもあるかもしれません。まあ、それくらいのものだと、
理解した上で聞いてください。

絵コンテの描き方といっても、最小限のルールがあるくらいで、後は自由です。

同じ脚本から絵コンテを起こしても、今石君、大塚さん、庵野さん)では、
全く違うものが出来るはずです。僕自身が描いたとしても、
今日描いたものと、1週間後に描いたものでは違うコンテになってしまうでしょう。

そんな感じで、正解があるわけではない。

ただし、「面白いコンテと面白くないコンテ」というものはあって、
面白くない場合、監督が全部直すことだってありうるわけです。

その場合、修正される前のコンテは、結果が出ないまま「ダメ」の烙印を押されてしまうわけで、
それを描いた人にとって簡単に納得のいくことではないと思います。

こういったことは、脚本や原画と同じで、監督との相性に大きく左右されます。

ある作品ではダメでも、別の作品では絶賛されることもある。

そういうこともあって、絵コンテは初めての人に対して「じゃあやってみて」と簡単に任せることは難しいんです。

30分もののテレビシリーズ1話分の絵コンテは完成まで4週くらいかかるでしょうか? 

そうすると、もしそれが使えなかったときは大変なリスクを抱えてしまう。
原画を10カット任せてみるのとでは、かなり違います。

それでは、絵コンテの基本的なルールから始めたいと思います。
僕は実質、2つのルールしかないと思っています。

上手(かみて)と下手(しもて)
イマジナリーライン


この2つさえクリアしていれば、面白いか面白くないかは別として、ルール上は問題ないと思います。

1:上手(かみて)・下手(しもて)

もともとは、演劇やステージのルールだったものだと思います。

観客席から見て、
右側が上手。
左側が下手。

演じる人が入ってくるのは上手側から、退場するときは下手側へ。
映像も一緒で、画面の右側が上手、左側が下手。誰かがインしてくるときは上手からになります。
ウトしていくときは下手へ。上手から入ってくるという事は、キャラクターは左向きで芝居をするという事です。

キャラが能動的に動いて何かをしているときは、たいてい上手から下手に向かって行動しています。
一番わかりやすい例は、『宇宙戦艦ヤマト』でしょうか。

『宇宙戦艦ヤマト』は、地球を救うために宇宙のはるか彼方にあるイスカンダル星に向かうわけですが、
その航行中ヤマトは、ほぼ上手から下手に進んでいます。

カットによって多少違うカットがあるかもしれませんが、基本的にそうなっています。

遠ざかっていく時も、右手前から大きく入って左奥に向かって遠ざかっていく。

当然、乗組員がヤマトの進路方向を見ている場合は、ヤマト本体と同様に、左向き、下手側を見ていることになります。

全26話の大半を使って、イスカンダルへ向かう旅を描いているので、僕の印象に残っているヤマトは、必ず左向きです。

皆さんが見たことのあるヤマトの絵も、おそらく左向きなのではないでしょうか? 

面白いのは、地球に戻ってくる最終話だけは、下手から上手に向かっているところ。帰りは逆向きなんですね。
また、進む方向という意味だけでなく、アクションの向きでも上手下手を使います。なにかアクションを行なう場合、
上手側から下手側に向かって行ないます。

『巨人の星』だと、星飛雄馬がマウンドからボールを投げるシーン。
上手に飛雄馬がいて、下手側に花形や左門といったライバルたちがいます。
これはつまり「花形や左門が大リーグボールを打てるか?!」という物語ではなく、
「主人公の星飛雄馬がライバルを討ち取る」物語ですから、
上手から下手へ対してのアクションになります。野球中継でセンター方向からバッテリーと打者を映す絵では、
わずかに逆向きになっています。
おそらく理由は右投げのピッチャーが多いからではないか?と思っていますが、良くわかりません。
ただし、野球中継は「物語」ではなく「演出」でもないので、「上手下手」に縛られる必要はないのだと思います。


『新世紀エヴァンゲリオン』の第1話で、冒頭、使徒が攻めてくる場面では、使徒は上手から下手に向かって移動します。
ところが、終盤、初号機が使徒を迎え撃つ場面では、下手に使徒がいて、上手にエヴァがいる。
アクションの主体が誰なのか? その主体のアクションは、上手から下手に向かうのが基本と考えていいと思います。

最初に言った通り、「上手下手」は古い演劇のルールです。
最近では、こんなことを意識していない演劇もたくさんあるでしょうし、なにより、
テレビや映画なのですから、このルールに縛られる必要はないのかもしれません。
しかし、このルールから外れた作劇を見ると違和感を感じてしまいます。
なので、僕は支障がない限り、このルールに従って作るようにしています。
ここから逸脱する場合は意識的にやってください。
分かった上で、それを演出するなら構いません。
上手下手を自由気ままに使い分けるのはやめた方がいいと思っています。


2:イマジナリーライン

例えば、AとBという人がいる場合、
イマジナリーラインは俯瞰で見たときに、
2人を結んだ線上に発生しています。
このとき、カメラは2人の間のイマジナリーラインの手前側から撮っているとします。

イマジナリーラインのルールは、カメラがそのラインを越えて向こう側に行ってはいけない、というものです。

難しく思えますが、最初にAとBがいて、Aが向かって右、Bが向かって左にレイアウトされたときに、
そのシーンの中では基本的にはAは常に画面の右側に、Bは画面の左側にいる。BなめAのときでも、そうなります。

だめな例として、2人が向き合っている状態があって、次のカットで画面左前のAをなめてBが右奥にいるとする。
こうなると、カメラはイマジナリーラインを越えて向こうへ廻っています。
すると、人物の配置が混乱してしまい、直感的なキャラの区別がむずかしくなります。

このAとBがそれぞれ髪の赤い人と青い人である場合、
「髪の青い人が喋ってたからキャラの区別はつく」と思うかもしれません。ですが、
これが意外と馬鹿にならなくてアニメのようにキャラクターの色がハッキリしたものでも、
見てると混乱して辛くなってくるんです。

もしAなめBという構図を作りたいのであれば、Aを画面右前、Bを左奥にすればいい。
こうすれば、カメラはイマジナリーラインを越えていないわけです。

次のカットでBの正面アップを描くとしても、真正面から描くのではなく、
気持ち画面右に向けて視線が抜けるように描く。そうするだけでつながりがよくなります。

例えば
『ウルトラマン』の場合、大抵ウルトラマンは上手側にいて、怪獣が下手側にいる。

『ウルトラマン』のようにアクションがあると、当然ウルトラマンと怪獣の位置が入れ替わったりします。
そうなると、下手側にウルトラマンがいて上手側に怪獣がいる絵が出来るわけですが、

その入れ替わりのアクションを描けば、次のカットからは逆の位置になっていいわけです。

つまり、ウルトラマンは絶対右側にいなければいけないというわけじゃない。

入れ替わったという情報さえ伝われば、ウルトラマンが左側で怪獣が右側になる。
でも、カメラはあくまで反対側に行ってはいけない。
キャラ同士が入れ替わってもなお、イマジナリーラインはここにあるわけです。

どうしても越境したい場合は、混乱を招かないようにしなくてはなりません。

インサート的に、直接関係のないカットを入れて、つながりの違和感を少なくするようなことも必要でしょう。
かといって、こういうことを何度も繰り返していれば、混乱は必至です。
僕の場合、とりあえず、イマジナリーラインの越境は考えません。
その過程で、どうしても…となったとき、初めて考えることにしています。
ちょっと極端すぎるのかもしれませんが。


基本的にルールとはこの2つだけです。

ただし、ここから先はどうやって面白く、そして効率よくしていくかという課題があります。


GAINAXアニメ講義第2回
1カットずつ見るのではなく、流れで見ること」

講師:鶴巻和哉

3:1カットずつ見るのではなく、流れで見ること

アニメの絵コンテは、カットごとに絵を指示していきますが、
実写の世界だと絵コンテを描く人はあまりいなくて、
大抵は台本上に直接、指示を書いています。これが字コンテです。

台本上のカットの切れ目になるところに線が引いてある。これだけでコンテが済むんです。

実写の場合は、レイアウトを決めるのはカメラマンの役割です。
監督はフルショットを撮れという指示はするけど、実際フルショットにおいて、
どこまで画面に入れてどこを入れないかを決めるのは、カメラマンです。

もちろん監督が最終的にチェックするでしょうが、
カメラを直接動かしてレイアウトを決めるようなことは行なわれないのだと思います。
実写の場合、アニメのように必要なカットだけ撮影して終わりというわけではなく、
同じシーンや、字コンテ上では必要のないカットも念のためいくつかのアングルで撮影しておいて、
編集作業で最終的に作り上げていく場合も多いと思います。

編集でカットの順番を入れ替えたり、
本来、アップで言わせようとしていた台詞をオフで合わせてみたり、
このように編集でやりくりしてシーンを作れるのが実写なのですが、
アニメの場合、その行程はコンテ作成時に事実上済ませているので、
編集時にやりくりしようにも余分なカットは作られていないのです。

アニメの絵コンテは、実写の編集の役割も兼ねているわけです。なので、
カットの連なり、すなわちシーンとしての流れを作ることが、絵コンテの重要な役割なんです。

この「流れ」に関してはとても感覚的な問題で、具体的に指摘することが大変難しいです。

個人差も多分にあるでしょう。実写映画界で名監督と呼ばれている方々の作品を見ても、

まれに違和感を感じることもあります。

ぎりぎり、自分で説明できる範囲で言うなら、

例えば、

1カット1カットはアングルもアクションも大変かっこいい。

芝居の内容も表情にもこれといった問題のないカットなんだけれど、
それを繋げて見たらなんかいまいちだな…と思うことがあります。

ぎくしゃくしていると感じることもあれば、ピンと来ないとしか表現のしようがないこともあります。

1カットごとに独立して考えてはダメです。

いくつかのカットが連なったシーン全体としての時間の流れを掴んでいて欲しい、
ということなんですが、僕自身の感覚で言うと、音が重要な指針になっています。

音はどうしても時間の制約を受けるので、
時間の流れを知るのに有効なんだと思っています。
台詞だけでなく効果音、音楽、こういった音でシーン全体を想像し、
絵コンテにすることができるなら、僕の言う流れというものがなんとなく分かってもらえるのではないかと思います。

とても個人的な感覚なので、他の人はそれぞれ別の基準を持っているのかもしれません。
思いのほかむずかしいことなんです。
僕も、よくわかっていませんし、庵野さんも以前「シーンとして演出できる演出家は少ない」と言ってました。


4:シーン内で重要なものは何か

今言っていることの延長で言うと、一番大事なのはそのシーンのなかでどこなのかということです。

絵コンテを描き慣れていない人は、
全てのカットで頑張りすぎてしまうことがあります。
これが、流れを寸断したり、滞らせてしまう原因の一つになります。

どこを一番見せたいのか、一番見せたい大事なところにピークを持ってくるために、
あえてセーブしたり、目立たない強調しない演出をして、最後でガツンと見せる、
みたいなやり方が必要と思います。そうでないと見てる方が疲れてしまうし、
慣れてしまったり、飽きてしまって本当に大事なポイントで効果が薄くなってしまいます。

いい例ではありませんが、野球のピッチャーには自分の決め球があります。

シンカーが得意だからといって、最初からシンカー、シンカーと投げてたら、
バッターはタイミングや球筋を覚えてしまい、いずれ打たれてしまうでしょう。

他の球種やコースでストライクを稼いでおいて、最後にシンカーで決めるのが良い。
自分のポイントになるところで自分の決め球、決めカットを使うことが重要です。
逆に、速球速球で押しておいて、勝負所でスローボール。これもありでしょう。

最後のシンカーだけが大事なのではなくて、そこへ至る投球全てがシーンとしての流れなんです。


GAINAXアニメ講義第3回「情報のコントロール 前編」
講師:鶴巻和哉

5:情報のコントロール

次は、情報のコントロールについて。

見せたいものや見せるべきものは、しっかり見せるし、見せる必要のないものは見せない。
何を見せて、何を見せないかということです。

これには、演出的な意味と、コスト管理の意味があると考えています。

アイドルグラビアで、よく背景がボケているでしょう。

望遠レンズで絞りを開け気味に撮るとああいう絵になるんですが、
これは被写界深度の関係で人物にはピントが合うんだけれど、背景はボケる。

ボケると何が良いかというと、奥の背景の情報が消えて、その分アイドルに情報が集中するわけです。
それはアイドルを目立たせるための方法なんです。
要するにアイドルのグラビアの場合、奥の町並みや木立の背景は必要性の低い情報だということです。

アニメでも同じことが言えます。
人物も背景も描き込みすぎると情報過多になって、画面の中のどこを意識すればいいのかわからなくなります。
全てのカットをそうする必要はないと思うんです。
カットごとに伝えるべき情報を使い分けていいと思います。

最初のロングショットで、キャラクターのいるロケーションや時制を表現した後なら、
次のバストショットで台詞を言っているカットの背景には、そこがどんな場所なのかという情報がいらないでしょう。

例えば、
学校の廊下でヒロインが会話しているようなバストショットの背景で、
廊下の奥までびっしりと描いてあるとちょっと微妙だなぁと思います。
その場合の背景はBGボケでもいいでしょう。

例え、アングルによって見えてしまうとしても見せることによって情報が散漫になり、
それが必要でないのならば見せなくてもいいんじゃないか、ということです。


一方で、見せるべき情報や描き込むべきカットは描き込む。
『彼氏彼女の事情』は『エヴァンゲリオン』に引き続き美峰が美術を担当してくれたのですが、
このとき監督から「描き込むカットは1話に付き10~20カットでいい。
残りはBGボケで結構」という話がありました。

レカノは見ているとわかりますが、バストショット以上になると背景の情報が極端に減るんです。

イメージ的な背景や、単純なグラデーションだけになることが多いです。

カレカノの原作に限らず、漫画ではコマによって背景が描いてあったり、
全くなかったりします。この原作漫画の雰囲気、
中でもグラフィックの印象をなんとかアニメに持ち込みたい、という意図があったとも思います。

逆に、いくつかのBGオンリーでは緻密な背景が描かれます。
BGオンリーのカットは大抵参考写真があって、写真どおりにがっちり描いて欲しい。
それによって、学校の雰囲気やリアリティを出す。

しかし、全てがそのような重い作業の要求されるカットでは、
コストオーバーになってしまうし、スタッフやスケジュールも不足してしまいます。
学校内のシーンであることがすでにわかっているのなら、“
主人公たちのいる場所が学校である”という情報を全てのカットの背景で説明する必要はないだろうということです。

もちろん演出的に必要なとき、例えば、階段に落ちた影や、
窓の外で流れる雲に意味があるような時には背景もしっかりと描くわけですが、
背景に演出的意図が無い場合は、
グラビア写真のようにその情報を減らすことで被写体に情報を集中させることができます。

もちろん、アニメも漫画と同様に絵として描いている以上、
無意識であれ情報のコントロールをしているわけですが、これを演出としてもっと意図的に行なおうということです。


GAINAXアニメ講義第4回「情報のコントロール 後編」
講師:鶴巻和哉

『エヴァンゲリオン』でよくある口元のアップやその反対のドン引きの絵は、表情がどうなってるか分かりません。

表情を見せないことによって、想像させることができます。

「台詞や演技では事務的なのに、ひょっとしたらニヤリとほくそ笑んでいたら面白いのに……」

とか「口元は笑ってるように見えるけど、ホントに笑っていたのかな?」とか、
ある程度、見ている人に委ねてしまうわけです。いろんな意味で取れるような台詞を言っている時に、
そういう演出は効果的だと思います。変則的な使い方として、

『クレヨンしんちゃん』のしんちゃんがニヘラと笑う時、

かならず斜め後方からのアングルになって表情は見せません。

極端な表情によってキャラのイメージを崩したくない時にも使える手です。

ゲンドウの場合も、その一種かもしれません。

『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air』の中の印象的なシーンで、
ゲンドウが銃をかまえてリツコと向き合ってるものがあります。

その時、ゲンドウが何か言うんだけれど、それは聞こえてこない。
あれも一種の情報のコントロールという事です。

普通は口パクして台詞を言っているのだから、当然台詞の音声が聞こえてくるはずですが、
それをあえて聞かせないことで見ている人に想像させる。その結果、客は引き込まれるわけです。

情報をどこまで描いて、どこから描かないか。

それは絵であれ、芝居であれ、音であれ、演出に関わってくることです。

ただただ情報量を詰め込んでいけばクオリティの高いものになるというわけではありません。

情報の差し引きをしなくてはいけない。
必要な情報と、必要じゃない情報を演出家が判断しなければいけないということです。

絵コンテ初心者が陥りがちなのは、カット数が無尽蔵に増えていく状況だと思います。
表現したいことが多すぎて、精査できないまま、その全てを表現しようとしてしまう。
表現したい情報が多ければ多いほど、芝居もカット数も増えていきます。

例えば、「人物がドアを開けて入って来る。
部屋を横切って、奥の椅子に座る」。こういう脚本があったとして、この全てを絵にすることが必要でしょうか?

「ドアを開ける」、「部屋に入って来る」、「部屋を横切る」、「椅子に座る」。
ルーズな作画が許されない現在では、この全てを作画で表現することがかなりの負担になることは、
アニメーターの皆さんなら理解できると思います。

ドアを開けて、次に部屋の中の椅子に座れば、部屋に入って来る描写がなくても、入ってきたことは示されています。

また、ドアが開いた後、部屋の中のいすが映る。足音が近づいてきて、
人物がフレームにインしつつ、座る。
作画ではなく足音という効果音で、部屋を横切ってきたということを示すこともできます。
こうすれば、作画的な負担はかなり減ります。
この2つのカットを人物の表情を描かない寄りの絵にすることで、
その表情を観客に想像させることもできますし、
この全てを1カットで処理しようとすれば7秒かかるところを、
カットを分け、時間を盗むことで3秒半で表現できます。

これが良い演出ということではありません。廊下から暗い部屋の中に入って来る、
その描写やその時の表情を描くことでしか表現できない感覚はあるでしょうし、
部屋を横切る、その時間や部屋の広さや歩き方で人物の
隠された感情や状況を表現しようという演出もあるでしょう。
表現しなくてはならない情報、必要はないけど是非とも表現したい情報、
しなくてもいい情報の判断をして欲しいということです。

これは絵コンテ初心者という例ではないのですが、
『ふしぎの海のナディア』の38話のコンテは427カット。

続く最終話はエピローグを含むと480カットくらいになっているんじゃないでしょうか。
正直言うと、これはムリです(笑)。GAINAXじゃなかったらやれなかったのでは?と思います。

もちろん、これは監督が可能であると判断してやっていることではあります。
しかし、いつでもどこでも、それが可能なわけではありません。

スケジュールやコスト管理の厳しいスタジオであれば、ヘタをすれば残らないということもありえたと思うんです。
両話とも100カットづつ削られていたかもしれません。

たとえ、どれほど面白い絵コンテだったとしても、それが制作不可能な絵コンテだったら、
そのまま作らせてはもらえないということです。

もしそうなっていたら、あんなに面白い話にはならなかったかもしれません。

総カット数だけでなく、作画枚数や、作画的な負担も同様です。

『天元突破グレンラガン』は実質的に作画枚数制限はなかったみたいですが、
普通のTVアニメであれば当然枚数制限があります。

テレビに限らず映画だってそうです。

総カット数や総作画枚数は、スケジュールとコストに直接係わって来るからです。
最近のTVアニメなら4000枚強くらいなのかな。

ちょっと前の東映だともっと少ない。たった3000枚です。

そうなったら、表現しなくてもいいカットや芝居は当然入れちゃいけない。

カット繋ぎや、リアクションを不用意に使っていたら、あっという間に制限枚数をこえてしまいます。
作画の問題ではなく、絵コンテの段階でコントロールしない限り、
厳しい作画枚数制限やスケジュールをクリアできないでしょう。

コストというとお金を連想して「なんだよ」とシラケる人もいるかもしれませんが、総カット数が20カット増えれば、
原画マンが確実に1人余計に必要です。
作画監督が修正しなくてはならないカットもその分増えるということです。
クオリティに係わってくる問題なんです。

絵コンテがどれほど面白くても、
作画的なクオリティが保てなければ、その面白さは表現できないまま終わってしまうかもしれません。

面白い面白くないとは別の理由で、不本意に修正されたり、
没になってしまう絵コンテもあるということです。



GAINAXアニメ講義第5回
「絵コンテ集」

講師:鶴巻和哉

6:絵コンテ集
僕の手がけた絵コンテのかなりの数が、出版され、何らかの形で読むことができる状態になっています。
こんな状況なのは宮崎駿さん(注1)か僕くらいなのではないでしょうか?(笑)
これは、自社アイテムの出版も手がけているガイナックス作品のコンテを手がけることが多いからというだけであって、
僕のコンテが優れているからでは、全くありません。
あえていうなら、専門的な見方を知らなくても、漫画っぽく読める絵コンテであるから、ということはあり得るかもしれません。

僕や、おそらく平松さんは、最終的に自分でレイアウト描いたり、
原画に修正指示入れることが前提でコンテを切ることが多いのではないかと思います。
少なくとも僕の場合、純粋に演出指示書としてのコンテではなくなっていることはありそうだと感じます。
このへんは、半分無意識でやっていることなので、自分ではよくわからないんですね。

僕の場合、絵コンテだけを担当して、その後の工程に参加しなかった場合、なかなか意図通りにはなりません。
それは、原画マンや処理演出に問題があるからではなく、「自分でレイアウト以降の行程に手を加えることを前提に絵コンテを描いている」からなんだろうと思います。

純粋に演出技術ではなく、絵のタッチやタイミングなどのニュアンスで、切り抜けている部分が多分にあると思っています。
ホントはそんなことまで考えて、やることではないんです。

あくまで指示書であって、設計図ではないというのが本来の絵コンテなんだろうと思っています。
だから、僕のコンテは、これから絵コンテ描こうとする人の参考にはあまりならないのではないでしょうか?

『トップをねらえ2!』で庵野さんが絵コンテを描いています。
正確には、庵野さんにカットの割りと大まかなアングルを指示してもらい、
僕が絵を入れています。これは以前話した「字コンテとカメラマン」に近い関係だったわけですが、

この時に印象的だったことがあります。
庵野さんは1つのカットで1つのことしか表現してないんですね。
もちろん、原画も描いていますし処理演出の経験もありますから、
庵野さんのコンテがシンプルであることはわかっていましたが、実際、脚本から絵コンテにする作業を目の当たりにすると、
その極端なシンプルさに今更ながら感銘を受けました。
あえて言うなら短歌のようなシンプルさです。
最小限の手数ではあるけれど、その裏側に多くのことを含んでいるスタイルです。
その分、コンテ以降の作業工程でも過剰なデリケートさやニュアンスを要求せず、
そういったブレで簡単に左右されない強度を持っています。
実際、レイアウトや原画作業も、他の話数に比べてスムーズに進んでいたように思います。

当然、シンプルさ故に、表現しなかった、または表面上表現しなかった情報もあるわけで、
これは一歩間違えば脚本を台無しにしかねない問題でもあります。
監督自ら描いているのであれば、そこも含めてコントロールしているわけで、何の問題もないのですが、
絵コンテがそこへ踏み込むことは、重大な責任を負うことにもなります。
コンテを描くということは、盲目的に脚本に書かれていることを表現するのではなく、
脚本を十分に理解し、そのエッセンスを表現しなくてはなりません。

もちろん、庵野さんの絵コンテにも、
演出的作画的負担を強いて2つのこと、3つのこと、
もっと複雑でダイナミックなことを表現する難しいカットは出てきます。
これがカットの密度の差となって、リズムやテンポを生み、
積み重なることで全体の流れとなっていくのだろうと思います。

こういうことは完成した絵コンテだけ見ていてもわからなかったことです。
脚本と絵コンテを比較して、初めて理解できることでした。

そんなわけで、出版されている絵コンテ集だけを見て勉強できると思うのは、間違いです。

アニメスタジオにも色々ありますが、あなた方はせっかく制作スタジオにいて、絵コンテはもちろん、脚本も、場合によっては没になった絵コンテも手に取れる環境にいるのですから、それをもっと活かすべきでしょう。


GAINAXアニメ講義第6回
「処理演出」

講師:鶴巻和哉

7:処理演出
演出は、絵コンテと処理演出に分かれます。
現在では、絵コンテと処理演出は別の人が担当するという事も多いです。
正直なところ、演出したと実感できるのは処理演出の方です。
処理演出をやりきると、たとえ他人の絵コンテであっても「これは自分のアニメだ」と思えます。

アニメーターが、次のステップとして演出を手がけたいという場合、絵が描けるから絵コンテというのは短絡すぎるでしょう。
まとまったシーンの原画を担当することは、実質そのシーンの処理演出の一部も担当していると言えます。
レイアウトも芝居や台詞のタイミングも、まず作ってみせるのは原画マンなんですから。いきなり絵コンテを描くよりも、
よほど原画の延長線上として考えられるはずです。

処理演出する上でアニメーターが一番戸惑うのは、編集、音響の部分でしょうか。

アニメの場合の編集は、実写の場合と違って、ある程度限定的な作業しかしません。

絵コンテで指示されている順番にOKテイクを並べ、カットの前後を数コマ短くしたり足したりすることで、
繋がりをスムーズに、あるいは演出意図に合わせる形で調整する。その上で、定尺に合わせることになります。

実写ほどの影響力はないかもしれませんが、
いい編集が施されたフィルムは見違えるほど、見やすく、そして面白くなります。

これは、経験してみるととてもわかりやすいことなのですが、
どうしてもカット単位のアクションをイメージしてしまうアニメーターには理解しづらい感覚かもしれません。
アニメーターとしての自分がいかに無駄な原画を描いていたのか、
痛感することになります。なので、編集前の棒繋ぎのラッシュフィルムを見るのは、
いつも心臓に悪い。冷や汗が出ます。

編集することで、それが解消されることは経験でわかっていても、
本当に嫌な時間です。この、カットの繋がりという感覚も重要です。

前に、「絵コンテは編集作業の一部を前倒しで行っている」と話しましたが、
ここの感覚がわかった上で絵コンテが描けるといいと思います。

もう一つは、ダビング。完成した映像に合わせて、
台詞、効果音、劇伴音楽などの音を決めて行く作業です。原画を描くにあたって、
台詞まではイメージできているとしても、
効果音、まして劇伴となると考えたことがないという人が多いのではないでしょうか? 

他ならぬ僕自身がそうだったんですけどね。
しかし、ここを経験すると、絵コンテを描く場合だけでなく、
アニメーターとしても考えさせられることがたくさん見えてきます。
絵描きは、あらゆることを絵で表現しようと考えがちです。
状況も、動きも、感情も、その全てをできることなら絵で表現したい欲求がありますし、
その責任もあると考えてしまいます。しかし、音響のことが少し理解できると、それが間違いだと気づきます。

ある状況を表現するのに「100の力を絵につぎ込まなければならない」と思いがちですが、
実は音を入れてみると「音が80の力を補ってくれるから、絵は20の力だけで良かった」

ということがたくさんあるんです。
そうすると、「音に頑張ってもらえるから、絵はこれくらいでいい」という事が分かってくる。

「情報のコントロール」で話したように、絵にしてしまうことでイメージを限定しすぎてしまったり、
力を削いでしまうような場合もあります。淋しさや悲しみなら、
表情なんか見せなくても声の演技だけで十分ということもあれば、
例えば、紙の薄さやガラス表面の硬さというものは、音の方がよほど上手く表現してくれるものです。

その一方で、「音のための絵を用意してあげないといけないカット」があるということも分かってきます。

12コマ(0.5秒)くらいで爆発を表現したカットの場合。
自分では「カッコイイ爆発になった」と思うかもしれませんが、
音にとって12コマ(0.5秒)は短すぎて、爆発を表現できません。

1秒とか、1秒18コマ(1.75秒)とか、場合によってはもっと必要になってきます。

また、ロボットが非常に重い動きでギギギギ…と立ち上がる、という場合も同様です。

2秒のアクションでもいけると思うかもしれませんが、いざ音を入れようと思うと到底その短い時間では、
重い物体が動いた音を表現できません

。もっと重く感じられる音が欲しい、ハリウッド映画みたいな複雑な音を入れたいと思うと、

そのためにはある程度長い尺が必要なんです。

音響の人に
「6秒あればもっと良い音を入れられるけど、君の作ってきたカットは2秒しかないからこの程度の音しか入れられない」
と言われることがあります。
音響のためにカットや尺を用意する必要がある場合もあるんです。

こういうことは、編集や音響の現場を見学しただけではなかなか理解できません。
責任のある立場で、指示を出したり、逆にアドバイスを受けたりする過程で、
ようやくわかってくるというのが、僕の経験です。当然それは、絵コンテを描く上でとても有効な経験だったと思っています。

処理演出には「演出助手」というポジションもあります。処理演出の下について勉強しながら、またフォローしてもらいながら最初のステップを踏むことが出来ます。チャンスがあったら是非やってみてください。


GAINAXアニメ講義第7回
「絵コンテで伝えること」

講師:鶴巻和哉

8:伝えよう
前に話しましたが、絵コンテは指示書です。

絵コンテを描いた当人が現場にいなくても、作業が進むようでなくてはなりません。
そのためには、絵の部分ばかりでなく、字の部分も大事です。

原画の人には
「色がついて背景もあって動いている完成の画面をイメージできてから、原画を描いて欲しい」
という話をいつもしています。これが、なかなか難しくてね。

僕も、よく描きながらつじつまを合わせてしまうんですが、絵コンテでも同じです。

単に脚本に書かれていることをなぞるだけの絵コンテではダメ。

流れがあって、ダレ場や盛り上がりをコントロールできていることが必要です。
そのためにも、担当話数全体でなくとも、シーンくらいはイメージできているといいんだと思います。

当然、表情や動きや台詞だけでなく、
色や影、状況音や画面に描かれていないけど聞こえてくる音も含めてイメージすることです。
そのイメージを実際に作業してくれる後のスタッッフに伝える努力をする。
指示がなければ、当人が「当然でしょ」と考えていることも、描かれないままということもあり得ます。

そこで文字による指示が重要になってきます。

「このカットは表情と同様に、ほつれ髪が大事なんです!」
みたいなことは、絵で描いただけでは、その重要度は伝わりにくいでしょう。

でも、絵のわきに「注!ほつれ髪重要!」と指示があれば、充分伝わります。

常識的にわかる音、例えば、バイクのエンジン音やはさみで紙を切る音は、
わざわざ指示を入れる必要はないかもしれません。しかし、ロボットの放つビームの音や、
タコ型宇宙人の歩行音は、特別指示がなければ、

効果さんがその方なりのイメージで音をつけてくるでしょう。

絵コンテを描くときに、はっきりとしたイメージがあったのならば、指示しておくべきです。

庵野さんのように「ギュオオオオォウゥッゥゥ」や「メキキッックオォォ!!!」などど擬音を駆使してもOKでしょうし、
「豆腐を床にぶつけた時のような湿った音」などと具体的なイメージを伝えてもいいと思います。

伝えようとする気持ちが大切です。

それを忘れてしまっては、絵コンテを描くこともただのアニメ制作の中の流れ作業の一つになってしまいます。

もちろんこれはスタッフに対してだけでなく、最終的にアニメを見てくれる人に対しても同じことだと思うのです。

自分の中で生まれたイメージやその感覚を、なんとかして伝えようと努力する。
その結果、わかってもらえたとき、同じ感覚を共有できたときの、快感は本当にうれしいものです。
みなさんも、その快感を期待してコンテを描いてみてください。

全部で7回にわたって掲載しました、『GAINAXアニメ講義:絵コンテ』は今回で終了です。

一部難解な部分もあったとは思いますが、
一般の方のみならず、今現在、アニメ制作現場で演出を目指す方にも読んでもらいたいと思い、
あえてそのまま掲載させていただきました。

これからアニメ制作スタッフを目指す方や、アニメの作り方を学ぶ人にとって少しでも糧となれば幸いです。
ありがとうございました。


GAINAXアニメ講義第8回
「レイアウトについて」

講師:平松禎史

課題

給湯室の机のところに
一人の人が座っています。
そこに鍋をもった人が画面のそとから入ってきます。
机に鍋を置き、二人は会話をします。


レイアウトは2点

真横からのレイアウト
窓の外からのレイアウト

以上をかいてください。



課題に対し、結構みんな描いてきてくれたので嬉しいです。

レイアウトはすごく「こうです」と言いづらいものです。
動画もそうだし、原画も、始めた頃は自分が描くということにすごく必死になるから、
ほかの人がどう描いているかなかなか客観視できない。それをこういう課題という視点で見てみると、
案外みんな違うので面白いです。

次に、「自分がレイアウトを描く時にどういう風に考えたか」というところを見ていきましょう。

課題で与えたこのコンテは、コンテとしてはすごく説明が足りないものなんですよ。

設定というものがなくて、登場人物の特徴も定まっていない。
色々と定まってないものの中で自分ならどう描くかな、ということを考えなくちゃいけない。

その方がやりやすいかなと思ったんですが、実はすごく難しい課題だったなと思いました。

1:観察すること

今回の課題は決まったものを描いてもらうものではないので、評価は難しいんです。

まず絵を描くときは、色んな観察というものが絵に出ると思うんですよ。テーブルひとつにしても、
自分はいつもどういう風にものを見ているか。

今回の場合は実物があるから見に行けば済むんですが、
設定であれば、設定だけを見てそこから想像するところから始めます。
想像するということは、普段ものを観察して、更にそれが頭の中にないと応用が効きません。

設定ではこの角度で描いてあるけど、
コンテ上はもうちょっと右からの角度で描いてあった場合、設定が3Dでない限り自分の頭の中で回すしかない。

それが頭の中で出来るか出来ないか、ということです。

そういうときに必要なのが、
普段自分の身の回りのものをどういう風に見ているのかということなんですよね。

今は、自分の生活空間、たとえば自分の家の部屋もそうだし、
店を歩いていても、どこか広いところに行っても、そういう風景を漠然としか捉えていないと思います。
でもこの仕事をしている以上、いつもしていることも既に仕事だと思わなきゃいけない。そう思って、
いろんなことを見てみてください。

今日もみんな座っていますが、それぞれどんなポーズで座っているかなと、
なんとなくいつも観察して、頭の中に絵を描く。
そういう訓練をしていくと設定が不備でも、ある程度は想像で補えるようになるんですが、
今ざっと見ていくと、やっぱりそういう部分ではみんなまだできてないかな、と思います。


2:レイアウトの雰囲気と空間
すごくラフで描いている人もいるし、細かく描いている人もいますね。
これは説明しづらいところなんだけど、ちゃんと描けば生活感や雰囲気が出るかというと、案外そうでもないんです。

ではどう描いたら雰囲気が出るか。

自分の場合、
「人と背景を絡ませる」とか「描きながらひとつひとつの小物のバランスを崩していってまとめる」
というようなことをいつもやっています。

実際、物っていうのはなんでもかんでも壁にピッタリ水平に置いてあるものではないから、
ちょっとずらしたり敢えてバランスが悪いところに置いてみたりします。

バランスが悪すぎると気持ち悪くなるから、そこのさじ加減が大事。
そこらへんは、やっぱりみんなまだきちんと描こうとしていますね。

今回は課題を2つ出しました。
ひとつは引きの絵にして、もうひとつはもっとアップの絵にしようと思ったんですが、
アップにすると見るところが少なくなるので、結局どっちも引き目にしました。
1カット目は床が見えていて、2カット目は床がギリギリ見えるか見えないかくらいですね。

自分の場合、感覚として自分の頭の中にある空間でキャラを歩かせたりしながら、
なんとなく設定を見てレイアウトを描くと、無意識に空間が広くなることの方が多いんです。

今回の課題も広く描いている人が多いですね。

なんで広くなるかというと、その方が楽なんですよね。
物を置いて、色んなものを見通しやすくしようとすると結果的に空間が広くなる。
レイアウトというものは、机の向こうとか衝立の向こうにあるものまで想像させるように描かなきゃいけない。
無意識にそこを説明しようとすると、どんどん広くなっていっちゃうんです。


GAINAXアニメ講義第9回
「レイアウト作業に入る前に考えること」

講師:平松禎史

3:レイアウト作業に入る前に考えること

厳密なレイアウトだと、原画作業の入口で色々必要なものを揃える必要があります。

仕事の流れ的に言うと、美術設定、キャラクター設定に沿って背景とキャラを配置して、
光源はどちら側か、影はどんな付き方をしているか、
などなど次の工程に渡すために色々と情報をのっけるといったものになります。

でも、それは今回やってみて感じたと思うんですが、
最初に完成品というものを最短距離で描いてしまうんじゃなくて、
その場で何が起こっていて、何が必要かをきちんと考えてからじゃないとレイアウトは描けません。
出てくるキャラクターが「どんな人で、どんな仕草をするのか」をまず考えなければならない。

例えば今回の課題で言えば、一人が鍋を持っていて、もう一人座っている人がいる。
では、座っている人は一体どんなことを考えてそこに座っているのか、
というようなことです。そもそも二人でそこへ来たのか、それとも別々で来たのか。

別々で来たのなら、座ってる人はただボーっと座ってるわけじゃなくて、
先に来てマンガを読んでいたかもしれないし、先に飯でも食ってたかもしれない。
鍋というのも、中に水が入っていたのか、
料理の材料は台所に用意してあるのか、テーブルにそういう準備がされているのか。

この課題の中だけでも色んな要素があって、考えることがすごく多い。その場で何が起こっていて、
何が必要かを考える。その順番が大事なんだろうなと思います。

自分で分析してみたら、自分はいつもそういうことをやっているんですね。
画面内の物の収まり具合や画角、キャラや物の見え方というのはその結果なんだと思います。

実際の仕事だったらカットは継続しているから、
その前の条件とか状況というのはもちろんあるわけです。
だから、「担当パートだけ見るんじゃなくて、コンテも通して見る」というのは、
そういう要素を読み取ることなんです。

そこに来るまでにどういうことがあって、このキャラにどんな表情が必要かを整理してから、
じゃあどんな原図にするか、どんなフレームにするかを考える。
コンテはすごく寄ってるけど、もしかしたらもうちょっと引いた方がいいのかな、
もうちょっと右から見た方がいいのかなとか、そういうことを色々考えてからじゃないとレイアウト作業はできません。

既に原画を描いている人もいるし、これから原画になる人もいると思うんだけど、
そこを自分の中で整理するということはすごく重要だと思います。

コンテをもらってから作打ちに行くまで何日かあるんで、
大体その間にコンテを見ながら「どうしよっかなー」みたいなことは考えます。
場合によっては「コンテではこうなってるけど、
自分はこう動かしてみようかな」と思ってコンテの絵を変えて考えるようなこともありますね。

とにかく、描くまでの準備はすごく大事なことです。
レイアウト作業というのは必ずしもコンテの絵を再現するということではなく、
その中で何が起こっていてどんな芝居をしているのかを自分の中でまとめた上で、
演出や作監と話をしながら詰めていく作業です。

例えば、
「コンテだとよくわからないんですけど、この人どんな人なんですか」
とか「手に何か持たせた方がいいですか」とか、
「ただ棒立ちじゃなくてポケットに半分手を突っ込んでいる」とか、
そういったアイディアを、最初に言った「観察」から引き出していく。

そして実際の打ち合わせでは「棒立ちだと味気ないのでポケットに手を突っ込ませてみましょうか」
とか演出に言うと、
「いや、この子はそういう子じゃなくてもうちょっとおとなしいキャラなんで」
というやりとりが出てくるので、
それを自分で受け取って、そのように描く、ということですね。

自分のパートとか、そういう限定されたところで完結しないで、
その前後とか表面や深いところなどを想像してみてからそのレイアウトを描く。
そういうことがとても大事だと思います。 



GAINAXアニメ講義第10回
「レイアウトの正解とは」

講師:平松禎史

質問者1:
「できれば正解が見たくて来たんですけど。平松さんだったらあのコンテからどういうレイアウトを描くのか聞きたいんですが。」

いやあ、そういう話じゃないんですよ。
正解がないというか。
今回の課題に対する正解としては俺が描いたものが正解だと思う(笑)。

まあ演出が求めてる絵とかね。
ガイナはアニメーターが演出だからそういうパターンが多いけど、
それにこだわらなくてもいい。アニメーターもみんな人が違うから描き方も違う。

演出としては自分の求めているものと厳密に合っていなくても、
許容範囲だったらそれはチェック通す。
だから、正解は求めようとしなくてもいいんじゃないかと思います。
今回は正解が見えづらい課題だったから、余計にそう思うかも。

普段の仕事でも、
コンテが設定と近いアングルで描いてあったときに「設定をコピーすればいいんじゃん」と思っても、
実はそうでもなかったりするしね。

流れ上、置いてあるものを少しずらした方がいいとか、
微調整でカメラを高くしたり低くしたりというのは必要だと思うから。
それは演出が正解を持っているというよりは、そういうものを引き出していくのが演出の仕事だったりするので。

演出の話になってきちゃったね(笑)。

いやまあ関係しますから。完璧にこれが正解というものは多分ないと思います。
こういう風に言う人ほどね、全修するんだよねきっと(笑)。好きにしていいよとか言っといて全修するっていうね。

自分はアニメーターを始める前もそうだし、動画マンのときも繰り返し読んだのが、
大塚康生さん)の作画汗まみれという本。

あの本はバイブルとして繰り返し読みました。

アニメーター仲間も動画の時は少なかったんで、そういうところからしか情報がなかったんです。
でもガイナックスは色んな人がいるから、
ほんとは俺も仕事してるところにフラっと行って、こういう雑談みたいな感じでみんなと話せると、
もうちょっと普段から勉強できると思うんですけど。
なかなかそれも難しいので、今日みたいな場を設けようかということになったんですね。


GAINAXアニメ講義第11回
「レイアウトに必要な描き込み」

講師:平松禎史

5:レイアウトに必要な描き込み

慣れないうちは隅から隅まで一生懸命描いてしまうんで、そうするとだんだんレイアウトじゃなくなってくる。

必ずしも、何でも
「見えてるから描かなきゃ」
「設定にも載ってるから描かなきゃ」
ということではなくて、レイアウトの見易さを優先して「実際はあるんだけど省く」という操作も必要になってきます。

見え方の感じを絵にするときに「どういうものが気持ちいいか」というのは、
観察を基に自分の頭の中にストックを増やして、
それを絵に描く、というやりとりを繰り返すことで少しずつわかってきます。

アニメの絵だけ見てたり、アニメの設定からだけ絵を描こうとすると、
そういう感覚だけでは嘘っぽくなって、あんまり現実味がなくなってくるので、
ほんとはスケッチというのは普段からやっておいた方がいい。
そういう観察を続けて頭の中にストックを増やしていくと、アニメで絵を描くときも発想が楽になるんですよね。

要は歩きにしても、何も考えずに描くとただ歩いてる絵になってしまう。

だけど、さっきも言ったように
「何を考えて歩いているのか」
「誰かに呼ばれて向かっているのか」
「目的地もなくぼんやり歩いてるのか」

でポーズもだいぶ違います。

コンテで「急いで歩いてる○○さん」と描いてあったら、
じゃあ急いで歩いてるというのはどういうことかな、というところから考える。

単に前のめりにすればいいということでもないから、

例えば
肩からバッグさげて歩いてるんだったら、
バッグが暴れないように押さえて歩いてるとか。
そういう観察を基にストックした仕草とか情報を描き起こして、
結果的に「急いで歩いている」というところにもっていく。

だからこの課題でいうと、材料が少なすぎてそういうことを想像するのが難しいんですね。

レイアウトの見易さのために物を省略するという話も頭では理解できるけど、

どうしても「あるものはあるように描かなきゃマズイかな」と思ってしまうのもわかります。

この課題の場合は
「マッサージチェアは邪魔ならどかして可」
という点がヒントになっています。というのは、設定はしてなかったけど、
ご飯を用意していて周りに人が集まってくる情景というのは、
やっぱりほのぼのしてるというか、アットホームな雰囲気を無意識に求めてるんですよね。

この課題の絵を普通に描くと、画面の一番手前にマッサージチェアの背もたれをナメて、

その奥に人がいて、という絵になるけど、
このナメがすごく緊迫感を醸し出すんですよね。

だからちょっと画面の端に入ってなんだかよくわからないんだったらはずしていいですよ、
説明しなくてもいいです、ということなんです。

説明する必要のあるものと、説明しなくてもいいもの、
描いてわかりにくいものは設定や実物にあってもはずしちゃっていいんです。
描いてみて判断してみる。

入れ込んでもうまく成立させられるなら入れてもいい。
絵としてわかり易いか、レイアウトとしてわかり易いかどうかですね。

1カット目は普段みんな目にしてる方向だと思うんだけど、
2カット目は普段は見ない方向ですね。カメラの位置としては窓のところにあると思うんだけど、

ちょっと新鮮なアングルですよね。実際に窓際まで行かないと見えないから、
想像して描く人の方が多かったと思うんだけど、
やっぱり見てると2カット目の方がみんな難しそうにしてたね。

そうすると何度も言ってるけど、
普段見ているものを頭の中で3D的に回すという訓練がまだちょっと足らないかなあ、と思います。


GAINAXアニメ講義第12回
「自分のストックを増やすには」

講師:平松禎史

6:自分のストックを増やすには

質問者2:「普段から観察はしていても、いざ描くときに思い出せない。思い出す方法ってあるんですか?」

繰り返すしかないよね。

自分の場合は、昔はスケッチブックを持ち歩いて描いたりしました。

単純に街中で「あの子かわいい」と思ったら、
仕事場行ってから思い出しながら描いてたし(笑)。

電車の中で「あの人ちょっと面白いポーズしてるな」と思ったら手の平にこっそり描くとか、

空中に描いたりもする。そういう風にやると覚えやすいですよね。
ぼんやりと観察していても覚えにくい。
体を動かさないと。あんまりやってると変態だと思われるけど(笑)。

それで記憶するということと、実際にそれを描き起こすという行為を何回もやってないと、
今度は見たときにパッと記憶できない。

頭で覚えようとするだけだと残りにくいから、
仕事場か家に帰ってからでもいいから
「さっきこんな人いたなあ」
「あの場所の建物の感じカッコよかったなあ」

とか覚えたものは一回描き起こした方がいいです。
そういうことを繰り返してると、頭の中に入ってくるというか、記憶の仕方を覚えてくるようになるんです。

最初は
「スケッチブックを持って街に出よう!」
みたいな感じになるんだけど、だんだんそれを繰り返してるとスケッチブックもいらなくなってきます。
キーボードのタイピングでも最初は「Aがここで」とか見ながら打つけど、
熟練してくるとキーボード見なくても打てるようになりますよね。そういう風に繰り返してやるしかない、
っていうことですかね。


7:必要な芝居

質問者3:
「例えば、芝居で好みじゃなかったり、
自分ではやらない芝居があったとして、それに対してはどう決着をつければいいですか。」

それはまた違う話になってくるけど、どこまで演出がそれを求めてるかですよね。

女の子が現実ではありえないような走り方をしてるシーンがあった場合、
「こんな人いないでしょ!」と思うんだけど、
「この子はこういうキャラなんですよ」と演出に言われたときに、
どこまで要求に答えられるか、というのは難しいですよね。

好きな絵のタイプというのは色々あると思うんだけど、
原画をやり始めた頃は仕事を選べないので、
そういう仕事が来たら我慢してやるか、
暴走して怒られるかしかないですね。

ある程度仕事をこなせるようになって、
自分で仕事を選べる立場ならいいんだけど、まずはやらないとですね(笑)



GAINAXアニメ講義第13回
「アニメの消失点とパースの必要性」

講師:平松禎史

8:アニメの消失点とパースの必要性

質問者4:「平松さんの中の演出的な方向性というのはいつごろ固まったんですか。」

まだ固まってないつもりだけど(笑)。
多分、動かすのが面白いとか絵を描くだけで面白いと思ってた時期と、
演出的な仕事をするようになってからはちょっと違ってくると思うけど、
多分「人狼 JIN-ROH」をやってからだいぶ変わってますね。
それはレイアウトの描き方だけかもしれないけど。

レイアウトをやってて一番面白かったのは日本アニメーションの世界名作劇場をやってた頃。

「ロミオの青い空」や「七つの海のティコ」、「名犬ラッシー」とか。
自分の演出的な方向性の基礎は多分その頃出来てると思います。

日本アニメーションの人のレイアウトの取り方というのは、
今みんながよくやってるパースをぎっちり引いて、というのではなく、
割合パースがゆるいんです。一点透視のはずなのに消失点が2個あるとか1個もないとかね(笑)。


パース線ってカメラで撮るとはっきりするでしょう。

目に見えてる景色を圧縮するとパース線は必ず存在してるんだけど、
自分の目で見た感じというのは、感覚としてパース線ってそんなにはっきりわかるもんじゃない。
案外ゆるく見える。

「人狼」で西尾くん(注7)、沖浦さん(注8)と仕事をしたときに、
あの人たちはそこをすごくきっちり描こうとしていて、
「こういう世界もあるのか」とカルチャーショックでした。
未だに自分はそっちに行こうとは思わないんだけども。
やっぱりそれは、レンズで見た絵を描こうとするか、
自分で見た感じを絵にしようと思うか、というところの違いだったりするんです。
今みんなは、「消失点がここで」「アイレベルがあって」という風にパース線をまず引きますよね。
もちろんそれは必要なんだけど、やっておいて崩す、というのもあると思います。

例えば、
パースのついた箱を描く場合、
まず最初に仮想として消失点を置いて、
アイレベルを設定した結果、ここに置いた箱はこう見える、
という考え方をしていると思います。
自分の場合は頭の中に箱が置いてある絵を想像してから描くので、
消失点から出発する考え方をあんまりしていないんですね。正確にパースをとってきっちりやろうとすると、
パース線を消したときにすごく窮屈な絵になるというか、見え方として理屈っぽすぎるように感じるんです。

パースのついた部屋の天井と壁のラインというのも消失点に向かう角度で描くけど、
そうすると今回の課題でもそうなんだけど、部屋がすぼまってるように見えてしまう。

真上から見たときに正方形じゃなくて、台形の部屋のようになってしまっている。
それを避けるにはちょっと消失点をずらしてやるんです。

パース線を定規で引いてその通りであれば空間的に合うかというとそうでもない。
なんか各論になってきましたけども。

あと、よくパースの説明に、柵みたいに均等なものが奥に連続して並んでる例がありますよね。
「人狼」でそういうレイアウトをやったときに、最初は自分も緊張していて、
正確に描かねばとか言って教科書通りのやり方でやっていたんですよ。
でも途中で時間かかるだけであんまり意味がないことに気づいて。
こういうことは一回やってみるとわかるからいいと思うんだけど、
いつもやる必要はないんです。仮にそれが計算上正しくても、
実際はもっと奥を詰めることでようやく均等な感じに見えるとかね。
そのようなこともあるので、あんまり消失点とかパースというのは妄信しない方がいいと思います…
というのを日アニの仕事で自分は勉強しました。


9:画面の正確さと雰囲気
「ミスター味っ子」って知ってる?あれのキャラクターデザインが加瀬政広さんという日アニ出身の人なんですよ。
あの人のレイアウトはほんとに消失点がないんです。
いつだったか、部屋の入口があって、中二階があって、というレイアウトを描いていたんですが、
この人の場合どこまで行っても消失点がない。でも絵としては成立しているんです。

同じような例で、ユトリロの絵で「コタン小路」という縦長の絵がありまして。

路地の周りにある建物がとても高い感じがして、
なんでかなと思ったらこの絵は消失点が正確に描かれていなかったんです。
逆にパースが正確だったらここまで高くは感じなかったということに気づいたんです。

観察もそうなんだけど、色んなものを見た方がいいです。

美術とか、写真とか、実写の映画とかね。
色んなものを見て、こんな感じがしたなあと思ったら、じゃあ何故そういう感じがするのかを考える、
想像してみる。それを繰り返す。

日アニの頃は一番そういうことを考えていました。
ヨーロッパの街並みを描こうとしたときに定規で描いてみたら思うような絵にならなかったから、
それじゃあ定規を使うのをやめてフリーハンドで全部描こうとかね。

それと、さっき言ったみたいにパースを少しずらしてやると手作りな感じがするとか。
都心のビル街は別かもしれないけど。

ものによってはわざと崩してやるとか、きっちりやるとか、まず何を描きたいか、というのが念頭にあって、
それを描き起こすためのツールや方法を選ぶ。
とにかくパースが正確じゃないとまずいということではないのかもしれないなあと、日アニの時は思いましたね。

その後「人狼」でちょっと巻き戻って、ゆるすぎないところに戻った、という感じでやってきました。
「味っ子」のときはいかに暴れるかしか考えてなかったので(笑)。

原画が面白かったというのもあるんだけど、あんまりレイアウトのことは考えてなかったというか、
カッコよければいいやと思ってましたね。そういうはっちゃけた仕事をやった後に日アニ作品を経て、
「人狼」とか「イノセンス」(注12)みたいにきっちりしたやつをやったので、
結論としては色々と幅のある仕事をやると、考え方が深まると思います。

まあ色んなタイプの仕事をするといいですよね。だから本当はアクションの多い
『天元突破グレンラガン』の次は日アニみたいな日常芝居の多い作品をやると、
勉強になるかなと思うんですけどね。


GAINAXアニメ講義第14回
「描き込みの重要性」

講師:平松禎史

10:描き込みの重要性

質問者5:
「描き込みの度合いに関して、例えば『トップをねらえ2!』の
レイアウトの描き込みの多さにはどういう意味があったのですか?」

描き込みたいから描き込んだんだと思います(笑)。

基本的にはみんな描きたいように描いていいと思いますね。
たとえばテレビなのか映画なのかOVAなのかといった媒体の違いによって描き込む度合いはどうかといえば、
映画だから描き込むかと言ったらそうでもないし、テレビでも描き込むことはありますし。

それはやっぱりかかる時間とかお金というのも関わってくるので、
人によって違うかもしれませんけどね。テレビの仕事を20カット持ってて、
それを全部映画並みの密度でやったら食えなくなるから、
「このカットはさっぱりにして、このカットは凝ろうかな」
とか、そういう操作を自分の中でするしかないんです。

『トップ2!』や『グレンラガン』もそうだけど、一人当たりの担当カットが少ないでしょ。
だから凝れちゃうし頑張れちゃうんですよね。
5カットしか持ってない人は、
5カット全部頑張れちゃうから結果的に『トップ2!』や『天元突破グレンラガン』はみんな頑張ってる画面になる。

むしろ描き手がどうこうというよりは、
スケジュールとか制作状況がひとつの原因だと思います。

最近、テレビアニメなのに密度がすごく高いなと思うものが多いのは、
一人分の持ちカットが少ないからですよね。

本当はそういうことは演出や制作、原画マン自身が考えて30~40カットをボンと取るようにして、

演出との打ち合わせのときに、
「このカットは重要だから頑張って密度高い感じでやって欲しいけど、このカットはサラっとしてください」という風にする。

物理的なこともあるから全部にすごく時間もかけられないけど、ここは重要だから一日1カットしか出来ないというのもあれば、一日5~6カットできる日もある、というバランスが取れると、もう少し見易い作品になるというか、頑張ってる感はそんなに漂わないと思います。


11:ラフ原
最近はレイアウトの段階でみんなシートをつけてくるんですよね。
スケジュールのない仕事をやってるから、習慣的にラフ原で描くクセが付いちゃったんだと思います。

でも本当はそこまでやる必要はないんですよ。
まず原図が適確に描かれていて、動きのポイントや大事なところが演出に伝われば、
レイアウトとしては成立しているんです。ガイナの人はわりとレイアウトのときにもう原画の一原になってる人が多い。
それは別に悪くはないんだけど、そこで時間かかりすぎちゃうと原画の時間がなくなっちゃうし、
その分演出のチェックも遅れる。そういうことが重なってくるとスケジュールが延びていきやすい。

本当に簡単な芝居のカットだったら原図とキャラ込みで一枚、
矢印でキャラを動かすぐらいにして、余った時間は原画で使いましょう。
単なる矢印でも、原図が正しく描かれていれば、演出や作監は想像できますから。

ただ、コンテで2コマ使っていれば、レイアウトは最低2枚は必要なんだけどね。
コンテで5コマ使ってあるのに、レイアウト上がりで3枚しかないと、「コイツ手抜いてんな」とか思われるから(笑)。

逆にコンテですごくラフなものがレイアウトでしっかりと雰囲気が出せていれば、
演出としてはそんなに悪い感じはしません。演出は原画マンがコンテの内容を想像できてるかどうかを見るから、
そこが間違っていれば直すんだけど。レイアウトのときはそんなに細かくラフを描かなくてもいいです。


GAINAXアニメ講義第15回
「レイアウトのバランス」

講師:平松禎史

12:レイアウトのバランス
課題に関して、「正解かどうかが気になる」という声が多くありました。
評価する側が見る点は、まずキャラクターの収まり具合や物の配置、そういうもののバランスが取れているかどうか。
そしてその原図の上で、要求されているキャラの動きが実現できるかなということを一番最初に見ます。

※画像は「ゆんフリー写真素材集」より
自分の場合、収まりについてはスタンダードサイズの時にはほとんど気にならなかったんですが、
ビスタサイズになってから気になるようになりました。
例えば腰上くらいの人物を画面に描くときに、
スタンダードだと頭を少し画面外に切ってもそんなに気にならないというか、
むしろ頭が切れていないと変な感じがするんです。

収まりとして中途半端なんで、頭を出してしまって配置した方がいいなあと自分では思っていて。

ところが、これをビスタでやったら横に広い分隙間が多いから、
キャラで画面が二分割されてしまって、
すごく気色悪いんです。だから実写もそうなんだけど、
ビスタものはわりと人物の頭の上が空いてるんですよ。
サイズ的にあんまりキツキツじゃなくゆったりした感じの画面ならば、
むしろ頭の上は空けた方が収まりがいいことがわかって。
画面的な見易さとか演出的な意味とかによるんだけど、まずは収まりを見ます。


脱線するけど、自分はある程度原画でキャリアを積んでから、
ある演出さんと組んで長く仕事をした時期があって、
その時にコンテの清書というのをよくやったんですよ。

この演出さんは絵描きじゃないから、
その人の描くコンテ用ラフというのはA4の紙にマルチョンで
絵が描いてあるだけで台詞も書いてあったりなかったりするんです。

そのコンテ用ラフをもらって、
シナリオを見ながら台詞を書いたり、設定を見ながら背景を描いたり。
ある意味、一話分のレイアウトを一人で切る…に近いことをやってたんです。
たいてい時間が押してたのでまる二日程半徹夜状態でね。
演出と密に話しながら集中的に作業を続けられたのがとても勉強になったんです。

要は、そのコンテ用ラフの状態で、完成画面が見えるか見えないか。
すごくラフの状態のコンテからレイアウトを描くとき、自分の場合先にパース線を引かないんですよね。
キャラが3人いたら、まず頭の位置とバランスを描く。
その後でようやく「アイレベルがここで」という風に考えるんです。
人がいるカットだったら配置を考えてから、それが成立するように背景や物を置いていく、という順番です。

カット内容を読み取るというのも、
レイアウトで必要なことですね。
単にコンテの絵を再現するということではなく、
何故このサイズ、アングルで描いてるのかということを考える。
演出をするつもりはなくても、演出を理解して描くということはすごく重要なんです。

それを実現するために必要なのが、
今日散々言っている「色々なものの観察」だったり「それらを組み合わせた想像」だったりするんですよね。
さっきも言ったように、レイアウトの段階で必ずしも一原状態にしなくてもいいし、
プランが演出に伝わるのならばラフ原画まで描かなくてもいい。

要はわかりやすさとか、
どういう気持ちで描いたのか、コンテの演出上のことをどのくらい理解できているか。
そういうところを演出は見るんです。

そうやって色んな情報から、必要なものといらないものをより分けてレイアウトを描く。
そういった選択作業をするためには、最初に言った観察であったり、
ものの見方の訓練をして頭の中にストックを作って描いてみたり、資料が必要なら資料を集めたりすること。

そういう日々の訓練が!努力が!根性が!(笑)必要なわけです。

とはいえ楽しいからこの仕事をやっているんであって。
多分スケッチブックを外に持っていって描こうなんていうのはかなり勇気がいると思うんだけど、
それも慣れなので、やってみると結構楽しくなったりしますよ。

基本的には楽しんでやって欲しいと思います。

平松禎史氏による『GAINAXアニメ講義:レイアウト』は今回で終了です。
アニメ映像制作における「レイアウト作業」の意味と重要性が、これからアニメ業界を目指す方や実際に作業しているスタッフに少しでも伝われば幸いです。ありがとうございました。

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