ホグワーツと月花の狩人   作:榧澤卯月

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競技場使用許可証

禁じられた森、その傍にあるクィディッチ競技場の使用許可証
飛行術教官により発行されるものだが、実は学則に明確な根拠はない
シーズン末期、優勝を見込めぬ寮は許可証を他寮に高額で売りさばいている



競技場使用許可証

 多くの者が食堂で昼食時間を過ごす中、蛇寮クィディッチチーム選抜が行われた。広間から離れ、わざわざ森に近づく者は敵性勢力として取り扱われ、容赦なく捕縛された。

 

「小さい方のボーンはヘルマンとドロテアとローテーションでビーター、ドラコが不調ならシーカーで使う。キーパーはケント。後は2軍だ」

 

 瞬発力で言えば在学中の狩人の誰をも上回る、魔術で強化された筋肉はブラッジャーを粉砕した。魔力を失い、ただの鉄屑となって地に堕ちるブラッジャーの残骸を見て、フリントキャプテンの言葉に異を唱える者はいなかった。

 別段ポジションに拘りは無かったが、キーパーについては性格上適性が無い、チェイサーは手の大きさから使える技に制限があるとのことから、ビーターとシーカーの予備として扱われることとなった。

 土曜日の午前、ミリセントのジョギングに付き合い、早めの朝食を食べていると、クィディッチウェアに着替えたマルフォイが声をかけてきた。

 

「ボーン。クィディッチだ」

「は? 貴族の朝の挨拶は「クィディッチ」か? 寡聞にて知らなかったが、ダフネ達もそんな挨拶はしてこなかったぞ。まぁ私が貴族ではないというだけの話かもしれないが……クィディッチ、マルフォイ」

「君は何を言ってるんだい? これからクィディッチの練習だ」

 

 練習も何も、深夜まで行われる蛇寮新入生歓迎会を考慮し、フリントキャプテンは練習予定を入れていなかった。

 急かされるままにオレンジジュースでトーストを流し込み、競技場に来てみれば、既に獅子寮生が練習をしていた。先程のジョギングで汗を吸った運動着が肌に貼りつき不快だったが、それ以上に汗の臭いが無いだろうかと気になる。着替えたいが、発注したクィディッチウェアは未だ手元に届いていない。

 

「よく来たな、ちっこいボーン」

「はぁ、おはようございます」

 

 キャプテンはいつにも増して仏頂面だった。ドロテアはヘルマンのものと自分のものとで2本の箒を並べて浮かべ、器用にもその上で寝ていた。

 

「ドラコ坊ちゃんがな、練習したいと張り切って、ご尊父の旧友である我らが寮監に相談した、というわけだ」

「はぁ、それが?」

「で、本日はグリフィンドールの割当日だが、寮監はそれに対してこんなものを用意した」

 

 渡された羊皮紙には、寮監の名において新人シーカーの練習の為に競技場の使用許可を与えると書き込まれていた。

 

「有効なのですか?」

「前例はねーが、有効ではある。そもそも競技場の使用許可なんぞ、慣習でしかねえ。教官が各寮の申請に基づいて割り当てているだけだ。厠を使うのに許可証もクソもねーが、それが1つしかねーなら紳士的に順番を守れってことだ。あくまで、紳士的に、な」

 

 教育課程さえまともに設定されていないのであるから納得は出来る。だが、一度この手法を用いれば無法状態となる。特にマクゴナガル教授が獅子寮寮監ではなく副校長名義で出してしまえば、他の寮監は校長に泣きつくしかない。寮監は新人の練習のためとは言うが、どのチームにも新人選手はいるだろう。これと言って特に蛇寮だけが優先される様な理由もない。

 

「協賛者には逆らえない、という事ですか?」

「……情けねー話だがな。後でウッドとは話をつけねーと」

 

 声を潜めて訊けば、珍しく顔を歪めるキャプテン。フリント家もまた純血の名家であり、マルフォイ家とは浅からぬ縁があるのだろう。意気揚々と競技場に突き進むマルフォイの背中に、キャプテンは苛立ちのこもった視線を向けていた。

 

「フリント!」

 

 直ぐに飛来したグリフィンドールチームキャプテン、ウッド先輩が怒声を上げた。その歩みは、一歩踏み込む度に芝が捲り上がる程の勢いである。

 

「我々の練習日だ。スパイ目的か、それとも何かを勘違いしているのか知らないが、今すぐ立ち去ってもらおう」

 

 怒りも当然である。既にウェアが汗で濡れていることから、早朝から練習をしていたに違いない。

 

「そうキレんなよ、オリバー。競技場はこんな広いんだ、別に俺達が居たって困る事はねーだろ」

「ふざけるな! 予約は予約だ! さっさと消えろ!」

「汚ねー唾を吐き散らかしてるとこわりーが、こちらにも使用許可があってな。見ろ」

 

 キャプテンはウッド先輩に許可証を渡す。許可証とは名ばかりで、羊皮紙の切れ端に走り書きされている様なものだったが、スネイプ教授の署名はされている。

 

「何を馬鹿な……こんな事が……いや、新人シーカー? 順当にいけばディルク・ボーンだろう? ただの配置換えとは言わないが、今更何を練習するって言うんだ」

「シーカーは僕ですよ」

 

マルフォイが一歩前に出た。

 

「マルフォイ家のお坊ちゃんかよ」

「ヘイ、今年もロニーにお熱かい?」

「まっさか父親までウィーズリー家のケツを狙ってるとは思わなかったな」

「ロックハートに夢中で自分を見てくれないからって大勢の前で大乱闘。貴族ってのはやる事が派手だね」

「ウチは貧乏暇なし、金のある奴は暇だからやらしー事しか考えてないんだろ。羨ましいね」

 

 赤毛の双子は普段であれば揶揄うだけに留まるところが、嫌悪感を剥き出しにしていることから、書店での乱闘は余程腹に据えかねたと見える。

 

「……マルフォイ家を持ち出すとは、偶然の一致だな」

 

キャプテンは何かを思いついた様で、邪悪な笑みを浮かべていた。

 

「偉大なる先輩、ルシウス・マルフォイ様は後進の教育にも熱心でね。こんな素晴らしいものを与えてくださったってわけだ」

 

 キャプテンはニンバス2001を突き出した。傷一つない磨き上げられた柄が、陽光を受けて燦然と輝く。黒を基調に、銀があしらわれたそれは芸術品とも言える美を持っている。前級の2000シリーズに比べて最高速度はそのままに、機動性が高められているという。乗り比べた事は無いので分からないが、耐久性と整備性、積載重量を追求するヤーナム産の箒とは異なるだろう。

 

「ニンバス2001だ。2000シリーズに比べても相当に水を空ける性能。クリーンスイープなんざ、一掃だな」

 

 グリフィンドールチームは言葉を失い、憤怒と絶望と羨望とが混沌とした表情だった。

 

「どうして練習しないんだ? それに、なんでアイツがここに居るんだよ」

「ウィーズリー、僕はスリザリンチームの新しいシーカーだ。父上から賜った箒を、こうして両チームで賞賛していたところだよ」

 

 やってきたハーマイオニーとウィーズリーに対して、マルフォイは箒を見せつけた。クィディッチに興味のないハーマイオニーと、兄弟が皆クィディッチチームに所属しているウィーズリーとで、その表情を比べるのは面白い。

 

「騎士道を誇る獅子寮らしく、そんな老いぼれのロバで戦場に出るかい? それとも、誰かみたいに教員に箒をねだるかい? ああそうだ、クリーンスイープを競売にかけるといい。今じゃ中々お目にかかれない骨董品だ。高値が付くだろうね」

 

 ポッターの箒は副校長が与えたものである事は、公然の秘密となっていた。事実、ポッターがスニッチを取った試合では「名将マクゴナガル」の大合唱であったらしい。

 

「与えられた馬の背に乗って見下す程、滑稽な事は無いわね。願うだけなら誰でも乗れるわ。それが立派な騎士になるか、無様な敗北者になるかは騎手次第でしょ。お金を払って乗せてもらう気分はどうかしら、お坊ちゃん」

「誰もお前になんて聞いてない。生まれそこないの穢れた血め」

 

 穢れた血。それを公的な場で口にすれば地位を失うだろう言葉。ヤーナム人にとってはそもそも魔術師に流れる血こそ寄生虫に蝕まれた穢れた血であるため、それ自体は特に意味はない。

 一方で、グリフィンドールチームは似た様な悪罵を投げ、双子先輩はマルフォイを痛めつけようと飛び掛かっていた。キャプテンはマルフォイを引き倒す様に後ろに庇うが、ウィーズリーがそれをかいくぐり、杖をマルフォイの眼前に突き付けた。

 

「ナメクジ喰らえ、マルフォイ!」

 

 閃光と共に爆音が響き、鳥の群れが森から飛び立った。

 その閃光は杖先ではなく把から噴き出し、ウィーズリーの胃を直撃した。よろめき、倒れたウィーズリーは、脳喰らいのそれよりも大きなげっぷと共に、ナメクジを吐き出した。

 ひたすらに気持ち悪い。

 

「ざまぁないね! お姫様を護る騎士気取りが! 残念だったな!」

 

 マルフォイはひとしきり笑った後、赤毛の吐き出したナメクジを見ない様にしながら言い放った。

 

「ハーマイオニー、杖を貸してくれ。うん。

 ……ウィーズリーも偶には役に立つ事を言うものだ。ナメクジを喰らえ、マルフォイ」

 

 杖から出た閃光は、正しくマルフォイに当たる。吹き飛びながらマーライオンの様にナメクジを吐き散らす様に、魔力の加減を間違えたのか、損傷したウィーズリーの杖では本来の出力が出ていなかったかのいずれかと悩む。

 

「馬鹿やろォボロロロロ……ボォォォォン! 誰ヲボロロロロロ……撃ってる……ッ!」

「言ったはずだ。貴公がハーマイオニーを侮辱したら相応の報いを受けさせると」

 

 蒼白な肌、ナメクジとくれば、思い出すのは漁村である。ヘルマンは獅子寮との諍いにも一切興味を見せず、棍棒でジャグリングに興じていたが、屈みこんでナメクジを観察し始めた。吐瀉物であるのだが気にならないのだろうか。

 

「ワァオ! 魔術って凄いですね!」

 

 いつから居たのか、先日ポッターとロックハートを撮影していた1年生がウィーズリーを撮影していた。口ぶりからするに非魔法族から生まれた者だろうが、無邪気な邪悪さは穢れと言えなくもない。

 

「マリア、何なの穢れた血って。魔法界のFワード?」

 

 ハーマイオニーは侮辱的な言葉を投げつけられたのだろうという状況は理解しているらしい。キャプテン同士は離れて何かを話し合い、狩人はナメクジを眺め、グリフィンドールチームは遠巻きにウィーズリーを励ましている。

 

「そうだな。ほんの僅かでも理性が在れば、そうそう口にしないとされる侮辱語だな。意味としては、いわゆるマグルから生まれた者という意味だが」

「その通りじゃない。パーキンソンから似た様な事よく言われてるけど?」

「そう、その通りだよ。私の知る限り、黒人差別の様に歴史的経緯がある言葉に比べて、この言葉には侮蔑語として取り扱うべき背景が無い。過激化した純血主義思想があり、それらの信者が暴れた事は事実だ。だが、地球が平面であると信じられる程度に、非魔法族が劣った生物であるという風潮が英国魔法界を席巻したことは無い。それにも関わらず、殊更にこの言葉を最たる侮蔑語として扱う事は、結局のところ心の底では非魔法族を蔑んでいる証左だと思う」

「僕なんて、未だ入学して1週間もしてないのにおたくらの寮生から「教室がソイソース臭ぇ」だの「日本人がなんでここに居るんだ? ドイツとイタリアとよろしくヤってろよ」だの言われてますよ。だからどうしたという事もないですし、ハギスを喜んで食ってる様な連中に何を言われたところで僕の誇りは傷付きません。キレるなら、ナメられたという事実だけで十分でしょう。結局、今の状況ってそれと同じ事でしょう」

 

 落ちていた枝でナメクジを刺しながらケントが言った。無表情で何度も何度もザクザクと刺し続けている。言葉とは裏腹に、相当に根に持っているのだろう。

 

「どうなのです、グリフィンドールの先輩方。

 私はハーマイオニーを侮辱したという事に怒りますが、どんな言葉でも侮辱されれば同じ様に怒りますし、報復もします。正直私にとっては、蛇寮に対する他寮の侮辱の方が余程酷いと感じる事もありますし、酷いと言うならハーマイオニーの言葉もです。

 いえ、むしろハーマイオニーの方が酷いと言えます。飛行術の授業から、ハーマイオニーはマルフォイが飛行術に優れている事を知っています。それでいてシーカーの立場を買ったなどと、彼自身の才能と努力を貶める言葉は、非魔法族から生まれたという事実を指す言葉よりも酷い侮辱と言えるでしょう。ましてや、今日に限って言えば先に仕掛けたのはハーマイオニーです」

「いったい君はどっちの味方なんだい」

 

 どちらかは分からないが、双子先輩のどちらかが言った。

 

「別にどちらという事もありませんよ。非魔法族の技術、自動車を弄んではしゃぐ貴公らの弟と、ハーマイオニーを穢れた血と罵ったマルフォイと、どちらが正しいか論じている様なものですから。そしてそのどちらもが地に転がってナメクジを吐いている。つまりは人間、誰もが皮を剥けば汚物の詰まった動く肉というだけの話です」

「うっわ僕この子苦手だな」

「ウチのロニーはなー、僕らがスリザリンから受けたいやーな体験談ばかり聞いて育ったからなぁ」

「道徳教育の時間はそこまでだ。ウチのシーカーは見ての通り使い物にならねー。グリフィンドールは予定通り競技場を使ってくれ」

 

 ウッド先輩との話し合いが終わったのだろう、フリントキャプテンがパンパンと手を打った。

 ケントが突き刺したナメクジが絶命すると銀の煙になったことから分かったが、術は体内の魔力を転換して実体化させるという、一般的な魔術を応用したものである。それを胃から生じさせることと、対象者の意思で止められないという点で、嫌がらせとしては非常に優秀な呪詛となっていた。

 放っておけば止まるはずだが、マルフォイは立ち上がる事も出来ず、「父上に言い付けられたくなかったら早く医務室に運べ」と息も絶え絶えに言い、ハーマイオニーが非常に苦々しげな表情でぼそぼと謝ってから、杖で操り、医務室に運んだ。

 ウィーズリーはマルフォイと同室なんて嫌だと言うので、ポッターが森番の小屋に運んで行った。

 

「よくやった、ボーン」

 

 キャプテンがマルフォイの箒を拾いながら言った。

 

「何がです?」

「競技場を使わなくて済んだ」

「元よりマルフォイが攻撃される様に仕向けたのはキャプテンの策でしょう。ウッド先輩とはこれで手打ちですか」

 

 キャプテンはそもそも競技場を使いたくなかったのである。敢えて箒とマルフォイ家を称揚し、獅子寮生達をいきり立たせたのは、マルフォイを図に乗らせるためだ。ウッド先輩がどこまでその意図を理解しているかは分からないが、クィディキチ同士の高度な読み合いが展開されていたのだろう。

 

「ああ。

 勝利とはどんな手を使っても得るべきだが、相手に敗北を認めさせなければならねえ。競技場が予定通りに使えなかったから負けた、妨害されなきゃ勝てたはずだ、そんな言い訳を通すような勝ち方じゃ、いつか這い上がってくんだよ。徹底的に相手の勝ちの目を潰し、負い目を抉る、そうして屈服させるのが勝負ってもんだ」

「相変わらずですね」

「おう。それとな、純血主義者も反純血主義者もクソ食らえだ。

 オレがクィディッチに拘るのは、何をやってもフリント家って名前が付いてまわるからだ。成功したところで純血のお蔭、失敗すればざまあみろ、だ。くだらねえ。嘘だと思うだろうが、フリント家は死喰い人とは何の関わりもねえ。だが、蛇寮の純血ってだけで白眼視だ。オマエのダチ、グリーングラスやブルストロード、それにパーキンソンも同じ様に思われてるだろうよ。よっぽど反純血主義者の方が差別主義じゃねーか。

 チームをヤーナムの連中で固めているのも、能力以上に、オレに遠慮がねーからだ。箒に乗れば、何を考えていようと、男だろうと女だろうと、肌の色も、宗教も、生まれも育ちも関係ねえ、同じルールに縛られた只の1プレイヤーでしかない。オレはオレで在り続けるために飛ぶし、それには血だの家だのと争うなんざ邪魔でしかねえ。

 だから、まぁ……感謝する」

「勿体ないお言葉です、キャプテン。私など、ただ疑問を口にしただけの事。さしたる信念もなく、差し出がましい口を失礼しました」

 

 言葉を返すと、普段よりキャプテンの眉間の皺が減っていた。只のクィディキチだと思っていたが、その裏の苦悩を初めて知った。

 

「マーカス、妹を口説くのは止めてもらおうか」

「チビに興味はねーよ」

「妹に魅力がないと言うのか」

「メンドくせーなコイツ」

 

 先輩方と別れ、ハーマイオニー達と医務室に入る頃にはマルフォイの発作はどうにか止まっていたが、魔力の消耗が激しく、今度は普通の嘔吐感を呈した。校医が調合したという薬は確かに即効性があったが、代わりに耳から煙が立ち昇る様になっていた。

 

「えーと、マルフォイ……改めて、ごめんなさい」

 

 マルフォイの滑稽な姿に酷く憐れみを覚えたのだろう、今度は真摯に謝罪をするハーマイオニーだった。

 

「赦すと思うか! この穢れた――」

「ナメクジのお代わりか? なぁ、そんなに美味かったか? トッピングに練乳でもかけるか?」

「……いや、そもそもこれは君のせいだろう、ボーン」

「最初に獅子寮を挑発したのは貴公だ。それを受けてハーマイオニーが貴公を詰った。それに対して貴公が反撃した。これに対して、私は宣言通り報復した。ハーマイオニーは謝罪した。これ以上、何の文句がある。

 第一な、あの言葉はマズいだろう。想うのは勝手だ。家で独り言ちるのも勝手だ。だがな、それを人に向かって言うのは……例え分別のつかない子供だとして、貴公はマルフォイ家だろう。家で父君が何を言っているかは知らないが、公の場でそれを言う事は無いだろう? マグル生まれだとか下賤な連中だとかは言う事もあるだろうが。

 父君にナメクジの味を話したところで、あの言葉を公然と発した貴公こそ、家名を貶めたと叱られるだろうな。ウィーズリーの様に吠えメールを楽しみたいか? 私は面白いので構わんが」

 

 書店での乱闘とやらでも、マルフォイ氏からその発言は無かったのだろう。それを言っていれば、今日になってハーマイオニーが困惑するはずもない。

 

「分かったよ。ご忠告通り、心の中で言う事にするさ」

「それでいい。心を縛るつもりはない。だが、舌は縛る。私と私に繋がりのある者への侮辱については、どうなるか思い知ったろう」

「……ポッターはそれに入るのかい?」

「入らん。好きにしろ……と言いたいところだが、精々後悔しない様にしろ。言われたポッターが自死でもしたら、いくらポッターだとはいえ貴公の心は曇るだろう」

「どうかな。喜んで献花に行くかもしれないな」

 

 ハーマイオニーは校医の淹れたココアを舐める様に少しだけ飲んだ。タンパクの焦げる臭いがする程に熱すぎるのだ。

 

「身内同士の連帯感、身内以外への攻撃性……スリザリン的って言われているけど、別にどこも同じなのね。スリザリンもグリフィンドールも、魔法族もマグルも変わらない」

「賢くなったじゃあないか、グレンジャー。ああいう正義ぶった連中だって、自分が正しいと思っているから正義面してるだけさ。一つ教えてやろう、お前達は僕らスリザリン生を群れる事しか出来ない臆病者なんて言っているけれど、それはね、独りでいると呪詛を投げられるからだ」

「まさか! そんなこと――」

「優等生様は知らないだろうね。教員が黙認しているからな。呪われたからと医務室に来ても、誰にとか、どうやってとかは知らぬ存ぜぬさ。

 そうでしょう! マダム・ポンフリー!」

「お静かに!」

「はっ。こういうわけさ。他の寮の連中ときたら、アイツ等はスリザリンだから自作自演に違いない、卑怯なスリザリンのやりそうなことだよ、と。スネイプ教授を除けば、寮監連中までそれを信じてる。僕が教員だったら、全生徒の杖を検めるのにね。ダンブルドアが蛇寮に何も言わせないから、他の寮はお咎めなしさ。お前の大きなお友達が育てた竜だって同じ事だろう。ウィーズリーが手を嚙まれて毒で腫れた時、校医が気づかないはずがないだろう? だって、何の毒か知らなければ、何の薬を使えばいいかなんて分かるわけもないんだ。万病に効く薬なんて、それこそお前達が騒いでいた石くらいのものだろう。

 結局、博愛主義者ぶっているダンブルドアは、その実とんでもない差別主義者ってことさ。スリザリン生って敵を作っておけばみんな仲良しこよしだろう? そんな扱いをしても構わないと、スリザリン生を格付けしているのさ。その下で、自分を闇の魔法使い予備軍に立ち向かう正義の魔法使いだと酔っぱらっているのが、お前達さ」

 

 ハーマイオニーはマルフォイの言葉が信じられない、否、学校という場でこの様な事がまかり通っているという事が信じられないのだろう。昨年度の初期にハーマイオニーが学生から受けた虐めとやらは、暴言と無視だけである。それだけでも尋常な11歳の精神には十分に耐え難いことだろうが、蛇寮生はそれを数段上回る暴力を受けている。元々、医療自体が歪に発達している魔法界では、殺さなければ暴力ではないという倫理観が働いている。それが大人になり、親になり、子をその様に育てるのだから、無邪気な邪悪の拡大再生産は止まらない。

 蛇寮女子房にあるサロンで監督生から聞いた話では、純血の純潔を穢してやると強姦され、忘却術や魔法薬によって精神外傷を治療しなければならない者も居ないわけではないと聞く。それを処罰することは強姦されたという事実を浮き彫りにさせるため、結局は秘密裏に被害者と加害者への忘却術だけを施されているのだとも。その証拠はないが、それがあり得る事実だと恐れられる程には、蛇寮生が受ける他寮からの有形無形の攻撃は日常的となっている。

 

「マルフォイの言う事は誇張ではなく事実だ。独りで廊下を歩いていたら、トロール・イーター狩りだ、度胸試しだと、背後から呪いをかけて来た馬鹿共がいたからな。ダフネに知られればあれほど独りで歩くなと言ったのにと怒るだろうし、お兄様に知られれば加害者が生まれたことを後悔……もとい、自主退学するまで拷問されるから黙っていたが、杖腕の指先から肩までの骨を念入りに砕く程度で赦してやった。骨の髄まで自らの罪を教え込んでやったのに、教師に泣きついて何故か私が減点された。

 ……まぁ、骨を砕けば髄もないか。その日から血塗れ女帝の名が爆発的に広まったな。そのおかげで直接手を出してくる馬鹿は居なくなったが」

「グレンジャー、お前が蛇寮の席で食事が出来るのも、多分ボーンやダフネの友人だからだぞ? あいつに手を出したら報復されるからって。ウィーズリーをはじめとして、獅子寮の男子が蛇寮で食事をする裏切り者を赦すはずがないだろう。そういうわけだから、それを飲み終わったらさっさと帰れよ。僕とボーンがお前を誘拐したなんて噂が立つのも面倒だし、僕がその……吐いたから、お前に助けられたって事を説明しなきゃいけないのも嫌だ」

 

 マルフォイの言葉には、僅かな親切心が滲んでいた。介助に対する一応の感謝のつもりなのだろう。

 ハーマイオニーは目を潤ませ、一気に杯を空にし、医務室を立ち去った。

 

「僕が言う事でもないけれど、何か言葉をかけてやる方が良かったんじゃないか?」

「……私と共に在る事が、彼女の危険になるとは思ってもみなかった。貴公に言われるまでそれに思い至らなかった事に少し自己嫌悪している。

 今はなんと言葉を掛ければいいのか分からないし、かといって次会う時にどう接したものか……」

「一度関わってしまったなら、もう関わり続けるしかないだろう? 友人関係を止めたところで、今度はあいつがあれこれと嫌がらせをされるだけだ。だったら、あいつの面倒を見続けるべきじゃないか。

 ……去年の今頃にはもう、あいつは獅子寮で邪険にされていたし、君と関わっていた。今更他人になるのは随分と薄情だと思うけどね」

「ふむ。貴公、優しい面もあるのだな。驚いたぞ」

「監督生が言ってただろ。同輩には優しくしろって。それに、君がまたグレンジャーの報復でもしたら、減点されるのは蛇寮だ」

 

 ココアは少し冷めて、漸く飲める温度になった。口に含むと、存外砂糖は少なく、苦かった。

 

「では私は行くぞ。それと、分かったとは思うが――」

「グレンジャーの悪口は言うな、穢れた……を言うな、だろ。今度からはこっそりと言うさ」

 


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