人形
人の形を模したもの
擬えることはそれだけで魔術的性質を持ち、加護や呪詛の触媒となる
死者の副葬品として用いられることもあるが、墓には人形ではなく人そのものを共に収めることもある
人形は全てを受け容れる。使役者への愛を表す様に
「マリアの魅せ場って、これのことじゃないわよね」
扉の隙間から覗くと、腐臭が漂ってきた。この不快な臭いはトロールだろう。
「だとすれば二重の意味で不愉快だ。台本に盛り込まれていたことも、不愉快な事を思い出させたことも。マントを羽織れ。殺す事に何ら手間も躊躇もないが、仮に配役されているならばそれに乗るのは不愉快極まりない」
青い秘薬を飲み干す。味よりも人間の感覚が薄らぐ感覚が不快である。
「マリア、何それ」
「簡単に言えば、気配を隠す狩人の秘薬だ。只人が飲めば昏倒する魔法薬の一種だ。開けるぞ」
目に入ったものは、倒れているトロールとその陰部だった。成人男性の胴ほどもあるそれからは、気絶によるものだろう、小便が垂れ流されていた。息を止め、早足で次の部屋を目指す。これ以上この部屋の空気を肺に入れたくはなかった。排出されたばかりの尿が無菌である事は知識としては知っているが、感情としては受け入れたくはない。
次の部屋の中央には薬棚があった。部屋に入り、漸くまともに呼吸が出来ると振り返ってみれば、黒い炎が立ち上り、退路を断っていた。対角にある進路の扉も炎に包まれている。
「なんだ。ようやく罠らしい罠があるかと思えば、どうやらこの薬のうち、正解を飲めば進めるということらしい。身体も解れて頭も使う、石の護りとは随分健康的だな。賊徒も案外楽しんでいるのではないか? ハーマイオニー、問題を解かずとも正解は分かるが、解いてみるか?」
「解かずに分かるって、どういうこと?」
「それを言ってしまえば、つまらないだろう。それにこれは、ハーマイオニー。君の魅せ場だ」
問題文の書かれた羊皮紙をハーマイオニーに渡す。ハーマイオニーは棚と羊皮紙を交互に眺め、棚のいくつかを指差した後、再度羊皮紙をなぞった。
「分かったわ、これね」
「正解だ。ただ、飲むならば1人だけだ。それしか残っていないのだから。
さて、種明かしだが、賊が此処に居ないということは、先に進んでいるということ。呪いを受けてまで延命をしなければならない者が毒を呷ったのならば、その辺りに冷たい死体が転がっているはずだ。あるいは、毒に怯えて薬を飲まず、火に炙られながら先に進めるはずもない。となれば、量が減っている薬瓶こそ、正解の薬というわけだ」
「ずるいじゃない。カンニングをしているみたいだわ……って、そんな事言ってられないわね」
「私の分は要らないぞ。おそらく火も耐えられる」
黒い炎に近づき、手をかざしてみれば確かに熱を感じる。だが、燃えているにしてはその臭いと音がない。炎は石壁と扉を舐め回しているが、それらに何ら影響は無い様だった。試しに腕を差し入れると、刺す様な痛みが駆け巡ったが、服は燃えていない。つまり、この炎は触れた者の脳に、燃えているという感覚をもたらす魔術らしい。
幻惑による結界は思い当たるものがある。幻視の王冠を戴くと、炎は消え失せた。こればかりは先行者も薬に頼る他なかったのだろう。誰も彼もが手軽に幻影を打ち破る術を持つわけではない。
「面白いな……さて、誰が飲むか決まったか?」
「僕が行く」
ポッターはあらぬ方向を見て言った。青の秘薬の効果は充分に残っている。
「そうか。まぁ好きにしろ。助力は期待するな」
脚本家もそれが望みだろう。ポッターは頭痛か負傷か知らないが、額をさすっていた。ハーマイオニーは棚に並ぶ薬瓶の中から、一番右の瓶を選び取った。
「戻る為の薬は一つだけ。ロン。戻ってマクゴナガル先生に伝えて。石の護りはもう持たないって」
「なんで僕が! 戻るならハーマイオニーだ。君はその……女の子だ!」
「戻れるのはあなたしかいないの。ここまで来たけど、外に出られる隠し通路や扉は無かったわ。箒に乗って、フラッフィーを躱すなんて事、私は出来ないの。おわかり?」
ウィーズリーはハーマイオニーに渡された丸い薬瓶をしばらく眺めた後、一息に飲み干した。
「うえーっ。身体中を氷が這い回ってるみたいだ」
「効果がどれぐらい持つのか分からない。さっさと行った方がいいぞ」
「お前に言われなくても分かってるさ」
「さっさと行け」
ウィーズリーは駆けて行った。
「マリア、ハリー。気をつけて。私はここで待ってるから」
「読書でもして待っているといい。もう2年次の予習くらいは始めるつもりなんだろう」
「マリア。本気で心配してるんだから」
「こんなありきたりなハリウッド映画みたいな茶番劇なんだ。呆れる様なハッピーエンドしかあり得ないな。フォースとライトセイバーは無いが、魔法と武器は揃ってる。ブーン、ヴォン」
敢えて姿を晒し、擬音と共に月光の聖剣を弄んでみれば、ようやくハーマイオニーの表情は柔らかくなった。
「そうね。オビワン・ケノービは魔法省に行ってるし、ハン・ソロも居ないけど」
「じゃあ行ってくるぞ、レイア姫」
ハーマイオニーとポッターには見えているのだろう炎の中を幾らか進むと、最後の部屋にたどり着いた。何がそうなってこの様な造りになっているのかは見当もつかない。そもそも縦坑を自由落下で降りねば入れぬ区画など、気が触れているにも程がある。確かに古い城はこうした作りの下水溝があり、そこから侵入されることもあるが、内部にこの様な設計をする事の便益は考えられない。石の護りの為に改築したのだろうか。部屋の中央には鏡と思しきものが一つ。その前に立つ者が一人。
「貴方が!」
「いかにも。私だ」
ポッターは馬鹿だ。背後を取っているという優位性を捨てた。もっとも、クィレルの声に驚きはなく、追跡者の存在自体は気付いていたのだろう。それでいて何ら対策をしなかったのであるから、クィレルには絶対の自信があると見て取れる。
「ポッター。君にここで会えるかもしれないと思っていたよ」
「でも、僕は……スネイプだとばかり……」
「セブルスか。セブルスは良い囮だったよ。誰も彼もが彼を疑うだろう。彼の側にいれば、誰だって、か、可哀想な、ど、吃りのク、クィレル教授を疑いやしないだろう」
あの晴れた日。クィレルが見せた落ち着きは、それが異常だったのではなく、これこそが真の顔という事だった。
「でも、スネイプは僕を殺そうとした!」
「いいや。いや、いや、いや。君を殺そうとしたのは私だ。セブルスではなくね。君の聡明で愚昧な友人、ミス・グレンジャーが彼のローブに火を着けたとき、私にぶつかってね。それで私は君の箒から視線を外してしまったんだ。それで詠唱が途切れてしまった。全く、セブルスが反対呪文を唱えていなかったら、さっさと君を殺せていたものを」
「スネイプが、僕を救おうとしていた?」
「その通り。彼が何故次の試合で審判に就いたか。それは君を護る為さ。全く無駄な事だよ。一度失敗すれば、その手は二度と使わない。私は君に屈辱的な死を与えたかったんだ。屈辱だけは味わった様だが、同じ手は二度と使わない。ダンブルドアの監視もそうだが、失敗してもなお同じ方法を試みるのは、馬鹿の極みだからね。セブルスは随分と気を揉んでいたが、無駄な事だよ。
君はここで惨たらしく死ぬがいい」
ポッターを殺す事は目的ではない、それは外れていた。だが、1年もの間、この阿呆は暗殺に失敗し続けたということになる。
一方で、ポッターもそれに並ぶ馬鹿で、ポッターが勝利出来るとすれば、相手の慢心につけ込むことだけであったが、その勝ちの目をみすみす潰してしまった。案の定、ポッターはクィレルが現出させた縄によって縛り上げられた。
「ポッター。君は様々な所に首を突っ込み、そして失敗してきた。だが、それらは間違いなく、私の邪魔にはなったのだよ。ハロウィンの夜も、君が罰を受けた夜も」
「ハロウィン? あなたがトロールを校内に?」
「そうだ。私はトロールの扱いに特別な才能がある。だが、トロールは君らが爪弾きにしたグレンジャーにつられて、広間ではなく人気の無い廊下に向かってしまった。広間でトロールが暴れていれば、もっとこの部屋を調べる時間は稼げていたのだがね。まさかトロールの方が憐れな肉塊になるとは思ってもみなかったよ」
クィレルの罪がまた1つ増えた。ポッターの罪がそれで雪がれることはないが。
「なんだねその顔は。気付いていないとでも思っていたのかね。私とて教育者の端くれ。そして虐げられていた学生でもある。どういう人間がどういう人間に疎まれ、どういう扱いを受けるかなど、聞くまでもない事だ」
「違う! 僕らは虐めてなんていなかった! それに、今では友達だ!」
「そうかね? 君達獅子寮の人間は、彼女の事を都合の良い物知り少女程度にしか思っていないのではないかね。少なくとも私には、敬意を払い、肩を並べる間柄には見えなかった。他人より少しばかり優れているだけで、望まれるのはその力ばかり。憐れな小娘だよ。学業の成績など、その人間の価値を表すものではない。本当の強者とは、ただ優れているだけの者ではない。あらゆる者を屈服させ、崇敬され、そして導く者の事だ。
……さて、死にゆく小僧への人生訓はここまでだ。私はこの鏡を調べなければならない。私が仕える本当の強者の為に」
クィレルは苛立ちながら、鏡の縁を指で叩いている。横丁の入り口や、校内の隠し通路がそうである様に、特定の順番でなぞれば、隠しているものが現れるというものだろうか。メンシスの悪夢において、ミコラーシュは鏡から鏡へ瞬時に移動してみせた。あれがメンシスの生み出した悪夢に固有の能力ではなく、純粋な魔術によってそんな芸当が可能だったのだとすれば、鏡という呪物にその様な物理的な仕掛けなど施すだろうか。
例えば、この石を封じた鏡も、聖杯の様に夢幻の記憶でありながら実在する世界を生み出すものだとしたらどうか。鏡の世界に石を鎖ざす。であれば、鏡である必要はない。ヤーナムでは、盃を模した祭具に記憶と悪夢が封じられ、儀式素材を奉じる事で夢幻世界を現出させる。
形は本質ではない。指環や本といった日常的なものに封じれば、携行するとして何ら不思議はない。以前に考えた通り、あたかもこの部屋にある様に見せかけて、実は校長が常に側に置いているという事もあり得るのだ。クィレルはのこのこと罠に嵌った馬鹿という事になるが。
一方、校長が真に石をここに封じたとして、では何故校長は鏡による護りを選んだか。単純に守護とするならば、強固な結界を何重にも敷き、寮監の創り出す死ぬ事はなく疲れる事もない自動人形を備えればいいだけの事。それをせずして鏡を用いた理由は、間違いなく鏡の特性を用いた防衛機構があるという事だ。
鏡の特性。それは「映す」事だ。
鏡とは真実と愚かさの象徴。湖面に映る鏡像に恋をしたナルキッソス。確かにそれは彼の美しさを表したが、同時に彼の愚かさを表す。仏教における最後の審判には、鏡が用いられるという。生者としての善悪全てを鏡が映し出し、死後の魂の行き先を決める。しかし、象徴としてはそうであっても、鏡の中にあるものは虚像である。ナルキッソスは虚像に焦がれ、得られず、果てた。即ち、この鏡からは愚かにも鏡の中に石の虚像を求める者には何も得る事が出来ない、そういう仕掛けになっているのだろう。求める者に幻影を見せ、それでいて与えぬ最も残酷な罠というわけだ。
どうすれば取り出せるかは分からないが、クィレルには取り出せない。
「みぞの鏡……望み、か? 何故だ……鏡の中の私は我が主人に石を捧げているというのに!」
やはりそういう事なのだろう。心を暴き、望みを知り、そしてそれが叶う幻影だけを与える呪具。人の心を弄ぶ悍ましい罠。それを据えた者の心の悍ましきよ。憐れクィレルはここで悩み、やがてやって来る武装した教員達に捕縛されるだろう。おそらくこれは、そういう筋書きなのだ。友人達と障害を踏破し、そして黒幕に一人で対峙する。詰めは教員が整え、力及ばぬとも、教員達と肩を並べ立つ、英雄ハリー・ポッターの物語。そして、その筋書き通りに進行させる様、ハーマイオニーは強制されているのだ。
「御主人様! 導きを! 私をお導きください!」
悲痛な叫びが部屋にこだまする。
「小僧だ……小僧を使え」
嗄れた、それでいて圧のある声がした。クィレルの位置から発せられたものであったが、クィレルのものではない。ポッターは何か秘策でもあるのか、芋虫の様に地べたを這い回り、鏡に近付こうとしていた。
「畏まりました。ポッター、ここへ来い」
クィレルが手を叩くと、ポッターを縛り付けていた縄が消失した。ポッターはのろのろと立ち上がり、クィレルを睨みつけている。
「ここへ来いと言った。ポッター。
鏡を見て、何が見えるかを言え」
ポッターは言われるがままにクィレルに近づいていく。ポッターの後ろで息を潜めているためにどの様な表情をしているかは分からないが、怯えていることは分かる。自業自得とはいえ、11か12歳の子供にとって、普段接している大人が豹変して犯罪者であったことを告白されれば怯えるのも無理はない。失禁していないだけまともだろうか、と思いその下衣に目をやれば、衣嚢には先程には無かったふくらみが在った。
まさか、石がそこに在るのか。
「何が見える」
「僕が……ダンブルドア校長と握手している。僕の活躍で、グリフィンドールが優勝したんだ」
「そこをどけ」
石に関わるものを見たわけではないと判断したのだろう、クィレルはポッターを退かせ、再び鏡の前に立った。ポッターは膨らみのある右脚を擦る様に5歩後退する。やはりそこに石は在るのだろう。
「小僧は嘘を吐いている」
また、嗄れ声がした。
「ポッター! ここに戻れ! 真実を話せ!」
「もうよい……余が話す」
「ご主人様! 未だ御身の力はお戻りでは……」
「よい、と言ったのだ。この為には余の力を振るおう」
クィレルは頭に手をかざし、ターバンを解いていった。剃り上げた頭が露わになっていくにつれ、辺りに腐臭が振りまかれる。この男、まさか水浴びもしないのだろうか。垢で皮膚を覆えば感染症対策になるという迷信を未だに信じているのか。
全ての布を剥がすと、クィレルが振り向く。果たして、その後頭部には、もう一つの顔が在った。
「ハリー・ポッター。この様を見よ。余の肉体は滅び、魂の影となった。この忠実な下僕はこの一年、一角獣の血を啜りながら我が復活の為に力を尽くした。体を腐らせ、魂を食む呪いを受けながら、石を求めてここまで来た。
さあ、小僧。その懐に忍ばせた石を献ぜよ」
見抜かれていたらしい。ポッターが後退した。
教職員はどこでこれを見ているのだろうか。そろそろ加勢に入ってもよさそうなものだが。
「命は投げ捨てるものではない……余に仕えよ。さもなくば両親と同じ最期を辿ることとなる。泣き叫びながら、命を乞い、そして死んでいった」
「嘘だ!」
「ほう……勇気は讃えよう。其方の父は勇敢に戦い、無様に死んだ。其方の母は其方の助命を乞い、そして死んだ。さあ、両親の死を無駄にしたくなければ、石を渡すのだ」
「渡すか!」
「捕らえよ」
ポッターが燃え盛る扉に走るが、クィレルの方が早かった。後ろを向いていたはずだったが、身体を呪いに蝕まれていたとしてもやはり大人の体躯。未だ成長期に至らぬ痩せぎすの子供を捕まえるなど、造作もないらしい。
さて、どこまで仕込みなのだろうか。このまま扼殺されるという事にでもなるとハーマイオニーへの義理が立たない。かといって、ここでポッターを助けるのは筋書きとは異なるはずだ。
言動からしてクィレルが犯罪者なのは間違いなく、石を得る為の障害となるのであればポッターを殺せばいい。となると別段クィレルがポッターに手加減をするはずもなく、つまりは捕らえよというもう一つの顔の命令に忠実なのだろう。
では石を手に入れたら次はどうなる。炎の先で待っているのはハーマイオニーだ。つまり、ハーマイオニーに危害が及ぶ。かといって、ここでポッターを救うとなると筋書きが異なる為、結局ハーマイオニーの安全が保障されない。
さっさと監視役には出てきてほしいものだ。流石にこれだけの遊戯施設を設えておいて、本当にポッターが死ぬ様な事態はあり得えまい。かといって、今にも殺されそうな人間がいる様子を黙って見ているのも気分が悪い。
「「あああああああああっ!」」
ポッターは分かるが、何故クィレルも叫ぶのか。そういう加護がそもそもかけてあったのだろうか。あの薬を飲んだからポッターに加護があるのだとするならば、同じく服用者であるクィレルにも同様の加護があるはずだ。
知らず、首をかしげてよくよく眺めてみれば、クィレルの手は焼け爛れていた。
「私の手が……手がぁ……」
「ならば殺せ!」
泰然としていた嗄れ声は、遂に焦り始めたのか怒りを孕んだ。
捕らえるだけであれば、手を使わず先程の様に縄で縛り上げればいい。それに思い当たらない程に両者は焦っているのだろう。そもそも犬を出し抜くのに数か月もかかる阿呆であるのだから仕方のないことかもしれないが。
「アバ――」
死の呪文か。いよいよ不味い状況だが、教職員は出てこない。何をしている。
「――ダ・ケダ――」
流石にこれ以上は静観出来ない。仕込み杖を変形させ、振るう。
クィレルの肉を引き裂きながら絡めとり、引き倒すはずの一撃は、ポッターのクィレルへの突撃によって空を切る。
ポッターは憎しみの表情でクィレルを掴み、その顔を覆った。
「やめろ馬鹿! 殺す気か!」
制止の声は虚しく、ポッターは苦悶の絶叫を放ちながら、クィレルの顔を離さない。
クィレルの皮膚は焼け落ち、そして、ポッターが意識を手放した。
「うあぁぁ……あぁあああッ! 顔が、顔が灼けるぅぅぅッ! あぁ、我が主よ! 申し訳ございません! 私は、私はぁぁぁ!」
黒い靄がクィレルの身体から放たれ、そしてどこかに消え失せた。
ゴースの遺志、それを思わせるものだったが、今はあれこれと考えている場合ではない。
「くそっ、ポッターの馬鹿め!」
はしたないとは思いつつ、ポッターの衣嚢をまさぐり、賢者の石を取り出す。酒瓶に石を入れると、瓶そのものが黄金に輝いた。これで生命の水が出来ているかは分からない。精製水でなければ、不純物によって生命の水が成り立たないとも限らない。しかし、今はこれに賭ける他ない。
唇など最早なく、砂と成りかけているクィレルの顔に瓶の中身を注いだ。
「あぁぁぁ……ヒイッ、ヒイッ……」
「どうやら効いている様だな」
焼け落ちた瞼は再生され、記憶している限りでは蒼白だった肌の色は朱をさした。ポッターを抑えた腕は焼け落ちているが、徐々に肉が生えてきている。暴れ始めても面倒なので、ターバンに用いられた布で縛りあげた。
呼吸は荒々しいが、痛みに喘いでいるだけで、死を迎え入れるそれではない。
「あぁ、ミス・ボーン。何故貴女が……痛ッ……。貴女はこの様な馬鹿共の友人ではないと思っていましたが」
「友人ではないし友人になる気もない。まぁ、ポッターにはひとつ学ばされたな。怒りによって我を忘れるとは、ここまで愚かで醜いものだとはな」
「それで、どうして私を助けたのです」
「助けたつもりはない。訊きたい事があるだけだ。
何、官憲のつもりはない。お前の罪業などどうでもいい。いや、極々個人的に殺意が沸くほどのものはあるが、それで殺せばポッターと同じ地平に堕ちる。ポッターに感謝するといい。私のお前に対する怒りよりもポッターに対する憎しみの方が強いからな。
さて質問だ。まず一つ、あれはなんだ。お前の主とは何だ」
「我が主とは、闇の帝王ですよ」
「ほう? そうか。そこに無様に転がるガキに殺されたと聞いていたがな。まぁ、よくよく考えてみれば、世界に混沌をもたらした者が赤子に殺されるのもおかしな話か。
さて、お前は以前、旅の果てに強者に巡り合ったと言ったな。それはどこだ」
「何を訊くかと思えば、そんな事ですか。アルバニアですよ」
「何故アルバニアに?」
「貴女はマグル社会に通じているからお分りでしょうが、今のアルバニアには何も無いのですよ。神を廃し、さりとて社会主義も廃れ、アルバニア人の中に残る共同幻想と呼べるものは、民話として語り継がれる魔法の痕跡のみ。ですから、それは浮き彫りにされ、旧き神が新たな神として再誕するかもしれない。その芽生えを見てみたかったのです」
人文学研究者としては正しい好奇心と言えるだろうが、その目にはミコラーシュと同じ狂気が宿っている。ビルゲンワースの墓暴き達もまた、漁村に踏み込んだ時、同じ目をしていた事だろう。クィレルの言葉を思い出す。
「つまり、力の探求か?」
「ええ。私は休暇の度に旅に出て、それを追い求めてきました。そしてついに、私はアルバニアの森で、運命に見えたのです」
その瞬間の歓喜を思い出したのか、眼前の男は震えだす。それは絶頂の様であり、怖気が走る程不快だった。
「なるほど。さて、本題だが、お前の言うヴォルデモート卿……仮称ヴォルデモートとしておこうか、それは森に居たとの事だが、それをお前が見つけたのか? それとも、あれがお前を呼んだのか?」
「それは私の、唯一の輝かしき功績だ。私は愚昧な者共の話から得た断片を繋ぎ合わせ、ヴォルデモート卿の座す森に参り、拝謁したのだ。そう、そしてヴォルデモート卿は我が肉体に宿り、私を支配した。弱き者である私から、ヴォルデモート卿に仕える私に変わってゆく事を感じた」
陶酔するにつれ、口調が変わっている。それは、過去との訣別を表しているのだろう。もっとも、今となっては両腕を失った芋虫の様を晒しているのだが。
「そうか」
知りたい事は知った。ヴォルデモートは、人を知らぬ上位者の様に、存在するだけで周囲を狂化する者ではない。単に口と頭の回る詐欺師だ。学生の頃から劣等感に苛まれ、自らの弱さを剋する為に、強い者に縋ろうとしたクィレルの愚かさに付け入り、苗床とした。上位者を求める狂人と、それを弄んだ上位者との馴れ合い。ヤーナムの悪夢、その不完全な焼き直しだ。
「分からないな……生きる意味とは、究極的には食べ、寝て、胤を残すだけ。だというのに、何故人は皆、力だの智慧だのに拘る? それが無くとも、各々の幸せがあるだろうに」
「やはり若い。考える事が出来るからこそ、人は弱い……人には信ずるものが必要なのですよ……それが、神であれ、主義であれ。寄る辺を求めた弱者達が、群れとなって同じ幻想を見る。寮だの、家だの、瑣末な違いを殊更に掘り出して、集う為の理由を見出す。貴女とてそうでしょう? 信ずるものもなく、ただ暗い海の中、一人で泳ぎ続ける事は出来ない。力ある者を除いて」
「そしてその強者とやらも、純血主義という神を奉じる仔羊というわけだ」
伝え聞く、名前を言ってはいけないあの人とやらは、純血主義を掲げ数々の罪を重ねたテロリストでしかない。その手法の悪辣さにこそ知性はあったが、主張には何ら肯定できるものはなかった。純血主義過激派が訴える様に、魔法族が種として非魔法族を優越しているならば、とうに非魔法族など淘汰されているはずなのだ。ミトコンドリアに寄生された種が、それ以外の種に対してエネルギー生産量を圧倒し、爆発的に増殖した様に。だが、現実は科学の力で地球上のあらゆる場所を闊歩する非魔法族と、小汚く狭い路地に追いやられている魔法族。どちらが繁栄しているかなど、分かりきっているではないか。
「それは違う! ヴォルデモート卿の理念は、純血主義などという易い言葉で語られてはならない!」
「事実そうだろうが。奴がやった事など、奴が個人的に気にくわない数百人を殺した程度だろう。奴の教義は理解されず、群衆は暴力を恐れただけ。人民寺院の方がまだ求心力がある。力がどうした? 敵を殺した数と同胞を救った数で語るなら、次からはカラシニコフ氏に祈りを捧げろ。お前のくだらん宗教などどうでもいい。
お前を生かし、訊きたい事は訊いた。後は闇祓いに引き渡すだけだ。最早お前に人権はない。魔法社会に人権という概念が無い事は分かっているだろうが、それの更に下を考えるんだ。幼少期の朝食の記憶まで漁られ、自分が誰かも分からなくなる程度には、官憲があらゆる手段を用いて根掘り葉掘り探ってくるだろうな。
お前が秘匿しようと、お前はお前の救世主を売り渡す。神を裏切るお前には30シックルをくれてやろう。それを握りしめて死ね」
「黙れェェェェ! ヴォルデモート卿は私の如き下賤の生命に、力と意味を与えてくださった! あのお方こそ人理の光! 私は神を裏切らない! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 憎い! 救い主への崇敬を表せぬ我が身の弱さが憎い!」
「はっ。力を求めた末路がこれか。力など、求めるものの為に得なければならぬ素材に過ぎない。筋力であれ、魔力であれ、必要だから鍛錬するのであって、手段が目的化している。何が生きるには力が必要、だ。恋人でも作り、寄り添いあって生きていけばいいだろう。結局、お前は何も与える事のできない、強者とやらに巣食う寄生虫だよ」
強き者に弱き者が縋る。ならば、強き者は誰に縋れば良いのか。
狩人達の長、新しき古都ヤーナムの王。
果てを知らぬ長命が尽きるまで、父はそうあらねばならない。
その責務を、その重圧を、その恐怖を、その愛を知らず、ただその輝きを拝するか。
それは最早、弱者ですら在り得ない。虱の如き虫けらである。
「力を……より強い力を! うあぁ……うあぁぁぁぁああっ!」
「精々喚いていろ。強者が強者たる理由を知らず、ただその恩恵を貪る。口を開けば力への憧憬だけ。お前の憧れは、理解から最も遠い感情だ」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すゥゥゥ! 我が忠誠を侮辱するなァァァァ!」
「あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ」
瞬間、クィレルから噴き出る魔力の奔流。
頭蓋の中、鉄扉が軋みながら啓く。
「殉教者の獣クィレル」
人ならぬ声がした。鉄扉から漏れ出る囁きは特別な智慧。
獣への変態。聖杯の記憶で見た、お爺様や教区長エミーリアのそれと違わず、金色の光とともに肉体が隆起し、人の理を失う様。果たして、クィレルは獣となった。
「なん……だと……?」
皮膚を覆い隠す体毛は、蛇の群れの様にうねる。下半身に比べ明らかに大きい両の腕からは、爪であるのか骨であるのか分からぬ刃が飛び出している。
足下に転がるポッターを蹴り飛ばし、獣の視界から外す。ポッターが知らぬところでクィレルであろうとヴォルデモートであろうと勝手に殺されていればよいが、獣だけは違う。獣を慈悲によって葬り、人を守るのが狩人の責務。いかにポッターが憎かろうと、それを理由に為すべきを為さざるは、人の理性を持っていたとして獣に堕す事になる。
ポッターを蹴った反動で後ろに飛び退く。豪風に前髪が戦いだ。
「間一髪、か」
ほんの僅かでも遅れていれば、鼻が削がれていただろう。見た目よりも間合いは広い。否、事実として見た目通りではないのだろう。恐ろしい獣の様に、瞬間的に関節を外し、自らの腕を伸ばし、鞭の様にしならせている。
対処法は2つある。
1つはこちらも仕込み杖や獣肉断ちの様な刃鞭を用い、間合いの外から攻撃を加える。
1つは懐に飛び込み、鋸鉈の様な隙の少ない得物での近接攻撃。
だが、前者はポッターが狙われる可能性がある今、長期戦になる戦闘法は避けなければならない。後者は相手の立ち回りを把握していないままに、視野の狭い戦闘法は致命的な一撃を避けられない。この状況で取れる最善の戦闘法は、こちらに注意を向けさせ続けながら、間合いを迅速に図り、近接攻撃に移ることだ。
「ならば、これでどうだ」
獣狩りの銃器、P90。装填の時間は無防備となる。ならば、装弾数の多い銃を愛するのは当然の事だ。同じく装弾数の多いSpectreを用いる狩人も多いが、銃把は女の手で扱うには少しばかり大き過ぎる。
制服の狩装束を作る為に訪れれば、工房は当然の様に銃の在庫を持っていた。生産国ですら一部の特殊部隊にしか配備されていないのに、ヤーナムにそれがある道理がどこにあろうか。その疑問に対して、「あるよ」と無愛想に返すのが工房の連中だった。狩人はそれらに対し、「あるのか」と返すのが決まり事となっている。
「チッ……痛がりもしないな」
出血はしているが、それまでのこと。あるいは、恐ろしい獣がそうであった様に、銃に対して異様な耐性を持つとも考えられる。一般的な拳銃弾よりも打撃力に優れるとされる弾丸であるが、獣への効果は内包する狩人の血を混ぜた水銀に依るところが大きい。過去、血に依らぬ銃器としては大砲がそうであったが、対物銃や擲弾銃が存在する今、大砲など製造されておらず、そして学内という狭所での戦闘を考慮していた為にそんなものは持ち込んでいない。カインハーストの血を継ぐアリアンナ女王の系譜でもなく、物理的な戦闘技能だけを磨いてきたこの血では、決定的な攻撃を与える事も出来ない様だった。
怯みもしないのであれば、やはり獣には仕掛け武器か。
時折獣肉断ちを振るいつつ、間合いを測りながら小刻みに撃ち込み、得られた感想は諦念だった。牽制にもならない銃撃だったが、無意味ではない。遠間の挙動はある程度把握した。攻撃を受けても、退避し持ち直すことは出来るだろう。
だが、恐怖は残る。恐れを持たぬ狩人など、獣と何が変わろうか。
狩人狩りアイリーンはそう言って、狩人を励ました。しかし、それは死や痛みへの恐れだけではない。護るべき民を失い、帰るべき家を失い、血に酔う事への恐れ。それに比べれば、獣と対峙する恐怖など。
ひとまず護るべきものにポッターの生命があるというのは腹立たしいが、失うものはそれだけではない。
「ハーマイオニーが待っている。ダフネを待たせている。それだけで、奮い立つには十分だ」
袖口の隠しポケットから鋸鉈を引き抜き、発火ヤスリで撫で上げる。
揺らめき、燃え盛るは刃の息吹。
右手から繰り出された一撃を潜り抜けながら、一閃。
「軟い!」
血の遺志を得ていない、生まれたばかりの獣。仮称ヴォルデモートに魔力を吸い上げられていた事も影響しているのだろう。その肉は脆かった。バターの様に、とまではいかないものの、手応えは獣狩りの群衆と同じ程度だった。クィレルが振り向くまでに、更に脚を斬りつける。4本脚ならいざ知らず、二足歩行の生物は片脚でも致命的な損傷となる。回転に合わせて踏み込み、背後に回る。脚の腱を切断し、転倒させてしまえば、胴と頭を切断するのみだ。
「ん? ……ッ!」
その位置から攻撃が来る事はないという慢心があった。
斬り裂いたはずの腕が振るわれ、腹を掠めた。それだけで、肋が折れている。
「痛……!? どうしてっ!?」
跳び退いて追撃を避け、距離を置く。衝撃の度に痛みが走るが、それに怯めば更に攻撃を受けるのみだ。追撃として襲い来る左腕を躱し、さらに続く右腕を転がりながら回避する。確実に回避が間に合う程度まで離れ、ようやく回復の好機が訪れた。輸血液を取り出し、腿に注射する。虫が血を食べ、賦活する。僅かな酩酊の後に痛みは失せた。
違和感はあった。
ただの獣化者と変わらぬ防御力で、何故銃が効かないのか。理由は歪に盛り上がったクィレルの傷痕に求められる。大型の獣等がそうであった様に、回復しているのだ。それも、傷を負った直後に。
殉教者の獣クィレルは生命力に優れた獣であるか。
否、人である内から魔力に乏しく、なおも蝕まれた血による獣への変態が、これまで対峙した全ての獣を凌駕する生命力など持ち得るはずがない。ならば、その力はどこから生み出されたものか。
「恨むぞ、ポッター。本当に何においてもお前は邪魔だ」
たった酒瓶1本分の生命の水が、一角獣の血による呪いを塗り潰し、クィレルに力を与えている。
仮称ヴォルデモートは消え、賢者の石を得られなかったクィレルは失意の内に死んだだろう。だが、それは吐くべき情報を吐き出させてからだ。それすらも考えず、ただ己の憎しみの為にクィレルを殺そうとしたポッターの愚かさ。そしてそれは、あのハロウィンの自分に似る。
眼球を狙い、弾丸を放つ。児戯とて当たりどころが悪ければ脳まで穿たれる程、眼窩とは弱い部分である。確かに銃弾は獣の眼球を切り裂き、頭蓋の中を掻き回した。瞬間の硬直の後、獣は表音出来ぬ咆哮を上げ、走り寄ってくる。
「回復するなら、殺し尽くすまで! 生命尽きるまで死に続けろ!」
鉈の炎上効果を強制的に解除し、袖に仕舞う。
次に取り出すのは、回転ノコギリ。
柄を捻り、発動機を起動する。拍動とともに、鋸歯が残虐な唸り声を上げた。
突き出された拳に真正面からぶつければ、果実の様に獣の腕は裂けた。そのまま鎖骨まで割砕く。斬りつけるそばから回復する肉と骨が刃を押し返すが、腕力で強引に捻り込む。貫通させる事はせず、常に獣の肉に刃を食い込ませ続けた。
「ああああああああああああああっ!」
駆動音を塗りつぶす絶叫は自分のものか、獣のものか。
返り血が頭から脚先までしとどに濡らす。狩帽子であればいくらかは防げたものを、王冠は血を吸う事なく輝いているのだろう。だが、獣血に塗れた王冠こそ、ヤーナムの長の誉れ。狩人はヤーナムの為に非ず、狩人の為に非ず、獣と堕した人の罪を雪ぐ為に在る。
下着まで血に染まった頃、漸く獣の絶叫は絶え果て、肉はただの屍肉となった。
「……終わった、か」
得物に仕込んだのは濁った濡血晶。
賭けではあった。肉体を苛み続ける毒と出血は、生命の水の回復力を上回った様だ。
死者の蘇生は奇跡と称される魔法。賢者の石は、不老不死の霊薬を生み出せたが、蘇生の業は為し得なかった。回転ノコギリを停止させ、ポーチに仕舞う。大いなる効果の代償に、耐久力を失っているそれは、血と脂に塗れている。駆動部には肉片と獣毛が絡みつき、損耗の度合いは自宅で行う様な修理で済む様なものではなく、工房に持ち込まねば十全には直らないだろう。
「さて、石はポッターに返さなければな。目覚めてから私がくすねたとでも言いかねん」
「わしに返してくれれば良かろう」
鏡の裏から声がした。
「……クィレルの言葉を借りれば、貴公とはここで遭うと思っていたよ。いつから……いや、最初からか? 転移術の音もしなかった。大方、魔法省に出向いたというのも偽りなのだろう? 憐れなポッターが縛り上げられるのを眺めていたというわけだ」
「おお、ミス・ボーン。話をする時は、相手の目を見るものじゃよ」
「自分のした事を思い出すがいい。人の心を窃視するのが趣味とは、とんだ教職者も居たものだ。確かにあの時、貴公の言葉は一部の真理を有していた。憎しみに駆られた行動を、救う為だったと誤魔化しているクソガキを諌めるのは間違ってはいない。
だが、そう言えば良かっただけだ。
私の心を暴こうとした時に、些かの好奇も無かったと言えるか。
それこそ、純粋な意思とやらに偽りの無いものだったと誓えるのか」
開心術は眼を通して脳を暴く魔術。狂人どもが瞳を媒介に上位者の智慧を得ようとした事は、おそらくここに起源がある。即ち、開心術を用いる者は皆、その狂気に至る可能性を持つ。
「目上の者に払うべき敬意も覚えるべきじゃの」
「敬意を払うべき相手を目上と言う。私より高々百年以上先に生まれただけで権威付けとは片腹痛い。年嵩を誇りとするなら、原初の罪人に絶対の恭順を誓え。さすれば考えてやらんでもないが」
「ふむ。それは確かじゃのう。さて、石は返してくれるのかね」
言っても分からぬか、とでも言いたげな声色であったが、それはこちらとて同じことだ。その動機がどうあれ、心を暴くということに、些かの罪悪感をも抱かぬとは。
「ポッターにだ。ホグワーツが施した護りは、結果的にはポッターに破られた。ポッターが居なければ石が鏡から取り出される事も無かっただろうが、いずれにせよ、渡るべきでない相手に渡りかけたのは事実だ。そして、ポッターがクィレルを殺し、石を護った。ならば、ポッターから貴公に返すのが筋だろう。そういう筋書きなのだろう?」
「ハリーは殺してはおらんよ。それにしても、筋書きとは?」
「獣としてのクィレルを殺したのは私だが、奴はどの道死んでいた。ポッターの手が何なのかは知らんが、触れただけで相手を灼き殺すとは、大した呪いだ」
ダンブルドアが床に寝転ぶポッターに向ける視線には、家族愛に似たものがある。それが別の感情であれば、ではその眼差しはなんだという事になるが。何にせよ、かける言葉があるのだろう。いつ意識が戻るかは知らないが。
「鏡の仕掛けに興味は無いのかね」
「ない。細部は違うだろうが、望めども得られぬ幻想を見せる呪いだろう。求め、焦がれ、飢え、渇き、死ぬ。そんな悍ましいものと知り、誰がそれを暴くか」
ポッターが英雄になる為の台本。それを書いたのはダンブルドアだ。そうでなければ、ポッターが鏡から石を取り出せたはずがない。鏡の仕掛けが正しく作用しているから、クィレルには石を取り出せない。それを見抜いた仮称ヴォルデモートは、ポッターを使った。何故ポッターであれば取り出せると考えたのかはわからない。
だが、その試みは果たされた。即ち、ポッターには作用しない呪いであったか、ポッターには取り出す事が出来る様に調整されているのだ。あの状況でポッターが鏡の中に何を見たのかは分からない。だが、ポッターの吐いた嘘の様な、グリフィンドールが寮杯を得る姿だったとは思えない。あのガキは、殺されそうになっている時に、自らの失態が同輩の枷となった事などを悔やむだろうか。
あり得ない。ポッターが望んだものは、石であるはずだ。いつの日か、マルフォイが放った水晶玉を追った時の様に、ポッターは何の根拠もなく、何の道理もなく、自らの勝利を求める性向がある。それは、幼稚さから来る対抗心がひたすらに肥大化したものであるのかもしれないが、その形成要因などはどうでもいい。
重要なのは、ポッターが石を望んだとすれば、鏡の呪いはポッターに石を手に入れた幻想を見せるはずだ。だが、そうはならなかった。
同じく石を求めるクィレルとポッター。何故ポッターだけが石を取り出せたのか。
答えは単純だ。それが、ポッターだから。
肉の記憶という魔術がある。触れた者を識別する生体認証技術。非魔法族が指紋や虹彩により個人を同定する様に、魔術によってそれを為す。同様の魔術で、鏡に石を封じたダンブルドアは無論の事、ポッターも鏡から取り出せる様に登録しておけばよい。
かのアーサー王伝説に在る選定の剣も同じ事。英雄に選ばれる条件を流布し、特定の人間が選定された様に見せるだけで、後は周囲が英雄視する。
「呪い。君は望みを呪いと呼ぶか。ふむ。面白い見方じゃの。身に刺さる言葉じゃ。強すぎる望みは人を盲にし、虜にする。その鏡に映るものは、見た者の心の底から湧き上がる祈りを模ったものじゃよ。栄光を掴む我が身を見る者もおる。懸想する相手を見る者もおる。失った家族を見る者もおる。自分の未来を見る者は幸せじゃろう。その幻が現実になる様に進む事が出来る。その鏡は、本来その様に使うべきものじゃ。
自分の欲するものは何であるか、自分とは何かを思い出させる為の道具じゃよ。人は縋る者が無ければ生きてゆけない。クィレル先生の言葉は、間違ってはおらん。人は皆、求めるものに向かって進みゆく。それを求める相手が、他者であるのか、未だ見ぬ理想の自分であるのかの違いじゃ。
じゃが、取り返しのつかぬものを見る者には、余りに残酷じゃの。誰も、時を繰り返す事は出来ぬ。失敗は反省という呼び名で癒す事が出来る。されど、ただ失われたものをまざまざと見せつけられれば、心を擦り減らすじゃろうて。
確かに、呪いとは言い得て妙じゃ」
「そしてポッターは鏡を見た。映し出された、石を得る自分の幻影から石を受け取ったと言うわけだ。求める幻影を見せるのであれば、ポッターが石を取り出せるはずもない」
「それはわしのちょっとした細工があっての。賢者の石を求める者には石を与え、賢者の石の力を求める者には与えられぬ様にしたのじゃ。強すぎる力はそれを持つ者を惑わせる。故に、その力のみを求める者の瞳には、何も写ることはない。
力を持つが、振りかざさぬ事。それが、賢く、強き者の意志じゃと思う。ハリーは、窮地にあって本質を見失わぬ賢さを持つ子じゃった」
「くっ……くはははははっ! つまり、賢者の意志だと? ああ、入学して以来、最も笑える冗談だ」
作られた英雄に何の意志がある。ポッター自体に意志などない。ウィーズリーがそうした様に、ポッターもまたダンブルドアの敷いた盤上の駒でしかない。ハーマイオニーを用い、そうなる様に仕向け、そう考える様に動かしたまでのこと。糸繰り人形を弄び、これを人形の意志とほざくか。ダンブルドアはポッターの中に賢者の意志など見出していない。植え付けようとしているだけだ。
意志ある木から彫り出された人形はやがて人となった。愛を注がれた彫像は人となった。愛を識らぬ人形とて涙を流し、愛を識ったのだ。
ならば、人の形をした肉はどうなるのか。
「全く、学校教育とは面白い。賢さを確かめる為に、反社会的勢力の教祖とその教徒に引き合わせるとはな。
さて、冷えてきた。私は帰る。ハーマイオニーは演じ切った。手を出すなよ」
「温かくして寝ると良い。監督生用のバスルームを使うのも良いじゃろう」
「気遣い無用」
寒気を覚えたのは、血塗れの服のせいではない。ダンブルドアのポッターに向ける表情、それに含まれる慈愛による。
ポッターに対し管理された障害を設え、管理された死の危険を与え、管理された勝利を与え、そして心の底からポッターを賞賛している。それは、畜産家が家畜を褒めるのと何が異なるのか。人の意思を思うままに統御し、そしてそれに些かの疑問も抱いていない様は、狂気だ。
人の原罪を贖う為に遣わされたと自認する男ですら、その使命と苦痛を与えた神を疑った。人であるが故に信じ、人であるが故に迷い、人であるが故に疑い、人として死んだ。故に、そこに人の贖罪は為された。ならば、人の身にして困難を与え、その計画の成就を心から喜ぶ眼前の老人は何者か。
神を気取る狂人ではないか。
原作ハリー君、クィレル殺害で魂引き裂かれてると思うんですよね。たとえ自己防衛のためとはいえ、相手を害することを明確に意識してますから、これによって死に至らしめた場合、殺害に相当すると思うんですよ。愛の加護って事ですが、盾で圧殺してる様なものですかね。
あと、蛇語とは言え言語能力を持つ知性体であるバジリスクも殺害してますよね。他には、分霊箱とはいえ、お辞儀本体とは異なる自我を持ったトム君殺害してますよね。
校長は原作からして「最高のチェス・ゲームを見せてくれた」って言ってるので、普通に使い捨ての透明マントとかでストーキングしてると思います。それか三人組を開心術。
お辞儀の一人称については、流石に俺様はアレですし、賢者の石時点ではわしですけど、「泣かせるねぇ」とか言ってるのも解釈違いなので、銀河皇帝がいいかなぁと。わざわざ自分を卿とか言ってるのに俺様とか言うのはちょっと……品が無いよねっていう。校長と並ぶ知性ですから、たとえ品性が無くともそれを持っている様には振る舞うでしょと思うんですよ。
そうそう、わざわざポケットを衣嚢とか言い換えてますが、そもそも英語でしゃべってる人達がカタカナ語使うかなと思い、なるべく思い当たる語句があれば書き換えてます。適切な日本語が思い浮かばない場合はもうそのまんまなので、それは見逃してください。
それと、軍事知識皆無なので、1990年時点でも装弾数多くて扱いやすいのは他にあるかもしれません。そもそもP90のリロードって難しいですから狩りの合間に使えないだろうとか、リロード度外視で使い捨てる気であればたくさん銃を持っておけばよくない?とかも思いますが。
遅効毒回転ノコって需要あるの?とかも。劇毒なら分かりますが、そこはこう、ウチのマリアちゃんなので、使いやすい武器に欲しい効果入れるのが一番効率がいいだろう的な。