ホグワーツと月花の狩人   作:榧澤卯月

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警句

我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う
知らぬものよ、かねて血を恐れたまえ



警句

 期末試験は肩透かしも良いところだった。変身術の試験は鼠を嗅ぎ煙草入れに変える事だった。ボーン家にはパイプや葉巻はあれど嗅ぎ煙草を嗜む者はいない。嗅ぎ煙草入れの模範的な形というのは想像出来ず、自暴自棄になってオルゴールを模してみれば、マクゴナガル教授は試験の重圧の中で付加価値をつけた事に一人で大層感激し、満点を頂いた。

 逆に、得意であると考えていたフリットウィック教授の試験では苦戦した。机の端から端までパイナップルをタップダンスさせる事が課題だったが、まずパイナップルに足を生えさせなければならず、それは変身術の領域だ。仕方無しに星界からの使者を模したパイナップル人形を作り出したが、そこから先が進まない。タップダンスなど見たことがないからだ。そもそもダンスなど、カインハースト城で催される舞踏会やバレエ程度しか知らず、楽しむよりも礼儀作法として叩き込まれた面が強く、アンネリーゼ女王には申し訳ないが、好みではない。音に聞くタップダンスといえば、アップテンポで激しく身体を動かすもの程度の知識であり、ロンドンのストリートで見たアッパーな音楽に合わせたあれだろうかと、奇妙な果実に踊らせてみた。

 

「それはブレイクダンスです」

 

 フリットウィック教授からは普段の陽気さは消え、重々しく口にした。

 

「生憎ながら、華やかな文化には疎いもので」

「昨年、貴女のお姉さんも同じ事を言って、素晴らしいウィンナーワルツを披露してくれましたよ。やはり血は争えませんね」

「そうでしょうとも。やはり我が姉上はいつも優美でいらっしゃる」

「褒めているわけではないのですが……。まぁいいでしょう。これはこれで楽しいものを見せてもらいました。満点とは言いませんが、十分な点数を与えましょう」

 

 そうして若干の屈辱を味わいながらも、試験は概ね順調に終えた。 ダフネは一年をかけて絶望的な不器用さを人並み程度に改善し、調薬だけが不安であった魔法薬学の試験も満足いく出来だと言う。そもそも、不器用さというのは緊張によって手が震えるだけの事であった。こうして蛇寮のいつもの面々は、それぞれ自分の得意な分野は順当にこなし、苦手な分野は相応の成績を残したのだった。

 夏が来てからというもの、空は黄色く煤けた青色となり、湖は陽光を受けて煌めいていたが、地下牢は湿度が増して蒸し風呂の様を呈していた。談話室でこそ淑女然として律儀に制服を着ているが、女子房に戻れば誰もがキャミソールやタンクトップに下着姿である。男子に至っては半裸に近い格好で談話室に鎮座し、クィディッチ選手達はその精悍な肉体を惜しみなく曝け出していた。ヘルマンは僅かにネクタイを緩め、シャツの釦を外すのみであったが、ちらりと覗く素肌についてドロテアはいやらしいとヘルマンを詰った。気を引きたいならもっとマシな言葉があるだろうに。

 

「一年のボーン、いるー?」

「はぁ、ここに」

 

 例に漏れず、ひんやりとした石壁に身体を貼り付け、涼をとっていると、女子房の入り口から声が投げかけられた。

 

「客だよー。談話室の前に待たせとくからねー」

「はいただいまー。 ダフネ、ちょっと出てくる」

 

 ダフネはうつ伏せのまま、片腕をあげて応えた。

 身支度を整えてから談話室を出ると、客とは、案の定と言うべきか、ハーマイオニーだった。肩で息をしていることから、随分な距離を走ってきたらしい。どうしたと声をかける間もなく、手を握られて秘密の部屋に連行された。

 

「どうした。今更試験がどうこうもないだろう」

「そんなことじゃないの。石の護りは今日にでも破られるわ」

「……何故?」

「ハグリッドは竜の卵を譲ってもらう時、ケルベロスの弱点を話してしまったのよ」

 

 ケルベロスの弱点。それは竪琴の奏でる音楽によって眠ってしまうという迷信だろうか。神話が生きている頃にはあり得たかもしれないが、今もそんな弱点を抱えているならば番犬にはなり得ない。誰が好き好んで獣臭い置物を財貨の前に備えるのか。

 

「それで?」

「それでって……偶々竜の卵を持ってる人が現れて、ケルベロスが音楽に弱いなんて事を聞き出すと思う?」

 

 偶然にしては出来過ぎているとは思うが、それよりも竜の卵の入手経路の方が気になった。自身の浅はかさで生徒の名誉を汚し、それでいてのうのうと森番を続ける様な人物であるのだ。その倫理観からするに、大方まともでない繋がりから卵を得たのであろうと思っていたが、自発的なものではなく得体の知れない人物から貰った物らしい。拾い食いをする犬と変わりがない。

 

「まぁ、怪しい事には怪しいし、石を狙う者だろうとすれば道理は通るな。その場合、下手人は学内の人間であるということになるが」

「そうでしょう? あのトロールの夜の事を思い出して。スネイプは脚に怪我をしていたわ。ハリーの箒に呪いもかけていた。それに、ハリーはクィレル教授がスネイプに脅されているのを何度も見ているの」

「ほう?」

 

 脅迫を受けるクィレル教授、これは初耳だった。それが事実であれば、寮監がクロである事は濃厚だ。

 

「その事をマクゴナガル教授には?」

「伝えてないわ。石が危ないとだけは伝えたんだけど、取り合ってもらえなかった」

「……校長には?」

「今日は外出していらっしゃるそうなの。戻るのは明日らしいわ」

「なるほど、それで今日にも破られる、か」

 

 夏季休暇に入り、生徒が居なくなってしまえば、学業の面倒を見る手間が無くなり、教員達の防御も手厚くなる。そもそも教員を防御装置として捉える事自体が間違っている様にも思えるが、仮に賊が押し入ったとして、人質を取られる危険性は減る。

 

「だから、私達で校長がお戻りになるまで、何とか持たせなきゃいけない。こんな事を言える立場じゃない事は分かってる。けれど、お願い。助けて」

「ダメ」

 

 答える前に、いつのまにか入口にいたダフネが答えた。イングリットお姉様とドロテアも無表情でこちらを見ていた。

 

「それはダメだよ。本当に危ないと思っているなら、私たちが関わっちゃいけない事だよ。今の話を全部副校長に伝えて、それでおしまい。だってそうでしょう? そんな大切なものを学校に置いているのは学校の都合。生徒がそれに付き合わなきゃいけない事もないし、付き合ったところで、ろくな事にはならないよ」

「分かってるわ! けど、それでも」

「分かってないよ。確かにマリアは、狩人達は凄い力を持ってる。けれど、その力をあてにしていいって事じゃない。貴女は幸運にも、マリアが助けてくれた。あの時は貴女のせいじゃない。けど、今回は違う。自分から危険に近づいて、それを助けろっていうのは虫が良すぎるんじゃない? 力ある者の責務は、自らに課す精神であって、他者に求めるものじゃないよ。それに、貴女は友達だからっていうだけの理由で、その力を振るえっていうの? 仮に寮監が本当に悪人だったとして、マリアにその力を以って寮監を殺せと言ってるって事、分かってる? マリアは都合の良い道具じゃない。私と貴女の大切な友達だから。それを間違えないで」

「ダフネちゃんの言う通りだよ、マリア」

「これは狩人が立ち入るべき事ではないわ。これは狩りではない、貴女の闘争。たとえ、貴女が命を落とす事になろうとも、狩人として貴女を助ける事は出来ないわ」

 

 ハーマイオニーはごめんなさいと呟き、俯いた。

 発端から今に至るまで、全てに違和感がある。ハーマイオニーはあの馬鹿共と行動を共にし、子供じみた英雄願望に身を任せていた。つまり、彼女もまた馬鹿なのか? 否、それはあり得ない。突飛な言動は多かったが、この1年で見てきた彼女はそうではない。今に至るまで、何度も伝えた学生の領分ではないという忠告は悉くが結果的に無視されているが、その時点では確かにその意味を理解していたのだ。

 では、何故彼女はこうして手遅れになるまで放置し、自らも理解している様に、無関係な狩人に助力を願うという無理までしているのか。自らの意思は自由でありながら、自らの行動を歪める。

 そう、それはダフネと話していた事ではないか。人質による脅迫だ。

 茹だる熱気が肌を舐る。遠く、潮騒の様に蝉の声がする。脳の中で騒ぐは獣の咆哮。だが、それに身を委ねてはならない。それはあのハロウィンに学んだ事。

 校長に嬲られ、ヘルマンに諭され、フリント先輩に明かされた、目的と行為の合致。純然たる意思。父王が絶望に苛まれ、なおも求め、そして悪夢の果てに至った。そこに、獣性はなく、ただ願ったものは、人の救済。

 王よ、偉大なる父よ。

 我が血が拝領した愛と力は、この為に在る。

 

「私は征くよ、ハーマイオニー」

「マリア! 私が心配しているのは、ハーマイオニーだけじゃない。マリアのこともなんだよ? マリアが一緒に行っても、不安が1人から2人になるだけの事なの。狩人の作法なんて知らない、ただの友達なんだよ。心配させないでよ!」

「こういう時、自分の語彙力の無さが悔やまれる。なんというか……まぁ、明るく喋るとだな。

 ホントにスネイプならクソザコナメクジだよ。 噛み付かれたんだか引っ掻かれたんだか知んないけど、犬畜生も無傷で倒せないザコが、狩人殺そうなんて無理。ってか、扉の奥に犬がいるって分かってるなら、扉の隙間から毒餌でも毒ガスでも流せばいいんだって。そんな事も思いつかないくらいのエグい馬鹿なわけ。どんなゴリ押しで銀行強盗したか知らないけどさ、もう今じゃ処女厨の馬の血ィ飲まなきゃやってらんないんでしょ? もう、頭回んないし身体はボロッボロ。そんなのが、血を飲むだけで開放骨折から内臓破裂まで快癒する様な生き物に勝てるわけないって。ね?

 だから安心したまえよ」

「……ええっと、マリア。真剣な話してる時にそれはないよー。安心させようとしたんだろうけど、ふざけてる様にしか聞こえないよー。ってか、アルフレートさんみたいなテンションの落差がパスみあって怖い」

 

 ドロテアの口調を真似たつもりなのだが、それを本人に馬鹿にされるとは。

 

「うるっさい。ヘルマンみたいに面倒な言い回ししないせいで余計ムカつく。いっぺん目覚めろ。墓生やしてやろうか」

「ダフネ、ごめんなさいね。ウチの子、結構な癇癪持ちで単純だから」

「お姉様まで私をバカにする! 友達を安心させようとしてるの! フォローしてくれたっていいじゃない!」

「まぁそれは知ってます。寝言も寝相も酷いし、本人が自覚してる以上に子供っぽいですよね。それはともかく、マリアの見立てはあっているんですか?」

「楽観的ではあるけれど、悲観的であるよりはよっぽどいいと思うわ。ダフネ、みんなで一緒にお菓子作って待ってましょうね。それと、グレンジャーさん」

「はい」

「貴女の言い分はあるにしても、やはりこれは狩人としてのマリアも友達としてのマリアも侮辱しているわ。それに怒りが無いわけではありません。私だって、マリアの姉だもの。

 自分の都合で危険に飛び込むのに、友達だから助けろなんて、気軽に言うことじゃないわ。けれど、それでもマリアは貴女と友達だから行くの。だから、貴女はそれほどまでに、マリアに愛されている事を知りなさい。それを分かっていて、それでも貴女達を留めようとするダフネをより深く愛しなさい。お菓子は貴女の分も用意するから、後でたっぷり反省すること。

 それでいいわね、お兄様達」

 

 お姉様が外に声をかけると、手だけが視界に現れ、ひらひらと揺らめいた。

 

「やはり女性の話は長い。化粧室の前にたむろする男子になどなりたくはなかったのだが」

「有り体に言って変態ですね。まぁ、妹が心配でぞろぞろと集団徘徊してる時点で相当アレですが」

「それは王たるボーン家への侮辱か? また私の制裁を食らいたいか」

「馬鹿は放っておくとして、マリア、お前も相当な馬鹿だぞ。だが、友を救う為に血を沸かす姿は、兄としては誇らしい。この辺りは性差というものか。イングリットは愛を説き、細かい道理はヘルマンがどうとでも女々しく弄ぶだろう。そんなものは想い出でいい。今は単純で良いのだ。間違えるなよ。救う為に走り、救う為に振るえ。そう、旧く、そして今も継がれる警句だ」

 

「「かねて血を恐れたまえ」」

 




「かねて血を恐れたまえ」って、医療教会初期だと「かねて血の渇きを恐れたまえ」に変わってるんですよね。
その時点で上位者の血の輸血についてはもう依存性がある事は判明しているんでしょう。というか、血どころか脳液求めちゃってますし。
まず脳液って何だろうと思うのですが、脊髄液の事でしょうか。

私、盲腸の手術の時、背骨に穴を空けてそこに麻酔を注射したんですよ(隙自語)。
朝食の茶漬けは戻して、牛乳すら飲めず、それでもただの腹風邪かなと思ってはいたんですが、病院行ったら盲腸でヤバすぎて即手術が必要ですと。
で、局所麻酔の為に背骨に穴開けたわけですが、その麻酔効いてなくって、メスが入る瞬間はクッソ熱く感じましたし、そして筋肉をかき分けて盲腸取り出す時にようやく看護師さんが「先生、この子麻酔効いてません」って。
まあその後何が有ったかと言うと、背骨に穴が空いてるって事は、そこから脊髄液が常に漏れ出してるわけです。そうなると、普段は頭蓋の中は満水状態ですが、空隙が出来るわけで、脳がちゃぽちゃぽするんですね。もう「知らない天井だ……」とかやってる余裕もないぐらい吐き気ヤバかったです。音が聞こえるわけではないですが、つまり頭の中は海で満ちていて、そのちゃぽちゃぽは確かに頭の中に響いたことでしょう。湖面の漣の様に、潮騒の様に。

そういうわけで、頭の中に答えを求める試みは結局失敗したわけです。
じゃあいつから「かねて血を恐れたまえ」というウィレーム先生の警句に回帰したのか、おそらくはもう「逆に市民に依存させちゃって検体増やしちゃおう」っていう開き直りがあったんじゃないかと。「血をたくさん飲んで健康になろう!」みたいな青汁的な販促を展開し始めたんじゃないかと。事実、下男達はスクスク育ってますし、トゥメル人なんてみんなでっかい。マリア様はちっさいけど。
実験棟の成果で血の聖女というジェネリック上位者骨髄が出来上がっているわけですし、最早患者(そもそも何の病気なんでしょうね)ではなく一般市民にまでその魔の手を伸ばしたと。
そして次の段階、ローランの悲劇を人工的に再現した場合はどうなるのか、というのが灰血病流行からの旧市街事件。医療教会の名誉が落ちぶれようとも、もう依存させてるからまぁ別にかまへんか……って感じでしょうか。
それか、ローレンスはルドウイークみたいに自身の獣化が進行しているのに気づいて、血を恐れ始めたんでしょうか。もうあんな進化をあきらめた老害に用はないって思ってビルゲンワースを出たら、やっぱ血は怖えわと。ゲールマンは月の魔物に拉致られてどっか行っちゃったしと。獣の抱擁って制御方法を得たし、右脚に包帯巻いてれば血に酔わないとか言ってる情弱とは違うからwwwとか思ってたら、またなんか俺やっちゃいました?(病気)に成ったら、さもありなんです。

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