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第一章 始まりの物語
第7話『初戦闘』

 ――ゴブリン。

 剣と魔法の世界の代名詞、コボルト、オークなどと並ぶ三大巨頭とすら言ってもいいのではないかと、そう思えるほどの絶対的な非現実の対現物。

 そいつが十字路の向こう側十数メートルのところにボケッと立っているのを見つめ、改めて『ここって常識通じないんだなあ……』と思うと同時、ドクッ、と心臓が強く脈動した。

 幸いなことにユニークスキルの『影の王』の効果のおかげか、ただでさえ『あれ、何か誰か一人いなくね、覚えてねえけど』みたいな感じで同窓会にて名前が挙がるランキング堂々の一位(当社調べ)な僕の影の薄さが一層に増し、何とか気づかれずには済んでいるようだが……まあ、そう隠れ続けてもいられなさそうで。


「ど、どうする? 逃げる?」

『さっそく弱腰ですねえ……』


 いやいや一般人だよ僕、勝てっこねえじゃんこんなやつにさ。

 そう言いながら改めてゴブリンへと視線を向ける。

 奴は『ゴブゴブ』とあからさまな鳴き声を上げながらゆったりとこちらへと歩いて来ており、その姿に咄嗟に腰に差したブラッドナイフへと手を添える。

 怖くて足が震えそうになる、唇が緊張に乾き、今にでも逃げ出してやろうかと考え、でも普通に走っても追いつかれるんじゃね? だって僕、体力くそもないわけだしさ。

 そう、永遠にも思える一瞬、自分でもびっくりするくらいに思考を巡らせた僕は――次の瞬間、奴の体から漂ってくる異様な『ニオイ』に眉を顰めた。


「……ッ、く、くっさ……!」


 小声で叫ぶという器用なことをしながら、思いっきり鼻をつまみ上げる。

 ゴブリンからは何日――いや何年、下手すれば生まれてから一度体を洗っていないのか、と言わんばかりの悪臭が立ち込めており、臭さに顔を顰めながら改めて奴へと視線を向けると、また少し違った部分が鮮明に見えてくる。

 鬼のような顔は涎と鼻水でぐしゃぐしゃになっており、腰に巻いているボロ布は既に風前の灯火、奴の股間に隠すマグナムが今にも見えてしまいそうで咄嗟に視線を逸らすと、奴はあろうことか風前の灯火をかき消すようにして腰布の中へと手を突っ込み、乱暴にその中から一粒の木の実を取り出した。


 ――そんでもって、口の中に放り投げる。


 え、お前それ喰っちゃうの? とか。

 思わなかったかと聞かれれば首を横に振らざるを得ないわけだけど……うん、あんなの食べちゃうあたり、ゴブリンの中には『清潔』って概念は微塵も存在しないんだろうな。なんとなく現状、あのゴブリンの汚さに納得がいってしまったわ。

 言いながら大きく息を吐いて目を薄めると、奴がガリガリと引きずって歩いている一振りの鉄の剣へと視線を向ける。

 まあ、スキルからも分かってたけど、あのゴブリンは武器を持っている。

 いくらゴブリン、最弱の代名詞みたいなやつでも武器一つ持てばあら不思議、なんか勝てそうなイメージが全くわいてこないわけで。


(まあ、マスターはもともと一般人とはいえ、今は吸血鬼の肉体に作り替えられた後ですからね。ゴブリンと言えどあのレベルだと成人男性数人分くらいの強さはありますが……まあ、勝てるとは思いますよ)

「いやいや楽観主義が過ぎ――」


 …………はっ?

 言ってて途中で気付く、なんか今おかしくなかった? と。

 そう考えて頭を押さえていると、ああと気が付いたような声が頭の中に響き渡り、その声に思わず恭香の方へと視線を向けると、彼女は小さく体を震わせている。


(そういえば言ってませんでしたね。コレ、俗に言う『念話』ってやつです)

(ね、念話……!)


 アレか、ドラゴ〇ボールとかでよくあるこめかみのところに指をあてて遠く離れた場所にいる人と通信できるってアレだろ?

 考えながら、何気なくこっちの心のなか読み始めてる彼女を前に『まだ読心は使えないってさっき言ってたけど、念話の時は完全に読まれちゃうのかな』とか思いながらも、ふらふらと近づいてきたゴブリンへと改めて視線を向け直す。


(補足ですが、魔物と言うのは世界中に漂っている魔素を必要以上に体へと取り込んでしまった動物が変異したもの、あるいは魔素から直接生み出されたものでして……ゴブリンはそれでいうと前者――一型とでも言いましょうか。つまるところ――)


 ――ゴブリンはどっちか、って話か。

 おそらく後者――雰囲気的に『二型』って奴なら、魔素から作られてる以上、ドロップアイテムもくそも何にもないんじゃないかと思う。が、仮にゴブリンが前者なら……その、なんと言いますか。端的に言うと斬殺なんてしたらノクターンまっしぐらなスプラッタショーが待っているわけで。


「あんまり近づきたくないな……」


 言いながら短剣の柄を握り締める。

 カチン、と言う音が響き渡り、鞘の中から現れる黒い刀身。

 刀身には赤いラインが走っており、柄の部分にはまるで血管のように赤色が走り回っている。正直最初の武器としては禍々しさここに極まってるんじゃないかと思える形相だが――それも、今回で言えば頼もしい。


『グギャア……?』


 響き渡った刀身が解放された音にゴブリンが首を傾げて声を漏らす。

 素人目にも隙でしかないその姿に咄嗟に剣を抜き放ち、駆け出そうとした僕は――次の瞬間、まるで凍り付いたかのように動かなくなった自らの両足へと視線を向けて目を剥いた。

 両足……いや、それどころじゃない、全身だ。

 全身がまるで凍り付いたように、鎖でがんじがらめに縛り付けられたように動かない。

 視線の先には首を傾げながら十字路のこちら側へと歩き始めているゴブリンの姿があり、その臭さが、その姿が、その光景すべてが『生き物』としてのゴブリンの存在を脳髄にしかと伝えてくる。


 ――たぶん、怖いのだろう。


 何となくそう思った。

 力はある……らしい、恭香曰く。

 ならその気になれば今、目の前で隙を曝しているこのゴブリン一体くらいは何でもないのかもしれないが……それでも、ただ純粋に、恐ろしい。

 今から手に握るこの剣で目の前の生き物を殺すのか、と思うと。

 どうしようもなく恐怖が足元からせり上がってくる。背中に怖気が走り抜ける。背骨を冷たい感覚が響き渡る。体が震える。


「……けど」


 呟き、改めて柄を握り締める。

 ああ怖い、どうしようもなく怖い、それは事実だ。

 そう、事実だ……けれど同時にこうも思う。


 ――他人を殺す『恐怖』より、自分が死ぬ『恐怖』の方がずっと怖い。


 他人を殺す恐怖、それは確かに恐ろしい。

 けど、それ以上に、何も為すことなく終わってしまうことの方が、ずっと怖い。

 単純に言えば――死にたくないのだ。

 だからこそ、殺す。


「――悪いなゴブリン」


 呟き、十字路の角から飛び出した。

 その速度は僕の知るソレとは大幅に異なっており、それを前に少し驚く僕の前には、限界まで目を見開いて驚きをあらわにするゴブリンの姿。

 もう、彼我の距離は一メートルとない。

 いまになってやっと『敵』の存在に気付いたか、ゴブリンが眼前の僕へと手を伸ばしてくる中――どうしようもなく思うのだ。


「もう、命は重くないんだもんな」


 ――瞬間、鮮血が弾けた。

 見れば奴の背中からは黒色の刀身が飛び出しており、傷口から小さくはじける鮮血、ゴブリンの口の端から溢れ出すどす黒い血液。

 それらを前に、あの刹那にさらにスピードを上げて奴の懐へと飛び込んだ僕は、力を失い、血へと倒れ伏すそのゴブリンを見下ろし、たった一言。



「悪い、死にたくないからお前を殺すわ」



 ぴろりん!レベルが上がった!

 ぴろりん!レベルが上がった!



 僕の脳内には、そんなインフォメーションが鳴り響いていた。

改稿前は普通に殺してたんですよね……。

一応葛藤っぽい何かがあってしかるべきだと思う今日この頃。


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