『と言うわけで、そろそろ試練について話しておきましょうか』
その言葉に、思わず肩が大きく震えた。
見れば先ほどまでとは一転、どこか真剣みを帯びたような雰囲気の彼女はみょんみょんと体を跳ねさせており、改めて彼女を前にして座り込んだ僕に対し、彼女は端的にこういった。
『試練の内容は至極単純、異世界まで無事たどり着くことです』
「……異世界へと?」
いや、ここってまだ異世界じゃないのかよ、とか。
そんなことを咄嗟に思ってしまった僕だったけれど、はたと、先ほど彼女が言いかけた言葉を思い出し、なんとなーく納得してしまう。
「――ああ、そういうことか……」
言いながら、先ほど設定したスキル『マップ』を発動する。
途端に脳内に描かれるは周囲十キロの大きな地図。
そこには今僕が設定している範囲を軽々と覆い尽くし、それでも今だ全貌が窺い知れない巨大な迷路――否、『迷宮』が広がっており、自身を中心として最大範囲(半径三十キロ)に設定し直すことで、初めてその全貌が明らかになる。
『例え力を得たとして、使用者がそれを扱うに足る力量を、知力を、そして技量を持つか否かによって異世界転移が【無駄】かどうかが大幅に異なります。故に神々は試練を課します、マスターが異世界へと降り立ってもなお生き続けていられるか。異世界へと福音を伝えるに足る存在か』
はっはー、間違ってもそんなキャラじゃないんだけどな。
そんなことを思いながら頬を引きつらせた僕は、改めてその地図へと意識を向ける。
そこには『赤いマーカー』、つまるところ敵対生物に満ち溢れた、半径二十キロ以上の超巨大な迷宮が広がっており、そして現在地はその迷宮のど真ん中。
つまるところ……。
『極論言えば、強いかどうか。マスター、神々の試練はここ――【選定の迷宮】からの脱出です』
☆☆☆
「強さとか一番自信ないんだよなあ……」
頭を抱え、そう呻いた。
迷宮──いや、異世界だし『ダンジョン』とでも呼ぼうか。
別にここを何とか踏破しろ、ってだけならまだ可能性は残ってた。残ってたんだが。
マップへと意識を向けると、そこにはうじゃうじゃと迷宮中を動き回る赤マーカーの姿があり、それを前に彼女へと話しかける。
「このマップの赤マーカーって……」
『盗賊のような敵対的な人間か、あるいは……まあ、魔物ですかね』
――魔物、と。
やっぱりいるんですねそういうの。
そう一人乾いた笑い声をあげていると――はたと、赤いマーカーと僕を現す緑色のマーカー、恭香を現す青いマーカーの他にもう一つ、黄色のマーカーがあることに気が付いた。
場所はこの大きな空間から伸びる通路を歩いて……たぶん直線距離で数キロくらい。道のりとしてはちょっとすぐには分からないくらいなんだけれど。
「なぁ、恭香?」
そう声をかけると、彼女も僕の『マップ』を視認できているのだろう。『うーん』と悩むように呻いた彼女は、幾つかの可能性を上げていく。
『いずれにしても、神々の迷宮に『中立』が現れている以上、イレギュラーでしかないんですが……』
と言って彼女が上げた例は、以下の三つ。
①人族や亜人などの魔物以外の存在がまぎれ込んでいる可能性。
②神々のいずれかが戯れに洞窟内を散歩している可能性。
③魔物ではあるが、人族や亜人たちと同等以上の知性を持つ超高生命体が居る可能性。
『だいたいこれくらいでしょうか?』
と、そんなことを言う恭香、ではあったのだが。
「いや、何その超高生命体って」
どうしようもなく嫌なニュアンスに、僕は思わずそう問いかける。
すると彼女は『ま、あくまでも可能性の話ですけど』とわざとらしく前置きしたうえで、なんかフラグっぽいことを言い始める。
『いやー、この迷宮を管理してるのが【太陽神、狡知神の二大問題児に次いで悪名を轟かす悪戯爺】と有名な創造神様であれど、さすがに出会えば即死、みたいな超級の魔物、こんな迷宮に放置してるわけありませんって。してたら馬鹿です。もう攻略者を攻略させるつもり微塵も感じられませ』
「おいちょっと待て、それ何かフラグっぽいんだけど?」
なんだそのあからさますぎるフラグは。
そう冷や汗を流す僕ではあったのだが、けれども彼女は冗談よしてくださいと笑うばかり。
『いや、だって超高生命体とか、ヴァンパイア・ロードとかデュラハンロード、ナイトメア・ロードに高位ドラゴン、神獣ライオネルにケリュネイア等々……そういう出会ったが最後、的な魔物たちですよ? そんな化け物が選定の迷宮に出てくるはずないじゃないですかー。ましてや迷い込むとか論外ですよー』
はっはっはー、出てくるわけないのかー。
なら出てきたときはお前ぶん殴るからな。
そう心の中でだけ呟いた僕は、とりあえずその黄色いマーカーを最初の目的地へと置くことにした。
どうせこっからは完全自力。恭香なら『ねえこの迷宮簡単に抜けたいんだけど、なんか裏ワザとかない?』とか聞いても答えられるのかもしれないが、それでも彼女に頼りっぱなしで攻略ってのもなんだか情けない感じもしなくもない。
「……ま、出来るところまで自分の力で」
それでも無理だったら、その時は正直に誰かを頼るか、諦めるか。
ま、その時はその時ってことで――
「ま、とりあえず進み始めよう」
ここに居たって進展はない。
なら、少しでも可能性がある方に歩き出した方がマシってもんで。
そう決めると僕は、南東の黄色いマーカー目指して歩き出すのだった。
☆☆☆
かくして道なりに歩いていると――はたと、マップ上の赤いマーカーが僕らへと接近し始めていることに気が付いた。
前方には十字路が存在しており、足早に十字路へと駆けて行った僕はその陰から右方向の道の先――赤マーカーのいる方向へと視線を向ける。
さて、人か魔物か、はたまたそれ以外の何者か。
そう道の先を覗き込んだ僕の瞳に映り込んだのは――小さな人影。
あわや子供かと思ってしまうような二足歩行の影に、咄嗟に十字路の影から姿を現そうとして――けれども直前、耳に響いた気色の悪い声に僕は咄嗟に身を隠し直す。
『ギギャッ、グギャア……っ!』
響いた声は、間違っても人間のソレには思えなかった。
まるで足でゴキブリを踏み潰した時の不快感、それをそのまま音に乗せたような常軌を逸した気味の悪さに肩が震え、大きく息を整えながら再度その咆哮へと視線を向ける。
手足は木端の如く細長く、緑色の肌にボテッとしたお腹が印象的。
衣服は腰に巻いたボロ衣のみで、小学生の身長の癖して顔だけは正しく【鬼】のソレ。
かくしてその未確認生物――通称『魔物』を前に、僕は一言。
種族 ゴブリン
Lv.3
HP 38
MP 3
STR 21
VIT 15
DEX 6
INT 2
MND 2
AGI 8
LUK 8
ユニーク
アクティブ
パッシブ
剣術 Lv.1
「……ご、ゴブリン」
僕の、異世界で初めての生物との邂逅。
それは緑色の小鬼――ゴブリンとのソレだった。
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