――無条件でのチート転生。
確かに言われてみれば『なんだそりゃ』って感じなのは否めない。
誰かを助けて命を落とした、とか。なんだか『神様も不憫に思うのかな』とは思うには思うのだが、ソレにしたってなんの条件もなく、『君、何だか不憫だからチート上げるよ、あと異世界送ってあげるよ』とか、そのチート持ちが決してそのチートを悪用しないと断言できない以上、『あれっ、なんか神様用心しなさすぎじゃね?』的なことを思わなかったかと聞かれれば……まあ、嘘になる。
そしてそれが今、他でもないその神に作られた神器から明かされたのだ。
「……いや、確かにそうだけど」
そう、確かにそう。苦言の一つも呈することもできないくらい、何の言い訳も思いつかないくらい、どうしようもないくらい彼女の言い分は正しい。
が、しかし。
「せめて見逃してくれよぉ……っ!」
僕は呻くようにしてそう叫ぶ。
なにせ他でもないこの僕は体力面に関しちゃ小学生とため張るレベル、頭はそれなりにはいいけど、正直それ以外何にも誇れることのない上に、生まれてこの方一度も殴り合いの喧嘩もしたこのない一般人。
それが、それが……っ!
『……諦めてください、通例です』
「通例……ッ」
何だこの世界ハードモードじゃねえか。
そう心の中で叫び、そう吐き捨てる。
もうさ、普通にに送ってくれるだけでいいじゃん。特に思いつきもしない試練とか条件とか絞り出してきて、わざわざ僕らに与えなくたって別にいいじゃん。だってだれも望まないものそんなこと。
そう心の中で呻き、現実で頭を抱えた僕を前に、その本幼女はどこか乾いたような笑みをこぼしながら、『それでも』と言葉を重ねる。
『神々の手の届かない場所で異世界に紛れ込んだもの、勇者召喚的なアレに巻き込まれたりした者を除いて、この試練を乗り越えられたものはここ数十億年振り返ってもたった一人だけらしく、そのため今回から私と言う【案内役】が付けられた上、その者に最も適した種族、スキルを与えられての異世界転移となったわけです。……まあ、マスターの場合なんにも選択しなかったですけど』
幸運なのか不運なのか。
正直どっちともつかない現状だけど、まあ、何にもないよりはマシなんだろうな、うん。
と、そんなことを思ってはみたが、『いや後者だな。うん間違いなく後者だわ』と脳内がうるさいほどに叫んでくる。でも死んでる時点で不幸なんだからしょうがないじゃない。
そんなことを考えながら大きく息を吐くと、それを見た彼女から声が響く。
『とまあ、そういうことでして。それ以外の詳しいことはその試練をクリアしたのちに担当の神様へと直接聞いていただきたいのですが……その、吸血鬼になり、スキルを得たとしても正直この迷きゅ……洞窟を攻略できるかは五分五分でして――』
「おい今『迷宮』って言いかけなかった?」
その言葉に大きく体を震わせる彼女であったが、けれどもすぐに咳払いをすると、それを誤魔化すようにして最初から何気に口にしていた僕への呼び方――『マスター』とやらについて、たった一言こう問いかける。
『マスター、私と契約しちゃったりしませんか?』
☆☆☆
――契約。
それは簡潔に言うと、彼女【理の教本】の持ち主になるということらしい。
彼女を鑑定した際にあった『持ち主』の欄。そこに僕の名前が記されるとどうなるか、と聞かれれば単純明快――神器『理の教本』の力をより強く引き出せるとの話で。
『私は
正直デメリットメイン、チート能力がおまけみたいだな。
そんなことを今になって改めて突き付けられたその事実を前に思いながら、黙って彼女の言葉に耳を傾ける。
『正直な話、今の状態で使える能力だなんて限られていますし、……正直戦闘には全く役に立ちませんが、それでもより安全に試練を超えるべく――』
「契約したほうがいい、ってことか」
そう呟き、改めて顎へと手を添えて考え込む。
まあね、正直な話、断る理由を探す方が難しいわけだ。
現状にこそ納得できてはいないが、理解はできる。
何故か理由こそ知らずとも『助けられた』僕。死にそうだったと言うことから体を大丈夫なように作り替えられ、吸血鬼の体で日本に戻るとか無理だろ、的な流れて異世界へと送られてきたんだろう、たぶん。
でもそれじゃああまりにもこっちにメリットが大きすぎる上、助けて力も与えておいて、いざ異世界行ったらその力を悪行につかったところで時すでに遅し。
生き直す機会を与えられた僕が、その機会を本当に生かせるのか。
そして、異世界に行っても悪に落ちずに生きていけるのか。
そこら辺を試すために、よくわかんない『試練』とやらが待っていて。
そんでもって、彼女はそのサポート役に無理矢理充てられてしまったと。
「……なんか、ご愁傷さまです」
『あ、いえ……』
言ってる途中で『死んだ奴が言うセリフじゃないわな』とか思いながらも、返ってきた何とも言えない彼女の言葉に、僕は脳内ではじきだされた結論を口にする。
「……とまあ、なんかメリットしかなさそうだし、契約についてはこっちからお願いしたいくらいだよ」
『……あ、でも契約したらマスターの脳内をこっちが読めてしまうというのがありますが……』
その言葉に思わずピクリと頬が強張ったが、よく考えたら別にやましいこと考えてるわけでもなし、そこらへんはどうでもいいんじゃないのか? と言うことに気が付き頭を振る。
別にいいよ、と彼女へ答えた僕は改めて彼女へと視線を向けると、なんとなく彼女の苦笑いが伝わってきた。
『そ、即答……。さすがというか異常と言うか……よくわかりませんが、とりあえず契約いっちゃいましょう。正直、そこまでゆっくりしてて平気かどうか分かりませんので』
……え、なにもしかして今危険だったりするのか?
そう、思わず周囲を見渡してしまった僕だったが、けれども依然として周囲には生物の影はなく、安どの息を吐いた僕へ彼女はたった一言こう告げた。
『それでは契約――【名付けの儀】へと移りましょう!』
「……名付けの儀?」
その言葉に、思わずおうむ返しに問いかけた僕。
いや、なんとなくその名前から雰囲気としてはわかるのだが――
そう顔に困惑を張り付けた僕になんとなくこっちの内心を察したか、彼女はまるで僕の内心を呼んだかの如く言葉を重ねる。
『名前と言うのは古今東西、結構な重要な役割を持つものでして。互いに相手へと付けた名前でお互いを縛り、その名を名乗り続けることで契約と為すのです』
……いや、いきなりそんなファンタジー言われても。
と、咄嗟にそんなことを思ってしまった僕だったが、よく考えたらここは異世界。そういうオカルトとか魔力とか魔術とか魔法とか、理外の何かがあったとしてもおかしくはない。
「ま、よく考えたら僕、名前無いし」
この世界っぽい名前を自分で考えるとか、まず無理だし。
だって僕、ネーミングセンスの欠片もないもんなあ、と思うと同時、それ言っちゃうとまず間違いなく契約断られるな、という確信があったため、とりあえず黙ってことをやり過ごす所存である。
しかしながら……なんでだろう、なんとなーく彼女からジトッとした視線を感じてそっちを見ると。
『……言っておきますが、一生名乗り続ける名前なので、ふざけた名前つけたらぶっ飛ばしますよ』
「はっはっはー、本が何言ってるかちょっとよくわからないけど…………まあ、頑張ります」
彼女の言葉に、僕は乾いた笑みを浮かべてそう返す。
☆☆☆
――かくして、僕らは契約を交わす。
契約自体は簡単なモノ。
何か特別な何かがあったとか、何かハプニングがあったとか。
そういうことはないけれど、ただ一つ――名前が変わった。
ま、なんだかんだ言って前の名前は思い出せないんだけど、それでも。
前の名前には未練など微塵もなく、その代わり彼女から、『ほんっと、なんでもいいんで異世界でも目立たないようにお願いします』と頭を下げてまで考えてもらった、名前を得た。
かくして僕は――『ギン=クラッシュベル』と。
しかして彼女は――『恭香』と。
僕らは新たにそんな名前を得て、ここから共に歩き出す。
最初こそ、メリットを考えた上での契約だったし。
出会いもよく理解のできない唐突なモノだったけれど。
――教本、教科書、教科、恭香、と。
そんな流れで名前考えましたとか、そんなこと間違っても言えるはずもなく。
なんだか名前を貰ってうれしそうな彼女を見つめ、光の消えた瞳で儚く笑った。
さぁ、次回から物語が進行し始めます
こうご期待!
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