――響いた声。
それは幻聴でも気のせいでもなく、確と僕の耳朶を打っており、その声の方向へと視線を向けた僕は――思わず体を硬直させた。というのも。
『……あれっ? き、聞こえてますか?』
再度響くロリっ子ボイス。
声だけ聞くとものすごい声優さん顔負けな可愛らしい声してる、にもかかわらず、そこに居た……というより『在った』のは、地面にポツンと置いてある一冊の本。
黒塗りに金色の金具が眩しい、鎖の付いた一風変わったその本は、けれども僕の視線の先で
『あのぉ……、そろそろなんか言ってもらえないと、なんか独りでなんか呟いてるみたいなんですが』
――本が、喋った。
結構重要だからもっかい言おうか。
なんか、本が喋った。
「え、は……えっ?」
ここに来ての一番のファンタジー。
ステータスよりも吸血鬼よりも加護よりも死神のコートよりも、何より異常極まりない珍事件。
それを前に愕然と目を見開いて固まる僕へ、その黒い本はちょっと困ったように口(見当たらないけど)を開く。
『あのぉ……大丈夫です?』
「はっ!」
その言葉にやっとこさ現実に意識が戻ってきた僕は、もう本格的に話し始めてる目の前の本へと驚きの視線を向け、たった一言「……なんだお前」と問いかける。
対し、やっとマトモな返事が返ってきたことに安堵したか、その本は少し声色に喜色を滲ませ、その正体を明らかにする。
『は、初めまして! 私は神々の造りし神器【理の教本】。少々訳あって、今回貴方の補佐に回ることになりました!』
かくして今は名も無き吸血鬼と、神々の造りし教本は洞窟の中で出会いを果たした。
☆☆☆
理の教本 品質error
全世界の理を知ることのできる教本。
持ち主の成長に合わせて知ることの出来る内容、能力が解放されていく神々の神器。
会話可能。破壊不能属性付与。
記録(音声、映像などを記録可能)
持ち主= 未定
――以上がこの本の鑑定結果。
その本……というか、声的に『彼女』を前に座り込んだ僕は、難しい顔をしながら彼女へと改めて話しかける。
「……で、どういう事だ?」
『えっと……色々と説明はしたいのですが、とりあえず質問宜しいでしょうか?』
僕の言葉にそう返した彼女。
質問に質問で返す、ってのは世間的にはあまり宜しくないのかもしれないけど、僕はあんまりそういうの気にしないタイプなので頷くと、彼女は端的に、たった一言そう問いかける。
『――一体、どこまで覚えてますか?』
一体どこまで覚えているか。
まぁ、十中八九は僕の記憶から欠落してる名前とか、僕がここに来る直前のこととか、そこら辺だろうと思う。
「……とりあえず、明らかに思い出せないのは自分の名前。それとここに来る前の記憶が無いな」
『ああ……、そんな感じですか』
どこか『納得』と言いたげなその言葉。
けれども依然として僕の質問には答えてもらえていないのが事実であり。
「質問終わったならこっちからもいいか? さっきも言ったけど神器さん、これは一体どういうことだ?」
これ、とはこの現状のこと。
言わずとも知れる、この状況。
記憶の欠落と吸血鬼になってる事実、加えてこのよく分からない洞窟のこと。
それらを含めて問いかけた僕に対して、彼女はあらかじめ知っていたかのようにその事実を口にした。
『……簡潔に言えば、ここは異世界です』
――異世界、と。
薄々感づいていたその事実を改めて突きつけた彼女は、続けて僕の身に起きたことを告げてゆく。
『まず最初に、恐らく自身が自分のアパートで寝ていたことは覚えていらっしゃいますよね? その後、起きたことを簡単に言い表せば、火事が発生して巻き込まれ、その直前で不思議なパワーで救出され、何だかんだでここにいる、って感じです』
「うん、さっぱりわからんな」
もちろん即答する、何じゃそりゃ、と。
とりあえず辛うじて分かったのは、僕がなんか火事に巻き込まれたってこと。それと何だかんだで
『まぁ、疑問はご最もです。……正直、私も聞かされてそのまま有無を言わさずここに連れてこられただけなので、詳細は分かりかねますが、火事に巻き込まれた際に重傷を負っていたらしく、その怪我を治すため、自己回復力に長けた吸血鬼の体へと作り替えた、とのことでした』
重傷……ね。
そう考えながら額に手を当てると、何だか言われてみれば頭のあたりが引き攣ったような感覚がある。……もしかして頭でも大怪我して、怪我とかはその後遺症なのかな? とか思って聞いてみると、案の定、肯定の言葉が返ってきた。
「……ま、ファンタジーなら回復魔法の一つや二つ、ありそうなものだけどな」
『それは私も同感ですが……何やら事情がおありのようで、そこら辺はここを【踏破】してからお聞きするのがよろしいかと。私から今説明できること……というか、そもそも聞かされてるのがそれくらいなので』
正直、まだ何がなにやら分からない。
多分、神々とやらが作った神器である彼女が関わってる以上、多かれ少なかれその『神々』ってのが関わってるんだとは思うんだが、それ以上想像のつきようがないのが現状で。
宗教に伝説、お伽噺、そんなレベルの理解の及ばぬ存在の名前を前に思わず空笑いが漏れてしまうが、それにしても――
「ねぇ今踏破とか言わなかった?」
――どうしようもなく、その言葉が気になった。
え、なにここってただの洞窟じゃないの、と。
色々わからないけど、こういうのって通例通りに行ったら洞窟抜けて『これが異世界か……、今日からここで、僕の新しい物語が幕を開けるんだ……!』とかやるんじゃないの? 知らんけど。
そう問いかける僕に対し、彼女は何故か淡々と、この世界についての説明を開始した、
『私たちが今から行く
「え、なにその『かもしれない』ってや――」
『ああ、加えて吸血鬼に関してですが』
咄嗟に問いかけた疑問、けれどもそれは強制的に彼女の言葉を前に掻き消されてしまい、それがより一層僕の嫌な予感を駆り立てる。
『吸血鬼というのは、先に挙げた【ミラージュ聖国】など、ごく一部の国からは迫害対象とされていますが、神と悪魔を除けば全種族中
妙に力強くそう言ってのけた彼女だったが、けれども僕の内に生まれた嫌な予感は収まらない。
そんな中、『詳しくは後で説明いたしますが』と前置きした彼女は、僕の嫌な予感を確信に変えるべくこう告げた。
『いや、そう簡単に異世界転移も転生もまず無いですし、あったとしてもチート付き無条件とか、普通に考えてまず有り得るはずがないじゃないですか』
――その言葉に、ぐうの字も出なかった。
将来、『異世界転生も楽じゃない』的なタイトルで、死んだ先のあの世で異世界転生の権利をかけて勝ち残りサバイバルデスマッチをやる、みたいな作品書いてみたい。
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