生まれてこの方、何かを強く望んだことがない。
物心ついてから、何かに真剣に取り組んだ記憶がない。
言葉で怒る傍らで、その実何一つ揺らぐことのなかった内心がある。
いつも、物事を俯瞰的に見つめている自分がいる。
自分がおかしいと気が付いたのは、記憶をなくしてすぐのこと。
真っ白な病室。空白の記憶。真っ黒な雨雲。
そんな中で、『新たな親』を自称する男女が持ってきた、一冊の本。
今にして思えば、それは子供に読ませるようなものではなかったろう。
けれど、読めた。
不思議と読めた、理解ができた。
大の大人でも読み進めるのが難しいようなその本を、いとも簡単に読破した。
その時からだろう、僕の歯車が狂い始めたのは。
大災害の唯一の生き残り。
記憶を失い、家族を失い、すべてを失った哀れな少年。
様々な立場に押し上げられ、たくさんの注目を浴びて、たくさんの憐憫を受けて。
それら全てに、疑問で返した。
真っ白に塗りつぶされた記憶を取り戻そうと思ってのことか。
今では、昔のこと過ぎて忘れてしまったが、当時の僕は疑問をぶつけた。
向けられるすべてに。ありとあらゆる事象に。大人でさえ分からぬ問いを向けた。
そして気が付けば、僕の周りには誰もいなかった。
理由は簡単だ。
誰一人生き残るはずもない大災害から、原因不明の生還を果たした子供。
そんな子供が家族を失った悲しみすら表に出さず、ただひたすらに、まるで機械のように疑問しか漏らさなくなったら。きっと周囲の人はこう思うはずだ。
――ああ、なんて不気味な子なのだろう、と。
正論だ。我ながら、そんな子供が目の前に出てきたら気味悪く思う。
だから、不満はない。孤独になったことに対して憤りはない。
なぜならそれが当然だからだ。
だから、どれだけ気味悪く思われても仕方ない。
どれだけ避けられても、どれだけ嫌われても。
どれだけ悪意を受けても、仕方ないのだ。
『なんで……どうして』
幼い声が蘇る。
仕方ない、仕方ないのだ。
そう自分に言い聞かせる傍ら、溢れる言葉。
それは、僕の本心だったのだろう。
ただ、本心が正論とは異なっていた。
幼い僕にはそれが理解できるだけの頭があった。
だから、世間がおかしいのだと不満を放つことなく、自分がおかしいという正論を受け止めた。自分を、殺すことを心に決めた。
『もう、いいや』
僕は、あきらめた。
自分を通すことをあきらめて、もう一人の『僕』を作った。
本来の自分とは異なる、もう一つの顔を作った。それが『素』であると言い聞かせた。
平凡な感情を持ち、平凡に笑い、平凡に呆れ、平凡に怒り、平凡に悲しみ。
それでいて容赦がなく、平然と嘘を並べ立てるキャラ。
自分を殺して、そんな『仮面』を纏い続けた。
その果てに、今の僕がいる。
もう、僕には本音がわからない。
いつか誰かが言ったように、僕の人格は偽物だからだ。
だから、僕は何も強くは望まない。
何かを真剣になんて取り組まない。
いくら言葉で怒っても、内情揺らぐことはない。
いつも、物事を俯瞰的に見つめている。
きっと、この先もずっと。
――その、はずだった。
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