いつだって。
死んだ先で待っているのは、お前だった。
沈んでゆく、どこまでも。
まるで漆黒の海の中。
何も見えない、感じない。
冷たいとも暖かいとも分からずに。
ただ、死という重石を結ばれて、どこまでも深い底無しの海に沈んでゆく。
『言っただろ、君は間違っていると』
聞いたことの無い声がした。
だけどその声は優しくて。
どこか懐かしい声だった。
意識が急に浮上する。
まるで、海面から顔を出すように。
僕は、冷たい空間へと吐き出された。
「がほっ! げほ、ごほっ……!」
思いっきり咳をして、荒くなった息を吐く。
まるで長い間息を止めて居たような感覚。
空気を求めて大きく深呼吸して。
ふと、僕の目の前に影が差した。
「なんとまぁ、お早い再会だね。カイ君」
その声に顔を上げる。
だけど、目が上手く見えない。
事故の影響か?
……そうだ、事故だ。
僕はトラックに引かれた。
たしかに死んだ、間違いなく。
なのに、どうして……。
「死んだのに生きている。その状況に驚いているのかな? ……って、前も似たようなセリフを言った気がするけれど」
「……誰だ、お前は」
目を細めて、その男を見上げる。
かろうじて輪郭が見えた。
黒い髪に、黒っぽい衣服。
彼はどこか優しげに僕を見下ろしていた。
「誰だ……ね。君にそう問われるのは二度目だが、一度目とは違い、少し心が痛くなる質問だ」
「何を言ってる……さっきから!」
目を擦り、近くの岩に掴まり立ち上がる。
改めて細目で周囲を見渡せば、まるで洞窟の中のよう。
病院の中には見えないし……どうなってるんだ。本格的に頭でもイカれたか?
あるいはここが……死んだその先ってのも考えられる。
「凄いよね……君は。たった一つの妄想から、世界を本当に変えてしまった。生まれてから未だかつて、己が力でここまでの奇跡を具現した人間は……見た覚えがない」
奇跡、具現、妄想?
先程からこの男は何を言ってる。
というか、本当に誰なんだ?
僕は男を睨むが、彼は肩を竦めたように見えた。
「まぁ、今の君に言っても仕方の無いことだろう。君は何も覚えていない。うん。覚えているのは、この世界出身ではない者達だけ」
そこまで言って、男は僕に1歩踏み出した。
その手が僕に触れる。
正確には、僕の腹に掌が触れた。
不思議とそれを振り払おうという気はなく。
僕の姿を見て、その男は微笑んだ。
「ありがとう。なにも覚えていなくとも、拒絶はしないでくれるんだね」
至近距離に来て。
初めてその男の顔を見た僕は。
考えるより先に。
なんとなく、その名前が溢れ出た。
「……き、霧矢」
「うん、俺だ」
その声が聞こえてまもなく。
僕の腹に、灼熱が走った。
熱い、熱い、熱い!
鋭い痛み、焼けるような熱。
声にもならない悲鳴をあげて、その場に僕は崩れ落ちる。
「な、ぎ、……がぁ、っ!?」
「俺はね、カイくん。君を止めたかった。こうなるって分かっていたから。だけど、
腹の中で、何かが揺らめく。
瞼を閉ざした、その裏で。
まるで、浮かび上がるように【黒い宝玉】が目に見えた。
「全てを捨てた灰村解。それは、初代悪魔王すら一方的に屠った、本物の最強。……さしもの俺も、それを相手に確実に勝てるという確証はなかったんだ。今だから言うけどね」
男は、崩れ落ちた僕を見下ろす。
何故、僕の名前を知っている?
誰なんだこいつは。
そう考えた瞬間、頭が割れるような痛みが襲った。
「が、ぁッ!?」
「だから賭けた保険。それは、黒歴史ノートを単体で幾つか『使っておく』という、簡単なもの」
記憶が、雪崩のように溢れてくる。
腹の底の宝玉から……。
あぁ、そうだ、至高の暗淵。
星を記録する深淵のアーティファクト。
僕は、この宝玉を知っている。
「成志川少年、ナムダ・コルタナ。そして俺。ノートを単体で使い、想力を消耗することで、10冊集めた際の【奇跡の質】を低下させた。……でなければ、僕らの記憶も、
「お、お前……!」
記憶が少しづつ蘇ってきた。
そうだ、僕は灰村解。
1度、僕は死んだ。
そして、一人の男と出会った。
今と同じように。
彼に助けられ、命を繋いだ。
僕の頬を涙が伝う。
それを見て、男は優しく笑った。
「俺に出来るのは、ここまでだ」
やがて、僕の視界は白く染まってゆく。
かつても感じた、蘇る前兆。
まだほとんど思い出せない。
記憶も疎らで、お前のことだって、まだ、ぜんぜん思い出せちゃいないのに――。
「お、お前は……ッ!!」
現実に体が引かれる。
僕は咄嗟に手を伸ばす。
だけどもう、彼には届かない。
一緒に肩を組んで生きたかった人。
何としてでも、死なせたくなかった人。
そうだ。お前の名前は――。
僕の叫びに、彼は笑った。
いつものように、胡散臭い笑顔で言った。
「霧矢ハチ。どこにでもいる、自称君の友達さ」
☆☆☆
「…………ッッ!!」
目が覚めて、すぐに体を起こした。
場所は、見慣れない病室だった。
身体中には包帯が巻かれていて、窓の外には……見覚えのある光景が広がっている。
しかしそれは。
今の僕に馴染みのある光景ではなく。
夢の中で見ていた光景……世界が変わったあとの街並み、そのものだった。
「う、そだろ……!」
思わずベッドから飛び起きる。
腕につながっていた点滴のスタンドが倒れ、鋭い音が鳴り響く。
心臓がドクドクと、強く脈打つ。
目を限界まで見開いて、窓の外を見る。
地元じゃない、ここは……僕が一人暮らしをしていた街だ。
周囲へと視線を向けると……、近くのテーブルに画面がひび割れたスマホがある。
その画面を付けて検索する。
名前は【シオン・ライアー】。
検索結果はすぐに出た。
確かにその人物は存在する。
外国で活躍する一流モデル。
ただし彼女はつい先日、
シオン・ライアーは『忘れてたけど、日本に会わなきゃいけねぇヤツが居た』と言っていたらしく。
それを見た瞬間、僕は思わず笑ってしまった。
「あの野郎……!」
スマホを投げて、僕は点滴の管を引きちぎる。
だけど、走り出した瞬間、体がぐらついて思い切り倒れた。
「ぐ……ッ」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!? い、いきなり事故に遭ったって聞いて来てみたら……何してるの! もしかしなくても脱走しようとしてない!?」
驚いたような声が聞こえた。
顔をあげれば、病室の扉を開いて目を見開いてる妹の姿があった。
彼女は僕のそばにしゃがみこむと、心配そうに目を潤ませる。
「き、昨日からおかしかったもん……! なんか変なこと言ってるし、明らかに体調もおかしそうだったし! 全然帰ってこないと思ったら、こんな遠い街で事故に遭ったって電話来るし!」
「……なる、ほどな」
窓の外の、変わり果てた街並み。
戻りつつある記憶。
にも関わらず、世界の全てが戻ったわけじゃない。
奇跡の質が、落ちている。
あの男はそう言った。
ならば、全てが『戻った』わけじゃない。
僕が願う前の世界と。
僕が願った後の世界と。
二つの世界が混じりあって、僕の知らない世界になった。
そう考えるべきだと……思う。
僕は、妹の肩へと手を伸ばす。
何とか体に鞭を打ち、肩に手を乗せ立ち上がる。
「悪い。ちょっとだけ、確かめないといけないことがある」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」
僕は、歩き出す。
妹の静止も振り切って。
力一杯に、大地を駆け出す。
確かめないといけないこと。
僕が大切に思ってたこと。
命よりも大切な人達。
あいつは言った。
鏡面世界は
なら、きっと。
あの二人と一匹は、待ってくれてる。
「もう! お兄ちゃん!!」
後ろから妹の声がする。
僕は病院服のまま、病院を飛び出した。
駆ける、駆ける。
裸足でアスファルトを駆けてゆく。
変わった街並み。
異能が溢れて変わった世界。
だけど、僕に迷いはない。
一直線に走ってゆく。
ふらつきながら、転びながら。
奇異の視線を一新に浴びて。
それでも笑顔を貼り付けて。
僕は、裸足のまま駆けてゆく。
「はぁ、はぁっ、はぁ……」
どれだけ走ったことだろう。
身体中は傷だらけ。
足の裏はずり向けて。
駆けてきた道には血の足跡が残ってる。
僕は駆けてきた道を振り返り。
そして、前を向く。
それは、学校の帰り道。
僕が何の気なしに立ち寄った、裏路地の前。
「はぁ、はぁ……ッ、すぅ」
息を整え、その奥へと視線を向ける。
……全てを、思い出したわけじゃない。
僕が飲み込んだ【至高の暗淵】。
それから与えられる記憶も、まだ不完全。
だけど、これだけは確実に覚えていた。
――全てはここから始まったんだと。
「フッ、ハハハハハハハッッ!」
笑い声が、路地の奥から聞こえてきた。
「手緩いぞ勇者! 御仁がこの街にいることは確実であろう! ここはもう、殴ってでも記憶を取り戻す他あるまい!」
「ば、バッカじゃないの!? 殴るのは賛成だけど、流石にあれよ! 面と向かって『お前誰だよ』って言われたら心折れるわよ!」
「大丈夫ぽよ! 覚えてないなら、優ちゃんの拳で一から調教し直せばいいぽよ! 今度こそ、ボクに生意気な口を利けないようにしてやるぽよ!」
そんな会話が聞こえてきて。
僕は……頭が痛くなってきた。
いやぁ……どうしようかな。
さっきまでウキウキしてたけど。なんだか、無性に行きたくなくなってきた。帰ろっかな。
うん、帰ろう。
僕は普通に帰ろうと思って歩き出す。
しかし、その時。
バキッと、足元から音がした。
「あっ」
足元を見る。
小枝を踏んでいた。
路地裏からの話し声は、消えていた。
「や、やば――ッ!」
猛烈な嫌な予感。
そうだよ、そうだ。
こういう時に小枝を踏むのはバカの所業!
でもって、この後の展開なんて分かりきってる!
おそるおそると、背後を振り返る。
裏路地の奥、2人と1匹が姿を現した。
それは、まるで闇の中から這い出てきた悪魔のようにすら見えた。
「ひっ」
彼女らの目がきらりと輝く。
妙に嬉しそうな顔に。
今は恐怖しか感じなかった。
僕は思わず頬を引き攣らせ。
彼女らは、ニヤリと笑ってこう言った。
「「「みぃつけた!!」」」
「ぎゃぁぁああああああああッッ!? こ、こっち来んな中二病どもが!!!」
僕は思わず逃げ出した。
その後、思いっきりボコられたのは言うまでもない話であろう。
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