最終回の、その先で。
エンドロールは、静かに流れる。
高校二年生の春。
僕は、地元の高校に通っていた。
地元を離れて一人暮らしを始めたいと言う気持ちも確かにある。
だけどまだ、高校生。
家族にも負担は掛けられないし、特に今の暮らしに不満がある訳でもない。
それに、友達だっている訳だし。
「灰村くん! 今日の放課後はどこに行こうか!」
放課後。
何事もなく一日は過ぎ。
僕の席へと小太りの少年がやってきた。
似合わないって言ってるのに、性懲りも無くガッチガチにワックス使いやがって……。
「いや、
「仕方ないよ。カッコイイんだし」
「お前は目ぇ腐ってんのか」
僕はそう言って席を立つ。
「まぁいいや、いつもの事だし。ゲームセンターとかで大丈夫か?」
「……? あ、うん……あれっ?」
僕はそう言うと、成志川は不思議そうに首を傾げた。
いつもの問答、いつもの繰り返し。
小学生以来の付き合いだ。特に変なことは無かったと思うが……成志川は不思議そうに首を傾げた。
「? なんかあったのか?」
「あ、いや……なんだろう。灰村くんが一緒に遊びに行ってくれるって……
「……お前、頭大丈夫か?」
珍しいも何も、いつも一緒だっただろ。
小学生の時からの幼馴染み。
子供の頃から一緒だった。
それが……珍しい?
寝ぼけてんのか、お前。
僕は大きく息を吐き、彼に対して口を開く。
だが、僕が言葉を発するより先に、廊下の方から成志川を呼ぶ声がした。
「ちょっと成志川! いつまで待たせる気!?」
その声に、僕は顔を顰める。
視線の先には、黒髪の少女の姿があり、彼女は成志川へとずんずんと向かってゆく。
「今日はアンタ、私に奢る日でしょうが! せっかく待ってあげてんだから早くしてよ! ほんっと、鈍臭いんだから……」
「あ、あぁ……そ、そうだったね。ごめん、灰村くん。また今度でもいいかな」
その言葉に、黙って頷く。
少女を見れば、ギロリと睨み返されてしまい、僕は黙って視線を外した。
小学生の頃。
成志川が告白して、なんだかんだあって付き合うことになった同級生の少女だ。
「つーか、あんた。その髪やめてくんない? 前にも言ったよね、ダサいんだけど」
「あ、ごめん……。ちょっとトイレ行って直してくるよ」
「早くしてよね……」
確かに美人だし、外面も良いとは思う。
だが、良くも悪くも成志川に対して裏が無さすぎる気がする。
二人の会話を聞いていると……なんだろうな。成志川には
まぁ、成志川がそれで幸せなら、僕から何か言うつもりはないんだが。
「……成志川、お前、大丈夫か?」
少女はクラスから出てゆき。
成志川がそれに続いて教室を飛び出してゆく時、僕はそう声をかけた。
すると、成志川はどこか嬉しそうに、だけど、少しだけ寂しそうに笑っていた。
「うん、僕みたいな人と一緒に居てくれるのは、灰村くんと、彼女くらいなものだから」
そう言って、彼は教室を飛び出してゆく。
その姿を僕は見送るしかなくて。
僕は、大きく息を吐いて空を見上げる。
「……何だこの気持ち」
昨日までは何も思っちゃいなかった。
成志川も好みが悪いなぁ、って。
そう思うだけで完結していた。
なのに今は、その関係が胸糞悪い。
空を見上げる。
カバンを手に立ち上がる。
今一度息を吐き、僕は家へと歩き出した。
「……どうしちまったんだ。僕も、アイツも」
不思議な違和感だけが。
ただ、胸の中心に留まっていた。
☆☆☆
「ただいまー」
特にどこにも寄らず、家に帰った。
家の鍵を開けてそう言うと、家の奥から間延びした「おかえり〜」という声が返ってくる。
「お兄ちゃん、もう帰ってきたんだね。今日は成志川さんと遊ばなかったの?」
「その言葉、そのままお前に返してやろうか」
居間に入れば、妹がソファーを一人で占領していた。
今にも溶けて消えてしまうんじゃないか、ってくらいだらけてる。
なんか、こんな感じのゆるキャラが居た気がするな。
そんなことを思いつつ、対面のソファーに腰を下ろす。
すると、妹はその手に見ていたスマホ画面を僕へと向けた。
その画面はTwtterのもので。
なんだろう……海外のモデルさんかな。
長身の赤髪外国人が映っていた。
「お兄ちゃん知ってる?」
「多分知らないと思うけど」
そういう、モデルとかアイドルとか、あんまり興味無いし。
そう思って言葉を返すと、ソファーから起き上がった彼女はその画面を突き付けてくる。
「ほら見てよ! 最近有名になってきたんだけど、海外モデルの【シオン・ライアー】って子なんだけど!」
「……シオン・ライアー」
なんだか言い易い名前だな。
そう思いながら、画面の中の少女を見る。
その赤髪は腰まで伸びている。
可愛らしい……というより、男装に近い衣服を身にまとっており、こうして見ると、確かにカッコイイし、人気になる理由も分かる。
「この子ね! お兄ちゃんと同じくらいの歳なんだけど、世界で今話題のモデルさんなんだって! お兄ちゃんと同じ歳なのに!」
「もしかして喧嘩売ってる?」
冗談交じりに目を細め、怒りを見せると、驚いたように「わひゃぁ!?」と跳ねる妹。
過剰な反応に、逆にこっちがびっくりした。
「な、なんだ。どうした……?」
「い、いや……えっ、なんだろう……今、なんか背筋がゾッとしたんだけど。覇気とかどっかで習ってきた?」
「どこで習えばいいんだよそんなの……」
僕はそう言って、机の上に投げ出されているスマホを手に取った。
その画面には、モデルさんっぽいポーズを取ったシオン・ライアーの姿がある。
その写真をスライドさせると、青みがかったスーツを纏い、ネクタイをしたシオンとやらの姿もあった。
青い服……まぁ、似合っているから何も言えないけれど。
「……
何気なく口にした言葉。
しかし、そう言って直ぐに、自分で自分の発言に驚いた。
「……お兄ちゃん、何言ってんの?」
「……何言ってんだ、僕?」
眼帯、忘れる。
らしくない?
何を言ってんだ、僕は。
こんな人、知りもしないのに。
僕は……何を言ってるんだろう。
思わず頭に手を添える。
知らない、知らないはずだ、こんな人。
なのに僕は……どうしてそんなことを。
「ちょ、ちょっと疲れてるんじゃないの? 少し寝たら? 夜ご飯には起こすしさ」
「……いや、大丈夫だろ。体は別に疲れてないし……うん。大丈夫だ」
僕はそう言って、ソファーから立ち上がる。
制服の上着を背もたれに掛けると、私服の上着を羽織って息を吐く。
「少し、気分転換に散歩してくるよ。そうすりゃ、少し頭も冷めるだろ」
「う、うん……ほんとに大丈夫なんだよね?」
「大丈夫だって」
僕はそう言って、居間を出る。
玄関で靴を履き替え、扉を開ける。
その時、ひょっこりと居間から顔を出していた妹が見えて、僕は苦笑混じりに『すぐ帰る』と口にする。
家を出る。
空を見上げれば夕方で。
まだ少し冷たい風が肌を撫でる。
「……どうなっちまったんだろう」
なにがなんだかわからない。
ただ、なにか夢を見た気がした。
そこから頭がおかしくなった。
まるで自分が自分じゃないような。
そんなタイミングが、今日一日でも何度かあった。
僕は歩き出す。
行く先も決めず。
ただ、ぼんやりと歩き始める。
風に乗って、桜の花びらが流れてくる。
右手へと視線を下ろす。
たまたま掌に乗った桜の花びらを握りしめる。思いっきり握っているはずなのに、不思議と力が入っていない感覚があった。
「とうとう、頭でもおかしくなったか?」
顔を上げ、周囲の光景を見る。
気がつけば、家を離れて町の中心部にまでやってきていた。
様々な人が往来している。
「時に父上、実は、拙僧が見ている新しいアニメがあるんでござるが」
「先に言うが金は出さんぞ。いい加減貴様も働け。我が校のポストでも用意しようか」
「何を言うか、働いたら負けでござろう!」
白髪の老人と、侍のコスプレをした男性。
奇妙な二人組とすれ違い、不思議と目で追ってしまった。
変な人たちもいるもんだな……。
そうして歩いていると、前にいた男性とぶつかってしまう。
「あっ、すいません……」
「す、すす、すまんだ。お、おでもよく見て無かっただ。そ、その、……て、ティッシュ、いるだか?」
ポケットティッシュを配ってるアルバイトだろうか。
そこに居たのは、とても大柄な外国人だった。
日本語が上手くないのか、どこかの田舎訛りのようにも聞こえるが……まぁ、悪い人には見えないな。
「いえ、僕が前を見てなかったのが悪いので……。あ、ティッシュありがとうございます」
「んだ。こちらこそありがとうだ。全然誰も貰ってくれんで、困ってただ」
僕は男性からティッシュを受け取り、その男性を見上げた。
その優しそうな笑顔に……なんでだろうな。不思議と安心感が込み上げてくる。
「……もしかして、どこかでお会いしました?」
考えるより先に、言葉が出ていた。
はっと気が付き口を塞ぐがもう遅く。
その男性は、首を傾げて僕を見下ろした。
「んだ……? おで、日本人の知り合いば、居ないだけんど。……確かに、どっかで会ったような感じばするだな」
「……そう、ですか」
何故か、心が少し傷んだ。
その理由は検討もつかない。
ただ、このまま此処にいたら、また変なことを口走ってしまいそうで。
僕は怖くなって、その場を後にした。
「それじゃ、頑張ってください」
そうとだけ言って、僕は歩き出す。
後ろから聞こえた声すら無視をして。
僕は歩く。
その歩みは徐々に早く。
いつしか僕は、駆けていた。
駆ける。駆ける。
いいや、逃げているような感覚だった。
何か分からない気味の悪さから。
心の芯にドスンと据えられた違和感から。
気持ちの悪い現実から。
僕はただただ、ひた逃げた。
「はぁ、はぁっ、はぁ!」
なんだ、なんだこれ。
これが現実か?
何かがおかしい、絶対に!
何かを忘れている気がする……。
大切なもの。
大切だったこと!
絶対に忘れたくなかったこと!
僕の命よりも、大切だったもの!
「なんだ、誰なんだ……お前らは!」
なんだ、誰だ。
僕が大切にしていた人達。
もう、顔も名前も思い出せない。
「ぐ、うっ……うあぁあぁ……ッ!!」
気がつけば、僕は泣いていた。
荒い息を噛み締めて。
必死に足を前に出し。
がむしゃらになって今から逃げる。
手を伸ばす。
もう輪郭すらあやふやな妄想を追って。
何も覚えてない。思い出せない。
雲に縋るような不安を抱え。
僕は必死に、大地を駆ける。
どれだけ走ったか。
もはや体力は底を尽き。
僕は、何も出来ずに道端へと倒れ込む。
「はぁ、はぁ……はぁっ、はぁ……」
荒い息だけが、周囲に響く。
もう、日は完全に暮れていて。
頭の中は、ぐっちゃぐちゃになっていた。
思い出したい大切なこと。
それが何かも分からずに。
ただ、間違ったという確信だけがあった。
妄想のはずなのに。
自分の夢の話なのに。
どうして、どうして……ッ。
「どうして、こんなに――」
ふと、光が僕を照らし出す。
それは、目が眩むような強い光。
視線を向ける。
目の前には、大きなトラックが迫っていた。
「…………あれ」
それが、その人生最期の言葉。
強烈な衝撃と、クラクション。
僕の体は大きく吹き飛ばされて。
いとも簡単に、僕の命は断ち切れた。
いつだって。
物語は、死ぬところから幕が上がる。
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