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最終回の、その先で。

エンドロールは、静かに流れる。

エピローグ
Epilog-1

 高校二年生の春。

 僕は、地元の高校に通っていた。


 地元を離れて一人暮らしを始めたいと言う気持ちも確かにある。

 だけどまだ、高校生。

 家族にも負担は掛けられないし、特に今の暮らしに不満がある訳でもない。

 それに、友達だっている訳だし。


「灰村くん! 今日の放課後はどこに行こうか!」


 放課後。

 何事もなく一日は過ぎ。

 僕の席へと小太りの少年がやってきた。

 似合わないって言ってるのに、性懲りも無くガッチガチにワックス使いやがって……。


「いや、()()()。お前の髪型何とかしろよ。そんなリアル遊〇王みたいな髪型してる奴と一緒に遊びたくないんだけど」

「仕方ないよ。カッコイイんだし」

「お前は目ぇ腐ってんのか」


 僕はそう言って席を立つ。


「まぁいいや、いつもの事だし。ゲームセンターとかで大丈夫か?」

「……? あ、うん……あれっ?」


 僕はそう言うと、成志川は不思議そうに首を傾げた。

 いつもの問答、いつもの繰り返し。

 小学生以来の付き合いだ。特に変なことは無かったと思うが……成志川は不思議そうに首を傾げた。


「? なんかあったのか?」

「あ、いや……なんだろう。灰村くんが一緒に遊びに行ってくれるって……()()()()、って思えてきて」

「……お前、頭大丈夫か?」


 珍しいも何も、いつも一緒だっただろ。

 小学生の時からの幼馴染み。

 子供の頃から一緒だった。

 それが……珍しい?

 寝ぼけてんのか、お前。


 僕は大きく息を吐き、彼に対して口を開く。

 だが、僕が言葉を発するより先に、廊下の方から成志川を呼ぶ声がした。


「ちょっと成志川! いつまで待たせる気!?」


 その声に、僕は顔を顰める。

 視線の先には、黒髪の少女の姿があり、彼女は成志川へとずんずんと向かってゆく。


「今日はアンタ、私に奢る日でしょうが! せっかく待ってあげてんだから早くしてよ! ほんっと、鈍臭いんだから……」

「あ、あぁ……そ、そうだったね。ごめん、灰村くん。また今度でもいいかな」


 その言葉に、黙って頷く。

 少女を見れば、ギロリと睨み返されてしまい、僕は黙って視線を外した。

 小学生の頃。

 成志川が告白して、なんだかんだあって付き合うことになった同級生の少女だ。


「つーか、あんた。その髪やめてくんない? 前にも言ったよね、ダサいんだけど」

「あ、ごめん……。ちょっとトイレ行って直してくるよ」

「早くしてよね……」


 確かに美人だし、外面も良いとは思う。

 だが、良くも悪くも成志川に対して裏が無さすぎる気がする。

 二人の会話を聞いていると……なんだろうな。成志川には()()()()()()()()が居るような気がしてならない。

 まぁ、成志川がそれで幸せなら、僕から何か言うつもりはないんだが。


「……成志川、お前、大丈夫か?」


 少女はクラスから出てゆき。

 成志川がそれに続いて教室を飛び出してゆく時、僕はそう声をかけた。

 すると、成志川はどこか嬉しそうに、だけど、少しだけ寂しそうに笑っていた。


「うん、僕みたいな人と一緒に居てくれるのは、灰村くんと、彼女くらいなものだから」


 そう言って、彼は教室を飛び出してゆく。

 その姿を僕は見送るしかなくて。

 僕は、大きく息を吐いて空を見上げる。


「……何だこの気持ち」


 昨日までは何も思っちゃいなかった。

 成志川も好みが悪いなぁ、って。

 そう思うだけで完結していた。

 なのに今は、その関係が胸糞悪い。


 空を見上げる。

 カバンを手に立ち上がる。

 今一度息を吐き、僕は家へと歩き出した。



「……どうしちまったんだ。僕も、アイツも」



 不思議な違和感だけが。

 ただ、胸の中心に留まっていた。




 ☆☆☆




「ただいまー」


 特にどこにも寄らず、家に帰った。

 家の鍵を開けてそう言うと、家の奥から間延びした「おかえり〜」という声が返ってくる。


「お兄ちゃん、もう帰ってきたんだね。今日は成志川さんと遊ばなかったの?」

「その言葉、そのままお前に返してやろうか」


 居間に入れば、妹がソファーを一人で占領していた。

 今にも溶けて消えてしまうんじゃないか、ってくらいだらけてる。

 なんか、こんな感じのゆるキャラが居た気がするな。

 そんなことを思いつつ、対面のソファーに腰を下ろす。


 すると、妹はその手に見ていたスマホ画面を僕へと向けた。

 その画面はTwtterのもので。

 なんだろう……海外のモデルさんかな。

 長身の赤髪外国人が映っていた。


「お兄ちゃん知ってる?」

「多分知らないと思うけど」


 そういう、モデルとかアイドルとか、あんまり興味無いし。

 そう思って言葉を返すと、ソファーから起き上がった彼女はその画面を突き付けてくる。


「ほら見てよ! 最近有名になってきたんだけど、海外モデルの【シオン・ライアー】って子なんだけど!」

「……シオン・ライアー」


 なんだか言い易い名前だな。

 そう思いながら、画面の中の少女を見る。

 その赤髪は腰まで伸びている。

 可愛らしい……というより、男装に近い衣服を身にまとっており、こうして見ると、確かにカッコイイし、人気になる理由も分かる。


「この子ね! お兄ちゃんと同じくらいの歳なんだけど、世界で今話題のモデルさんなんだって! お兄ちゃんと同じ歳なのに!」

「もしかして喧嘩売ってる?」


 冗談交じりに目を細め、怒りを見せると、驚いたように「わひゃぁ!?」と跳ねる妹。

 過剰な反応に、逆にこっちがびっくりした。


「な、なんだ。どうした……?」

「い、いや……えっ、なんだろう……今、なんか背筋がゾッとしたんだけど。覇気とかどっかで習ってきた?」

「どこで習えばいいんだよそんなの……」


 僕はそう言って、机の上に投げ出されているスマホを手に取った。

 その画面には、モデルさんっぽいポーズを取ったシオン・ライアーの姿がある。


 その写真をスライドさせると、青みがかったスーツを纏い、ネクタイをしたシオンとやらの姿もあった。

 青い服……まぁ、似合っているから何も言えないけれど。



「……()()()()()()。眼帯でも家に忘れてきたか?」



 何気なく口にした言葉。

 しかし、そう言って直ぐに、自分で自分の発言に驚いた。


「……お兄ちゃん、何言ってんの?」

「……何言ってんだ、僕?」


 眼帯、忘れる。

 らしくない?

 何を言ってんだ、僕は。

 こんな人、知りもしないのに。

 僕は……何を言ってるんだろう。


 思わず頭に手を添える。

 知らない、知らないはずだ、こんな人。

 なのに僕は……どうしてそんなことを。


「ちょ、ちょっと疲れてるんじゃないの? 少し寝たら? 夜ご飯には起こすしさ」

「……いや、大丈夫だろ。体は別に疲れてないし……うん。大丈夫だ」


 僕はそう言って、ソファーから立ち上がる。

 制服の上着を背もたれに掛けると、私服の上着を羽織って息を吐く。


「少し、気分転換に散歩してくるよ。そうすりゃ、少し頭も冷めるだろ」

「う、うん……ほんとに大丈夫なんだよね?」

「大丈夫だって」


 僕はそう言って、居間を出る。

 玄関で靴を履き替え、扉を開ける。

 その時、ひょっこりと居間から顔を出していた妹が見えて、僕は苦笑混じりに『すぐ帰る』と口にする。


 家を出る。

 空を見上げれば夕方で。

 まだ少し冷たい風が肌を撫でる。


「……どうなっちまったんだろう」


 なにがなんだかわからない。

 ただ、なにか夢を見た気がした。

 そこから頭がおかしくなった。

 まるで自分が自分じゃないような。

 そんなタイミングが、今日一日でも何度かあった。


 僕は歩き出す。

 行く先も決めず。

 ただ、ぼんやりと歩き始める。


 風に乗って、桜の花びらが流れてくる。

 右手へと視線を下ろす。

 たまたま掌に乗った桜の花びらを握りしめる。思いっきり握っているはずなのに、不思議と力が入っていない感覚があった。


「とうとう、頭でもおかしくなったか?」


 顔を上げ、周囲の光景を見る。

 気がつけば、家を離れて町の中心部にまでやってきていた。


 様々な人が往来している。


「時に父上、実は、拙僧が見ている新しいアニメがあるんでござるが」

「先に言うが金は出さんぞ。いい加減貴様も働け。我が校のポストでも用意しようか」

「何を言うか、働いたら負けでござろう!」


 白髪の老人と、侍のコスプレをした男性。

 奇妙な二人組とすれ違い、不思議と目で追ってしまった。

 変な人たちもいるもんだな……。

 そうして歩いていると、前にいた男性とぶつかってしまう。


「あっ、すいません……」

「す、すす、すまんだ。お、おでもよく見て無かっただ。そ、その、……て、ティッシュ、いるだか?」


 ポケットティッシュを配ってるアルバイトだろうか。

 そこに居たのは、とても大柄な外国人だった。

 日本語が上手くないのか、どこかの田舎訛りのようにも聞こえるが……まぁ、悪い人には見えないな。


「いえ、僕が前を見てなかったのが悪いので……。あ、ティッシュありがとうございます」

「んだ。こちらこそありがとうだ。全然誰も貰ってくれんで、困ってただ」


 僕は男性からティッシュを受け取り、その男性を見上げた。

 その優しそうな笑顔に……なんでだろうな。不思議と安心感が込み上げてくる。


「……もしかして、どこかでお会いしました?」


 考えるより先に、言葉が出ていた。

 はっと気が付き口を塞ぐがもう遅く。

 その男性は、首を傾げて僕を見下ろした。


「んだ……? おで、日本人の知り合いば、居ないだけんど。……確かに、どっかで会ったような感じばするだな」

「……そう、ですか」


 何故か、心が少し傷んだ。

 その理由は検討もつかない。

 ただ、このまま此処にいたら、また変なことを口走ってしまいそうで。

 僕は怖くなって、その場を後にした。


「それじゃ、頑張ってください」


 そうとだけ言って、僕は歩き出す。

 後ろから聞こえた声すら無視をして。

 僕は歩く。

 その歩みは徐々に早く。


 いつしか僕は、駆けていた。


 駆ける。駆ける。

 いいや、逃げているような感覚だった。

 何か分からない気味の悪さから。

 心の芯にドスンと据えられた違和感から。

 気持ちの悪い現実から。

 僕はただただ、ひた逃げた。


「はぁ、はぁっ、はぁ!」


 なんだ、なんだこれ。

 これが現実か?

 何かがおかしい、絶対に!


 何かを忘れている気がする……。

 大切なもの。

 大切だったこと!

 絶対に忘れたくなかったこと!


 僕の命よりも、大切だったもの!



「なんだ、誰なんだ……お前らは!」



 なんだ、誰だ。

 僕が大切にしていた人達。


 もう、顔も名前も思い出せない。


「ぐ、うっ……うあぁあぁ……ッ!!」


 気がつけば、僕は泣いていた。


 荒い息を噛み締めて。

 必死に足を前に出し。

 がむしゃらになって今から逃げる。


 手を伸ばす。

 もう輪郭すらあやふやな妄想を追って。

 何も覚えてない。思い出せない。


 雲に縋るような不安を抱え。



 僕は必死に、大地を駆ける。



 どれだけ走ったか。

 もはや体力は底を尽き。

 僕は、何も出来ずに道端へと倒れ込む。


「はぁ、はぁ……はぁっ、はぁ……」


 荒い息だけが、周囲に響く。

 もう、日は完全に暮れていて。

 頭の中は、ぐっちゃぐちゃになっていた。


 思い出したい大切なこと。

 それが何かも分からずに。

 ただ、間違ったという確信だけがあった。


 妄想のはずなのに。

 自分の夢の話なのに。


 どうして、どうして……ッ。



「どうして、こんなに――」



 ふと、光が僕を照らし出す。

 それは、目が眩むような強い光。


 視線を向ける。


 目の前には、大きなトラックが迫っていた。



「…………あれ」



 それが、その人生最期の言葉。

 強烈な衝撃と、クラクション。


 僕の体は大きく吹き飛ばされて。



 いとも簡単に、僕の命は断ち切れた。


いつだって。

物語は、死ぬところから幕が上がる。

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