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最終章【妄想クラウディア】
527『勝者』

 下らねぇ願いだと。

 今まで黙ってたけど、他でもない自分でそう思う。

 なんでこんなことに命を賭けてるんだろう。

 そう思わなかった日は、ないと思う。


 だけどさ。

 知ってるよ、同じく忘れたことは無い。


 自分自身は大バカだ、と。


 灰村解は頭のネジが吹っ飛んでいる。

 端的に言っちまえばイカレてるんだ。

 あんな黒歴史を作った男だぜ?

 勢いで書き記したノートが原因で、世界が変えちまうような男だぜ?

 そんな男が馬鹿でないわけが無い。


「あぁ、そうさ」


 僕は馬鹿だ。

 胸を張れるようなことじゃないけど。

 ただ、その馬鹿らしさが僕らしい。

 灰村解は、大馬鹿だ。

 だからこそ。


 こんな下らねぇ理由で、ここまで来れた。


「灰村解、今から君を殺害する」


 霧矢ハチは、両手を構えてそう告げた。

 見たことも無い構えだ。

 過去に実在した、どこかの国の武術かな。

 僕はその構えを模倣しようとして……すぐに、()()()()()()()()()()と判断した。


 真似したものを真似をする。

 僕がするのは、端的にそれだけでいい。

 だけど、見てからじゃ遅い。

 動作の起こりを判断し、予測し、動く。

 そうでなければ、霧矢ハチには追いつけない。


「……まさか、ここで役に立つとはな」


 僕は、懐から黒い宝玉を取りだした。

 この世界にやってくる前。

 成志川景が見つけ出し、僕に託したもの。

 星の記憶を司る、深淵のアーティファクト。



「【至高の暗淵】」



 その宝玉に力を込める。

 途端にそれは小さな球体へと変化し、僕はそれを()()()()()

 それを前に、霧矢は大きく目を見開く。


「……それは」

「僕が、なんだかんだで手にしてなかった力に、【英智】ってのがあってな。これは、その原典となった記憶の貯蔵庫さ」


 黒歴史ノート、第零巻。

 アレの本来の使い道。

 深淵の上層部を走り抜け、その終着点にたどり着くことで【英智】という異能を授かることが出来る。

 僕もそのうち挑戦しようと思ってたんだが……この宝玉があれば、もう不要だ。


 この宝玉は、過去の記録を全て保管する。


 瞼を閉ざす。

 瞬間、無数の記録が頭の中を駆け巡る。

 頭痛もなく、無理もなく。

 ただ、元からそこに在ったかのように、僕の体に定着してゆく。


 そして、目を開く。

 僕は霧矢と、寸分違わぬ構えを取った。


「――ッ!?」

「これで記憶も追いついた」


 文字通りの、全知。

 未来や人の感情については憶測でしか話せないが、こと、過去に関していえば全ての記録が僕の記憶に刻まれた。

 そしてそれは……この世界に限った話じゃない。


 僕の姿に、霧矢は笑った。

 それは、とても悔しそうな笑顔だった。


「……全てを知って変わらないのなら、君が俺の立場なら……違う選択も有り得たのかもね」


 それは、霧矢ハチの独白。

 だからなんだと、理解して。

 もう後戻り出来ないと、把握して。

 それでも零れた、彼の『仮定』。

 それを前に、僕はただ、拳を握りしめて言葉を返した。



「だからと言って、お前の全ては否定しねぇよ」


「……君が友達で、本当に良かった」



 それが、最後の静かな会話になった。


 僕らは同時に大地を駆ける。

 同じ武術、同じ構えから、同じ拳。

 それらは真正面から激突し、僕らの間へと強烈な衝撃が弾き抜ける。


 無論、霧矢ハチの方が肉体強度で遥かに勝る。

 故に、僕は外付けの力で補強するまで。


「【限定憑依(リミット・オン)】!」


 僕の全身を、紅蓮の炎が包み込む。

 ――神霊デスサイズ。

 全身を炎が強化し、無理矢理に霧矢と同等の身体能力へと強化する。

 何度も何度も使ってきた。

 この体も、もう大分限界に近い。


 が、だからなんだって話だよな。


「うぉラァッ!!」


 拳を放つ。

 同時に真眼が青く煌めき。

 記憶の泉から、能力が浮び上がる。


「【超連撃(インフィニティ)】」


 放った拳は、左右で一発ずつ。

 合わせても二発。

 それが、無数に分身し、同等の威力の拳が数百発も産み落とされる。

 数百年前、こっちの世界でとある格闘家が用いた異能。


 確実に決まったと思った攻撃。

 されど、霧矢もまた全く同じ攻撃で威力を相殺してくる。

 さらなる衝撃が弾け、砂礫が撒き散る。

 その威力だけで肌が裂ける。

 されど瞬きの隙はなく、僕は限界まで目を見開いてい霧矢を注視する。


「ほんとう、強くなった」


 霧矢の声。

 それが響いて、彼が動き出した瞬間。

 その力の流れから、真眼で彼の動きを察知。

 超簡易的な未来予知と、知恵の泉から相手の【次手】を検索する。

 頭が焼き切れそうになる中。

 僕は、右の拳を握り締めた。


「「【巨人の鉄槌(ギガントアックス)】」」


 そして、僕らの右腕が巨大化する。

 腕だけで三メートルはあろうか。

 岩を纏って硬質化したそれは、真正面から激突し、岩の破片が周囲へと飛び散った。


「ぐ……ッ」


 衝撃で押される。

 まるで重力で後ろに引っ張られるような感覚。

 ……いや、これは、まるで――ッ。



「【黒き天運(ブラックホール)】」



 声が聞こえた。

 後方十数メートルには、数センチの黒球体が浮かんでいて、その周囲には信じられないほどの吸引力が働いている。


「……ッ!?」


 クソっ、異能模倣の手が追いつかない!

 僕は咄嗟に転移すると、霧矢の拳が秒と経たずに襲ってくる。


「強くなった。だけど俺ほどじゃない。なんなら、さっきのシオンちゃんの方が強かったかもね」

「……おいおい、随分と浅知恵が過ぎるじゃねぇか」


 僕はその拳を受止め、笑う。

 今の一瞬で、だいたい把握した。

 これならもう少し無理を重ねても、()()()()()()()()()()()

 問題は僕の体だが……。


「無茶せず負ける方が、嫌だよな」


 僕の全身を、神力が包み込む。

 炎の角が二本、側頭部に生まれる。

 それはまるで、悪魔の角。

 僕が相手した、深淵の守護者が一角。



「二重憑依――【淵賢のバフォメット】」



 瞬間、僕の頭の中がクリアになる。

 淵賢のバフォメット。

 深淵の知将にして、異次元の思考能力を持つ怪物。

 魔法に特化しており、倒すのは僕も一苦労したが……。

 バフォメット、今回はその頭脳、存分に借り受けるぞ。


「【超磁――」


 僕を見て、霧矢が動く。

 と同時に僕も動いた。



「「【超磁場(ジオ・グラウド)】」」



 下方向きへ放たれた超磁場と。

 上向きに放たれた超磁場。

 二つが完全に相殺し、無効となった空間で僕は動く。


「【黒死炎天】」


 背中で、青い炎の翼が燃ゆる。

 それらは包み込むように目の前の霧矢に迫ったが、すんでのところで霧矢の姿が消失する。


 ――瞬間移動だ。


 青い炎が虚空を飲み込む。

 しかし、ずっと背後に移動した彼を。

 僕の真眼は、見逃さなかった。


「「【雷撃】」」


 僕の指先と、霧矢の指先。

 それぞれから放たれた攻撃が、僕らの肩を寸分違わず撃ち抜いてゆく。

 肉が焦げたような臭い。

 痛みが突き抜け、僕と霧矢の顔が歪む。


 しかし、攻撃の手は止まらない。


 どこまでも、どこまでも。

 相手の動きを予測し、模倣し。

 その上を行くため、幾度となく拳を合わせる。

 異能を真正面から相殺する。


 何度だって、何度だって。


 お前が倒れるまで、僕はもう止まらない。



「霧矢ああァァッ!!」



 僕は叫び、大地を駆ける。

 そんな僕の姿を、霧矢は泣きそうな目で見つめていた。




 ☆☆☆




 自分の戦う理由。

 それが、ここに来て曖昧になり始めていた。


 最初は死ぬためだったんだよ。

 なぁ、カイ君。

 俺は死ぬためだけに生きていた。


 君と接触したのは偶然だけど。

 君を手助けしたのは、俺の夢を叶えるためだった……ってのは否定しない。


 君なら、何かを変えられる気がした。

 そも、冥府で意識が残ってる、ってこと自体が異常事態だ。

 俺と似通う何かがあるのか。

 あるいは、死んでも死なない体質なのか。


 どこか……賢王リクに似た君に、俺はいつしか、君が俺を殺してくれるんじゃないかって、期待し始めていた。


 そして、君は強くなった。

 あれだけ弱かった君が。

 今じゃ、俺の前に立って戦ってる。

 たった一人で、仲間の思いを全て背負って。

 ただ、がむしゃらに走ってる。

 夢に向かって一直線だ。

 そんな君を見てると、眩しいと同時に。


 その煌めきが、俺の夢を眩ませるんだ。


 なぁ、カイくん。

 君がそこに立っている理由。

 ……やっぱり、夢のため『だけ』じゃないんだろ?


 俺が容易に死ぬと言ったから。

 だから君は、そんなにも必死なんじゃないのかい?

 間違ってたら恥ずかしさで死んでしまいたくなるけれど。というか今も死に行こうとする真っ最中だけど。


 その想いは。

 俺の決意を、揺らつかせるんだ。


 君が俺を思うたびに。

 一緒に生きたいと願うたび。

 俺の心は、その未来を想ってしまう。


 君と肩を組んで過ごした日々を。

 何の誇張もなく、楽しかった日々を。

 あの二年間を、未来に夢見てしまうんだ。


 カイくん。

 君は、優しい子だ。

 どこまでも彼に瓜二つだよ。


 無論、だからと言って、君にリクを重ねて見ようというつもりは無いんだ。

 失礼だからね。


 だから、俺は君に敬意を表する。


 そして、最大級の感謝を贈るよ。


 ありがとう。

 君が俺の友達で、本当に良かった。



「君のおかげで、俺はまだ戦える」



 この局面で。

 俺は、死への願いを捨て去るよ。

 君はもう、迷いのある覚悟で臨める相手じゃない。


 ここから先。

 俺は、君のために戦うよ。


 このまま行けば、君は最悪の末路に至る。

 そんな確信がある。

 だからこそ、俺が勝つ。


 君の黒歴史は消させない。


 それが、俺の戦う理由としよう。


 なぁ、友よ。

 俺の覚悟は、これで君に追いついたかい?




 ☆☆☆




 同じ攻撃、同じ威力。

 しかし、均衡は徐々に崩れ始めていた。

 灰村解の優勢……という、状況へ。


 僕らは無数の拳を放つ。

 されど、先程から妙に霧矢の動きが鈍い。

 僕の拳が……数発、彼の体に叩き込まれる。

 鈍い感覚があって、彼は僅かにたたらを踏んで後ずさる。


 その瞬間を。僕は回し蹴りでぶっ飛ばす。


「ハァッ!!」


 咄嗟に霧矢は腕でガード。

 されど衝撃を殺すことは出来ず、大きく吹き飛ばされて着地する。


 と同時に、僕は闇の王を展開する。


「完全模倣【死搭載の我が身(ルナティック・マイン)】」


 全身から銃火器が生まれ落ちる。

 放たれるは無数の弾丸。

 ありったけの神力を用いて放つ、鉄の弾幕。

 ものすごい反動が体に返る。

 思わず歯を食いしばりながら大地を踏みしめる。


「はぁ、はぁ……ッ! そろそろ沈め! 霧矢ハチ!」


 どれだけの力を模倣した。

 どれだけ多く拳を混じえた。

 もう考えるのも億劫になってくる。

 時間はさほど経っちゃいないが、刹那の攻防が多すぎた。

 そろそろ……僕もお前も、燃料切れが近いだろうに。


 それでもお前は、まだ立っている。


 弾幕が霧矢を飲み込む。

 大量の砂埃が溢れ出し、僕らの周囲を包み込む。

 その中で……僕は。真眼を大きく見開いて、弾幕の中の力を視る。


「……ッ」


 ()()()()

 そう理解するまで時間は掛からなかった。


 僕は右手に力を込めると、巨大なレールガンへと変形させる。

 銃身へバチバチと雷が宿り、甲高い充填音が周囲への響き渡る。


 視線の先で、徐々に砂煙が消えてゆく。

 その中に見えた人影へ、僕はなんの容赦もなくレールガンを向ける。


「借りるぞボイド――【黒雷】」


 銃口へと集まる電撃。

 それが瞬く間に黒く染まり、レールガンを粉砕するような勢いで噴出する。

 痛みを堪え、地面を踏み締め。

 僕は、寸分違わずその人影へと攻撃を放つ。



「【黒雷天磁砲(レール・ブラック)】」



 それは、全てを破壊する雷の矢。

 放つと同時に、空間が高密度の力でへしゃげて消えた。

 触れた時空すらねじ曲げる。

 人が触れれば崩壊する。

 全てを飲み込み、喰らって進む。


 正しく最強の一撃。


 これで、決める。

 でなけりゃもう、後は無い。


 ……神式の、王の凱旋。

 今回捧げた才能(モノ)は、以前に捧げた『灰村解の無限に等しい総想力』に比べればどうってことの無いもの。

 そんなもので、長時間の強化は見込めない。


 もう、僕だって燃えつきる寸前。

 故の、最大威力。

 シオンとボイドの異能を組み合わせた、全てを破壊し尽くす超一撃。

 間違いなく、僕が出せる最大火力という自信がある。


 にも関わらず。


 なんだ……、この嫌な予感は。


 黒き雷は、その影へと突き刺さる。

 凄まじい衝撃が突き抜けて、大地が碎ける。

 まるで大陸にヒビが入ったような錯覚。

 おもわず衝撃に顔を顰めて……次の瞬間、大きく目を見開いた。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()



「――ッ!?【次元】ッッ!!」


 咄嗟に選んだのは、その場からの回避。

 僕は上空への転移する。

 と同時に、僕が放った一撃は、見事なまでに()()()()()


 その一撃は星を抉る。

 上空から見ればわかった。

 星の体表を串刺しにするように大地を抉り、破壊の限りを地平線の彼方にまで刻みつけてゆく。


 これだけの威力を反射できる力だなんて……僕は、たった一つしか知りはしない。


「【臨界天魔眼】……!」

「ご名答」


 上空へと転移した。

 そんな()()()()()()()()()()

 焦って後ろへと裏拳を放つが、それは肌を掠ることも無い。

 振り返った先で見たのは、顔面へと迫る拳。


 そして、どこまでも穏やかな霧矢だった。



「カイくん。俺はね、君には幸せに生きて欲しいんだ」



 そして、拳が炸裂する。

 頭蓋骨から鳴ってはいけない音がした。

 地表へと叩きつけられたと気がついたのは、全ての衝撃が終わってから。


「が、は……ァっ」

「もう、無駄だよ」


 上空から降りてきた霧矢が、倒れた僕の両腕をへし折った。

 激痛が走り抜けるが、もはや悲鳴も出てこない。

 霧矢は僕の右脚へと足を乗せると、僕を見下ろして微笑んだ。


「両腕は折った。泡沫技能はもう使わせた。頼みの超回復は……さて、その腕を癒せるだけの体力が残っているかな?」

「こ、の……ッ!!」


 腕が折れても、体力がなくとも。

 まだ、異能があれば……異能さえあれば!

 僕は必死に霧矢を見上げる。

 折れた腕を必死に伸ばして――。


 ふわりと、僕の腕から炎が消えた。


「――!?」

「神力切れ。どうやら、凱旋の対価は支払い終えたみたいだね」


 ここに来ての、制限時間。

 目の前に絶望が舞い落ちる。

 ……僕は、神力に関する全てを賭けた。

 神力も、それに関する才能も技術も。

 想力はもとより残っていない。


 となれば、もう。


 僕に出来ることは、なにもない。



「カイくん、俺の勝ちだ」



 そして、霧矢は拳を振りかぶる。

 その目は何かを、僕に問いかけているようでもあって。

 僕は歯を食いしばって……だけど、すぐに表情を弛めた。


 悔しいなぁ……本当に。

 こうなるかもしれない、と。

 そんな仮定は望んでなくとも。


 この最悪の未来を予期していたことだけは、事実だった。



「………くそったれが」


「また後で会おう。すぐに俺もそっちに行くよ」



 そして、拳が振り落とされる。



 灰村解は、其処で死に絶えた。




次回、最終話【妄想クラウディア】

異能使い・灰村解の物語も遂に終幕!

明日を乞うご期待!!

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