『君は……その選択に悔いは無いのかい』
敗れた者が言う。
死したものはそう問いかける。
その言葉に、僕は不思議と迷わなかった。
「さぁ、どうだろうな」
『……分からないと、そう言うのか』
そうだよ、分からない。
僕の未来だなんて、僕が一番分からない。
何が起きるか、何が正解か。
そんなもんは、至るべき未来になるまで分かりっこない。
そういうもんだろ、人生ってさ。
「僕より優れたあんたでさえ、失敗したんだ。僕に完璧を求めるなよ」
完璧なんて、人間には届かない。
不完全だからこそ人間で。
何かを間違えるから、人生なんだ。
それは否定しないし出来ない。
だから、お前の質問には答えられない。
ただ、その代わり。
少しでも後悔しないように努力することは出来ると思うんだ。
僕は目を開く。
同時に、後方から破壊音が響き渡った。
間を置かずに僕の隣へと何かが着地し、獣のような鋭い殺意が突き抜けた。
「我らが王よ! 申し訳ございません……この深淵竜ボイド、不覚を取りました!」
「……厄介だねぇ、このタイミングで封印を壊してくるかい」
霧矢ハチは顔を顰める。
彼と互角に渡り合えていたシオン。
彼を素手で殺し得る力を持つボイド。
そして、僕がいま出揃った。
霧矢にとっては最大の窮地。
背後を見れば、他の皆も立ち上がろうとし始めている。
形勢は既に逆転した。
霧矢ハチは今、逆境に立たされている。
客観的に見ればそう映る。
だけど……僕から見たらそうじゃない。
「ボイド、お前はみんなを連れて……少し下がれ」
「――!? お、王よ! 一体なぜ――!」
ボイドは焦ったように声を出す。
しかし、彼女の視線は僕の逆隣にいるシオンへと向かい、大きくその目は見開かれた。
「へ、へへ……こんな、モン、屁でもねぇぜ、カイ!」
そう強がるシオンの体からは、鮮血が滴り始めていた。
彼女がどんな力を使ったのかは……正直分からない。
ただ、真似出来ない類の反則能力だってことは分かった。……それが、諸刃の剣だってことは、痛いほどに分かった。
下手をすれば、僕の【王の凱旋】に匹敵するほどの想力消費。
もはや、限界。
僕は彼女の肩へと手を載せる。
そして、静かに告げる。
「ありがとう。……また、後でな、シオン」
瞬間、僕の掌から神力が彼女へ伝い。
その意識は一瞬で闇の中に落ちてゆく。
その体を受け止めると、彼女は最後に何か……恨み言のようなことを言った気がした。
「……なんて言ったんだろうな」
少し気になったけれど、今は置いておく。
どうせ、この戦いが終われば願いは叶う。僕の望む未来がやってくる。
その時は……きっと、嫌になるほど彼女の騒ぎ声を聞く羽目になるからな?
「また今度、ゆっくり聞かせてくれよ」
僕は立ち上がり、ボイドへとシオンを預ける。
彼女は驚いたように僕を見ていたが……やがて、何かに気がついたように身を震わせた。
「お、王よ……! いえ、差し出がましい事を言いました。我は下がります。王の友を、王の未来を守ります。……たとえ、この命にかけたとしても」
「あぁ、頼む」
短く言えば、彼女はその姿を消した。
真眼にも映らない超速度。
後方を振り返れば、もう誰もいない。
ボイドが避難させたんだろうな。
僕は、改めて前方へと視線を向けた。
霧矢ハチは、そこに立っていて。
僕一人だけ残った光景に、心底不思議そうにしていた。
「……もしかして、君一人で死ぬつもりかい?」
彼の言葉に、僕は何も返さなかった。
だって、傍から見ればその通りだったから。
「
重ねて彼は問う。
「……寝てる間に、君は何を見たんだい?」
彼の言葉に、僕は笑った。
何も見ちゃいないさ。
僕はお前の言う通り、何も変わらない。
力も上がってない。
覚醒なんかもしていない。
賢王リクから力も貰ってない。
僕とお前の実力差は……何も変わらない。
だけどさ、霧矢。
「……どうしたよ、焦りが見えるぜ、霧矢ハチ」
僕の言葉に、彼は揺らいだ。
……そういえば、ナムダも言ってたってか。
霧矢が最初から警戒しているのは、僕自身。
じゃないと僕を単体で潰そうとはしない。
あの時は……まぁ、僕がノートを持ってるからな。だから、手っ取り早く終わらせようと思ったんじゃないかって……そう思った。
だけど、少し眠って。
冷静になった頭で考えて。
ナムダの考えが、正しいのだと理解した。
「お前は……まぁ、最強だな。下手をすれば……解然の闇とも戦えるのかもしれない」
「……何が言いたいのかな」
彼の言葉に苛立ちが混じる。
僕は右手を握りしめると、胸の前まで持ってくる。
手を開く。
その手の中には、黒い力の塊があった。
「だけど、
霧矢の顔が強ばる。
右手を払えば、黒い光が軌跡を残す。
それは円のように僕の体の近くを揺蕩う。
「お前は強い。他の誰にも倒せないほどに。真正面からの力技で……きっと、お前を倒せる奴は多くない」
だけどな、霧矢。
お前だってわかってんだろ。
分かってるから、お前は僕を狙った。
誰を相手にしても勝てる能力。
史上最強の
それに確実に勝てる方法を。
霧矢ハチが負ける条件を、僕もお前も知っている。
「……言うことはそれだけかい? 悪いが、もう説得をするつもりはないよ。黙って死ぬか、ノートを置いて失せてくれ」
霧矢の上空へと、無数の隕石が出現する。
「【
それは、破滅の魔法。
たった一度の行使で、周囲十数キロを更地に化すことが出来る、超絶威力。
それを、霧矢ハチの想力量でぶっぱなす。
いくらでも連射が効く、一撃必殺の範囲攻撃。
……本当、文面化するとつくづく嫌になる。
だけどな、霧矢。
他から見れば、僕も似たようなもんなんだぜ。
僕は大きく目を見開く。
その目に映った全ての異能。
ありとあらゆる超常現象。
それを心に書き写す。
胸の中にある、黒くて大きな力の塊。
力の流れに身を任せ。
ただ、書き記した現実を。
「完全模倣――【
そして、僕の上空に隕石が生まれる。
霧矢は大きく目を見開いて、全ての隕石を撃ち落とす。
それを前に、僕は全く同じ数量で、全く同じだけの威力を込めて、隕石を撃つ。
瞬間、僕らの間で生まれた衝撃。
隕石と隕石が真正面から衝突する。
常軌を逸した衝撃に、僕も霧矢も大きく吹き飛ばされる。
「ぐ……こ、このッ」
霧矢の声が、轟音の隙間に聞こえた気がした。
僕はすぐさま大地を蹴って、体勢を整えつつ走り出す。
「完全模倣――【
それは、かつて模倣した六紗の異能。
一瞬で神力が燃え尽きるだけの超反則。
それを、今回はありったけ用いて大地を駆ける。
砂煙を突っ切って。
僕が霧矢の前に出た時、彼は限界まで目を見開いていた。
知ってるよ、お前のことは。
お前はこの局面で……必ず時間を停止させる。
そうじゃなきゃ、この砂煙舞い散る空間では【真眼】を持つ僕が有利。
だから、お前はこの時の止まった世界に入り込むと思ってた。
「な、なんで――ッ」
目を見開く霧矢へと。
僕は、思い切り拳を振り抜いた。
彼の顔面は後方へと弾ける。
鮮血が吹き上がり、悲鳴が上がる。
彼は息をしたことで、時間停止空間から飛び出してゆく。
僕も大きく息を吸えば、時間はやがて動き出す。
霧矢は口元の血を拭い、僕を睨んだ。
「どうして……君が時間停止を使えるんだい? 君は神力量に恵まれていない。六紗優の異能は……君が用いるにはあまりにも重すぎる」
そうさ。
僕は彼女の力は使えない。
僕はお前に対するだけの力はない。
だけどな、霧矢。
僕は、その場に立つ方法なら知っている。
「【神式・王の凱旋】」
僕の全身から、膨大な
いつだって、僕が差し出すものは変わらない。
僕が身につけた技術。
神力の全てを、対価に差し出す。
僕はもう、何も残らなくっていい。
だから、今。
僕は、お前の前に立つだけの力が欲しい。
「き、君は……ッ!」
「どうせ、願いが叶えば終わりでいい」
僕の物語はここまででいい。
もう、何も希望は残らなくていい。
力を取り戻す術は、今度こそ要らない。
この才能ごと……根こそぎ持っていけ。
僕は拳を構える。
お前が星の叡智を全てコピーして使うなら。
僕は、お前のあらゆる異能を複製しよう。
目には目を、歯には歯を。
異能には同じ異能をぶつけよう。
「悪いな霧矢、僕はお前の天敵だ」
力も才能も命もなにもかも。
全てを振り絞って、僕はお前を倒すよ。
それが、僕の最後の役割。
僕の物語を締め括る、最後の大仕事だ。
さぁ、最後の戦いだ。
もう、終わらせよう。
僕は走るよ、お前を超えて。
次回【勝者】
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。