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最終章【妄想クラウディア】
524『シオン・ライアー②』

 オレは、クソみたいな生まれだった。


 オレの父親はクズ野郎。

 賭けに溺れ、金に溺れ、酒に溺れ、暴力に溺れ、最後には娘の眼球にナイフを抉り刺した、何も救えねぇドクズ野郎だった。


 オレの母親は気狂い女。

 常日頃から父親の暴力に晒され続け、その恨みとストレスを実の娘に向けて、暴力を振るうような女だった。


 (ツキ)がねぇ。

 そう気がついたのはいつだったか。

 ……あぁ、そうだ。

 11歳の春。

 オレが右目を潰された時。

 強烈な熱さが胸の奥に灯った時。


 この手で両親を殺した時。


 あの時だ。

 オレは自分がツイてねぇと理解した。

 血に濡れて裏路地を歩く。

 ザンザン雨で。

 身体中の赤色が水たまりに伸びてゆく。


 表通りは、血みてぇに真っ赤な傘で埋め尽くされていて、視線をあげれば、建物の壁をスクリーン代わりに、映画の予告映像が流れていた。


 それを見て、怒りを知って。

 オレとは裏腹に、その映像を見あげて能天気に笑っている野郎共が、表通りには沢山いることを理解して。


 その瞬間。

 嬲られるのが当然だと育てられたオレは。

 初めてオレが、普通じゃねぇんだと知った。


『……クソが』


 自分の口から漏れた言葉。

 それは、自分が思っている以上に弱々しかった。

 力なく地面に座り込む。

 血に染った体に衣服、人を殺した一振のナイフ。

 そんなオレに近寄ってくるやつなんて、この裏路地でさえ一人もいねぇ。


 はず、だったのに。



『やぁ、少女』



 裏路地に相応しくねぇ、清々しい声だった。

 顔を上げる。

 そこには、今まで見た事のねぇ上等な服を着た、一人の男が立っていた。


『坊ちゃん! いけません! このような薄汚い路地裏など……!』

『坊ちゃんは良してくれよ。これでも今年で25だ』


 まるで、目が眩むような美しい男。

 彼はオレを見下ろし、口を開いた。


『というわけで。そろそろ坊ちゃんから卒業するために、弟子のひとつでも取ろうと思っていたんだけれど』


 言ってることは、正直よく分からなかった。

 ただ、今になって確信できる。

 それが、オレの始まりだった。



『君、力が欲しいかい?』



 その問いに、迷うことなく頷いた。




 ☆☆☆




「【我が眼復讐の天稟なり(ウルリベンジ・アイ)】」


 潰れた目に火が灯る。

 ずっと昔……11歳の春、あの時から。

 オレが目を潰されたあの時から、この痛みは1度も緩いじゃいない。ずっと、身を焼くような灼熱が、潰れた右目に宿り続けてる。


 その熱に、形を与える。

 オレがすべきはそれだけでいい。


 オレが得意なのは具現能力。

 だからこそ、オレはこの力を一点に鍛えた。

 誰にも負けねぇように。

 誰にもやられねぇように。

 もう、大切な人を目の前で死なせねぇように。


「見晒せよ、キリヤ」


 オレは大地を踏みしめる。

 前を見れば世界が弾けて、体が軽くなる。

 キリヤからはいつにねぇ警戒が見えていて。

 オレは、笑って大地を蹴った。


「――ッ!?」


 驚いたのは、キリヤ。

 目を見開いた時には、オレの姿は奴の目の前まで迫っていて、オレの拳は加速する。

 キリヤは咄嗟になにか、能力を発動したみてぇだが……すぐに、その瞳に驚愕が映った。


「ラァッ!!」


 オレの拳が、キリヤの顔面を撃ち抜いた。

 やつの体は大きく吹き飛ばされてゆき、やがて衝撃を殺して着地したキリヤは……その鼻から鮮血を垂らしてやがった。


「……随分と、速いね。そして……なんだいそれは。その能力は。見たことも聞いたことも無い」

「なはは! だろうな! オレ様だけの力だぜ、これは!」


 オレ様と同じように生き。

 オレ様と同じ道を辿り。

 オレ様と同じように死に。

 オレ様と同じ屈辱を味わい。

 オレ様と同じように、カイに出会った。

 もしもそんな野郎がいれば話は別だが、じゃねぇとオレしかこの力は使えねぇ。


 なんてったって、この力はオレの生き様そのもの。



()()()()()()()()()()()()()()()()。その具現こそが、この能力!」



 オレは天才で、努力家で。

 なんでも出来る超絶エリート。

 世界最強の異能力者。

 ……そう思いたかった。

 でも、色々と現実を見て。

 手に残ったのは努力だけ。


 そんなもんじゃクソの役にも立ちやしねぇ。


 だからよ。

 オレの真っ暗な黒歴史も。

 オレが今まで積み上げた努力も。

 今まで学んだ愛も友情もなにもかも。

 全部込めて、たった一つの自分を作る。


 自分自身を自分で描く。

 そうさ、この力は……心がズ太ぇほど強い。

 精神力こそ、この力の本質。

 肉体に宿る強さではなく。

 魂に宿る強さを、現実に具現する。


 それこそが、この力。


『シオン。その目は君にとってとても大切なもの。鍵たり得るもの。……だが、思い入れの強すぎる鍵は、相応の想力を持っていくものだ』


 昔、師匠はそう言って、オレに眼帯を渡した。

 強烈すぎる想力消費を抑えるために。

 オレの想力量を持ってしても、長くは持たないこの力を……封印するために。


『私から君に伝えられるアドバイスはひとつだけ』


 よく覚えてるぜ、くそ師匠。

 だから、ここで使うことを否定だけはさせねぇ。



『君に、命賭けで守りたいものができた時。その時にだけ、眼帯を外しなさい』



 背後を振り返る。

 でもって、オレは笑った。

 オレが命を賭けてやらねぇと。

 オレが守ってやらねぇと。

 何度も何度も死にかける。

 そんな困った子分ができた。


 そいつのためなら、命だって惜しくはない。



「オレは止まらねぇ、オレは挫けねぇ、オレは負けねぇ! ぜってーに勝つ! それがシオン・ライアー! 世界最強の異能使いだ!」



 オレは叫び、大地を蹴り飛ばす。

 加速する体は、雷のように距離を駆ける。

 固めた拳は炎のように熱く、頭は氷のように冷たく透き通っている。


 対するキリヤは、いつになく難しい顔をしてやがった。


「なるほど……君は、強いね。認めるよ」

「なはは! てめぇのせいだぜ! てめぇがオレに余計なことを入れ知恵した! おかげでここに立てている!」


 拳を振るう。

 やつは咄嗟に回避するが、その頬に一筋の赤い傷跡が刻まれた。


「同情か何かは知らねぇが……感謝するぜ。てめぇのお節介のおかげで、オレはてめぇをぶっ飛ばせるんだからな!」

「……我ながら、ここ100年で1番の愚行だったのかもしれないね」


 霧矢は俺を前に右手を差し出す。

 その手を中心に、空間が歪む。

 間違いねぇ、カイと同じ界刻の能力!

 だけどな、キリヤ!


「んなもん効くか!!」


 オレは、拳で時空をぶち抜いた!

 その拳はキリヤの腹へと深々と突き刺さり、ヤツは曇った悲鳴を漏らして後退る。


「オレに二言はねぇぜ! オレは止まらねぇ、挫けねぇ、負けねぇ!」

「……も、文字通りの意味、とはね」


 オレの異能はそういうもんだ。

 ありとあらゆる事象を捻じ曲げ、自我を通す。

 そういうオレを具現化した。

 オレの攻撃は絶対に阻まれない。

 オレはどんな攻撃にも屈しない。

 オレは絶対に敗北しない。


 それが、今のオレ。

 超絶本気の、シオン・ライアー。


 オレは周囲へと視線を向ける。

 どいつもこいつも情けねぇ。

 たった一撃で沈みやがって……。

 オレは大きく息を吸い、ヤツらへ叫んだ。


「おい、クソモブども! てめぇらそれでもカイの友達か! んな程度で立ち上がれねぇんなら、さっさと友達やめやがれ!!」


 あいつは、オレらのためになら命を賭けるぜ。

 そういうやつだ、分かってんだろ。

 だからその姿に惚れてついてきたんだろ。

 なら、せめて今だけは。

 無理してでもいい、意地でもいい。


 アイツの隣に居たいなら。

 こっちだって同じく命賭けんだよ。



「……今、ここに至って確信したよ」



 キリヤは、()()()を見て呟いた。

 オレの周囲では、阿久津が、六紗が、謎生物が、暴走列車が膝に手を当て立ち上がる。

 キリヤの施した封印にヒビが入り、その中から暴れるような音がする。


 それらを前に。

 キリヤの視線は、オレだけを捉えていた。


「シオンちゃん」

「あ? んだよ、改心したか?」


 オレの問いかけに、ヤツは静かに否定した。

 そして、鋭い目をしてオレに言う。



「純粋な強さにおいて、君は俺の次点に在るのかもしれないね」



 その言葉に、オレは不満タラタラ言葉を返す。



「うるせぇ、オレが最強。それは未来永劫揺るがねぇ」



 どんな野郎だろうと、ぶっ飛ばす。

 なんてったって、オレはシオン・ライアーだからな。


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