オレは、クソみたいな生まれだった。
オレの父親はクズ野郎。
賭けに溺れ、金に溺れ、酒に溺れ、暴力に溺れ、最後には娘の眼球にナイフを抉り刺した、何も救えねぇドクズ野郎だった。
オレの母親は気狂い女。
常日頃から父親の暴力に晒され続け、その恨みとストレスを実の娘に向けて、暴力を振るうような女だった。
そう気がついたのはいつだったか。
……あぁ、そうだ。
11歳の春。
オレが右目を潰された時。
強烈な熱さが胸の奥に灯った時。
この手で両親を殺した時。
あの時だ。
オレは自分がツイてねぇと理解した。
血に濡れて裏路地を歩く。
ザンザン雨で。
身体中の赤色が水たまりに伸びてゆく。
表通りは、血みてぇに真っ赤な傘で埋め尽くされていて、視線をあげれば、建物の壁をスクリーン代わりに、映画の予告映像が流れていた。
それを見て、怒りを知って。
オレとは裏腹に、その映像を見あげて能天気に笑っている野郎共が、表通りには沢山いることを理解して。
その瞬間。
嬲られるのが当然だと育てられたオレは。
初めてオレが、普通じゃねぇんだと知った。
『……クソが』
自分の口から漏れた言葉。
それは、自分が思っている以上に弱々しかった。
力なく地面に座り込む。
血に染った体に衣服、人を殺した一振のナイフ。
そんなオレに近寄ってくるやつなんて、この裏路地でさえ一人もいねぇ。
はず、だったのに。
『やぁ、少女』
裏路地に相応しくねぇ、清々しい声だった。
顔を上げる。
そこには、今まで見た事のねぇ上等な服を着た、一人の男が立っていた。
『坊ちゃん! いけません! このような薄汚い路地裏など……!』
『坊ちゃんは良してくれよ。これでも今年で25だ』
まるで、目が眩むような美しい男。
彼はオレを見下ろし、口を開いた。
『というわけで。そろそろ坊ちゃんから卒業するために、弟子のひとつでも取ろうと思っていたんだけれど』
言ってることは、正直よく分からなかった。
ただ、今になって確信できる。
それが、オレの始まりだった。
『君、力が欲しいかい?』
その問いに、迷うことなく頷いた。
☆☆☆
「【
潰れた目に火が灯る。
ずっと昔……11歳の春、あの時から。
オレが目を潰されたあの時から、この痛みは1度も緩いじゃいない。ずっと、身を焼くような灼熱が、潰れた右目に宿り続けてる。
その熱に、形を与える。
オレがすべきはそれだけでいい。
オレが得意なのは具現能力。
だからこそ、オレはこの力を一点に鍛えた。
誰にも負けねぇように。
誰にもやられねぇように。
もう、大切な人を目の前で死なせねぇように。
「見晒せよ、キリヤ」
オレは大地を踏みしめる。
前を見れば世界が弾けて、体が軽くなる。
キリヤからはいつにねぇ警戒が見えていて。
オレは、笑って大地を蹴った。
「――ッ!?」
驚いたのは、キリヤ。
目を見開いた時には、オレの姿は奴の目の前まで迫っていて、オレの拳は加速する。
キリヤは咄嗟になにか、能力を発動したみてぇだが……すぐに、その瞳に驚愕が映った。
「ラァッ!!」
オレの拳が、キリヤの顔面を撃ち抜いた。
やつの体は大きく吹き飛ばされてゆき、やがて衝撃を殺して着地したキリヤは……その鼻から鮮血を垂らしてやがった。
「……随分と、速いね。そして……なんだいそれは。その能力は。見たことも聞いたことも無い」
「なはは! だろうな! オレ様だけの力だぜ、これは!」
オレ様と同じように生き。
オレ様と同じ道を辿り。
オレ様と同じように死に。
オレ様と同じ屈辱を味わい。
オレ様と同じように、カイに出会った。
もしもそんな野郎がいれば話は別だが、じゃねぇとオレしかこの力は使えねぇ。
なんてったって、この力はオレの生き様そのもの。
「
オレは天才で、努力家で。
なんでも出来る超絶エリート。
世界最強の異能力者。
……そう思いたかった。
でも、色々と現実を見て。
手に残ったのは努力だけ。
そんなもんじゃクソの役にも立ちやしねぇ。
だからよ。
オレの真っ暗な黒歴史も。
オレが今まで積み上げた努力も。
今まで学んだ愛も友情もなにもかも。
全部込めて、たった一つの自分を作る。
自分自身を自分で描く。
そうさ、この力は……心がズ太ぇほど強い。
精神力こそ、この力の本質。
肉体に宿る強さではなく。
魂に宿る強さを、現実に具現する。
それこそが、この力。
『シオン。その目は君にとってとても大切なもの。鍵たり得るもの。……だが、思い入れの強すぎる鍵は、相応の想力を持っていくものだ』
昔、師匠はそう言って、オレに眼帯を渡した。
強烈すぎる想力消費を抑えるために。
オレの想力量を持ってしても、長くは持たないこの力を……封印するために。
『私から君に伝えられるアドバイスはひとつだけ』
よく覚えてるぜ、くそ師匠。
だから、ここで使うことを否定だけはさせねぇ。
『君に、命賭けで守りたいものができた時。その時にだけ、眼帯を外しなさい』
背後を振り返る。
でもって、オレは笑った。
オレが命を賭けてやらねぇと。
オレが守ってやらねぇと。
何度も何度も死にかける。
そんな困った子分ができた。
そいつのためなら、命だって惜しくはない。
「オレは止まらねぇ、オレは挫けねぇ、オレは負けねぇ! ぜってーに勝つ! それがシオン・ライアー! 世界最強の異能使いだ!」
オレは叫び、大地を蹴り飛ばす。
加速する体は、雷のように距離を駆ける。
固めた拳は炎のように熱く、頭は氷のように冷たく透き通っている。
対するキリヤは、いつになく難しい顔をしてやがった。
「なるほど……君は、強いね。認めるよ」
「なはは! てめぇのせいだぜ! てめぇがオレに余計なことを入れ知恵した! おかげでここに立てている!」
拳を振るう。
やつは咄嗟に回避するが、その頬に一筋の赤い傷跡が刻まれた。
「同情か何かは知らねぇが……感謝するぜ。てめぇのお節介のおかげで、オレはてめぇをぶっ飛ばせるんだからな!」
「……我ながら、ここ100年で1番の愚行だったのかもしれないね」
霧矢は俺を前に右手を差し出す。
その手を中心に、空間が歪む。
間違いねぇ、カイと同じ界刻の能力!
だけどな、キリヤ!
「んなもん効くか!!」
オレは、拳で時空をぶち抜いた!
その拳はキリヤの腹へと深々と突き刺さり、ヤツは曇った悲鳴を漏らして後退る。
「オレに二言はねぇぜ! オレは止まらねぇ、挫けねぇ、負けねぇ!」
「……も、文字通りの意味、とはね」
オレの異能はそういうもんだ。
ありとあらゆる事象を捻じ曲げ、自我を通す。
そういうオレを具現化した。
オレの攻撃は絶対に阻まれない。
オレはどんな攻撃にも屈しない。
オレは絶対に敗北しない。
それが、今のオレ。
超絶本気の、シオン・ライアー。
オレは周囲へと視線を向ける。
どいつもこいつも情けねぇ。
たった一撃で沈みやがって……。
オレは大きく息を吸い、ヤツらへ叫んだ。
「おい、クソモブども! てめぇらそれでもカイの友達か! んな程度で立ち上がれねぇんなら、さっさと友達やめやがれ!!」
あいつは、オレらのためになら命を賭けるぜ。
そういうやつだ、分かってんだろ。
だからその姿に惚れてついてきたんだろ。
なら、せめて今だけは。
無理してでもいい、意地でもいい。
アイツの隣に居たいなら。
こっちだって同じく命賭けんだよ。
「……今、ここに至って確信したよ」
キリヤは、
オレの周囲では、阿久津が、六紗が、謎生物が、暴走列車が膝に手を当て立ち上がる。
キリヤの施した封印にヒビが入り、その中から暴れるような音がする。
それらを前に。
キリヤの視線は、オレだけを捉えていた。
「シオンちゃん」
「あ? んだよ、改心したか?」
オレの問いかけに、ヤツは静かに否定した。
そして、鋭い目をしてオレに言う。
「純粋な強さにおいて、君は俺の次点に在るのかもしれないね」
その言葉に、オレは不満タラタラ言葉を返す。
「うるせぇ、オレが最強。それは未来永劫揺るがねぇ」
どんな野郎だろうと、ぶっ飛ばす。
なんてったって、オレはシオン・ライアーだからな。
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