オレは弱い。
本当は才能なんてねぇのかも。
ごく稀に、そう思う。
自分より強いヤツが現れた時。
オレは、オレの自信がへし折れる音が聞こえるんだ。
『人の想いというのは、呪いだ』
初代勇者、賢王リクは言った。
彼はゆったりと歩き出し、僕は油断なく拳を構える。
『その面、貴様も私の呪いを受けた』
「……あの時か」
僕が初めて『異能』に触れたあの瞬間。
あの夜、賢王リクは僕の前に現れた。
それはきっと、僕が見た夢の続き。
霧矢に、自分の半分を預け。
悪魔王――後の鮮やか万死から、その半分を奪い、力を削いで。
最後の決着をつけるべく、悪魔王を道ずれに時空を飛んだ。
おおよそその判断に間違いはない。
この星40億年もの歴史の中で、人が存在していた時間の方がずっと短い。
確率的にいえば、誰もいない場所、誰もいない時間軸に飛ばされるのが最も『有り得る』だろう。
だけど、そこは運がなかったんだろうなぁ。
お前は僕の前に現れた。
そして僕は死にかけ。
お前はその責任を取った。
全ての力と全ての命を引き換えに。
僕の命を取り留めた。
その代償が……きっと、賢王リクの魂の残留。
『私も人間だったのだろうね。最後に君に託してしまった。鮮やか万死を倒して欲しいと。……こうして、意識が残ると分かっていれば、あんなことは言わなかったのに』
賢王リクは、そう言って。
次の瞬間、僕の眼前に立っていた。
『申し訳ないことをした。私は最期に、君に呪いを託してしまった』
拳が迫る。
咄嗟に拳を逸らして攻撃を打ち込む。
だが……なんだ、これは……ッ。
拳がまるで、見えない壁にぶち当たったように動かない……!
「ぐ、ぬぬぬ……ぅっ!」
『そして、ミスト……今は霧矢と名乗っているのか。あの男にも悪い事をした』
男は悲しそうに目を細める。
拳が眼前に迫っているというのに。
瞬き1つとせずに、そこに立っている。
『私は彼らに生きて欲しかった。ミストに、アマナに、あの世界を生きて欲しかった。私の分まで生きて欲しくて、あの言葉を贈った』
「知、るか……ッ!」
拳を引いて回し蹴り。
されど、その攻撃も彼の少し手前で停止してしまい、衝撃だけが突き抜ける。
衝撃で謁見の間の柱がいくつもへし折れてゆき、空間を破壊が通り抜ける。
その中で、歯を食いしばって必死な僕と。
どこまでも余裕を崩さない、賢王リク。
『ただ……思うがままには行かぬが人生。アマナは私を追って世界を渡り、ミストは……いつしか自分の死を求めて彷徨い始めた』
彼の手が伸びる。
その指先は、寸分たがわず僕の額へと触れて。
その瞬間、未だかつてない衝撃が、身体中へと突きぬけた。
「が……ぁ!?」
『人の想いは不滅だ。いつまでだって生者についてくる。死んでも、別れても、いつまでだって、死ぬまで人間についてまわる。それを呪いと言わずなんという』
あまりの衝撃に、たたらを踏んで膝を着く。
両手を地面へと着いて、浅く息を吐く。
そんな僕を、賢王リクは見下ろした。
『前置きが長くなったな。済まない、灰村解』
「な、にが……ッ」
必死になって顔を上げる。
僕の瞳を見下ろして。
賢王リクは優しく笑った。
誰より賢く、誰より優しく。
史上誰よりも優れた王。
彼はきっと、常に他人を思っている。
だからこそ、思うのだ。
きっとこの王様は、どこまでも正しい。
彼の言葉は正道で、正解なのだと。
痛いほど、痛い体に染み渡る。
「ぐっ……」
『もう一度言うよ、灰村解』
そして彼は再び言うのだ。
『君は間違っている。その体、一時私に預けてくれないか』
全てを終わらせて。
最高の未来を、貴様に返そう。
そう告げた賢王リクに、僕は言葉を返せなかった。
☆☆☆
「おかしいなぁ……」
霧矢ハチは、目の前の光景に驚いていた。
確実に全員を殺したはず。
それだけの覚悟を持って、彼らに対した。
最後のあの瞬間。
一切の手加減はしていなかった。
にも関わらず。
「……まだ立つのかい。頭大丈夫?」
そこには、一人の少女が立っていた。
赤い髪が風に揺れる。
紫色の瞳は下を向き。
ダメージを隠すことも出来ず、立っているだけで精一杯。
軽く押すだけで倒せるだろう。
それほどまでの満身創痍。
にも、関わらず。
その瞳は、どこまでも鋭く霧矢を見ていた。
「ったりめぇよ。……オレ様ァ天才だぜ? てめぇみてぇな凡人、オレ様の頭を理解出来るはずもねぇ!」
「…………シオン・ライアー」
霧矢ハチは、目を細める。
かつて、その少女は弱かった。
そも、その少女に才能はなかった。
彼女とよく似た女性を知っていたから。
シオン・ライアーと出会った当初、彼女をよく観察したのを覚えている。
だけど、観察するにつれ落胆した。
共通点など、性格と顔と異能くらい。
それ以外の全てが違う。
弱く、才能に恵まれず。
家庭にも、出生にも恵まれず。
不運続きの不幸な少女。
2度目の死に際し、同情した。
同情から、強くなるヒントも与えた。
どれだけ弱く、哀れでも。
友達だから。
死んで欲しくはないと、持ち得る力の全てを教えた。
どうせ、自分には敵わないから。
そう確信していた。
……にも関わらず。
(なんでだろうなぁ……)
霧矢の顔に、苦痛が浮かぶ。
それは、今までで霧矢が見せた中で、最も人間らしい表情だった。
「嫌だなぁ……」
灰村解と、シオン・ライアー。
二人を見ていると。
どうしようもなく、過去に重なる。
過去の幸せを垣間見る。
二人と居ると、自分の居場所はここなんだと思ってしまう。勘違いしそうになる。
霧矢ハチは拳を握る。
それを前に、シオンは笑った。
「どうした最強、怯えが見えるぜ」
霧矢の肩が震える。
絶対的に優位なはずなのに。
片や満身創痍。
どう考えても負けるとは思えない。
なのに。
霧矢は、攻撃の手が出なかった。
「…………ッ」
その理由はすぐに察した。
この瞬間、彼女の目を見て。
まるで、獰猛な肉食動物を目の前にしたような感覚に陥った。
この、霧矢ハチが、だ。
「……君は、一体何なのかな」
霧矢は問う。
限りなく全知全能でありながら。
知ったと思っていた少女のことが。
今、何もわからなくなっていた。
「なはは! そりゃ簡単な質問だぜ!」
かくして、シオンは眼帯に手を添える。
その眼帯こそ、シオンの鍵。
異能発動に欠かせないもの。
にも関わらず。
シオン・ライアーは、その眼帯を投げ捨てた。
「オレ様は、シオン・ライアー! てめぇを倒す大天才だ! 覚えときやがれ!」
かくして、彼女は目を開く。
幼少期に潰された右眼。
その下には、どこまでも冷たい炎が揺らめいていた。
「【
それは、本来であればありえぬ光景。
凡人が、第二の異能を使うという事実。
霧矢をして、その人生で見たことの無い瞬間。
「き、君は――」
「この目は、オレの原点。オレが思う一番痛てぇ過去。無論、コレが鍵になってねぇワケがねぇ」
その言葉に、霧矢は喉を鳴らし。
そして、彼女を中心として、世界が弾けた。
「【
それは、霧矢ハチの知らない異能。
この星の歴史上……初めて用いられた異能。
その異能に霧矢は、常軌を逸した努力を垣間見た。
「先に言っとくぜ、キリヤ」
シオン・ライアーは、前を向く。
その瞳に迷いはなく。
霧矢ハチは、拳を構える。
「オレは負けねぇ。情けねぇ姿、ぶっ倒れてる子分に見せらんねぇからな」
「……その言葉、まるで呪いのように感じるよ」
灰村解と、シオンの間に在る関係。
子分と親分。
それは些細な関係だとしても。
ここぞと言う時、その言葉だけで立ち上がれる。
それは原動力とも呪いとも呼ばれるが。
少なくとも、シオン・ライアーにとっては前者に違いない。
「Go Ahead、先に逝っちまちな、クソキリヤ!」
そして、シオンは走り出す。
その後方では……倒れたはずの灰村解が、僅かに動き始めていた。
オレは弱いのかもしれない。
オレは才能ねぇのかもしれない。
だけどよ、カイ。
それがなんだって話だよな。
これは意地だ。
言い訳なんてしたくねぇ。
オレがすべきこと、やらなきゃならねぇこと。
キリヤを止めること。
カイ、てめぇは黙って寝てやがれ。
たまには、親分であるオレ様が、お前のことを救ってやるよ。
次回【シオン・ライアー②】
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