年内には終わらんなぁ……。
それと、メリークリスマス!
一撃で、気持ちよくなっちまうような。
生まれて初めて感じた衝撃だった。
意識が遠のく。
視界が白く染まり果てる。
だけど……なんだろう。
なんで僕は。
ふと、視界に黒点が落ちた。
それは徐々に拡がってゆき。
やがて、視界を黒で埋め尽くす。
何も見えない真っ暗闇。
顔を顰めてみたけれど、何も変わらず。
ふと、頭上を見上げた僕は。
どこまでも広がる、満天の星空を見た。
「あぁ……これ、夢だ」
それは、とても懐かしい夢だった。
ずっと昔。
僕がまだ小学生の頃。
まだ僕が実家に暮らしていた頃。
遊び疲れて、クタクタになって。
家に帰るまでの道のり。
夜、空を見上げれば。
こんな綺麗な夜空だっけかと、ふと思い出す。
数年前まで、見ていたはずなのに。
数百年ぶりに見たような、懐かしさが体を占めた。
「…………」
ふと、足音がして振り返る。
と同時に、小さな子供が歩いてきて、僕の体を通り抜けた。
……そりゃそうだ、これは夢だ。
僕が介入することは出来ない。
そして、僕が二人いたって……何らおかしくはない。
自分を通り過ぎて行った子供を振り返る。
黒髪黒目で、どこにでも居そうなヤンチャな子供で。毎日泥まみれになって母さんに怒られて……。
そんな子供を見て、僕は少しだけ頬を弛めた。
――灰村解、11歳。
その姿を見て。
僕は不思議と……今になって思い出した。
僕がまだ真っ白だったこの頃を。
不思議と忘れてしまった、僕の原点を。
灰村解の、心の中に棲むモノを。
☆☆☆
人生とは、不可思議の連続だ。
何があるか、どんなことが起こるか。
神様だって分からない。
それが人生っていうもので。
人間一人の死にざまなんて。
そんなもの、あらかじめ自覚できるようなもんじゃない。
少年は夜道を歩く。
平和な田舎だったから。
家まで歩けばすぐだったから。
だから特に心配はしていなかった。
それは、きっと正しい判断。
間違っていたのは――異能を知らなかったということだけ。
『ジジ……ジッ、ジジ、ジ……』
ふと、頭上から音がした。
気になって、少年は頭上を見上げる。
……それは、今となっては見覚えのある光景。
されど、当時の僕には見たことも聞いたことも無い、超常現象。
――次元の【渦】。
逃げておけばよかったのに。
興味なんて持たなければよかったのに。
少年は、迷いなく駆けだした。
その底抜けの興味と言うべきか。
考えるより先の行動力と言うべきか。
本来なら褒めるべきであるところを。
僕は、手を伸ばしてでも否定したい。
少年は駆け出して。
そして同時に、ソレは現れた。
『…………は?』
少年の口から、言葉が漏れた。
時空の狭間から現れたのは、巨大極まる血肉の塊。
それは肉片の雨となって降り注ぎ、無数の骨が少年を襲う。
魚の骨ほど小さなものから。
鉄骨ほども大きな骨まで。
無数の死骨が少年を襲う。
咄嗟に逃げても、もう遅い。
右脚を鋭い骨が突き刺し、腕を抉り、頭蓋を削り、腹を巨大な背骨が串刺しにした。
『あ、が、……ぁ、……っ』
それは、瀕死に違いない。
腹部がほとんど消滅してる。
体だって大半が抉れるか削れるかしていて、頭蓋骨にもヒビが入っている。
そもそも出血多量で、じきに死ぬ。
すぐにそんなに想像が着いた。
だけどきっと。
少年の死なんて、その場では軽い出来事。
やがて、死肉が動き出す。
それらは集い、小さな器を形成してゆく。
それは、成人男性ほどしかない、男の体。
薄紫色の長い髪。
鮮やかな鮮血のように濡れた着物。
それは、まるで時代錯誤の江戸装束。
その時の少年は、その男を知らなかったけれど。
今の僕は、その男を痛いほどに知っていた。
『こ、ここは……僕は、賢王リクに……賢王? ……
男には、記憶の混濁が見えた。
まるで自分が何者か分かっていないような。
持ち得た記憶の過半を奪われたような。それは、哀れみすら覚えるほどの狼狽だった。
しかし、その動揺も長くは続かない。
やがて、男は立ち上がる。
ふと、瀕死の少年へとその目は向かった。
だけど、そこに興味はなく。
ただそこに在ったのは、虫けらを見るような蔑んだ目だけ。
『……まぁ、いいや。僕のやるべきことは変わらない。鮮やかな……万死の塔を築き上げるだけ』
そこまで言って、男は目を丸くした。
『あぁ……そうか、そうかもしれない。その単語にだけは、不思議と覚えがある。そうだ、師匠が言ったんだ』
そして男は、気味悪く笑った。
その笑顔には満面の狂気が張り付いていて。
『【
その言葉に、僕は目を閉ざす。
……出会っていた、この瞬間に。
あの男との出会いは、あの場所じゃない。
ナムダと戦った、地下格闘技場じゃない。
ここだ。
ここで出会った。
ずっと前、鮮やか万死が誕生した日。
僕が初めて異能に触れた日。
この日、僕らの因縁は始まった。
やがて、鮮やか万死の気配が消える。
……初代悪魔王の半身。
切り裂かれ、食われた残り半分。
賢王リクに、時空ごと飛ばされた悪魔王。
禁忌を暴走させ、人を辞めた狂気の化身。
世界も時空も時間も超えて、現代に降り立った恐怖の象徴。
それが、鮮やか万死の正体。
今になって理解して。
僕は、目を開く。
既に万死の姿はなく。
だけど、頭上には時空の穴が空いていた。
なぁ、万死。
それは、僕には陰陽師としての才能があるからだと……勝手に思ってた。
だけど、違うよな。
これがあるから、なんだよな。
お前も記憶は無いはずだけど。
きっと、僕を救った一人の男を、本能的に理解していたんだろう。
『……やぁ、少年』
ふと、声がした。
少年は薄く目を開き。
そして、僕は振り返る。
そこには満身創痍の、金髪の男が立っていた。
『後生の願いだ。聞いてくれるかな』
☆☆☆
ふと、目が覚めたような感覚があった。
目を開くが、しかし、そこはまだ夢の中。
そこは、見覚えのない王宮だった。
世界から音という音が消えたような。
どこまでも静寂が突き抜ける宮殿。
その廊下に、僕は立っていた。
『私の願いは……あの男を倒すこと』
ふと、背後から声がする。
振り返れば、周囲の光景は変わっていて。
僕は、壊れ果てた噴水広場に立っていた。
『私はね、灰村解。全てを失ったんだ。大切なもの。守りたかったもの。何も救えず、友を守ったつもりで、異世界の君を巻き込んだ』
声がする。
すぐ後ろからだった。
僕は振り返ることはしなかった。
ただ、全てを救おうとして、何も救えなかった王様の、言葉を聞いた。
『何が悪かったんだろうな。最善を尽くしたつもりで、私はきっと、最善を尽くせてはいなかったのだろう』
どうだろうな。
僕はお前を知らない。
だから、何も言うことは出来ない。
ただ、代わりと言ってはなんだけど。
ひとつだけ、聞いてもいいか。
「なぁ、王様」
お前の目的は、悪魔王を倒すこと。
鮮やか万死を殺すこと。
なら、その目的は叶ったわけだ。
そこで僕は、アンタに問いたい。
僕は、振り返る。
周囲の光景は変わっていて。
場所は謁見の間。
その男は、玉座に深く腰掛けている。
アンタがあの時願ったこと。
今になって、ようやく思い出した。
【私はじきに死ぬ。だから、いま在る私の命も……力も、全てを託して君を生かす。だから、君が私の願いを叶えて欲しい】
なぁ、王様。
その夢は叶えたよ。
あの野郎は、ちゃんと地獄に送ったよ。
だけどさ、王様。
僕は、その王様を見上げて問いかけた。
「アンタは、今度は何を望むんだ?」
夢を失い、夢に敗れ。
新たな夢を、あんたは叶えた。
そして、もう一度、僕の前に現れた。
なら、アンタはなにか、僕に伝えたかったわけだろう。
なぁ、賢王リク。
僕の心の中に棲むモノ。
僕に力を託して死んだ者。
僕の原点となったもの。
いつの間にか忘れてしまったもの。
賢王リクは、玉座から立ち上がる。
それだけで威圧感が溢れ出す。
霧矢より強かった、全盛期の初代勇者。
その力は……下手をすれば、解然の闇にすら匹敵するのかもしれない。
『難しいことは……まぁ、抜きにしようか』
そして、彼は拳を構える。
その姿に目を細めると、彼は言った。
『
それはただの説得に聞こえた。
なら、なんで拳なんて構えてるんだよ。
……とは、問う気にもなれなかった。
分かってんだろ、答えくらい。
僕は、彼に対して拳を構える。
期せずして、それは賢王リクと全く同じ構えでもあった。
「僕は誰とも代わらない。僕の夢は、僕が叶える。それが僕の責任だ」
『……一度、その夢の末路に着いて、説教したような気がしたが?』
忘れたな、夢のことなんて。
今大切なのは、アンタが敵だって言うこと。
そして、霧矢が僕のノートを奪おうとしているということ。
なら、勝つしかない。
あんたにも、霧矢にも。
「『負けられない』……って言葉じゃ、足りないくらい負けられない」
たとえ間違っていたとしても。
僕は、必ず正解を掴み取る。
この道を、正しいものへと変えてみせる。
それこそが、灰村解の生き様だ。
なぁ、王様。
僕は、賢王リクじゃねぇんだよ。
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