「3分だ」
霧矢ハチはそう言った。
僕は腹を抑えて膝をつきながら、彼を見上げる。
霧矢は大きく両手を広げ。
穏やかな表情で宣言した。
「今から君たちを、3分ですり潰す」
その言葉に青筋を浮かべたのは、きっと僕だけではないだろう。
膝に手を当て、腹に力を込めて。
声を張り上げて立ち上がる。
「あ、が、ぁぁぁぁぁああああッッ!」
「……本当に強くなったね。今の、殺すつもりで撃ったんだけど」
霧矢が、どこか嬉しそうにそういう中。
彼を見れば、その背後からボイドが迫っていた。
「殺す――ッ!!」
ただ、シンプルな殺意。
それを前に、霧矢ハチはゆったりと振り返る。
決して素早い動きではない。
それでも、洗練され、極められたただの所作。それはいとも容易く後の先を取ってしまう。
「『神狼』」
それは、僕の力。
防御を貫通する身体強化。
それを、ただでさえ身体能力か化け物クラスの霧矢が用い、ボイドへ放った。
「『発勁』」
それを前に、ボイドは首を傾げて攻撃を回避する。
彼女は勢いそのまま、カウンターを狙うように拳を振り下ろす。
だが、霧矢の放った掌底は、時空を歪めて空間を飛ぶ。
「【竜刻】」
突如として、ボイドの頭部が後ろに弾かれる。
彼女の体は勢いよく吹き飛ばされてゆき、その体は流星群により灼熱した大地へと突っ込んでゆく。
それを一瞥、霧矢は右手を差し向けた。
「『我が血は鎖、我が名は楔。其の身、其の魂、黒き灼熱を以て此処に封じん』……【簡式・灼極封魔】」
「……ッ! ぼ、ボイド!」
嫌な予感がして、ボイドに叫ぶ。
彼女は跳ね起きるように飛び上がるが、されど、その四肢には溶岩が不自然な程に巻きついている。
「ぐ……ッ、こ、これは――!」
「人類史上最高の封印術さ。正直、君がなりふり構わず襲ってきたら面倒だからね。数日か、数時間か、数分か。簡式でどれだけ持つか分からないけど……今は寝ててよ」
その言葉に、ボイドは口を大きく開く。
その中に強大なエネルギー弾が産み落とされるが、それが放たれるよりも、溶岩の封印が彼女を飲み込むのが先だった。
深淵竜ボイドが、溶岩に飲み込まれてゆく。
その光景に思わず目を見開いて硬直した。
それは、ほんの一瞬。
されど、ここで作ってはいけない隙だった。
「やぁ、余裕だね」
「――ッッ!?」
気がつけば、僕は思い切り蹴り飛ばされていた。
あまりの衝撃に意識を保つだけで精一杯。
それでも何とかこらえて前を向く。
体制を整えて着地する。
と同時に、視線の先ではナムダとポンタが霧矢へ迫った。
「暴走列車! 殺す気で征くぞッ!」
【GOOOOOOOOOAAAAAAAAAA!!】
2人の物理最強。
彼らは初めて合わせたとは思えないコンビネーションで、左右から無数の拳を繰り出した。
……だが、届かない。
あの、征服王と暴走列車が力を合わせても……拳1発も届いちゃいない。
僕は奥歯を噛み締め、大地を蹴る。
と同時に空間を飛び、霧矢の背後へ瞬間移動。
痛みがなんだ、苦しいからなんだ。
ここで逃げたら勝ち目が消える。
ここで、決めるんだ。
絶対に倒すんだ。
今、この瞬間が――ッ!
「今この瞬間。これを逃せば負けるよね」
嫌な声。
そこから先の動きを、僕は真眼ですら捉えられなかった。
強烈な力の流れがあった。
それだけは分かったんだ。
気がつけば、ポンタの腹に拳が突き刺さり。
ナムダの顔面を回し蹴りが撃ち抜いた。
そして、僕の顔面へと迫る掌。
気がつけば僕は頭を鷲掴みにされて。
霧矢の細腕で、簡単に組み伏せられていた。
「ぐッ……!」
「無駄だって分からないかな。君の夢は叶わない。俺の夢は実現する。君は、過去を抱えたまま今を生きる。それはもう確定された未来なんだよ」
歯を食いしばり、全身から青い炎を吹き上げる。
霧矢ハチは大きく後退し、僕は咄嗟に立ち上がろうとしたが……ガクリと、膝が崩れ落ちた。
「な……!?」
「初めてかい? 神力より……体力の方が先に尽きるのは」
霧矢の言葉に顔を上げる。
彼の前には阿久津さんと六紗、シオンの姿がある。
彼女らの顔には焦りと怒りが浮かんでいて、真眼が、ここに来て今までで1番な力の流れを視認した。
「ろ、六紗――ッ!!」
咄嗟に叫んだのは、彼女の能力しか対応できないと思ったから。
彼女はすぐに僕の意を察すると、時間停止を発動する。
確かにそれは、発動した。
そう、真眼は理解した。
にも関わらず。
次の瞬間、立っていたのは霧矢だった。
「時間停止。同じ能力が使えるのなら……君は無力も同然だよね」
「あ、あぁ……あぁぁあああ……ッ!!」
その光景に、まともな声も出なかった。
そこに倒れていたのは、心から信頼する3人。
じわりと血溜まりが広がってゆく。
振り返れば、ポンタもナムダも微動だにしない。
ボイドからは一切の反応はなく。
霧矢ハチは、無表情で僕を見下ろした。
「君は間違っている。夢も、目的も……仲間を
間違っている。
その言葉が頭の中でぐるぐると回る。
だけど、僕は歯を食いしばって迷いを断ち切る。
ふざけるな、ふざけるな!
こんな所で終わってたまるか!
もう、後戻りなんて出来ないんだ!
彼女らが力を貸してくれた!
僕の背中を押してくれた。
その思いに答えなきゃ……ッ!
「僕は……ッ」
僕はもう、下がれない。
もうすぐなんだ、もう少し……!
もう少して手が届く。
勝てば。僕がここで勝つことが出来れば。
全て元通り、僕が望む未来が来る。
もう少しで、僕は――ッ!
「それが間違っていると言ってるんだ」
霧矢の声は、すぐ目の前から聞こえてきた。
最後に見たのは、眼前へと迫る拳。
そして、霧矢のどこか悲しそうな顔だった。
「またねカイくん。あの世で会おう」
そして、僕の意識はブツリと切れた。
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