夜が明けての、昼下がり。
青空の下、僕は空を見上げて立っていた。
草原に吹き抜ける風が気持ちいい。
目を閉じれば、いつになく感覚が鋭くなっているのが分かった。
飯はさっき食べてきた。
ちゃんと寝たし、体調は万全。
第六感は好調で、真眼もしっかり休めた。
いつになく絶好調な気がする。
僕は背後を振り返る。
阿久津さん。
六紗。
ポンタ。
シオン。
ナムダ。
ボイド。
この世界について来てくれた六人。
彼ら彼女らの顔を見て、僕はずっと考えていた言葉を言おうと、口を開いた。
だけど、考えていたはずの言葉は、声に出てこなかった。
――逃げるなら今しかないぞ。
その言葉は、彼らの瞳に灯った覚悟を見れば、すぐに霧散していったから。
だから、僕は彼らに背を向ける。
絶対の信頼を背に込めて、言葉を変えた。
「ありがとう。ここまで来てくれて」
前を向く。
そこには、一人の男が立っていた。
黒髪に、黒い瞳。
王のようで奴隷のようで。
玉座のようで空気のような。
掴みどころのない男。
今まで相対した中で、最強の男。
「……悲しいよ、カイくん。君はもっと……お利口さんだと思ってたんだが」
「だとしたら、お前の見る目が腐ったんだな」
そう鼻で笑ってやるが、彼が笑い返してくれることは無い。
僕の隣に、シオンが並ぶ。
その横顔は怒ったようで、悲しいようで。
何か言いかけた彼女は言葉を飲み込み、そして彼の名を呼ぶ。
「おいキリヤ!」
「……なんだい、シオンちゃん」
霧矢は、どこか懐かしそうに僕ら二人を見ていた。
その姿に、シオンは歯を食いしばる。
強く拳を握りしめ。
だけど、出てきた言葉は弱々しかった。
「……てめぇ、それでいいのかよ……」
「うん。俺は死ぬために生きているんだ」
即答だった。
シオンの奥歯から嫌な音がした。
僕は咄嗟に彼女の肩へと手を伸ばす。
「シオン……」
「わぁってんだよ! アイツが言っても聞かねえってことくれぇ!」
シオンだって、霧矢のことを知っている。
僕と霧矢ほどでは無いが、一緒の時を過ごし、同じ釜の飯を食った仲だ。
だからこそ分かることもある。
霧矢がどんな性格で。
どれだけ頑固な野郎か、とかな。
「ずっと昔……俺は、友を失ったんだ」
ふと、霧矢の言葉が聞こえてきた。
「友人の一人は、瀕死のままどこかに消えた。もう一人は、その友人を追いかけて旅に出ちゃったよ。……もう、今じゃどこにいるのかも分からない。あの後、彼らが生きて再会できたのかも分からない」
それはきっと、童話の中の物語。
初代勇者と、それに付き従った名も知らぬ少女。
きっと、彼らの話なのだろうと察しがついた。
「俺はね……彼らに追いつこうと思うんだ」
きっと、その2人は死んでいる。
そんなこと、霧矢本人が1番よく知ってるはずだ。
悠久を生きる賢者。
彼だからこそ、人の生きられる時間が短いことくらい、知り尽くしてるはずなんだ。
死んだら骨も残らない。
冥府の下に落ちてしまえば、意識も無くなる。
何も無くなって消えてゆく。
天国も地獄も存在しない。
分かってんだろ、それくらい。
なのにお前は……それでも言うのか、同じことを。
「……情けねぇ、死者に縋るんじゃねぇよ」
「カイくん。君も、俺と同じだけ生きたら分かるさ」
分かりたくもねぇがな。
死んだもんは戻らねぇ。
死んだとしても再会できねぇ。
……お前だって、冥府で見ただろう。
冥府は輪廻転生の為の施設。
あの場所に居なかった時点で……もう、賢王リクの魂は消えている。
「お前は過去には追いつけない」
「それは死ぬまで分からないよ。それに、僕が終わることにも意味があるんだ」
しかも彼が言う『終わり』とは、完全なる終焉。
冥府を経由することなどなく。
抗い難く、耐え難い終焉。
1発で輪廻転生にぶち込まれるような、そんな終わり方。死に様だ。
「冥府では……どう足掻いても死ねなかったからね。あの場所に、無抵抗の俺を殺せる人は居なかった」
だから最後の手段に出た。
黒歴史ノートによる奇跡の実現。
完全なる死。
それを、霧矢ハチは目指し始めた。
彼は空を仰ぐ。
目を細めて、気持ちよさそうに風を浴びる。
その姿は、間違ってもこれから死のうという男のものには見えなかった。
しばしして、彼は僕の方へと視線を戻す。
「カイくん。一つだけ……一つだけ。僕の願いも、君の願いも叶う方法。教えてあげようか」
「聞きたくねぇな、どうせ碌なもんじゃない」
というか、知ってる。
僕もお前もハッピーエンドになれる、最悪の手段なんてな。
僕は吐き捨て、拳を構える。
それを前に、霧矢は告げて僕は拒絶する。
「君が俺を殺せばいいよ」
「うるせぇ、黙って夢に散りやがれ」
僕は大地を駆け出して。
霧矢ハチは、悲しそうに言葉を重ねた。
「そうかい。それじゃあ……殺すしかないね」
最初からわかっていた。
僕らはどこまでだって平行線。
もう、交わることは無い。
僕の拳と、霧矢の拳。
真正面から激突したそれらは、周囲へと強烈な衝撃波を撒き散らす。
草木が揺れて、僕らは至近距離から睨み合う。
……思えば、最初からこうなる運命だったのかもな。
「お前を倒すよ、霧矢ハチ」
お前は絶対に死なせない。
僕の言葉に、霧矢は微笑んだ。
☆☆☆
とはいえ、この男は最強だ。
それこそ解然の闇でも連れてくれば話は別だが、マトモな生命体の中で、あのボイドと同格か、それ以上という時点でイカれてる。
「お前の力は……能力のコピー」
ありとあらゆる力を用いる、最強とも呼べる力。初代勇者と……僕と、同じ力。
僕の言葉に霧矢はぴくりと反応し。
次の瞬間、僕の背後で気配が動いた。
「なら、思う存分見ていけよ」
僕の背後で動いたのは、シオン、ナムダ、ボイドの三名。
シオンの全身から銃火器が。
ナムダの体から血の蒸気が。
ボイドからは死を垣間見る殺意が迸る。
「あぁ、そうさせてもらうよ」
霧矢の拳が脱力する。
すぐさま反応して左拳を振るうと、霧矢も応戦。乱打を撃っては弾かれ、撃たれては弾いて逸らして、わずか瞬く間の攻防があった。
されど、それはほんの一瞬。
すぐさまボイドが乱入し、霧矢は下がる。
それを前にシオンは情け容赦なく弾幕をぶちかます。
それは、想力により大幅に強化されたもの。
それを前に、霧矢は……腰へと手を伸ばし、居合の構えをとった。
真眼が力の流れを捉える。
それと同時に、僕もまた同じ構えをとった。
そして、放つ言葉は全く同じ。
「『無刀一閃』」
そして、無数の斬撃が放たれる。
シオンの弾幕を、それ以上の数の斬撃がぶっ壊し、通り抜けてきた斬撃を僕の斬撃で相殺する。
これで、やっと威力的にトントンだ。
僕の異能と、シオンの異能と。
2人合わせて初めて威力が相殺できる。
「チッ! 冥府にいる時からそれくらい戦いやがれ! クソキリヤ!」
「ははは。やる気がなかったからねぇ、今度は本気出させてもらうよ、シオンちゃん」
そう言って、さらに下がる霧矢。
されど、次の瞬間にはその姿は全く別な場所に移動していて。
それに1番驚いたのは、霧矢本人だった。
「って、あれっ!?」
――時間停止。
直ぐにその事実まで考え至った。
「悪いけど、私は前より強いわよ」
僕の隣から声がする。
六紗優の【
僕が禁忌を奪ったことで、彼女の中で力を制限していた全ての枷が解き放たれた。
そのせいで、彼女は以前よりも速く、長く、一瞬で時間停止の世界を動けるようになっていた。
斬撃の衝突による砂煙。
その中を突き破って飛び出したのは、竜血暴走のナムダ・コルタナ。
【GOOOOOOOOOAAAAAAAAAA!!】
「またまた厄介な……」
ナムダの拳を、霧矢は両手を交差して防ぐ。
されど衝撃までは防げなかったか、その一撃で大きく吹き飛ばされてゆく。
その姿を真眼で捉える。
その表情は苦々しくて。
その体から、僅かな力が溢れ出た。
嫌な予感に、背後へと回し蹴り。
同時に霧矢は瞬間移動し、ピンポイントで僕の背後へと現れた。
「うへぇ、バレてら」
「うラァッ!」
迷わず蹴りを振り抜くと、皮1枚で攻撃を躱した霧矢が拳を構える。
その拳に宿る強大な想力。
それを前に僕は大きく目を見開いて。
――彼の横腹を、ボイドの拳がぶち抜いた。
「【竜刻】」
「ご、は……ぁっ!?」
初めて入った、それらしいダメージ。
霧矢は口から鮮血を漏らしながらたたらを踏み、苦痛の顔をあげた先には、ボイドの拳が迫っていた。
「……ッ!?」
咄嗟に霧矢は転移する。
視線を移動させれば、少し離れた場所に霧矢は立っており、ボイドに撃ち抜かれた場所には……赤い紋章みたいなものが浮かんでいる。
「………我が攻撃、受けたな男」
ボイドの言葉に、霧矢の頬が引つる。
彼は知識の図書館だ。
彼女が世界の補正により、新たに身につけた異能の力。それだって、過去を振り返れば『らしい』力なんてありふれてるはず。
……修行してた時は、あの力に結構苦しめられたっけ。
そんなことを思い苦笑する僕に。
ボイドはただ、拳を構える。
「宣言しよう、我はもう外さない」
「……厄介極まりないね。
霧矢は、その最悪の言葉を口にする。
僕が学園で戦ったダリア・ホワイトフィールド。
彼女が因果逆転の必中能力者であるとするならば。
それの完成体こそ、深淵竜ボイド。
彼女の攻撃は、その紋章を必ず穿つ。
どんなことがあろうとも。
どんな困難があろうとも。
正しく凶悪。
鬼に金棒を持たせてはいけない。
そうは言うけれど。
どこのどいつだ。
最強に、反則チートを与えた馬鹿は。
「死にたいのなら安心せよ。この我が、完膚なきまでに殺してやる」
その言葉に、霧矢は笑う。
「嬉しいねぇ……冥府をすっ飛ばして殺してくれると、俺としても抵抗しなくて済むんだが」
しかし、霧矢は拳を構える。
それは、抵抗の意思。
ボイドでは自分を消滅させられない。
そういう、言外の表示。
それは、怒れる炎に薪をくべることになる。
ボイドの全身から闘気が吹き上がり。
僕は、迷うことなくその隣に並んだ。
僕の姿にボイドは大きく目を見開いて。
「勝つぞ、ボイド」
それ以上、言葉は要らなかったと思う。
ボイドは再び前を向き、僕の背後に一同が揃う。
それを見て、霧矢は微笑む。
「……ったく、デタラメに強いのも罪だねぇ」
当たり前だ。
こうでもしないと、お前は倒せないんだからな。
だから、悪いとは言わねぇよ。
お前は少々、強すぎるから。
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