『ミスト、よく聞いてくれ』
それが夢だと、すぐに分かった。
目の前には、金髪の青年が居た。
その背後には、今も膨れ上がり続けている肉片があって、それを背後に……この青年は驚く程に冷静だった。
『私はおそらく、ここで死ぬ』
その言葉に、涙が零れた。
感情なんて枯れ果てたはずなのに。
もう、孤独には慣れたと思っていたのに。
温かい人、優しい人。
彼と触れ合っていくうちに、心の氷は溶けきっていた。
『そ、そんな……ことは!』
『そんなことが起こるのが現実だ。……悪魔王は、本当に強かった。それだけの話だよ、ミスト』
青年は立ち上がる。
その目は優しい色に溢れていた。
見ているだけで暖かくなるような。
いい人なんだなぁって、分かるような。
賢王リク。
君は、心の底から善人だった。
自分の死を目前にして。
普通なら恐れるところを。
彼は、恐怖の一つも浮かべなかった。
そこに在ったのは、いつも通りの賢王リク。
彼は、ふと視線を移動させる。
その先には、気絶して倒れた少女の姿がある。
『唯一の心残りは……ミスト、アマナ。お前たちの未来を見届けることができないこと。……ともに生きてやれないこと。これが、私が二人に何かしてやれる、最後の機会だということ』
『そ、そんなことは許さない! ……そ、そうだ! 僕の命でどうにかまからないか! 僕は死んでも死なないんだ! なにも、君が死ぬ必要なんて――』
叫ぶ。声の限りに。
だけど決死の思いも届きはしない。
彼は優しく微笑んで、いつものように語り掛けてくる。
『ミスト。必要ないことなんてないんだよ。世界は必要なことであふれてる。どんなに無駄に思えることも、どれだけ黒い過去だとしても……そこに不必要なモノなんてない。此処で私が死ぬというのなら、それはきっと必要なことだ』
『だ、だけど……っ!』
その言葉が『嘘』であると、ミストは理解した。
もしもその言葉を本気でとらえるなら。
彼が大切としてた民の死さえ、肯定してしまう。
だから、それは嘘。
正直者の塊のような王が、生まれて初めて発した虚実。
その意味を考えて、ミストは涙した。
『分かってくれるかい、理知の王』
彼は、他人を傷つける嘘は、絶対に言わない。
その意味をこの瞬間に理解して。
ミストは、顔を俯かせて拳を握る。
『分かりたくなんて……ないよ、リク』
『……ありがとう、ミスト』
その場に相応しくない、感謝だった。
それを前に、動くことができなかった。
青年は歩き出す。
その歩みを、縋り付いてでも止められなかった。
その背中が遠ざかる。
手が届かない距離まで離れて。
初めて、その背中へと手を伸ばす。
迷い、苦悩、思考、悲哀。
体を硬直させた理由なんていくらでも思いつく。
だけど、最後に残った感情は一つだけ。
――頼むから、生きていてほしいんだ。友よ。
手を伸ばしても、もう届かない。
王は歩む。
その横顔は、どこか誇らしげで。
その手首から黄金の円環が浮かび上がる。
『ぎやぇええ! がぁ、ァァ!! ぁぁ、げん、けげ、賢王リクゥッゥゥゥ!!』
『悪魔王。その力は……貴様の手にすら余る代物だったらしい』
悪魔王の異能、
死に介入する最強の力。
悪魔王は今に至るまで、その力をセーブしながら使っていたように思える。
だが、そのセーブを解除せねばいけない窮地に陥り、その禁忌は開放された。
賢王リクは強かったのだ。
強かったがゆえに、禁忌の尾を踏んだ。
それは、なんという皮肉だろう。
民を救うため、必死になって強くなった。
その果てが、民に救われた命を落とすという結末なのだから。
『まるで【魔神】。世界を万死に埋め尽くす……悪の権化のような姿』
そう言って、賢王リクは手を伸ばす。
円環から眩い光が立ち上る。
悪魔王だったものは大きく反応を示し、それを前にリクは言う。
『大丈夫、私が半分貰い受けるから』
それは、禁忌の劫略。
人の身には余る大罪。
そんなことをすれば、肉体は保てず。
意識も何も無くなって、死に至る。
『……仮に生きていたとしても、私はどうなってしまうのかな。死しても死にきらない存在になるかもしれない。あるいは、禁忌の劫略に抗体でもできるのかな』
とはいえ、そんな仮定は意味無い話。
十中八九、自分は死ぬ。
そう分かっていて。
だけど、賢王リクに迷いはなかった。
『代わりに、私の半分を置いていく』
背後へと目を向ける。
そこには、膝を着く大賢者の姿があって。
賢王リクは、笑って言った。
『ミスト、あとは託すぞ』
それが、ミストへと向けられた最期の言葉。
円環が解け、線へと変わる。
それは金色の軌跡を残して突き進む。
それはまるで、闇を切り裂く光のようで。
その一撃は、悪魔王の半身を切り捨て、飲み込んだ。
ミストの目に映ったのは、大量の血を吐き出す賢王リク。
その姿に、悲鳴を上げるよりも先に。
『友のために死ぬ。……これほどの誉れがどこにある』
時空へと、巨大な穴が開く。
それは、どこへ続くとも知らぬ穴。
賢王リクは、足を引きずり、その穴へと向かう。
悪魔王のすぐそばに開かれたソレは、その血肉一片残らず吸い込んで。
その穴へと、青年もまた身を投げた。
『り、リク……ッッ!!』
悲痛な叫び声に。
最後の最後で、青年は振り返る。
その顔は、どこまでも穏やかだったのを覚えていた。
☆☆☆
目が覚める。
それが夢だったと気がついて。
その青年は体を起こし。
その男は、涙を拭いた。
互いが互いに、別の場所にいながら。
全く同じ、夢を見た。
「……これが、末路か」
少年は呟く。
「……本当に、なんで今更こんな夢を」
その男は、涙を拭って空を見る。
空は明け方、雲の隙間から朝日が見える。
二人はその光景を見あげて、共に理解する。
今日が、決戦の日。
全てに雌雄を決する、最後の日だと。
「……霧矢」
「カイくん」
二人は、朝日を見上げて名を告げる。
その瞳には、強い覚悟が灯っている。
「お前を倒して、過去を変える」
「君を殺して、過去に追いつく」
過去を変えようという者。
死して過去になろうという者。
二人の意思は、平行線。
決して交わることは無い。
二人はただ、願うばかり。
出来ることならば、と。
「「抵抗せずに、散ってくれ」」
友であるが故に。
二人は、願わずにはいられない。
本当にこの物語、誰を主人公にしても書けると思う。
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