挿絵表示切替ボタン

配色








行間

文字サイズ

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
155/170
最終章【妄想クラウディア】
516『夜が明ける』

『ミスト、よく聞いてくれ』


 それが夢だと、すぐに分かった。

 目の前には、金髪の青年が居た。

 その背後には、今も膨れ上がり続けている肉片があって、それを背後に……この青年は驚く程に冷静だった。


『私はおそらく、ここで死ぬ』


 その言葉に、涙が零れた。

 感情なんて枯れ果てたはずなのに。

 もう、孤独には慣れたと思っていたのに。

 温かい人、優しい人。

 彼と触れ合っていくうちに、心の氷は溶けきっていた。


『そ、そんな……ことは!』

『そんなことが起こるのが現実だ。……悪魔王は、本当に強かった。それだけの話だよ、ミスト』


 青年は立ち上がる。

 その目は優しい色に溢れていた。

 見ているだけで暖かくなるような。

 いい人なんだなぁって、分かるような。


 賢王リク。

 君は、心の底から善人だった。


 自分の死を目前にして。

 普通なら恐れるところを。

 彼は、恐怖の一つも浮かべなかった。


 そこに在ったのは、いつも通りの賢王リク。

 彼は、ふと視線を移動させる。

 その先には、気絶して倒れた少女の姿がある。


『唯一の心残りは……ミスト、アマナ。お前たちの未来を見届けることができないこと。……ともに生きてやれないこと。これが、私が二人に何かしてやれる、最後の機会だということ』

『そ、そんなことは許さない! ……そ、そうだ! 僕の命でどうにかまからないか! 僕は死んでも死なないんだ! なにも、君が死ぬ必要なんて――』


 叫ぶ。声の限りに。

 だけど決死の思いも届きはしない。

 彼は優しく微笑んで、いつものように語り掛けてくる。


『ミスト。必要ないことなんてないんだよ。世界は必要なことであふれてる。どんなに無駄に思えることも、どれだけ黒い過去だとしても……そこに不必要なモノなんてない。此処で私が死ぬというのなら、それはきっと必要なことだ』

『だ、だけど……っ!』


 その言葉が『嘘』であると、ミストは理解した。


 もしもその言葉を本気でとらえるなら。

 彼が大切としてた民の死さえ、肯定してしまう。


 だから、それは嘘。

 正直者の塊のような王が、生まれて初めて発した虚実。

 その意味を考えて、ミストは涙した。


『分かってくれるかい、理知の王』


 彼は、他人を傷つける嘘は、絶対に言わない。

 その意味をこの瞬間に理解して。

 ミストは、顔を俯かせて拳を握る。


『分かりたくなんて……ないよ、リク』

『……ありがとう、ミスト』


 その場に相応しくない、感謝だった。

 それを前に、動くことができなかった。

 青年は歩き出す。

 その歩みを、縋り付いてでも止められなかった。


 その背中が遠ざかる。

 手が届かない距離まで離れて。

 初めて、その背中へと手を伸ばす。


 迷い、苦悩、思考、悲哀。

 体を硬直させた理由なんていくらでも思いつく。

 だけど、最後に残った感情は一つだけ。


 ――頼むから、生きていてほしいんだ。友よ。


 手を伸ばしても、もう届かない。

 王は歩む。

 その横顔は、どこか誇らしげで。

 その手首から黄金の円環が浮かび上がる。


『ぎやぇええ! がぁ、ァァ!! ぁぁ、げん、けげ、賢王リクゥッゥゥゥ!!』

『悪魔王。その力は……貴様の手にすら余る代物だったらしい』


 悪魔王の異能、無窮の洛陽(ロスト・ガヴェイン)

 死に介入する最強の力。

 悪魔王は今に至るまで、その力をセーブしながら使っていたように思える。

 だが、そのセーブを解除せねばいけない窮地に陥り、その禁忌は開放された。


 賢王リクは強かったのだ。

 強かったがゆえに、禁忌の尾を踏んだ。


 それは、なんという皮肉だろう。

 民を救うため、必死になって強くなった。

 その果てが、民に救われた命を落とすという結末なのだから。


『まるで【魔神】。世界を万死に埋め尽くす……悪の権化のような姿』


 そう言って、賢王リクは手を伸ばす。

 円環から眩い光が立ち上る。

 悪魔王だったものは大きく反応を示し、それを前にリクは言う。



『大丈夫、私が半分貰い受けるから』



 それは、禁忌の劫略。

 人の身には余る大罪。

 そんなことをすれば、肉体は保てず。

 意識も何も無くなって、死に至る。


『……仮に生きていたとしても、私はどうなってしまうのかな。死しても死にきらない存在になるかもしれない。あるいは、禁忌の劫略に抗体でもできるのかな』


 とはいえ、そんな仮定は意味無い話。

 十中八九、自分は死ぬ。

 そう分かっていて。

 だけど、賢王リクに迷いはなかった。


『代わりに、私の半分を置いていく』


 背後へと目を向ける。

 そこには、膝を着く大賢者の姿があって。


 賢王リクは、笑って言った。



『ミスト、あとは託すぞ』



 それが、ミストへと向けられた最期の言葉。

 円環が解け、線へと変わる。

 それは金色の軌跡を残して突き進む。


 それはまるで、闇を切り裂く光のようで。


 その一撃は、悪魔王の半身を切り捨て、飲み込んだ。

 ミストの目に映ったのは、大量の血を吐き出す賢王リク。

 その姿に、悲鳴を上げるよりも先に。


『友のために死ぬ。……これほどの誉れがどこにある』


 時空へと、巨大な穴が開く。

 それは、どこへ続くとも知らぬ穴。

 賢王リクは、足を引きずり、その穴へと向かう。


 悪魔王のすぐそばに開かれたソレは、その血肉一片残らず吸い込んで。

 その穴へと、青年もまた身を投げた。



『り、リク……ッッ!!』



 悲痛な叫び声に。

 最後の最後で、青年は振り返る。


 その顔は、どこまでも穏やかだったのを覚えていた。





 ☆☆☆




 目が覚める。

 それが夢だったと気がついて。

 その青年は体を起こし。

 その男は、涙を拭いた。


 互いが互いに、別の場所にいながら。

 全く同じ、夢を見た。


「……これが、末路か」


 少年は呟く。


「……本当に、なんで今更こんな夢を」


 その男は、涙を拭って空を見る。


 空は明け方、雲の隙間から朝日が見える。

 二人はその光景を見あげて、共に理解する。


 今日が、決戦の日。

 全てに雌雄を決する、最後の日だと。


「……霧矢」

「カイくん」


 二人は、朝日を見上げて名を告げる。

 その瞳には、強い覚悟が灯っている。



「お前を倒して、過去を変える」


「君を殺して、過去に追いつく」



 過去を変えようという者。

 死して過去になろうという者。


 二人の意思は、平行線。

 決して交わることは無い。

 二人はただ、願うばかり。


 出来ることならば、と。



「「抵抗せずに、散ってくれ」」



 友であるが故に。

 二人は、願わずにはいられない。


本当にこの物語、誰を主人公にしても書けると思う。

ブックマーク機能を使うには ログインしてください。
いいねで応援
受付停止中
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
感想を書く
感想フォームを閉じる
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く際の禁止事項についてはこちらの記事をご確認ください。

※誤字脱字の報告は誤字報告機能をご利用ください。
誤字報告機能は、本文、または後書き下にございます。
詳しくはこちらの記事をご確認ください。

⇒感想一覧を見る

名前:



▼良い点

▼気になる点

▼一言
X(旧Twitter)・LINEで送る

LINEで送る

+注意+

・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ