挿絵表示切替ボタン

配色








行間

文字サイズ

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
154/170

昨日には間に合わなかったので。

最終章【妄想クラウディア】
515『カイとナムダ』

「カイくん、まだ寝ないだか?」


 夜。

 建物の屋上に座り込んでいたら、後ろからナムダの声がした。

 僕は、手に持っていた【最古の童話】をパタンと閉じて、振り返る。


「そっちこそ。シオンたちは爆睡してるぞ?」


 ある方向へと視線を向ける。

 一応……ということで、男女別々に寝ることにした僕ら一行。女性の寝床の方向からは明かりは見えず、もう全員寝たんだろうと察しが着いた。

 ……まぁ、ボイドあたりは寝てないかもしれないけれど。


「早く寝ろよ、ナムダはウチでもボイドに次ぐ最高戦力なんだ。少しでも、戦いに備えてくれ」

「……おでよりも、カイくんさ、強いだ」


 謙遜だなぁ……とは。

 彼の目を見ては言えなかった。

 事実がどうあれ、彼は本当にそう思っている。

 だから、僕は苦笑する他ないわけだ。


「……まぁ、普通の人と比べたら強いと思うが……」


 空を見上げる。

 異世界は星が綺麗だ。

 どこまでも透き通るような暗い夜空。

 それを見上げていると……どれだけ自分がちっぽけなのか、よく分かる。


「僕は……弱いよ。この物語の主人公のようには……どうしたって戦えない」


 初代勇者――賢王リク。

 物語の中でしか知らない彼が。

 どうしてか、僕はとても身近に感じた。


 何故だろう。

 顔も知らないはずなのに。

 こうして夜風に吹かれていると。

 なんだか、懐かしい気持ちが湧いてくるんだ。


「能力が……似てるから。かな」


 ありとあらゆる力をコピーする力。

 分かってる。

 これが【闇の王】の原典にあたる力なのだと。


 そして、この力こそ――()()()()()()()()()()()()()()()


 霧矢と僕は、同じ力を持っている。

 ただ、圧倒的な差があるが故に、すぐに同一性には気がつけなかった。


 霧矢ハチは、灰村解の上位互換である。


 その事実が、後になって理解出来た。

 なんという不条理。

 なんという運命。

 さすがに僕も呪いたくなった。


 しかも、繋がりはそれだけじゃなかった。


 賢王リク。

 霧矢ハチ。

 そして灰村解。


 三人が三人とも、同じ力を持っている。


 それが偶然であるとは……言い切らない。

 ここは妄想よりも奇異な世界。

 どんな必然が転がっているか分からないから。


 だから、僕は同一性を気にはしない。

 ただ、比べてみて……さ。

 どれだけ自分が弱いか、ハッキリしたんだ。



「……情け、ねぇなぁ」



 童話を持つ手に力が籠る。

 物語の中の主人公は、格好よくて。

 全てを守り通した英雄で。


 それと同じ力を持つ僕は……仲間に頼り、低い可能性に縋り付いて生きている。


 なんという情けなさ。

 死にたくなってくるほどに。

 今は、自分の弱さが疎ましい。


「強くなりたい」


 今よりもずっと。

 自分の弱さなんて捨ててしまいたい。

 嫌な過去は捨て去って。

 望む自分に生まれたい。

 今度こそ、今度こそ。

 失敗せずに、黒歴史もつくらずに。

 幸せな人生を送りたい。


 気がつけば、僕は俯いていて。

 僕の口からは、ポツリと言葉が漏れ出した。




「僕は……自分が大嫌いだよ」




 それは、取り繕ってた本音の部分。

 自分はやはり劣っているのだと自覚して。

 顔を出した、僕の根っこの所。

 自信がなくて、自分は平凡だと認めてる。


 きっと、異能力者には混ざってちゃいけない。

 一般人、灰村解としての本当の部分。

 なにか答えを求めたわけじゃない。

 何か言ってもらいたかったわけじゃない。


 ただ、気がつけば口に出して言っていた。

 僕は思わず苦笑して、彼を見る。


 ナムダは、どこか悲しそうに顔を歪めていて。



「そうでねぇだよ、カイくん」



 僕の言葉を、彼は否定した。


 ふと、冷たい風が吹き抜ける。

 前髪が揺れた。

 ナムダは、少し離れた場所に立っていて。


「カイくん。なんで、そんなに自信がないだか」


 それは、問うようで、責めるようで。

 詰問するような言葉だった。


「……お、お前」

「カイくんさ、弱くなんてねぇ。だから皆、カイくんさについて行ぐ」


 阿久津さんも。

 六紗も、ポンタも。

 シオンも、成志川も。

 ナムダも、ボイドも。

 皆が僕について来てくれた理由。


 ……考えたことがなかった。

 皆、優しい人だから。

 ぼんやりとそんなことを思うばかりで。


 何故彼らが、命の危険を覚悟してまで僕について来てくれたのか。


 その部分について、僕は考えたことがない。


「皆、他でもねぇ、カイくんさ見て、一緒に行きたい、思って来ただ。カイくんさ強いの見て、憧れて付いてきただ! それを、弱いというのはおでらに対するいじわるだ!」

「いじわる、って……」


 僕は思わず苦笑して。

 ナムダはさらに言葉を重ねる。


「強さば、腕っ節だけでねぇ……。どんだけめげようと、挫けようと、立ち上がり続ける。そんばこと、普通なら出来ねぇ。それも強さば言えることだ」


 心の強さ……ってことだろうか。

 だとしても、そんなもんは僕には無いよ。

 挫けそうになる度に、僕は無理やり心を奮い立たせているだけだから。


「……僕は、無理してるだけだよ、ナムダ」

「だどしても。無理してでも何かを貫き通せる。それが強さば言うと思うだ」


 それに、と。

 彼は僕の目を見て続けた。



「それに、カイくんさ、本当に強いの、本当だ」



 彼は、どこか悔しそうに見えた。


「おで、頑張って……カイくんさ役に立とうと思っただ。おでにできるの、戦うことだけ。だから、必死になって修行しただ。……けど、カイくんさ見てると、不思議だなぁ。勝てる気、全くしねぇんだ」

「……それは」




「カイくんさ、おでと戦ったら、100回戦っても、100回カイくんさ勝つだ」




 そんなわけは無い。

 僕は咄嗟に口を開いた。

 だけど、その先が出てこなかった。


「かんがえたら、分かることだで。カイくんさ、おでと戦った時よりも……ずっと、比べ物にならんほど強くなってるんだで」

「それ、は……」


 確かに、あの頃よりは強くなったと思う。

 力を失って、それでも走って。

 今じゃ、あの当時の力は超えている。

 そういう自覚はある。


 そして……僕がナムダと戦う想像をした時。

 真っ先に浮かんでくるのは、勝つまでの戦略、方程式だった。


 どうすれば勝てる。

 どうすれば相手を無力化できる。


 そういう道筋が、浮かんでくる。

 その中に、危なっかしいと思うものはあれど。

 確実に負けるようなものは、ひとつもない。


「……おで、その、霧矢ば人に、カイくんなら勝てんでねぇかと思うんだ」

「……僕は、事実一回負けてんだぞ」

「それが証拠だで。霧矢ば人は、脅威でもない相手に、不意打ちするような人だか?」


 ……いいや、霧矢はそんな奴じゃない。

 彼はいつだって冷静で。

 知識量があるからか、いつだって無駄は必要最小限に留めていた。そんなイメージが僕の中にある。


 そして、霧矢ハチは策を弄してまで僕を一人倒そうとした。


 最初は、楽をするためだと思った。

 ボイドと僕らを一緒に相手するのがきついからだと思った。

 確かにそれは間違いではないと思う。

 だけど、それでも……。



「霧矢ば人は、カイくんを1番警戒してるだ」



 その言葉に、僕は大きく目を見開いた。

 右手に持った童話を見下ろす。

 何故、どうして。

 そんな疑問は、すぐにナムダが解消した。



「カイくんさ、自分を負かし得る1番の危険だから、だで」



 霧矢ハチは、灰村解を警戒していた。

 ボイドでもナムダでもなく……この僕を。


 真っ先に孤立させて潰そうとするまでに。


「もっと、自信を持つだ」


 ナムダの方へと視線を向ける。

 彼はとても優しそうに笑っていた。




「カイくんさ、強い。このおでが保証するだ」




 ……たしかに。

 それは、何より信頼できそうな保証だな。

ブックマーク機能を使うには ログインしてください。
いいねで応援
受付停止中
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
感想を書く
感想フォームを閉じる
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く際の禁止事項についてはこちらの記事をご確認ください。

※誤字脱字の報告は誤字報告機能をご利用ください。
誤字報告機能は、本文、または後書き下にございます。
詳しくはこちらの記事をご確認ください。

⇒感想一覧を見る

名前:



▼良い点

▼気になる点

▼一言
X(旧Twitter)・LINEで送る

LINEで送る

+注意+

・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ