昨日には間に合わなかったので。
「カイくん、まだ寝ないだか?」
夜。
建物の屋上に座り込んでいたら、後ろからナムダの声がした。
僕は、手に持っていた【最古の童話】をパタンと閉じて、振り返る。
「そっちこそ。シオンたちは爆睡してるぞ?」
ある方向へと視線を向ける。
一応……ということで、男女別々に寝ることにした僕ら一行。女性の寝床の方向からは明かりは見えず、もう全員寝たんだろうと察しが着いた。
……まぁ、ボイドあたりは寝てないかもしれないけれど。
「早く寝ろよ、ナムダはウチでもボイドに次ぐ最高戦力なんだ。少しでも、戦いに備えてくれ」
「……おでよりも、カイくんさ、強いだ」
謙遜だなぁ……とは。
彼の目を見ては言えなかった。
事実がどうあれ、彼は本当にそう思っている。
だから、僕は苦笑する他ないわけだ。
「……まぁ、普通の人と比べたら強いと思うが……」
空を見上げる。
異世界は星が綺麗だ。
どこまでも透き通るような暗い夜空。
それを見上げていると……どれだけ自分がちっぽけなのか、よく分かる。
「僕は……弱いよ。この物語の主人公のようには……どうしたって戦えない」
初代勇者――賢王リク。
物語の中でしか知らない彼が。
どうしてか、僕はとても身近に感じた。
何故だろう。
顔も知らないはずなのに。
こうして夜風に吹かれていると。
なんだか、懐かしい気持ちが湧いてくるんだ。
「能力が……似てるから。かな」
ありとあらゆる力をコピーする力。
分かってる。
これが【闇の王】の原典にあたる力なのだと。
そして、この力こそ――
霧矢と僕は、同じ力を持っている。
ただ、圧倒的な差があるが故に、すぐに同一性には気がつけなかった。
霧矢ハチは、灰村解の上位互換である。
その事実が、後になって理解出来た。
なんという不条理。
なんという運命。
さすがに僕も呪いたくなった。
しかも、繋がりはそれだけじゃなかった。
賢王リク。
霧矢ハチ。
そして灰村解。
三人が三人とも、同じ力を持っている。
それが偶然であるとは……言い切らない。
ここは妄想よりも奇異な世界。
どんな必然が転がっているか分からないから。
だから、僕は同一性を気にはしない。
ただ、比べてみて……さ。
どれだけ自分が弱いか、ハッキリしたんだ。
「……情け、ねぇなぁ」
童話を持つ手に力が籠る。
物語の中の主人公は、格好よくて。
全てを守り通した英雄で。
それと同じ力を持つ僕は……仲間に頼り、低い可能性に縋り付いて生きている。
なんという情けなさ。
死にたくなってくるほどに。
今は、自分の弱さが疎ましい。
「強くなりたい」
今よりもずっと。
自分の弱さなんて捨ててしまいたい。
嫌な過去は捨て去って。
望む自分に生まれたい。
今度こそ、今度こそ。
失敗せずに、黒歴史もつくらずに。
幸せな人生を送りたい。
気がつけば、僕は俯いていて。
僕の口からは、ポツリと言葉が漏れ出した。
「僕は……自分が大嫌いだよ」
それは、取り繕ってた本音の部分。
自分はやはり劣っているのだと自覚して。
顔を出した、僕の根っこの所。
自信がなくて、自分は平凡だと認めてる。
きっと、異能力者には混ざってちゃいけない。
一般人、灰村解としての本当の部分。
なにか答えを求めたわけじゃない。
何か言ってもらいたかったわけじゃない。
ただ、気がつけば口に出して言っていた。
僕は思わず苦笑して、彼を見る。
ナムダは、どこか悲しそうに顔を歪めていて。
「そうでねぇだよ、カイくん」
僕の言葉を、彼は否定した。
ふと、冷たい風が吹き抜ける。
前髪が揺れた。
ナムダは、少し離れた場所に立っていて。
「カイくん。なんで、そんなに自信がないだか」
それは、問うようで、責めるようで。
詰問するような言葉だった。
「……お、お前」
「カイくんさ、弱くなんてねぇ。だから皆、カイくんさについて行ぐ」
阿久津さんも。
六紗も、ポンタも。
シオンも、成志川も。
ナムダも、ボイドも。
皆が僕について来てくれた理由。
……考えたことがなかった。
皆、優しい人だから。
ぼんやりとそんなことを思うばかりで。
何故彼らが、命の危険を覚悟してまで僕について来てくれたのか。
その部分について、僕は考えたことがない。
「皆、他でもねぇ、カイくんさ見て、一緒に行きたい、思って来ただ。カイくんさ強いの見て、憧れて付いてきただ! それを、弱いというのはおでらに対するいじわるだ!」
「いじわる、って……」
僕は思わず苦笑して。
ナムダはさらに言葉を重ねる。
「強さば、腕っ節だけでねぇ……。どんだけめげようと、挫けようと、立ち上がり続ける。そんばこと、普通なら出来ねぇ。それも強さば言えることだ」
心の強さ……ってことだろうか。
だとしても、そんなもんは僕には無いよ。
挫けそうになる度に、僕は無理やり心を奮い立たせているだけだから。
「……僕は、無理してるだけだよ、ナムダ」
「だどしても。無理してでも何かを貫き通せる。それが強さば言うと思うだ」
それに、と。
彼は僕の目を見て続けた。
「それに、カイくんさ、本当に強いの、本当だ」
彼は、どこか悔しそうに見えた。
「おで、頑張って……カイくんさ役に立とうと思っただ。おでにできるの、戦うことだけ。だから、必死になって修行しただ。……けど、カイくんさ見てると、不思議だなぁ。勝てる気、全くしねぇんだ」
「……それは」
「カイくんさ、おでと戦ったら、100回戦っても、100回カイくんさ勝つだ」
そんなわけは無い。
僕は咄嗟に口を開いた。
だけど、その先が出てこなかった。
「かんがえたら、分かることだで。カイくんさ、おでと戦った時よりも……ずっと、比べ物にならんほど強くなってるんだで」
「それ、は……」
確かに、あの頃よりは強くなったと思う。
力を失って、それでも走って。
今じゃ、あの当時の力は超えている。
そういう自覚はある。
そして……僕がナムダと戦う想像をした時。
真っ先に浮かんでくるのは、勝つまでの戦略、方程式だった。
どうすれば勝てる。
どうすれば相手を無力化できる。
そういう道筋が、浮かんでくる。
その中に、危なっかしいと思うものはあれど。
確実に負けるようなものは、ひとつもない。
「……おで、その、霧矢ば人に、カイくんなら勝てんでねぇかと思うんだ」
「……僕は、事実一回負けてんだぞ」
「それが証拠だで。霧矢ば人は、脅威でもない相手に、不意打ちするような人だか?」
……いいや、霧矢はそんな奴じゃない。
彼はいつだって冷静で。
知識量があるからか、いつだって無駄は必要最小限に留めていた。そんなイメージが僕の中にある。
そして、霧矢ハチは策を弄してまで僕を一人倒そうとした。
最初は、楽をするためだと思った。
ボイドと僕らを一緒に相手するのがきついからだと思った。
確かにそれは間違いではないと思う。
だけど、それでも……。
「霧矢ば人は、カイくんを1番警戒してるだ」
その言葉に、僕は大きく目を見開いた。
右手に持った童話を見下ろす。
何故、どうして。
そんな疑問は、すぐにナムダが解消した。
「カイくんさ、自分を負かし得る1番の危険だから、だで」
霧矢ハチは、灰村解を警戒していた。
ボイドでもナムダでもなく……この僕を。
真っ先に孤立させて潰そうとするまでに。
「もっと、自信を持つだ」
ナムダの方へと視線を向ける。
彼はとても優しそうに笑っていた。
「カイくんさ、強い。このおでが保証するだ」
……たしかに。
それは、何より信頼できそうな保証だな。
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