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最終章【妄想クラウディア】
513『賢王リク』

 勇者と悪魔王。

 その原点たる二人の戦い。

 賢王と、狡猾な王。

 光の王と、死骨の王。


 その戦いは大地を砕き。

 天を割り、地図を大きく書き換えた。


 後述された物語には、そう記されている。


 されど、現実は小説より奇なり。


 その戦いは、その程度の次元には収まらなかった。



『あはははは! はははははっ! 気持ち悪い、気持ち悪いよお前! 確たる理由なんてないのにねぇ! こんなにも僕をイラつかせた男は初めてだよ!』



 死骨の王は、幾度となく蘇る。

 賢王がその命を奪ったこと、既に数知れず。

 にもかかわらず、彼は死そのものを改変していた。


『ひゃっはぁッ!』


 掌から、巨大な骨が撃ち出される。

 それはあまりに速く、触れるだけで粉々になりそうな威力があった。

 それだけの『通常攻撃』ができるだけで、本来ならば脅威極まりない。


 だが、賢王はそれを脅威とは認識しなかった。


『残念だが、私の方には確たる理由がある……ッ!!』


 幾ら殺しても死ぬならば。

 その根底の力、燃料が切れるまで殺せばいいだけ。


 賢王が手を払えば、目の前の攻撃全てが消し飛び、悪魔王の身体中へと穴が穿つ。

 多くの鮮血が飛び散り……そして、次の瞬間にはその死さえもなかったことになっていた。


 悪魔王の背後にあった雲すら穿たれる中。

 それを最後まで見届けることなく、賢王リクは後方を振り返る。

 すぐ目の前には、拳を振りかぶった悪魔王の姿があり、それを前にリクもまた拳を振り抜いた。

 拳と拳が真正面から衝突する。

 あまりの衝撃に、ミストですら吹き飛ばされる。


『く……! こういう時、()()()()()()()()()()()というのは悔しいね……っ』

『はっはー! 筋トレでもしやがれクソミスト! オレ様は行くぜ!』


 そう言って、アマナは大地を蹴った。

 瞬間、彼女の身体中から無数の銃火器が生まれ落ち、それらがいっせいに火を噴いた。

 それは正しく、鋼の弾幕。

 視界を埋めつくさんばかりの脅威。

 それを前に、さしもの悪魔王でさえ目を見開き……対して、賢王リクに驚きはなかった。


『時間停止』


 たった一言呟いて。

 次の瞬間、悪魔王は弾幕の最中にいた。


『が、ァァアあ……ッ!?』

『悪いな悪魔王。私は負ける訳にはいかない。それが、彼らに対して私が交わした約束なのだから』


 振り返れば、戦闘の余波だけで【死体の群れ】は吹き飛んでいた。

 周囲から物音がしてみれば、散り散りになった死体が徐々にリクの元へと集まってくる。


 それを前に、一瞬、リクの動きが固まった。

 本人も自覚していなかった、彼らを攻撃することへの拒否反応。


 リクは思わず歯を食いしばり……それを横目に、アマナは決意する。


『リク! コイツはしばらくオレが相手してやる!』


 それは、死をも視野に入れた、決死の覚悟だった。

 さしたる意味もないのかもしれない。

 だけど、とても大切な時間を守るための、覚悟。


『……っ! だ、だがアマナ!』

『言ってんだろ【しばらく】って! オレじゃこいつを殺しきれねぇからな!』


 自分の強さに絶対の自信を持つ、アマナ。

 彼女の口から洩れた言葉に、リクは大きく目を見開いて。



『だから……別れなら、さっさと済ませやがれ』



 ぶっきらぼうに言った言葉に。

 それが、彼女なりの心遣いなのだと、すぐに理解した。

 アマナはリクへと背を向け、悪魔王に対する。

 その姿に……不思議とリクは、笑ってしまった。


『……あぁ、ありがとう。アマナ』


 リクは信頼を込めて、アマナへと背を向ける。

 そして、死体の群れへと体を向けた。


 目に映るのは、変わり果てた友の姿。

 命より大切だった。

 命をかけて自分を守ってくれた。

 守るべきだった、存在たち。


 死体の手がリクへと伸びる。

 彼は、その手を優しく掴み取った。


『イグシム、デッタ、チロ、アスラ、イザベラ、リジム、クレー、ナグラム、キィシ……』


 1人余さず、名を覚えている。

 顔を覚えている。

 共に笑った日々を覚えている。


 目の前に、無数の手が伸びてきて。

 それを前に、リクは瞼を閉ざした。



『ごめん、救えなくて』



 その瞬間、彼の体から優しい光が溢れ出す。

 それは、どこか暖かい、金色の光。

 ずっと昔、その時代よりもさらに太古のある村で、とある少女が用いたとされる神聖魔法。

 それは、死した者へ等しく救済を与える。

 対アンデッドに特化した、浄化魔法。


『ごめん。……ごめん。……それしか言えないことが、ごめん。……私は無力だ。君たちがどれだけ私を恨もうと、私はそれを否定しない』


 だけど。


 リクは、踵を返して歩き始める。

 やがてその歩みは走りへと変わる。


 どれだけ恨まれようと。

 どれだけ憎まれようと。

 この気持ちだけは、変わらない。


 リクは走る。


 死した民たちは、光となって消えてゆく。

 そこに怨嗟の声はなく。

 その顔は、どこか嬉しそうにも見えた。

 もう、そこに意識は無いはずなのに。

 ――ありがとう、と。

 どこからか、風に乗って声がした。


 リクは大きく目を見開いたが、もう、立ち止まることはない。


『なにもかもが、たとえ幻想だったとしても』


 リクは涙を振り払い、前を向く。



『私は君たちが大好きだ。忘れた日なんて一日もない』



 そして、大地を蹴りだす。

 自分の1番大切なものを。

 何よりも目指していたその目的を、失って。


 されど、その歩みに迷いはない。


 彼は拳をにぎりしめる。

 その視線の先には、悪魔王の姿があった。


 その手はアマナに届く直前。

 異能発動も、間に合わない。

 手を伸ばしても届かない。


 そんな距離で、アマナは歯を食いしばって弾丸を放つ。

 だが、死を無効化できる悪魔王には相性が悪すぎた。


『さぁ、死ぬよ! お前の大切な奴がもう一人!』


 悪魔王は叫び、鋭い手刀をアマナへと振り下ろす。


 それは、即死の一撃。


 アマナは大きく目を見開いて。




 ――金色の影が、戦場を駆け抜ける。




『【金歴一蹴(レクイエム)】』




 悪魔王の横っ面を、リクの脚が吹き飛ばす。


 凄まじい勢いで吹き飛ばされてゆく悪魔王。

 着地した賢王リクからは、黄金のようなオーラが溢れだしており、それを見たアマナは目を見開いた。


 先ほどまでと、まるで速度が違う。

 技のキレも、威力もけた違い。

 あれだけの距離を刹那に駆け抜けたことからも、何かおかしいと理解できた。


『お、おい! リク……てめぇ!』

『ありがとうアマナ。君のおかげで……大切な人たちに、挨拶できた』


 その姿は、まるで命を燃やしているように見えた。

 アマナはその力を問いただそうとした。

 だけど、出来なかった。


 その目に灯った、覚悟を見てしまったから。


『おっかしいなぁ……! 今、絶対に間に合わない距離だったよねぇ! 物理的にも、異能的にもさぁ!』

『黙れ悪魔王。お前の声は聞くに堪えない。……私はお前を許さない』


 それは、静かな宣告だった。


『過去は宝だと、今になって理解したよ。どれだけ苦しかろうと、どれだけ疎ましくとも。友と過ごした日々は、それだけで黄金色に輝いている。だから、()()()()()()()()()()

『……何が言いたいのかなぁ』


 苛立ちを隠そうともしない悪魔王。

 彼に対して、賢王リクは――初代勇者は前を向く。



『生も死も、全ての過去を背負い、私は生きる』



 賢王リクの言葉に、悪魔王は目を見開く。

 しかし、直後にその顔は嫌悪に歪み。

 拳を構える悪魔王に、対するリクも手をかざす。



『そのために、お前は邪魔だ、悪魔王』


『そうかい。僕もお前が邪魔くさいよ』



 二人は告げて。

 そして、同時に走り出す。




 ☆☆☆




 霧矢ハチは、その童話をパタンと閉じた。


「……本当に、この本は美化されていてかなわないね。本当は、こんなにも綺麗な物語じゃないってのに」


 世界最古の童話。

 初代勇者の物語。

 残された大賢者の物語。


 初代勇者は悪魔王を打倒して。

 全てを大賢者に託し、姿を消した。

 この本ではそう記されている。

 事実、勇者を信仰する者たちの間でも、そういう末路が語られている。


 そんなもの、嘘っぱちだと知りもせず。


 霧矢ハチは、空を見上げる。

 満天の星空に、勇者の名を冠する大きな星が一つ。

 それを見上げて、彼は……どこか寂しそうに呟いた。



「リク……君は今、どこに居るんだろうね」




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