勇者と悪魔王。
その原点たる二人の戦い。
賢王と、狡猾な王。
光の王と、死骨の王。
その戦いは大地を砕き。
天を割り、地図を大きく書き換えた。
後述された物語には、そう記されている。
されど、現実は小説より奇なり。
その戦いは、その程度の次元には収まらなかった。
『あはははは! はははははっ! 気持ち悪い、気持ち悪いよお前! 確たる理由なんてないのにねぇ! こんなにも僕をイラつかせた男は初めてだよ!』
死骨の王は、幾度となく蘇る。
賢王がその命を奪ったこと、既に数知れず。
にもかかわらず、彼は死そのものを改変していた。
『ひゃっはぁッ!』
掌から、巨大な骨が撃ち出される。
それはあまりに速く、触れるだけで粉々になりそうな威力があった。
それだけの『通常攻撃』ができるだけで、本来ならば脅威極まりない。
だが、賢王はそれを脅威とは認識しなかった。
『残念だが、私の方には確たる理由がある……ッ!!』
幾ら殺しても死ぬならば。
その根底の力、燃料が切れるまで殺せばいいだけ。
賢王が手を払えば、目の前の攻撃全てが消し飛び、悪魔王の身体中へと穴が穿つ。
多くの鮮血が飛び散り……そして、次の瞬間にはその死さえもなかったことになっていた。
悪魔王の背後にあった雲すら穿たれる中。
それを最後まで見届けることなく、賢王リクは後方を振り返る。
すぐ目の前には、拳を振りかぶった悪魔王の姿があり、それを前にリクもまた拳を振り抜いた。
拳と拳が真正面から衝突する。
あまりの衝撃に、ミストですら吹き飛ばされる。
『く……! こういう時、
『はっはー! 筋トレでもしやがれクソミスト! オレ様は行くぜ!』
そう言って、アマナは大地を蹴った。
瞬間、彼女の身体中から無数の銃火器が生まれ落ち、それらがいっせいに火を噴いた。
それは正しく、鋼の弾幕。
視界を埋めつくさんばかりの脅威。
それを前に、さしもの悪魔王でさえ目を見開き……対して、賢王リクに驚きはなかった。
『時間停止』
たった一言呟いて。
次の瞬間、悪魔王は弾幕の最中にいた。
『が、ァァアあ……ッ!?』
『悪いな悪魔王。私は負ける訳にはいかない。それが、彼らに対して私が交わした約束なのだから』
振り返れば、戦闘の余波だけで【死体の群れ】は吹き飛んでいた。
周囲から物音がしてみれば、散り散りになった死体が徐々にリクの元へと集まってくる。
それを前に、一瞬、リクの動きが固まった。
本人も自覚していなかった、彼らを攻撃することへの拒否反応。
リクは思わず歯を食いしばり……それを横目に、アマナは決意する。
『リク! コイツはしばらくオレが相手してやる!』
それは、死をも視野に入れた、決死の覚悟だった。
さしたる意味もないのかもしれない。
だけど、とても大切な時間を守るための、覚悟。
『……っ! だ、だがアマナ!』
『言ってんだろ【しばらく】って! オレじゃこいつを殺しきれねぇからな!』
自分の強さに絶対の自信を持つ、アマナ。
彼女の口から洩れた言葉に、リクは大きく目を見開いて。
『だから……別れなら、さっさと済ませやがれ』
ぶっきらぼうに言った言葉に。
それが、彼女なりの心遣いなのだと、すぐに理解した。
アマナはリクへと背を向け、悪魔王に対する。
その姿に……不思議とリクは、笑ってしまった。
『……あぁ、ありがとう。アマナ』
リクは信頼を込めて、アマナへと背を向ける。
そして、死体の群れへと体を向けた。
目に映るのは、変わり果てた友の姿。
命より大切だった。
命をかけて自分を守ってくれた。
守るべきだった、存在たち。
死体の手がリクへと伸びる。
彼は、その手を優しく掴み取った。
『イグシム、デッタ、チロ、アスラ、イザベラ、リジム、クレー、ナグラム、キィシ……』
1人余さず、名を覚えている。
顔を覚えている。
共に笑った日々を覚えている。
目の前に、無数の手が伸びてきて。
それを前に、リクは瞼を閉ざした。
『ごめん、救えなくて』
その瞬間、彼の体から優しい光が溢れ出す。
それは、どこか暖かい、金色の光。
ずっと昔、その時代よりもさらに太古のある村で、とある少女が用いたとされる神聖魔法。
それは、死した者へ等しく救済を与える。
対アンデッドに特化した、浄化魔法。
『ごめん。……ごめん。……それしか言えないことが、ごめん。……私は無力だ。君たちがどれだけ私を恨もうと、私はそれを否定しない』
だけど。
リクは、踵を返して歩き始める。
やがてその歩みは走りへと変わる。
どれだけ恨まれようと。
どれだけ憎まれようと。
この気持ちだけは、変わらない。
リクは走る。
死した民たちは、光となって消えてゆく。
そこに怨嗟の声はなく。
その顔は、どこか嬉しそうにも見えた。
もう、そこに意識は無いはずなのに。
――ありがとう、と。
どこからか、風に乗って声がした。
リクは大きく目を見開いたが、もう、立ち止まることはない。
『なにもかもが、たとえ幻想だったとしても』
リクは涙を振り払い、前を向く。
『私は君たちが大好きだ。忘れた日なんて一日もない』
そして、大地を蹴りだす。
自分の1番大切なものを。
何よりも目指していたその目的を、失って。
されど、その歩みに迷いはない。
彼は拳をにぎりしめる。
その視線の先には、悪魔王の姿があった。
その手はアマナに届く直前。
異能発動も、間に合わない。
手を伸ばしても届かない。
そんな距離で、アマナは歯を食いしばって弾丸を放つ。
だが、死を無効化できる悪魔王には相性が悪すぎた。
『さぁ、死ぬよ! お前の大切な奴がもう一人!』
悪魔王は叫び、鋭い手刀をアマナへと振り下ろす。
それは、即死の一撃。
アマナは大きく目を見開いて。
――金色の影が、戦場を駆け抜ける。
『【
悪魔王の横っ面を、リクの脚が吹き飛ばす。
凄まじい勢いで吹き飛ばされてゆく悪魔王。
着地した賢王リクからは、黄金のようなオーラが溢れだしており、それを見たアマナは目を見開いた。
先ほどまでと、まるで速度が違う。
技のキレも、威力もけた違い。
あれだけの距離を刹那に駆け抜けたことからも、何かおかしいと理解できた。
『お、おい! リク……てめぇ!』
『ありがとうアマナ。君のおかげで……大切な人たちに、挨拶できた』
その姿は、まるで命を燃やしているように見えた。
アマナはその力を問いただそうとした。
だけど、出来なかった。
その目に灯った、覚悟を見てしまったから。
『おっかしいなぁ……! 今、絶対に間に合わない距離だったよねぇ! 物理的にも、異能的にもさぁ!』
『黙れ悪魔王。お前の声は聞くに堪えない。……私はお前を許さない』
それは、静かな宣告だった。
『過去は宝だと、今になって理解したよ。どれだけ苦しかろうと、どれだけ疎ましくとも。友と過ごした日々は、それだけで黄金色に輝いている。だから、
『……何が言いたいのかなぁ』
苛立ちを隠そうともしない悪魔王。
彼に対して、賢王リクは――初代勇者は前を向く。
『生も死も、全ての過去を背負い、私は生きる』
賢王リクの言葉に、悪魔王は目を見開く。
しかし、直後にその顔は嫌悪に歪み。
拳を構える悪魔王に、対するリクも手をかざす。
『そのために、お前は邪魔だ、悪魔王』
『そうかい。僕もお前が邪魔くさいよ』
二人は告げて。
そして、同時に走り出す。
☆☆☆
霧矢ハチは、その童話をパタンと閉じた。
「……本当に、この本は美化されていてかなわないね。本当は、こんなにも綺麗な物語じゃないってのに」
世界最古の童話。
初代勇者の物語。
残された大賢者の物語。
初代勇者は悪魔王を打倒して。
全てを大賢者に託し、姿を消した。
この本ではそう記されている。
事実、勇者を信仰する者たちの間でも、そういう末路が語られている。
そんなもの、嘘っぱちだと知りもせず。
霧矢ハチは、空を見上げる。
満天の星空に、勇者の名を冠する大きな星が一つ。
それを見上げて、彼は……どこか寂しそうに呟いた。
「リク……君は今、どこに居るんだろうね」
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