縁と書いて、えにしと読む。
賢王リクは、才能の塊であった。
ミストが教えた全てを瞬く間に吸収し、その度に力をつけて階段を駆け上がる。
その成長速度は目を見張るほど。
賢者ミスト=エイトアロウをして、驚嘆以外の感情を忘れてしまうほど。
『君の力は……なんというか、今この瞬間に存在する、どんな力とも別種のものだね』
ある日、ミストはそう言った。
この世界に散らばる異能。
災躯。
久理。
志壁。
薬聖。
杯壊。
界刻。
六つのどれにも該当しない異能。
それを、賢王リクは発現させた。
その力の名は――【光の王】。
その力は単純明快。
『本来、そんな力はありえないはずなんだ。なんてったって、どの種別の力も等しく使えるのだから。そんなものは常軌を逸してる。逸常と、そう呼ぶに相応しいものだ』
『構わないさ。それで民が救えるのなら』
賢王は、他所を向くことはしなかった。
目的を掲げたならば、脇目も振らずに一直線に駆け抜けてゆく。
夢を叶える為ならば。
たとえ、自分の命を捨てても構わない。
それだけの覚悟を持ちながら。
決して民を悲しませないと、妙な頑固さを持つ男でもあった。
『君は頑固だねぇ、筋金入りだ。君の友達がいたら、きっと大変だろうね』
『そうか。いつも迷惑をかけるな、ミスト』
そして、賢王は正直な男であった。
冗談は口にするし、消して堅物な訳では無い。
だが、他人のためを思わない嘘は、絶対につかない男だった。
『……そうも真面目に言われると、俺としても少し照れるね』
『そうか。気持ち悪いから離れてくれ』
『酷いっ!? 俺の気持ちを返してよリク!』
『うるさい黙れ』
リクは冗談交じりにそう言って、前を向く。
その顔からは既に笑顔は消えていて。
彼の瞳には、巨大な城が映っていた。
『悪魔領……魔王城とでも呼ぶべきか。かの悪魔王の居城だな』
あまりにも巨大。
あまりにも堅牢。
外からの攻めに対して圧倒的な優位性を誇るよう、計算し尽くされて造られたもの。
それが、わずかたったの半年足らずで完成したというのだ。
『……どれだけ民を苦しめた。民から搾取し、民を使役し、民を傷つけ、死に至らしめた……!』
賢王の体から怒気が膨れ上がる。
その背中に、ミストは咄嗟に声をかけようとした。
だけど、その怒りになんと言葉を紡いでいいものか。
多くの時を生きた彼をして、答えは『直ぐに』導き出せるようなものではなかった。
ミストは思わず伸ばしかけた手を戻し。
そんな彼の隣を、一人の女性が歩いていった。
『おいリク! なにキレてんだ! らしくねぇじゃねぇか!』
赤い髪が風に揺れる。
青い瞳は野生のように鋭く、言葉も荒く。
まるで、獣のような長身の女性だった。
『……来てたのか、【アマナ】』
『おう! てめぇ在るところにオレ様ありだぜ! つーか、てめぇらが二人揃っていなくなると寂しいじゃねぇか! オレと遊べ!! 砂遊びだ!』
その女性とは、この半年の間に出会った。
星の果てへとたどり着き。
傷を癒して、修行を重ね。
そんな折に、傷だらけであの場所へと迷い込んできた。それが彼女――アマナという女性だった。
『君は……相変わらず、精神年齢が若いというか、幼いというか。まるで幼い男児のようだな』
『ダンジ……? む、難しい言葉使うんじゃねぇよ! オレ様は頭が悪いんだ! もっと分かりやすく言いやがれ!』
アマナは頭が悪かった。
だが、それを補って余りある戦闘能力。
武器を持たせば太刀打ちできず。
その異能も比類なき強さを誇る。
災躯の種別、名前は【
鏡面世界……もう片方の異世界から、ありとあらゆる道具、兵器を召喚し、自由自在に操る力だ。
加えて彼女は類まれなる想力量を誇り、その力量はミストが生きてきた中でも紛うことなき最高峰。
1人だけ別の次元で戦っているようなものだと、ミストが言うほどだ。
『でもまぁ、難しいこと言われたってわかんねぇからな! とりあえず今は……あの城、ぶっ壊すんだろ? 力貸すぜ、リク』
『……あぁ。助かるよ、ありがとうアマナ』
『どーいたしまして、だな!』
アマナはそう言って笑う。
それは太陽のような笑顔で、リクは何度彼女の笑顔に救われたことかと苦笑した。
辛く、苦しい道の中で。
彼女の存在が、支えになった。
そしてそれは、彼女だけではなく。
『ミスト、半年の間、ありがとう』
『……なんだい、まるで……今からあの城に乗り込むぞー、って雰囲気だね』
冗談半分でミストは言う。
それに対して、リクは笑った。
されどそれは、爽やかなものではなく。
獰猛極まる、獣の貌だった。
『無論。民を苦しめる暗君は、この手で倒す』
それが、賢王リクの原動力。
たったの三人。
それで一国を滅ぼすという無謀。
仮に叶えば、奇跡と人は呼ぶだろう。
だが、それでも。
賢王リクは、それを奇跡とは呼称しない。
『奇跡は要らない。私は、成るべくして必然を起こすだけだ』
賢王リクは、決意を胸に歩き出す。
その歩みに迷いはなく。
その歩みは、やがて伝説の上に刻まれてゆく。
☆☆☆
賢王リクは、鉄壁の要塞を無傷で切り抜けた。
その方法はとてもシンプル。
最も無謀な万対三。
誰も選ばないであろう悪手も悪手。
それを、賢王リクは力技で押し通った。
「【時間停止・指定――思考能力】」
彼が言葉を放つだけで。
その城にいたほとんどが、思考停止し静寂した。
彼の力は、真似る力。
そして、彼の傍らには数億年を生きる大賢者が居る。
その知識はとどまることを知らず、聞くだけで模倣できる賢王は、いままでの人類史で人が使えたすべての異能、全ての神秘、ありとあらゆる魔法の類を行使できた。
『すさまじいね……人の思考能力だけを停止させる力。これだけの要塞を無血で落としてしまえるんだから』
『つっても、効いてねぇヤツもいるみてぇだけどなぁ! おいリク!』
『分かっている』
そう言って、三人は同時にその場を飛び退く。
直後、地面を食い破って無数の骨と、死肉が地面から溢れ出す。
それはかつて国民だったもの達の成れの果て。
その光景にリクは憎悪を噛み締め、城の方向へと視線を向ける。
いつの間にか、そこには死骨の丘が出来ていて。
その上には、一人の男が立っていた。
『やぁ、待ってたよ。僕の嫌いな人。君は絶対に戻ってくると思って……君の慕ってた奴ら、全員殺して待ってたんだァ』
『……ッ、き、貴様……ァ!』
そこに立っていたのは、薄紫色の髪をした男。
地面へと視線を向ける。
見覚えがあった、その死肉には。
かつて肩を組んで笑った友。
自分を慕ってくれた幼い子供。
彼らの思い出が、記憶が。
ただ、汚い肉片となって降り注いだ。
それは、容易く賢王リクの沸点を超える。
『貴様……悪魔王ッッ!!』
『叫ばないでよォ、反吐が出るからさ』
悪魔王は手をかざす。
無数の骨がその手から溢れ出し、それを前に三人は大きく回避する。
『リク!』
『あぁ、分かってる! 悪魔王の力は【
まるで死骨の王。
死しても死なず、人を殺すことに快楽を覚える存在。
賢王リクは知っていた。
その男、もはや性根が人の類ではないということを。
『知っているさ……貴様ならばそうすると!』
目の前で、骨を与えられた血肉が蠢き、無数の死体となって動き出す。
それは、かつての友達、民の姿。
賢王リクが、世界で最も嫌がる光景。
『考えてたんだぁ、お前がいちばん嫌がることを! どうすればお前が苦しむか、どうすればお前が絶望するか!』
そして、悪魔王は叫ぶのだ。
『君の相手は、君の目的たる人民だ!』
その言葉に、リクは歯噛みし、拳を握る。
『さぁ、賢王リク。君が初めての勇者になるか、僕が絶対無類の悪魔王と君臨するか! 最後の決着を始めよう!』
かくして、原初の戦いが始まる。
初代勇者と初代悪魔王。
……だけの因縁では終わらない。
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