5代目勇者。
本名、
かつて、世界に名を轟かせた大勇者にして大賢者。今は一線を退いたというが、その実力は未だ健在。
他でもない、六紗優の師匠でもあり。
彼女の禁忌を封印した張本人。
そんな人が、僕らが本拠地にしようとしていた村の、しかもピンポイントに家の中で、僕らを待ち伏せしていた。
彼女は僕らの姿を見ると、そんなふざけたことを言ってこちらへ向いた。
腰をかけていた机から離れ、僕らの方へと向かうべく一歩踏み出し。
「動くな」
僕の言葉に、5代目はピタリと静止した。
……いいや、僕の言葉に、ではなかったか。
僕の言葉と同時に、彼女の首元へとボイドの指先が添えられていた。
一体いつの間に。
そんな思考が過ぎったが、務めて動揺を出さずに5代目を見据える。
「ふぇー……、君、
「黙れ阿婆擦れ。我らが王が『話して良い』と仰った時のみ口を開け。下手な真似はするな。さもなくば殺す」
「殺気立ってるぅー」
ボイドの言葉に軽口を叩き。
その首へとボイドの爪がめり込んだ。
彼女の手刀は、まるで本当の刃のようにその肌を切り裂き、一雫の血が首に伝う。
「2度は言わんぞ」
「…………」
さすがに冗談は通じないと思ったのか、5代目は肩を竦めて両手を上げた。
その光景を見て、僕は横目に六紗へと問う。
「ふたつ聞くぞ六紗。この女は信用できるか。そして、この女の『鍵』はなんだ?」
阿久津さんで言うところの仮面。
六紗で言うところの銀のネックレス。
ポンタで言うところの前世の記憶。
物理的なものか、あるいは概念的なものか。
異能を発動するための鍵が、異能力者であるならば絶対に存在する。
ならば、それを取り上げるのが最優先。
そう思ったのだが……六紗は静かに首を振った。
「……残念だけれど、この女の鍵は概念そのもの。鍵を奪うことは出来ないわ。……それに」
「この女は信用するべきじゃないだろうな」
背後から、阿久津さんの声がする。
振り返れば、難しい顔をした彼女が立っていた。
阿久津さんを見た5代目から、なんだか嬉しそうな気配……というか、色が溢れたのを真眼が見通す。
……真眼で見る限りはいい人そうだけど。
基本的に、この目で見抜けないことは無い。
どんな感情であれ、どんな現象であれ。
ありとあらゆる曲解の果てに、力の流れとして色に置き換え、視認する。
それがこの眼の本質だ。
だから昼間、勇者館から感じた好奇心の色に気付けたし。
この女から、それと全く同じ色が発せられていることにも、すぐ気がついた。
「昼間も……勇者館から僕らのことを見ていたが。やっぱり関わったら不味いタイプの女なのか?」
「……っ」
僕の言葉に、5代目は驚きを見せた。
僕が肉眼で見えたのは、カーテンの隙間から見えた瞳だけ。
しかも、距離は数百メートルあった。
普通なら判別不可能な距離。
だけど、真眼があれば話は別だ。
「……ふふ、六紗。君の彼氏は凄いんだねぇ。久しぶりに、他人に興味を覚えたよ」
ボイドに脅されてるって言うのに、まだ話す5代目。
おいあんた、そろそろ殺されても知らないぞ。
主に、六紗とボイドに。
そう思って六紗を見れば、顔を真っ赤にして拳をふるわせていた。
チラチラこっちを見てくるのはなんなんだろう。
僕に何かを期待するのはやめて欲しい。
次にボイドを見たら……なんだか満足気な表情を浮かべて手を引いていた。
「……ボイド?」
「……はっ!? す、すいません我らが王! この女が我らが王のことを認めたので、ついつい手を緩めてしまいました! 責任を取って、今ここで切腹します!」
「いや、それはしなくていいけれど」
彼女は綺麗な土下座を見せるが、その尾骶骨から伸びる黒い尾は、5代目の背中にピッタリと張り付いている。
変な真似をすれば穿つ。
そんな意思を強く感じた。
5代目も冷や汗を流しつつ空笑いしており、それを見て僕は判断する。
「おい、5代目勇者」
「やだなぁ、伍代でいいよ、もしくは紗奈で」
「
僕の言葉に、彼女は少し目を細める。
悪いな、5代目。
初対面で『呼び捨てでいいよ』的なフレンドリーな輩、そしてそれにまんまと『あ、それじゃあ呼び捨てで』と言ってしまう主人公。
それ、小説を書いていて僕が気に食わない展開のひとつなんでな!
とても個人的な理由から、名前呼びは拒否させてもらおう!!
「ねぇ六紗、この人頑固でしょ。それも、1度言い出したら絶対に曲がらないタイプの、超絶頑固」
「…………まぁ、否定はしないわ」
否定してくれよ……。今の悪口だと思うよ?
ボイドの指先尻尾が5代目の背を圧迫する。
その光景に、ボイドへと目配せすれば、彼女は土下座したまま尻尾から力を抜いた。
「……およ?」
「僕はボイドを信頼してる。お前程度なら、別に構えてなくても瞬殺できる。僕のボイドは最強だからな」
僕の言葉に、目に見えてボイドの機嫌が良くなった。
その姿に阿久津さんたちが苦笑するが、されど、僕の行動に非難を示す者はいなかった。
それはひとえに、誰もがボイドの強さを認めているからに違いない。
「信頼、信用……うん、大切なことだ。私も六紗と悪魔王、2人とは信頼関係を結びたかったんだが……残念だね。私と君達の波長は合わないらしく、顔を合わす度に嫌われてしまってね」
その言葉に反応する、阿久津さんと六紗。
「そりゃそうよ! 毎晩毎晩寝室まで乗り込んできて、私の事抱き枕にするじゃない! 暑苦しいったらありゃしないわよ!!」
「そうだ! 貴様は『あっ、こっちの方が可愛くない?』とか言って悪魔王の城に落書きをしていくではないか! 部下の居ない私が、どれだけ苦労してあの落書きを消して回ったことか!!」
……この世界に、悪党は存在しないのだろうか。
だいたいみんな小悪党なんだが。
やることがしょぼいと言うか。
反応に困る程度の悪さしてるというか。
ほら、冥府の王とか、襲撃者シーゴとか、異能者殺しとか、鮮やか万死とか。
あぁ言った輩を少しは見習って欲しいな。
まぁ、悪党になれと言ってるわけじゃないんだけどね!
「話を戻すが……お前を僕らは信用しない。だが、なんの話も聞かずに追い返して、後でやっかみ受けるのも面倒だから、話だけは聞く。その後どうするかは、こっちが決める」
「うん、いいんじゃないかな。私も私で忙しい身でね。なにも、興味本位で出待ちしていた訳じゃないんだ」
かくして、初めて5代目勇者は本題に入る。
その瞳にはどこか懐かしさが浮かんでいて。
彼女は、バッグの中から一冊の本を取り出した。
その本の題名を鑑定して。
その言葉に、僕は思わず目を見開いた。
「【古の大賢者・ミスト=エイトアロウの伝説】」
ミストは霧で。
エイトはハチ。
そして、アロウは矢。
あまりにも簡単な偽名であれど。
その名前を知った時、不思議と『らしい』と思ったのを、今でも覚えている。
「あら、懐かしいわね……それ、この世界に昔っからある童話じゃないの」
「童話……というより、神話に近い気がするがな。実在したかも怪しい人物。個人的には、おそらく創作の類であろうと思うが」
阿久津さんと六紗が思い出話に花を咲かせる。
そんな中で。
僕は、気まずさに冷や汗を流した。
「……ん? どうしただ?」
僕の様子に気がついたナムダが問い掛けてくる。
その言葉で二人も僕の異変に気がついたのか、不思議そうに首を傾げて。
5代目勇者は、楽しそうに笑ってた。
なるほどな。
こりゃ嫌われるタイプだわ。
そんなことを思いつつ。
その童話を見つめて、ため息を吐いた。
「そりゃ、言えないよね。私が君の立場でも……これが敵の正体ならひた隠すさ」
「……ちょっと待て。なんだ、とても嫌な予感がするのは私だけか?」
阿久津さんが、ダラダラと脂汗をかき始める。
……すまん、阿久津さん。
こんな感じになるなら、最初から相手の正体を明かしておくべきだったかもしれない。
僕は拳を握り。
5代目勇者は、事実を告げた。
「霧矢ハチは、この世界最古の童話に出てくる、伝説上の大賢者その人さ」
僕らの世界で言うところ。
神話の神々に、生身の素手で立ち向かえ、と言われているようなもの。
……いいや、それ以上かもしれない。
それだけ、その物語は普遍的で。
この世界の誰もが知る、世界最強の物語なのだから。
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