挿絵表示切替ボタン

配色








行間

文字サイズ

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
149/170
最終章【妄想クラウディア】
510『古の大賢者』

 5代目勇者。

 本名、伍代(ごだい)紗奈(さな)

 かつて、世界に名を轟かせた大勇者にして大賢者。今は一線を退いたというが、その実力は未だ健在。


 他でもない、六紗優の師匠でもあり。

 彼女の禁忌を封印した張本人。


 そんな人が、僕らが本拠地にしようとしていた村の、しかもピンポイントに家の中で、僕らを待ち伏せしていた。


 彼女は僕らの姿を見ると、そんなふざけたことを言ってこちらへ向いた。

 腰をかけていた机から離れ、僕らの方へと向かうべく一歩踏み出し。


「動くな」


 僕の言葉に、5代目はピタリと静止した。

 ……いいや、僕の言葉に、ではなかったか。

 僕の言葉と同時に、彼女の首元へとボイドの指先が添えられていた。

 一体いつの間に。

 そんな思考が過ぎったが、務めて動揺を出さずに5代目を見据える。


「ふぇー……、君、()()()()。こんな凄い部下もいるみたいだし」

「黙れ阿婆擦れ。我らが王が『話して良い』と仰った時のみ口を開け。下手な真似はするな。さもなくば殺す」

「殺気立ってるぅー」


 ボイドの言葉に軽口を叩き。

 その首へとボイドの爪がめり込んだ。

 彼女の手刀は、まるで本当の刃のようにその肌を切り裂き、一雫の血が首に伝う。


「2度は言わんぞ」

「…………」


 さすがに冗談は通じないと思ったのか、5代目は肩を竦めて両手を上げた。

 その光景を見て、僕は横目に六紗へと問う。


「ふたつ聞くぞ六紗。この女は信用できるか。そして、この女の『鍵』はなんだ?」


 阿久津さんで言うところの仮面。

 六紗で言うところの銀のネックレス。

 ポンタで言うところの前世の記憶。

 物理的なものか、あるいは概念的なものか。

 異能を発動するための鍵が、異能力者であるならば絶対に存在する。


 ならば、それを取り上げるのが最優先。


 そう思ったのだが……六紗は静かに首を振った。


「……残念だけれど、この女の鍵は概念そのもの。鍵を奪うことは出来ないわ。……それに」

「この女は信用するべきじゃないだろうな」


 背後から、阿久津さんの声がする。

 振り返れば、難しい顔をした彼女が立っていた。

 阿久津さんを見た5代目から、なんだか嬉しそうな気配……というか、色が溢れたのを真眼が見通す。


 ……真眼で見る限りはいい人そうだけど。

 基本的に、この目で見抜けないことは無い。

 どんな感情であれ、どんな現象であれ。

 ありとあらゆる曲解の果てに、力の流れとして色に置き換え、視認する。

 それがこの眼の本質だ。


 だから昼間、勇者館から感じた好奇心の色に気付けたし。

 この女から、それと全く同じ色が発せられていることにも、すぐ気がついた。


「昼間も……勇者館から僕らのことを見ていたが。やっぱり関わったら不味いタイプの女なのか?」

「……っ」


 僕の言葉に、5代目は驚きを見せた。

 僕が肉眼で見えたのは、カーテンの隙間から見えた瞳だけ。

 しかも、距離は数百メートルあった。

 普通なら判別不可能な距離。

 だけど、真眼があれば話は別だ。


「……ふふ、六紗。君の彼氏は凄いんだねぇ。久しぶりに、他人に興味を覚えたよ」


 ボイドに脅されてるって言うのに、まだ話す5代目。

 おいあんた、そろそろ殺されても知らないぞ。

 主に、六紗とボイドに。

 そう思って六紗を見れば、顔を真っ赤にして拳をふるわせていた。

 チラチラこっちを見てくるのはなんなんだろう。

 僕に何かを期待するのはやめて欲しい。

 次にボイドを見たら……なんだか満足気な表情を浮かべて手を引いていた。


「……ボイド?」

「……はっ!? す、すいません我らが王! この女が我らが王のことを認めたので、ついつい手を緩めてしまいました! 責任を取って、今ここで切腹します!」

「いや、それはしなくていいけれど」


 彼女は綺麗な土下座を見せるが、その尾骶骨から伸びる黒い尾は、5代目の背中にピッタリと張り付いている。


 変な真似をすれば穿つ。


 そんな意思を強く感じた。

 5代目も冷や汗を流しつつ空笑いしており、それを見て僕は判断する。


「おい、5代目勇者」

「やだなぁ、伍代でいいよ、もしくは紗奈で」

5()()()()()、あんたは信用出来ないということで意見が固まりつつあるんだが」


 僕の言葉に、彼女は少し目を細める。

 悪いな、5代目。

 初対面で『呼び捨てでいいよ』的なフレンドリーな輩、そしてそれにまんまと『あ、それじゃあ呼び捨てで』と言ってしまう主人公。

 それ、小説を書いていて僕が気に食わない展開のひとつなんでな!

 とても個人的な理由から、名前呼びは拒否させてもらおう!!


「ねぇ六紗、この人頑固でしょ。それも、1度言い出したら絶対に曲がらないタイプの、超絶頑固」

「…………まぁ、否定はしないわ」


 否定してくれよ……。今の悪口だと思うよ?

 ボイドの指先尻尾が5代目の背を圧迫する。

 その光景に、ボイドへと目配せすれば、彼女は土下座したまま尻尾から力を抜いた。


「……およ?」

「僕はボイドを信頼してる。お前程度なら、別に構えてなくても瞬殺できる。僕のボイドは最強だからな」


 僕の言葉に、目に見えてボイドの機嫌が良くなった。

 その姿に阿久津さんたちが苦笑するが、されど、僕の行動に非難を示す者はいなかった。

 それはひとえに、誰もがボイドの強さを認めているからに違いない。


「信頼、信用……うん、大切なことだ。私も六紗と悪魔王、2人とは信頼関係を結びたかったんだが……残念だね。私と君達の波長は合わないらしく、顔を合わす度に嫌われてしまってね」


 その言葉に反応する、阿久津さんと六紗。


「そりゃそうよ! 毎晩毎晩寝室まで乗り込んできて、私の事抱き枕にするじゃない! 暑苦しいったらありゃしないわよ!!」

「そうだ! 貴様は『あっ、こっちの方が可愛くない?』とか言って悪魔王の城に落書きをしていくではないか! 部下の居ない私が、どれだけ苦労してあの落書きを消して回ったことか!!」


 ……この世界に、悪党は存在しないのだろうか。

 だいたいみんな小悪党なんだが。

 やることがしょぼいと言うか。

 反応に困る程度の悪さしてるというか。

 ほら、冥府の王とか、襲撃者シーゴとか、異能者殺しとか、鮮やか万死とか。

 あぁ言った輩を少しは見習って欲しいな。

 まぁ、悪党になれと言ってるわけじゃないんだけどね!


「話を戻すが……お前を僕らは信用しない。だが、なんの話も聞かずに追い返して、後でやっかみ受けるのも面倒だから、話だけは聞く。その後どうするかは、こっちが決める」

「うん、いいんじゃないかな。私も私で忙しい身でね。なにも、興味本位で出待ちしていた訳じゃないんだ」


 かくして、初めて5代目勇者は本題に入る。

 その瞳にはどこか懐かしさが浮かんでいて。

 彼女は、バッグの中から一冊の本を取り出した。


 その本の題名を鑑定して。

 その言葉に、僕は思わず目を見開いた。




「【古の大賢者・ミスト=エイトアロウの伝説】」




 ミストは霧で。

 エイトはハチ。

 そして、アロウは矢。

 あまりにも簡単な偽名であれど。

 その名前を知った時、不思議と『らしい』と思ったのを、今でも覚えている。


「あら、懐かしいわね……それ、この世界に昔っからある童話じゃないの」

「童話……というより、神話に近い気がするがな。実在したかも怪しい人物。個人的には、おそらく創作の類であろうと思うが」


 阿久津さんと六紗が思い出話に花を咲かせる。

 そんな中で。

 僕は、気まずさに冷や汗を流した。


「……ん? どうしただ?」


 僕の様子に気がついたナムダが問い掛けてくる。

 その言葉で二人も僕の異変に気がついたのか、不思議そうに首を傾げて。

 5代目勇者は、楽しそうに笑ってた。


 なるほどな。

 こりゃ嫌われるタイプだわ。


 そんなことを思いつつ。

 その童話を見つめて、ため息を吐いた。


「そりゃ、言えないよね。私が君の立場でも……これが敵の正体ならひた隠すさ」

「……ちょっと待て。なんだ、とても嫌な予感がするのは私だけか?」


 阿久津さんが、ダラダラと脂汗をかき始める。

 ……すまん、阿久津さん。

 こんな感じになるなら、最初から相手の正体を明かしておくべきだったかもしれない。


 僕は拳を握り。

 5代目勇者は、事実を告げた。




「霧矢ハチは、この世界最古の童話に出てくる、伝説上の大賢者その人さ」




 僕らの世界で言うところ。

 神話の神々に、生身の素手で立ち向かえ、と言われているようなもの。

 ……いいや、それ以上かもしれない。


 それだけ、その物語は普遍的で。

 この世界の誰もが知る、世界最強の物語なのだから。



ブックマーク機能を使うには ログインしてください。
いいねで応援
受付停止中
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
感想を書く
感想フォームを閉じる
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く際の禁止事項についてはこちらの記事をご確認ください。

※誤字脱字の報告は誤字報告機能をご利用ください。
誤字報告機能は、本文、または後書き下にございます。
詳しくはこちらの記事をご確認ください。

⇒感想一覧を見る

名前:



▼良い点

▼気になる点

▼一言
X(旧Twitter)・LINEで送る

LINEで送る

+注意+

・特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はパソコン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
▲ページの上部へ