「どこに行った……! 姿を現せ! 異界の徒共めが!!」
そんな叫びが後ろから聞こえてきて。
僕らは、廃墟のひとつに姿を隠していた。
阿久津さんがこいつらを連れてきて、10分ほどだろうか。
僕は荒くなった息を整えつつ、阿久津さんへと視線を向ける。
「で、どうしてこうなったんだよ……」
「そ、それが……」
阿久津さんは、窓の外を睨みつつ口を開く。
その様子を見て察した。
おそらく、全面的にあの7代目勇者とやらが悪いんだろうな、って。
察したはいいんだけれど……。
「いつものように、食べ終えた焼き鳥の串を大量に勇者館の前に捨てていたのだが……焼き鳥を食べようと仮面を外した時、怒り狂った7代目勇者が出てきて……!」
「何してんのよアンタぁ!!」
「……ッ! あの廃墟から声がしたぞ!!」
まるでコント!
君たち狙ってやってるのかなぁ!?
僕らが逃げ出そうとするより先に、廃墟へと無数の聖騎士たちがなだれ込んでくる。
「悪事もここまでだ! どこの誰かは分からないが、数年前……先代が生きていた頃も似たような事件が会ったと聞く!」
「そうよ! 毎度毎度片付けるの大変で、誰の仕業なのかって何時も話してたのに……よりにもよってアンタのせい!? ふざけんじゃないわよ!!」
7代目と6代目が叫ぶ。
ちなみに阿久津さんも六紗も変装してるし、ポンタは僕のコートの中に隠れてるし、僕らの正体まではバレていない様子だ。
さて、どうやって逃げるかな。
そう考えていると、下らねぇ言い争いが聞こえてきた。
「いや、私は悪くない。私はストレス発散をしていただけだ。悪いのはこのストレス社会と、主に私のストレスの生みの親たる貴様らだ。というか貴様だ」
「なに、責任転嫁してんのよ!! というかあんた、焼き鳥ばっか食べてたら体調おかしくするわよ! ちゃんと野菜も食べなさいよ!」
「ネギを食っているだろう。あの、肉と肉の間に挟まっているアレだ。ちなみに私は野菜無しの焼き鳥派だがな」
「ならダメじゃないの!」
ギャースカギャースカ……お前らうるさい!!
喧嘩するほど仲が良すぎます!!
離れてた時は『べっ、別にあんなやつと会いたくなんてないんだからっ』みたいな雰囲気だったくせに!
お前ら顔を合わせた瞬間元気になりすぎだろうが! どんだけ仲がいいのかなぁ!?
「ちょっと現実見ろ、馬鹿2名!」
僕は二人の頭に拳骨落とすと、巨大なたんこぶを作った二人は頭を抱えて僕を見上げる。
「な、なんなのよ……」
「痛い……猛烈に痛い……」
「痛いのも不満なのも分かるが、今は逃げるのが先だろうが!」
前方を見れば、7代目勇者は腰の剣を抜き放つ。
仮にも六紗優の後継者。
いくら彼女の代用品といえど、顔は良いし雰囲気もあるし強そうだし……。
さすがに六紗と同格って訳では無いと思うが……それにしたって、油断できるような相手じゃないはず。
「【闇の王】」
全身から黒い蒸気が吹き上がる。
僕の戦闘態勢を見て、ボイドがやる気満々で前にでてきたが、僕は片手で彼女を制す。
「……!? な、何故です我らが王よ!」
「お前がやったら殺るだろうが……」
お前はただでさえ手加減できないんだから。
それに、深淵竜ボイドの消耗だけは極力避けて通りたい。
なにせ、霧矢ハチに唯一対抗出来る、ウチの切り札なんだからな。
僕の言葉にボイドは渋々後ろに下がる。
シオンへと視線を向ければ、彼女は7代目勇者とやらに興味もないのか、明後日の方向を見て鼻をほじっている。
汚ぇな。
まぁいいか。
僕一人で処置できるなら、イレギュラーがない分、やりやすい。
僕は前を向く。
7代目勇者は喉を鳴らし、その頬に一筋の汗が伝う。
「退けろ、さもなくば怪我するぞ」
☆☆☆
その男を一目見た瞬間。
7代目勇者は、戦慄した。
純粋な強さでは無い。
それを表すのに言葉は要らない。
目の前にした瞬間。
7代目勇者としての直感が。
本能が、理解した。
この男こそが、この集団における【王】であると。
今まで感じてきた中で最大の威圧感。
強さよりも、生命としての格が違う。
敵対して初めて理解する、その男の【大きさ】。
果てしない、底の知れなさ。
それは、下手をすれば今代の悪魔王よりも……。
剣を持つ手が震える。
それを必死に押さえつけると、剣はピタリと静止し、静かに敵の喉元へと切っ先を向けた。
深呼吸。
心を鎮めて前を見据える。
さすれば、もう恐怖は消えていた。
「へぇ」
男は静かに声を出し。
その足が、僅かに動いた。
と同時に、7代目勇者は切り払う。
剣が何かを弾き飛ばす。
知覚出来ず、視認もできない。
ただ、目には見えない【何か】が飛んできた。
そんな直感だけはあった。
「……アイツの能力。『千却万雷』ってのが、千本の刀を生み出す能力。その刀を1本1本に滅びの力が宿っていて……さすがに、それをコピーするとなったら骨が折れる」
だが、と男は続ける。
男の構えが変化する。
彼は居合のような構えをとった。
無論、刀なんてものは持ってない。
だが、それでも。
それを前に、7代目勇者は危機感を募らせた。
「『無刀一閃』」
瞬間、勇者の第六感が空間中から危機を察した。
デタラメに剣を振り払う。
それは奇跡的にそれらの【斬撃】を弾き飛ばしたが、それでも切り払うことの出来なかった数発がその鎧を削ってゆく。
「まんまと騙されたよ……アイツは居合の達人なんかじゃない。この力は、あくまでも【具現】の力で斬撃を再現してるだけ」
それなら簡単にコピーできる。
そう続けて、男は再び斬撃を放つ。
「くっ、この具現……!」
「強いだろ? だからパクった」
無数の斬撃が絶え間なく放たれてゆく。
その度に鎧が削れて、勇者の顔に焦りが浮かぶ。
「くそっ、このままでは……!」
「勇者様! あの男の仲間達が窓から逃げてゆきます!」
見れば、男の背後にいた仲間達が、続々と奥の窓から逃げ出してゆく。
その光景に歯噛みしつつ、勇者は防御に専念して隙を窺う。
そうだ、この男の目的は逃げること。
ならば、この男もまた途中で逃亡するはず。
絶対に、攻撃が止まる時はやってくる。
その瞬間を狙うんだ。
攻撃から逃亡に転換する、その時を。
「私は負けない! 悪を野放しにすることは民を傷つけるということ! 私はどこまでもこの世界の味方なのだから!」
「カッコイイなぁ、なら耐えてみろよ」
男はそう告げ、勇者は歯を食いしばる。
☆☆☆
そんな様子を、僕は廃墟から離れた場所から見つめていた。
「……まぁ、これだけ距離を離せば大丈夫だろ」
僕の周囲には、阿久津さんや六紗たち、全員が集合している。
場所は小さな丘の上。
僕達が身を隠していた廃墟はずっと下の方に見えている。真眼だからこそ、勇者が【1人芝居】をしているのが見えるが、裸眼じゃこの距離は見えないだろう。
指を鳴らすと、勇者は『はっ』と目を見開く。
彼女は驚いたように周囲を見渡し、そして、周囲に充満する【黒い霧】を見て目を見開いた。
その口は、こんなことを呟いたように見えた。
「まさか幻覚か」と。
その光景に僕は微笑み。
そんな僕を、阿久津さんは頬を引き攣らせて見つめていた。
「……末恐ろしいな、毒支配とは」
「毒支配。幻覚作用のある毒霧も可能とは。これまた面倒な力ぽよな」
コートの中からポンタの声がしたため、懐に手を入れてひっぱりだす。
彼を六紗へと投げて渡すと、僕は肩を回して歩き出す。
「あんなやつと戦うなんて、それこそ面倒なんでな。避けられる戦いは……全部回避する。あくまでも僕らの目的は霧矢ハチだからな」
あの男を倒す。
それまで、首を突っ込む必要も無い危険は総じて無視する。
どこまでも目的に忠実に。
霧矢ハチに対するならば……それくらいの覚悟はしなきゃならない。
まぁ、まだこれといった勝ち目は見えてないけど。
いつだって、絶対に勝てないなんてことは無かった。
なら、今回だってそうだ。
どんな手を使ってでも、アイツを倒す。
たとえ、また力を失ったとしても。
今度は、もっと大切なものを失ったとしても。
「……あんまり、気負い過ぎるのは良くないぽよ」
ふと、ポンタから声が聞こえてきて。
僕は、ふっと笑って言葉を返す。
「わかってる。僕は1人じゃないからな」
あくまでも、戦うのは僕ら全員で、だ。
ありとあらゆる総力を尽くして、奴を倒す。
それが、この世界の目的だ。
皆でこの先も幸せに暮らすために。
僕の願いを、叶えるために。
僕らが果たすべきことなんだ。
主人公の強さは本物なんですけどね。
ただ、相手が毎度毎度強すぎるだけなんです……。
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