遅ばせながら。
「ううっ、なんでよ……なんでなのよ……」
結果から言って。
やっぱり、7代目勇者ってのが誕生していた。
そして、悪魔王側も阿久津さんの不在をいいことに新しい悪魔王が誕生しており、それを知った阿久津さんは遠い目をし、六紗はベンチに座って泣きじゃくっていた。
いや、当然だろ。
そういうのは簡単な事だが、果たして今の彼女にズバズバ言っていいものか。
僕は少しだけ考えて、彼女に言った。
「いや、当然だろ」
「オブラートに包みなさいよ! 言葉ぁ!」
六紗は怒った。
僕につかみかかってぶんぶん振り回してきたため、僕はなされるがままに言葉を重ねた。
「いや、だって……なぁ?」
「ハッキリと言いなさいよ! そういうのがいちばん心に来るのよ!」
オブラートに包めって言ったくせに。
僕は小さくため息を漏らし、7代目勇者とやらの肖像画を見る。
そこにはとても綺麗な少年が映っている。
カッコよく、美しく、人形のように完成され尽くされた表情。
それはまるで、物語の中から飛び出してきたような存在だった。
まるで美の化身。
それを見てから六紗を見た。
悪魔王を追ってのこのこ異世界にまでたどり着き、食料も何も無くて川の水飲んでは腹を下して、5代目勇者に騙されて魔法少女のコスプレして……。
もはや、六紗に【美】なんて概念はない。
僕の視線を受けた六紗は狼狽し。
「まず、顔で負けてんじゃねぇか」
その場に、膝から崩れ落ちた。
それは、哀しくなるほどの崩れっぷりだった。
あんまりな六紗の姿に、さしものシオンですら気を使って。
「おい、元気出せよ。バナナ喰うか?」
とか言って、食べかけのバナナを手渡すほどだ。
半分食べかけのバナナを片手に、六紗は肩を震わせる。
あまりにもシュールな光景に、僕も肩を震わせた。
ただ、僕らの震えはまったく別種のものだったと思うけど。
「悪い六紗、僕も少し言い過ぎぶふっ」
「笑ってんじゃないのよ!!」
六紗は怒った。
追いかけてきたので逃げ回っていると、僕らを見ていたボイドとナムダの話し声が聞こえてきた。
「ふむ……あの娘、もしや未来の王妃か? であれば今から恩を売っておかねばな」
「そうだかなぁ……おんなのこ多くでよく分からんだ」
誰が結婚するかこんな野郎と!
そうは思ったが、さすがに六紗の前でぶっちゃけすぎな気がした。
振り返れば、六紗も話し声が聞こえたのか、真っ赤な顔をしている。
その瞳は期待するように揺れていて。
僕は――。
「誰が結婚するかこんな野郎と!」
やはり、本音には抗えなかった。
なので、思いっきり本音を叫んだ。
叫んだ瞬間、六紗の顔がさらなる赤色へと染まりあがった。
顔じゅうから蒸気が噴き出し、その視線は右往左往と揺れ動いている。
「あっ、ああああ、当たり前じゃないの! だっ、誰がこんな男と結婚なんてするもんですか! 仮にこいつが熱烈なプロポーズをしてきても私から断るっての!!」
「ゆ、優ちゃん! うっかりとんでもないことを言い放ってるぽよ!」
ポンタは叫ぶ。
彼は六紗を止めるべく、ぽよぽよ足音を立てて走り出す。
だが、六紗が思いっきりにらみつけると急ブレーキ。
まるで何事もなかったかのように口笛を吹き、明後日の方向へと歩き出す。
おい、お前それでいいのかペット。
「ほら! 証明してやるわよ! だからさっさとプロポーズでもなんでもやってみなさい! それはもう冷めた目で見下して振ってやるわ!」
「いや、僕はそんなに意地になってまで否定しn……」
「うるさいわね! さっさとプロポーズしてみなさいよ!」
プロポーズって……。
いや、そんなの考えたこともないし。
というか、お前相手には絶対にしない自信がある。
もう一回死んで生まれ変わったら話は別だろうが、今世ではまず無いだろう。
にもかかわらず……やれと、そういうのかこの女は。
前を見れば、六紗は不安そうに立っている。
その瞳は大きな不安と、隠しきれない期待に揺れていた。
……この女、明らかに狙ってやがる。
この機に乗じて、僕にプロポーズさせて自分一人で楽しむ気だ。
それに気が付いたのか、明後日を向いていたポンタがいつの間にか近くに寄ってきていた。
「なんたる策士ぽよ……。男に振られた瞬間に見せた動揺。あれはショックを受けたが故のモノではなく、あの瞬間、あの言葉を聞いた時点でこの未来が予期できていたから……だったぽよとは!」
ポンタの解説に、六紗はえへんと胸を張る。
その胸を見下ろして素直な感想を抱いた僕だが、さすがにこれは酷すぎるので口をつぐむ。
さりげなくその部分から目を逸らすと、それを見たポンタの目が煌めいた。
そして……にやりと、意地の悪い笑顔を浮かべる。
その瞬間、僕は理解した。
こいつ……なにか良からぬことを言う気だ、絶対に。
やめとけって。
悪いことは言わない。
お前のためを思って言ってるんだ。
真面目に、やめとけ。
どうせ殴られるの、お前なんだから。
内心で必死になってポンタを説得する。
だが、言葉にせねば何も伝わることはなく。
ポンタが口を開いたのを見て、僕はご冥福をお祈りした。
「優ちゃん! この男、優ちゃんのおっぱい見て貧にゅ――」
「ふんッ!!!」
瞬間、六紗の拳が瞬間移動した。
深々とポンタの腹へと突き刺さる拳。
生物が命を落とす瞬間は、きっとこういう光景を指すのだろう。
ポンタは言語化できない類の断末魔の叫びを放った。
そして、ピクリとも動かなくなる。
……今回ばかりは本当に死んだんじゃなかろうか、あいつ。
「あ、あああ、あんた! 変なところ見てたんじゃないでしょうね!?」
ポンタを殴った鬼とは一転。
六紗は恋する乙女の顔で言い放つ。
僕は恐怖した。
「あ、いいぇ、あの、いえ。いいえ。絶対に見てません」
ものすごく噛んだ気がした。
だが、そこは純粋無垢な六紗優。
彼女は顔を赤くして、疑う素振りも見せやしない。
「そ、そうよね! ま、まぁ、男の子だし? そういうのもあるのかもしれないけれど、あんただもんね! そんな失礼なことしないわよね!」
「……………………うん」
「ねぇちょっと? その間は何なのかしら」
なんなんだろうね?
僕は視線を逸らすと、じっと僕を見つめながら六紗が近づいてくる。
嫌な予感に冷や汗を流しつつ、必死になって彼女から視線を逸らしていると……ふと、視線の先で阿久津さんの姿が見えた。
彼女は確か、7代目勇者とやらの情報収集に行く、とか何とか言ってたようだが。
……はて、彼女が
「お、おい、六紗……ちょっとあれ」
「そんなこと言って話題を逸らすつもりでしょう! 騙されないわよ! あんたは小さいのと大きいの、どっちがタイプなのよ!」
「そんな話もしてなかったよねぇ!?」
僕は彼女の顔をつかみ、力技で視線を移動させる。
六紗は困ったようにしていたが、やがて、僕と同じ光景を見て固まった。
「えっと……六紗、あれは何に見える?」
「…………
だよねぇ、現実逃避したかったぁ。
僕は彼女の言葉に大きな息を吐き。
絶賛、逃げている最中の阿久津さんは、僕らに叫んだ。
「すまぬ御仁らッ! しくじった!!!」
阿久津さんのすぐ後ろには、列をなして追いかけてくる聖騎士たち。
その先頭には、噂の7代目勇者とやらの姿があり。
まさしく勇者のような格好に、僕はゲンナリした。
「……また、頭の痛い案件が来たもんだな」
とりあえず、僕らはいっせいに逃げ出した。
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