遅れましたすいません!
霧矢ハチを倒さねばならない。
そんな無理難題が目の前に立ち塞がった訳だが……そこは捉え方の問題かもしれない。
第捌巻が見知らぬ誰かの手にわたり、世間に一般公開とかされてた……とかなったら死ねると思う。
なので、最悪の事態になっていないだけ良かったと思うことにした。
「にしても、ここが……」
阿久津さんに出会ったその日から、ずっと話には聞いていた場所。
だけど、この光景を見るまでは信じることの出来なかった場所。
そこにあって、だけど無い。
現実世界の裏側にひっそりと存在する鏡面世界。
異能が蔓延る、特異世界。
丘の上から見下ろした光景は、まさしく絶景。
緑豊かな自然と、空を漂う浮島。
その島からは絶え間なく滝がこぼれ落ち、空には虹が掛かっている。
眼下には中世ヨーロッパのような街並みが広がり、多くの人が行き交っている。
「まぁ、紆余曲折あったが……御仁たちを、無事にこの場所へ案内出来て良かったよ」
そう言って、阿久津さんは微笑んだ。
「ようこそ、特異世界クラウディアへ。この世界は、あらゆる異能使いを歓迎する」
そして、あの街の名は【スタンド】。
初代勇者の生まれ故郷にして、冒険者たちの始まりの街。
この世界でも、最大級の街だそうだ。
☆☆☆
始まりの街、スタンド。
ちなみに、何が【始まりの街】なのかは不明。
初代勇者の故郷だからか。
若手冒険者が多いからか。
そういうネームバリューが売りなのか。
いや、特に理由はないのかもしれない。
というか、冒険者ってなに?
「ふっ、そこに気がつくとは、さすがだな、御仁」
自慢げな阿久津さん。
彼女はフードを目深に被り、彼女の
なにせ、彼女は特異世界では知らぬものは居ない、恐怖の悪魔王とされている。
顔バレだけは絶対に避けたい事案だった。
「この世界には魔物という存在が居てな。それを狩り、人々の平和を守ることで生計を立てる。騎士よりも戦闘に特化した荒くれ集団。それが冒険者」
「まぁ、そこら辺のラノベを読めばわかる程度の知識ぽよ」
「わかりやすい世界だな」
そんなことを言いながら、僕は街中を見渡した。
道行く人々は、基本的に人族らしい。
エルフだとか獣人だとか、そういった風の種族は見当たらない。さすがに異世界って言っても鏡面世界。そこまで現実とかけ離れた存在は居ないのかもな。
「……にしても、今更異世界転移とか言われてもなぁ」
阿久津さんたちと出会うより前だったら喜んでいたかもしれない。
ちょっとした強能力でも一喜一憂し、チートだなんだと笑っていたかもしれない。
だけど……さすがに今更
そうこう考えていると、ふと、街中で人だかりができていることに気がついた。
気になってその方向へと視線を向ければ……なんだろう、掲示板か? なにか、張り出されていることに気がついた。
「えっと……鑑定」
リミット・オフなしで使える程度の、簡易的な鑑定技能。
読めない文字を無理くりに翻訳すると、これまた厨二臭い単語が羅列していて、僕は咄嗟に顔を逸らす。
もうね、なんか『異界の徒』とかそんな文字が見えた時点で無理だった。
「……むむ? なになに『預言者タラコスパが告げし未来。異界の徒が来訪し、世界終焉の理を告げる。其れは異能崩壊の琴音である。滅亡の足音である。我らが死神に屈することなかれ』」
「なんか、たらこスパゲッティ喰いたくなってきたぜ!」
シオンがテキトーなことを叫ぶ。
まあ、シオンの言ってることは馬鹿だとしても、何だよ預言者タラコスパって。
せめて『タラコス』で止めておけばかっこよく……はないかもしれないけれど、ある程度人の名前として判別付くさ。ただ、その末尾に『パ』を付けちゃだめだよ。
シオンじゃないけど、タラコスとタラコスパって結構違うと思います。
僕がいろいろな意味で頭を押さえていると、阿久津さんが難しそうな表情を浮かべた。
「ふむ……察するに、我らが不在の間、勇者と悪魔王の戦いは収拾がつかない状態に陥ったらしい。これは、その戦いを少しでも終息させるべく、……言っては何だが、テキトーに書かれた文章だろう」
「でもアレよね! この文章を書いた奴は文才あると思うわ! なんか……こう、ディュゥェアルノォーゥトと似た雰囲気があるわね!」
「テメェ六紗……喧嘩売ってんのか?」
「なんでそうなんのよ!?」
なんでもクソもあるか!
よくもまあ……僕の前で、黒歴史ノートの話題を口に出来たな!
しかもお前、よりにもよって話題に出したのが黒歴史ノートの文章について!
黒歴史も黒歴史! 僕が一番触れたくねぇところだよ!
「ふむ……たしかに。『理』とはあのノートでよく用いられていた言葉。足音、という言葉もまた多く使われていたように思う。そしてなにより、『それ』を『其れ』と言い表す癖。……もしやこの文を書いたのは、解然の闇なのでは……?」
ほら見た事か!
阿久津さんが変なこと言い出したでしょ!
僕はじろりと六紗を睨むと、彼女はしゅんとした様子だったが、すぐに理不尽さに気が付き憤慨した。
「な、なんで私が怒られてるのよ! わ、私だってね、この世界ではかなり偉いのよ!?」
「そういう妄想だろ?」
「じゃないわよ!!」
まぁ、6代目勇者だってのはわかってるけどさ。
お前、阿久津さんと一緒に2年以上もこの世界離れてるんだろ?
もう、あれだよ。
絶対7代目勇者とか出てきてるだろ。
僕は彼女の肩に手を置くと、できるだけ優しく語りかける。
「安心しろよ、六紗。たぶん、みんなお前のこと『いつの間にか居なくなってた野郎』だって思ってるだろうけど、僕は味方だからな」
「や、優しい声で言わないでよ! 本格的に心配になってくるでしょうが!」
六紗はそう叫び、僕の両手を振り払う。
「もういいわ! 見せてやるわよ! 私の人望がとんでもないって言うことを! 悪魔王と違って私にはたくさん慕ってくれる子たちが居るんだもの!」
そう言って六紗はずんずん歩いてゆく。
その姿に苦笑しつつ、さすがに1人で行かせるのもあれなので、僕らも彼女の後に続いた。
その中で。
その掲示板を眺めていた阿久津さんは、何の気なしに呟いた。
「いや……だが、まさか、異界の徒とは――」
彼女の赤い瞳には、その内容がハッキリと映っていたのだと思う。
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