なんて保守的な。
最近、自分がつまらない。
新しいアートを生み出しながら、なんて保守的な作品なんだろうか?と思ってみたり、40代になって脂が乗るどころか何だかドツボにハマっている気もして。
20代の怖いもの知らずっていうのは、本当に羨ましい。
自分だけの時間があるって本当に良い。その中で自分の事だけに全力投球なんだから。
今できる事。そんな風に作品を作っていたら保守的な作品ばかりになってしまっている。これで良いのだろうか?一先ず今は迷子になっている。
お金のことを考えるとお金は人を狂わす。前は、活動に後からお金がついてこればいいと思っていた。だけど、40歳を過ぎた女がろくに稼ぎもできずに、、と
自分にブレーキをかけ続けてきた結果こうなってしまったなんて、20代だった頃の私は今の私にガッカリするだろうか。
守りに入ってしまっている今の自分を若かりし頃の私はどう思うだろうか。
何者かになりたかった私は、何者かになれているだろうか?
自分が求めていた何者かは一体誰だったのだろうか?
疑問ばかりが浮かんでは消えて、結果結論というものがないモヤモヤの中に生きて。もやもや病となっています。
100号の作品に取り掛かりたいのにこんなにも臆病で、キャンバスを買うとかすら恐怖でいっぱいだったり、世間体だったり、外堀を自分で固めてしまっているそんな状態。
これは更年期の始まり?
気のせい、気のせい。
自分がこんな風に歳を取るなんて思っても見なかった。
シワシワで血管の浮き出た祖母の手を見て、おばあちゃんになったらこんなふうになるのかと思っていた5歳くらいの私は、もう半分老婆に足を突っ込んでいるようなもんで、皮下脂肪なんかに負けないように無理をしてみたり。。
変わっていく自分を受け止めながら、新しい作品に没頭して
こうやってnote書きながら自分も歳を取っていくんだって事に向き合ってみたりして。拙い文章をつらつらと書いて、これがまたいつかの私が読むんだって思って。その時の私がこれを読んでなんて思うんだろうか。。
そんなことを考えていたら日が暮れて、
とにかく今の私の作品が保守的である事は間違いなくて、
こういう時は、詩を書いてみたりとにかく文章に自分の気持ちをぶつけてみたり、今世の苦しみを味わうという体験をここに刻んでおきます。
私は一体来世では何者になりたいと思っているのだろうか。
よろしかったらサポートを是非お願いいたします。アートによって人々の感性が開花し、アートって楽しいなぁと思ってもらえる様な活動に専念していきたいです。