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最終章【妄想クラウディア】
505『頓挫』

 深淵竜ボイド。

 僕が誇る最強の守護者。

 どうやってこの世界に来たのか……だとか。

 どうしてこの場所がわかったのか……だとか。


 そんな疑問が薄っぺらく感じるほどの反則加減。


 それこそが、彼女。

 全盛期の鮮やか万死をして『勝ち目はゼロ』と言わしめた怪物。

 ……唯一、霧矢ハチと『マトモに勝負できる』と確信できる、僕の切り札。


 ボイドは両の拳を開く。

 五指が爪のように鋭く固まり、獰猛に牙を剥く姿は……まるで野生動物。

 それを前に、僕は咄嗟に声をあげようとした。


「ぼ、ボイド……!」

「ご安心を、我らが王よ」


 静かに、そして獰猛にボイドは言う。



「我に敗北は有り得ない。なにせ、我は最強として産み落とされたのだから」



 その全身から威圧感が膨れ上がる。

 最強としての自覚、絶対的な自信。

 そして、それを裏打ちする確固たる強さ。

 それを前に僕は喉を鳴らし、霧矢は呆れたように上空を見た。


「……凄まじいね。今まで生きてきた中で……間違いない。君は最強の存在だ。俺の生きてきた年月に誓って言える。ここまでとびっきりの化け物は初めて見た」


 上空には、時空の穴が空いている。

 それが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と察してしまい、僕は思わず空笑いした。


「……君と一緒にいると、初めての経験ばかりだね、カイ君」


 ふと、霧矢がそんなことを言った。

 みれば、彼はどこか儚く笑っており、その姿を見たボイドは吠える。



「貴様……ッ、まさか()()()()ではあるまいな!」



 その言葉に、僕は目を見開く。

 霧矢は彼女の言葉を肯定するように肩を竦めて、言葉を重ねた。


「その通り。……残念ながら、灰村解を殺せる最大のチャンスを不意にしてしまったようだからね。今の一撃で殺せなかった。それは俺の落ち度で、カイ君の成長だ」


 僕を殺す最大の機会。

 それはきっと、転移する直前の油断だった。

 あの瞬間、僕をこの世界――特異世界クラウディアへと引きずり込み、孤立させた状態でなぶり殺す。

 それが、最も簡単な方法だった。


 だが、それは叶わなかった。


 それは、僕が彼の想像を超えて成長していたから……だなんて、そんな慢心は出切っこない。


 だって、霧矢ハチは明らかに本気ではなかったのだから。


「お、前……ッ!」

「カイ君。明言しておくけれど、俺は君の友達で、今は敵だよ。君が願いを叶えたいというのであれば――俺を殺すしか道はない」


 嫌だ、と。

 そう思った。

 だけど、口に出すことは出来なかった。

 霧矢の瞳に浮かぶ覚悟を見れば、軽々しく否定の言葉は出なかった。

 口を閉ざした僕を見て、霧矢は笑う。


「そんな君に、一つアドバイス」


 敵だと言って、間もないというのに。

 霧矢ハチはそんなことを言い出した。

 まるで、敵に塩を送りつけるようなその行為。

 それを前に、目を見開いた僕に対して。




「君の、大切なものは一体なんだい?」




 灰村解の、大切なもの。

 その言葉が心にストンと落ちてきた。

 僕は思わず胸に手を当て、考える。

 しかし僕とは裏腹に、ボイドは怒り、荒れ狂っていた。


「我が王に指図するとは……貴様、肉片の一片たりともこの世に残しておくものか! 一部残らず燃やし尽くしてやるッッ!!」

「へぇ、それは興味深いね。僕を殺せるかもしれないなんて、君は本当に素晴らしい」


 でもね、と。

 荒れ狂うボイドに、霧矢は返した。



「果たして俺と君が戦って、カイ君は無事で居られるのかな?」



 その言葉には、ボイドですら息を飲んだ。

 ちらりと、彼女は僕へと視線を向ける。

 霧矢ハチと、深淵竜ボイド。

 共に規格外、反則の権化。

 そんなのが真正面から戦えば、その衝撃は人ひとり殺すのには余りある。


 仮に僕が、全ての力を防御に回したとしても。


 霧矢ハチが本気になれば、ボイドを無視して僕だけを殺すことだって出来るだろう。



「マトモに戦えば……俺は負けるかもしれない。けど君は、俺を相手に彼を守りきれると思うかい?」



 それは強さの問題ではなく。

 目的の問題だった。

 ボイドの目的は、勝つことではなく僕を守ること。

 そして、霧矢ハチの目的は……確実に、僕からノートを奪うこと。


「俺はね、不確定なことに賭けたりはしない。君だって、俺を殺せるかどうかは分からないからね。だから、俺が求めるのは一つだけ」


 それが、奇跡の具現。

 願望器による自殺の実現。

 自分を確実に殺せるモノを用いて、40億年の人生を終わらせること。


「そのために、君と戦うのは頂けない。戦った衝撃で、ノートが壊れるかもしれない。吹き飛んで、見失ってしまうかもしれない。それは僕としても遠慮したいからね」


 だからこその、撤退。

 その先になにか、案があるとは思えない。

 作戦があるとは思えない。

 きっと霧矢は、本当に、ここで僕を殺して終わらせる気だったのだと思う。


 そうでなければ、こんな、行き当たりばったりみたいな行動は取らないと思う。


「……霧矢」

「分かるだろ? 俺は本気だよ。本気で……死にたいと思ってる。だから、邪魔をするなら誰だろうが殺す。そして、俺は確実に自殺する」


 その言葉に、僕は拳を握りしめる。

 なぜだか、その言葉が無性に悔しかったから。


「……今、ハッキリと分かった。僕がお前に出会った理由。……それは、お前の自殺を止めるためだ」

「そっか。それじゃあ、君に会ったこと自体が失敗だったのかもしれないね」


 霧矢は、どこか悲しそうにそう言って。

 僕らへと、背を向けて歩き出す。



 もう、彼が振り返ることは無かった。




「さようなら。次に会うときは……どちらかが死ぬ時だよ、灰村解」




 その言葉と共に、彼の姿は消えてゆく。


 残ったのは、破壊の跡が残る草原と。

 満身創痍になった僕を見下ろす、ボイドだけだった。


 僕は思わず息を吐き。

 ボイドは、控えめに口を開いた。


「……我らが王よ。……生まれてから二度目です。戦えば苦戦する。そう実感したのは」


 1度目は、おそらく解然の闇だ。

 ならば、霧矢ハチは、ヤツと肩を並べる程の化け物……とまでは断言できないが。


 少なくとも、ボイドに匹敵する怪物であることは、間違いない。


 僕はその場に膝をつき、大きく息を吐く。

 瞼を閉ざし、背後に時空の穴を開ける。


 すると、間を開けずにその向こう側から雪崩のように知人たちが溢れだしてくる。


「ご、御仁ッ!? だ、大丈夫か!」

「ちょっとあんた! いきなりどうしたのよ!?」


 阿久津さんや、六紗たちだ。

 向こうの世界からこちらの世界に来るのは難しいが、その逆は容易いと、予め聞いていた。

 事実、その通りなのだろう。

 僕の次元は容易く二つの世界を貫通し、それを見て僕は安堵する。


「とりあえず、みんな合流出来て良かったよ」

「本当だぽよ……。危うく、旅が始まる前に終わっちゃうところだったぽよ」


 ポンタがそんなことをつぶやく中。

 僕は、不気味なほど静かな少女へと、視線を向ける。


 普段なら、真っ先に叫び出してもおかしくは無い。

 にも関わらず、その赤髪の少女は……信じられないほど冷たい瞳を浮かべていた。



「……シオン」



 僕には分からない。

 どんな理由で、なにを根拠にしたのか。

 それでもきっと、感じたんだ。


 彼女も、この場に残るアイツの気配を。


「……おい、カイ。嘘じゃねぇよな」

「……あぁ、嘘じゃないよ、シオン」


 僕の言葉に、彼女は大きく息を吐く。

 その瞳には、悲しさが見えた気がした。



「……そんじゃ、仕方ねぇのか」



 その一言には、様々な意味があったと思う。

 彼女はそれっきり黙ってしまい、僕もまた、口を閉ざして顔を俯かせた。



 異世界転移。

 特異世界クラウディア。


 そこでの第捌巻捜索は、想定していたよりもずっと、一瞬で終わったけれど。


 その奪還は、最初の時点で頓挫した。



 なにせ、僕の願いを叶えるということは。



 霧矢ハチという化け物を、倒すということなのだから。

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