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最終章【妄想クラウディア】
504『デタラメ』

 その男は、不滅だった。

 曰く、40億年を生きる何者か。

 死ぬことはなく、消滅することは無く。

 ただ、圧倒的な強さを胸に、悠久の時を生きてきた賢者。


 その者が知らぬものはなく。

 40億もの経験から、想定できない未来はない。

 ただの推測。

 それが異能の域にまで達する異常性。

 加えて、本人のデタラメな強さ。


 かつて、冥府の王イミガンダすら、その男を恐怖していた。



 史上最強の異能力者【理知の砦(アヴァロン)】。



 その名も――霧矢ハチ。

 生ける伝説……いいや、都市伝説と言ってもいい。

 そんな存在と、僕は今、相対していた。


「【廻天】ッ!」


 右手を捻じる。

 瞬間、霧矢を中心として空間が歪み、それを見渡したヤツは声を漏らした。


「へぇ、あの時の技が……成長したもんだ」

「ぐぬぅ……ッ!」


 ギリギリと右手に力を込める。

 だが……何だこの感覚は。

 まるで、巨大な岩を素手で握り潰そうとしているような感覚。

 自分の手にすら収まらない何かを、必死こいて相手取っているような感覚。


 端的に言うと……力を込めてもビクともしない。


「うん、その技はもういいかな」


 瞬間、霧矢は指を鳴らした。

 途端に僕の廻天技能は弾かれて、顔を顰めた時には既に霧矢は迫っていた。


「ほら、出し切ってみなよ、底力」

「……ッ!?」


 僅かに捉えた右ストレート。

 咄嗟に上体を逸らせば、頬に一筋の傷跡が刻まれる。

 コンマ数秒でも遅れれば手遅れ。

 ひりつくような、限界スレスレの危機感。

 背筋が焼けるような冷たさに、歯を食いしばって拳を握る。


「【指揮】ッ!」

「うおう?」


 瞬間、霧矢の動きが目に見えて鈍くなる。

 指揮技能は、唯一霧矢が知らない技能。

 なんせこれは、生き返ってから習得したもの。

 味方全てを鼓舞し、敵を弱体化させる。

 今回は、その力の全てをお前の弱体化に回してやった。


「【神狼】……【異常稼働(フルドライブ)】に【超加速(フルアクセル)】ッ!」


 漆黒の右腕に血の蒸気が纏う。

 それが一気に加速し、放たれる。

 それは、今の僕が放てる全力全霊……ッ!



「【黒歴滅拳(デストピア)】ッッ!!」



 その拳は、真正面から霧矢へと吸い込まれてゆく。

 彼は驚いたように目を丸くする。

 ……だけど、分かってるさ。

 最強の異能力者、霧矢ハチ。

 お前のことだ。



 ――どうせ、躱すか防ぐかするんだろ?



 僕の拳を、霧矢は最小の動きで回避する。

 みれば、僕の拳をかわした霧矢は掌底を構えており、その掌には尋常ではない威圧感が篭っていた。


「さて、そろそろ俺からも攻めようか?」


 霧矢はそう呟き。

 そして――僕は笑った。



「【渦】」



 今日は土曜日。

 界刻が強化される日。

 咄嗟に展開した渦は、僕の拳をまるっと飲み込み。

 そして、その拳は霧矢の眼前へと転移した。


「おあっ!?」


 驚く霧矢。

 されど、今回ばかりは、かわせない。

 僕の拳は霧矢の顔面へと深々と突き刺さり、彼の体は大きく吹き飛ばされてゆく。

 その光景を見て息を吐いた僕は、渦の中から腕を引き抜く。


「はぁ、はぁっ……はぁ……」


 ……まだ、戦い始めて数分だろうか。

 下手をすればもっと短いかもしれない。

 にも関わらず、神力の消耗は著しい。

 それは、精神的な焦りから来るもの。

 まるで巨岩に殴りかかっているような……。そんな無謀感に対する焦りから、消耗が加速している。


 加えて僕は……持ち得る技術のほとんどを、この男に見せてしまった。


 神狼。

 廻天。

 復讐。

 指揮。

 消滅。

 次元。


 ただでさえ、この男はこれらの技能の【原点】を知っている。冥府で何度も何度も、僕が使っているのを見聞きしている。

 その時点で、既に手の内は八割がた明かされていたと見るべきだ。


 そして。

 あらゆる技能を見せてしまった今。



「……なるほど、これが、今のカイ君か」



 既に、手の内は完全に見透かされた、と。

 少なくとも、僕はそう考える。


 霧矢は僕を、静かに見据える。

 確実に攻撃は入ったはず。

 口の端から血が伝う。

 確かにダメージはあったはず。


 なのに、彼がコートの袖で血を拭えば


 その直後には、無傷の状態に戻っていた。



「……デタラメな」



 言葉に出来ぬ、えも言えぬ反則(デタラメ)さ。

 それはまるで、成志川の【言霊】のようにすら感じた。

 アイツの『なんでもあり』に近しい力。

 だけど、似て非なる謎の力。


 結果としては同じなのかもしれないが。

 その本質は、全くの異質。


 あるいは――格が違うと、そう言い表してもいいだろう。


「……お前の、能力は――」

「教えないよ。俺は親切じゃないからね」


 霧矢はそう、肩を竦めて。

 そして、僕へと真っ直ぐに手を向けた。

 その姿に、僕は一瞬困惑して。

 力の込められたその手を見て、嫌な予感が膨れ上がった。



()()()()()()()、【廻天】」



「が……ぁっ!?」


 瞬間、万力で握り潰されるような痛みが、全身へと突き抜けた。

 全ての方向からの、凄まじい圧。

 ……だけじゃない、僕の体をネジ切らんばかりの回転が襲い来て、僕は思わず顔をゆがめる。


「こ、この……ッ!」


 咄嗟にその空間を転移で抜け出す。

 飛んだ先は、霧矢の真後ろ。

 僕は間を開けることなく拳を振り抜くが、その拳は霧矢の手で受け止められる。


「【指揮】」


 そして、覚えのある力が僕を襲う。

 身体中が一気に重くなり、膝をつきかけた僕に、霧矢は前蹴りをぶち込んでくる。


 その一撃は……直前で、急に加速したように見えた。


「が……!?」

「【超加速】」


 弾かれる寸前に、そんな声がした。

 僕の体は草原の上へと吹き飛ばされてゆき、何度も地面をバウンドしながら跳ねてゆく。

 痛みに顔を顰め、衝撃に呻く。

 それでも必死に大地を掴んで、体勢を整える。


「こ、の……!」

「【神狼】」


 前を向く。

 そこには、腕を狼へと変えた霧矢が居た。


 なぜ、どうして。

 ()()()()()()()()()()()使()()()


 嫌な予感がほとばしる。

 この場所に至って。


 僕は初めて、この男の力に察しがついた。


 溢れ出す危機感に、復讐技能を全力行使。

 防御力を想力で高め、攻撃に対する。


 だが、僕は直前で気がついた。

 否、思い出したと言ってもいい。



 ――神狼技能は、防御能力を貫通すると言うことを。



「発勁」



 掌底が撃ち込まれる。

 瞬間、突き抜けたのは常軌を逸した威力。

 あまりの威力に視界が揺れる。


「あぐァ……ッ!?」

「だから言ったろう、カイ君」


 意識が白く染まる。

 体ではなく精神をへし折るような一撃。

 必死になって抗うが、僕の体は前のめりに倒れてゆく。


 く、くそっ……また、僕は勝てないのか。

 自分の力じゃ、コイツには……。


 霧矢ハチには、勝てないってのか。


「仕方ないよ、僕は少々強すぎる」


 僕の目の前で、霧矢は拳を振り上げる。

 その光景に、僕は死を垣間見た。




「それじゃあ、さようなら、カイ君」




 そして、拳が振り下ろされる。

 それは、僕を殺すつもりの一撃。

 その右拳は、寸分たがわず僕の頭蓋へと迫り――






 そして。


 ()()()が、霧矢の右腕を貫いた。




「な……ッ!?」



 驚いたのは、霧矢ハチ。

 悠久を生きる彼ですら、想像できなかった規格外。理解できない反則(デタラメ)加減。


 僕は思わず苦笑する。

 ……まぁ、来るだろうとは思ってたよ。

 今回は、お前が参加しているんだから。



「申し訳ありません、我らが王。少々時間を食われました。この罰は、如何様にも受けましょう。ですが……」



 そこに立っていたのは、黒髪の女性。

 彼女は僕を守るように佇んでおり、それを見た霧矢は思いっきり頬を引き攣らせた。



「……最初っから、切り札(ジョーカー)が来るとはねぇ」



 その言葉を受け、その女性は拳を握る。

 その顔には、獰猛極まりない憎悪が浮かんでいた。



「とりあえず、この男を殺します。よろしいですね、我らが王」



 ――深淵竜ボイド。

 僕が作ったもう一人の【反則(デタラメ)】は、そう言った。

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