その男は、不滅だった。
曰く、40億年を生きる何者か。
死ぬことはなく、消滅することは無く。
ただ、圧倒的な強さを胸に、悠久の時を生きてきた賢者。
その者が知らぬものはなく。
40億もの経験から、想定できない未来はない。
ただの推測。
それが異能の域にまで達する異常性。
加えて、本人のデタラメな強さ。
かつて、冥府の王イミガンダすら、その男を恐怖していた。
史上最強の異能力者【
その名も――霧矢ハチ。
生ける伝説……いいや、都市伝説と言ってもいい。
そんな存在と、僕は今、相対していた。
「【廻天】ッ!」
右手を捻じる。
瞬間、霧矢を中心として空間が歪み、それを見渡したヤツは声を漏らした。
「へぇ、あの時の技が……成長したもんだ」
「ぐぬぅ……ッ!」
ギリギリと右手に力を込める。
だが……何だこの感覚は。
まるで、巨大な岩を素手で握り潰そうとしているような感覚。
自分の手にすら収まらない何かを、必死こいて相手取っているような感覚。
端的に言うと……力を込めてもビクともしない。
「うん、その技はもういいかな」
瞬間、霧矢は指を鳴らした。
途端に僕の廻天技能は弾かれて、顔を顰めた時には既に霧矢は迫っていた。
「ほら、出し切ってみなよ、底力」
「……ッ!?」
僅かに捉えた右ストレート。
咄嗟に上体を逸らせば、頬に一筋の傷跡が刻まれる。
コンマ数秒でも遅れれば手遅れ。
ひりつくような、限界スレスレの危機感。
背筋が焼けるような冷たさに、歯を食いしばって拳を握る。
「【指揮】ッ!」
「うおう?」
瞬間、霧矢の動きが目に見えて鈍くなる。
指揮技能は、唯一霧矢が知らない技能。
なんせこれは、生き返ってから習得したもの。
味方全てを鼓舞し、敵を弱体化させる。
今回は、その力の全てをお前の弱体化に回してやった。
「【神狼】……【
漆黒の右腕に血の蒸気が纏う。
それが一気に加速し、放たれる。
それは、今の僕が放てる全力全霊……ッ!
「【
その拳は、真正面から霧矢へと吸い込まれてゆく。
彼は驚いたように目を丸くする。
……だけど、分かってるさ。
最強の異能力者、霧矢ハチ。
お前のことだ。
――どうせ、躱すか防ぐかするんだろ?
僕の拳を、霧矢は最小の動きで回避する。
みれば、僕の拳をかわした霧矢は掌底を構えており、その掌には尋常ではない威圧感が篭っていた。
「さて、そろそろ俺からも攻めようか?」
霧矢はそう呟き。
そして――僕は笑った。
「【渦】」
今日は土曜日。
界刻が強化される日。
咄嗟に展開した渦は、僕の拳をまるっと飲み込み。
そして、その拳は霧矢の眼前へと転移した。
「おあっ!?」
驚く霧矢。
されど、今回ばかりは、かわせない。
僕の拳は霧矢の顔面へと深々と突き刺さり、彼の体は大きく吹き飛ばされてゆく。
その光景を見て息を吐いた僕は、渦の中から腕を引き抜く。
「はぁ、はぁっ……はぁ……」
……まだ、戦い始めて数分だろうか。
下手をすればもっと短いかもしれない。
にも関わらず、神力の消耗は著しい。
それは、精神的な焦りから来るもの。
まるで巨岩に殴りかかっているような……。そんな無謀感に対する焦りから、消耗が加速している。
加えて僕は……持ち得る技術のほとんどを、この男に見せてしまった。
神狼。
廻天。
復讐。
指揮。
消滅。
次元。
ただでさえ、この男はこれらの技能の【原点】を知っている。冥府で何度も何度も、僕が使っているのを見聞きしている。
その時点で、既に手の内は八割がた明かされていたと見るべきだ。
そして。
あらゆる技能を見せてしまった今。
「……なるほど、これが、今のカイ君か」
既に、手の内は完全に見透かされた、と。
少なくとも、僕はそう考える。
霧矢は僕を、静かに見据える。
確実に攻撃は入ったはず。
口の端から血が伝う。
確かにダメージはあったはず。
なのに、彼がコートの袖で血を拭えば
その直後には、無傷の状態に戻っていた。
「……デタラメな」
言葉に出来ぬ、えも言えぬ
それはまるで、成志川の【言霊】のようにすら感じた。
アイツの『なんでもあり』に近しい力。
だけど、似て非なる謎の力。
結果としては同じなのかもしれないが。
その本質は、全くの異質。
あるいは――格が違うと、そう言い表してもいいだろう。
「……お前の、能力は――」
「教えないよ。俺は親切じゃないからね」
霧矢はそう、肩を竦めて。
そして、僕へと真っ直ぐに手を向けた。
その姿に、僕は一瞬困惑して。
力の込められたその手を見て、嫌な予感が膨れ上がった。
「
「が……ぁっ!?」
瞬間、万力で握り潰されるような痛みが、全身へと突き抜けた。
全ての方向からの、凄まじい圧。
……だけじゃない、僕の体をネジ切らんばかりの回転が襲い来て、僕は思わず顔をゆがめる。
「こ、この……ッ!」
咄嗟にその空間を転移で抜け出す。
飛んだ先は、霧矢の真後ろ。
僕は間を開けることなく拳を振り抜くが、その拳は霧矢の手で受け止められる。
「【指揮】」
そして、覚えのある力が僕を襲う。
身体中が一気に重くなり、膝をつきかけた僕に、霧矢は前蹴りをぶち込んでくる。
その一撃は……直前で、急に加速したように見えた。
「が……!?」
「【超加速】」
弾かれる寸前に、そんな声がした。
僕の体は草原の上へと吹き飛ばされてゆき、何度も地面をバウンドしながら跳ねてゆく。
痛みに顔を顰め、衝撃に呻く。
それでも必死に大地を掴んで、体勢を整える。
「こ、の……!」
「【神狼】」
前を向く。
そこには、腕を狼へと変えた霧矢が居た。
なぜ、どうして。
嫌な予感がほとばしる。
この場所に至って。
僕は初めて、この男の力に察しがついた。
溢れ出す危機感に、復讐技能を全力行使。
防御力を想力で高め、攻撃に対する。
だが、僕は直前で気がついた。
否、思い出したと言ってもいい。
――神狼技能は、防御能力を貫通すると言うことを。
「発勁」
掌底が撃ち込まれる。
瞬間、突き抜けたのは常軌を逸した威力。
あまりの威力に視界が揺れる。
「あぐァ……ッ!?」
「だから言ったろう、カイ君」
意識が白く染まる。
体ではなく精神をへし折るような一撃。
必死になって抗うが、僕の体は前のめりに倒れてゆく。
く、くそっ……また、僕は勝てないのか。
自分の力じゃ、コイツには……。
霧矢ハチには、勝てないってのか。
「仕方ないよ、僕は少々強すぎる」
僕の目の前で、霧矢は拳を振り上げる。
その光景に、僕は死を垣間見た。
「それじゃあ、さようなら、カイ君」
そして、拳が振り下ろされる。
それは、僕を殺すつもりの一撃。
その右拳は、寸分たがわず僕の頭蓋へと迫り――
そして。
「な……ッ!?」
驚いたのは、霧矢ハチ。
悠久を生きる彼ですら、想像できなかった規格外。理解できない
僕は思わず苦笑する。
……まぁ、来るだろうとは思ってたよ。
今回は、お前が参加しているんだから。
「申し訳ありません、我らが王。少々時間を食われました。この罰は、如何様にも受けましょう。ですが……」
そこに立っていたのは、黒髪の女性。
彼女は僕を守るように佇んでおり、それを見た霧矢は思いっきり頬を引き攣らせた。
「……最初っから、
その言葉を受け、その女性は拳を握る。
その顔には、獰猛極まりない憎悪が浮かんでいた。
「とりあえず、この男を殺します。よろしいですね、我らが王」
――深淵竜ボイド。
僕が作ったもう一人の【
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