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霧矢ハチは、なんだって知っている。

最終章【妄想クラウディア】
503『大切なもの』

 考えるより先に、体が動いていた。



「――【黒死炎天】」



 全身を包む炎が、青い炎に喰らわれる。

 僕の姿を見た霧矢は驚いたように目を見開き、僕は白い息を吐いて前を向く。


 六紗から奪った、全てを食らう逸常の炎。

 あまり多用は出来ないが……だからといって使い惜しめる相手ではない。


「へぇー、凄いな……その炎。随分と長く生きてきたけれど、それは『初めて見た』類のものだ」

「霧矢! お前……!」


 なんでこんなことをする!

 そう続けようとした僕に、されど霧矢は笑みを崩さす手をかざす。



「言っておくけど、説得は無駄だよ、カイ君」



 瞬間、僕の身体中を無数の氷矢が貫いた。

 凍りついた鮮血が弾け、貫かれた部分から氷結が始まってゆく。

 咄嗟に青い炎で氷結すらも燃やし尽くし、僕は戦慄を噛み締めて目を見開く。


 ――全く、見えなかった。


 全く油断はしていなかった。

 なのに、何も見えなかった。

 攻撃の所作だけは見えた。

 だが、その後の結果まで、その道程が何ひとつとして視認できなかった。


 何たる速さ。

 ……いいや、驚くことじゃない。

 冥府の王イミガンダはこの男を知っていた。

 奴の経験を……記憶を奪い、その際に【霧矢ハチが何者か】を僕は知った。

 知ってしまった。


 彼が、人間ではないということを。


「……その顔、知ってるみたいだね。思い返してみれば……イミガンダの記憶を見てからかな? 君の、俺を見る目が変わったのは」


 そう言って、霧矢は目を細める。

 一陣の風が吹き、その髪が揺れてゆく。

 彼の瞳は、どこか疲れたように僕を見ていた。



「なら、分かるだろ? 君は俺には敵わない」



 瞬きをする。

 次の瞬間には霧矢の姿は消えていて。

 僕のすぐ背後で、風切り音がした。


 咄嗟に身を転がすと、彼の拳が空気を切り裂く。

 たったの一撃で草原が割れる。

 衝撃波で森が砕けて、その威力に戦慄した。


「くっ……!」

「今の君は、一人なんだよ、カイ君」


 彼の言葉に、僕は歯を食いしばる。

 地面に両手をつき、奴の顔面へと回し蹴りを叩きつける。

 だが、彼は片手で僕の蹴りを受け止め、軽い調子で言ってくる。



「君は、自力で格上を倒したことがない」



 その言葉に、思わず思考が停止する。

 と同時に霧矢の蹴りが腹に突き刺さり、僕の体は大きく吹き飛ばされてゆく。

 岩に思い切り叩き付けられ、砕き、それでようやく勢いが止まる。

 苦痛に顔をゆがめて顔をあげれば、足を踏み下ろそうとする霧矢が目の前にいた。


「……ッ!?」


 咄嗟に首を逸らすと、僕の頬のすぐ隣に彼の足が落とされた。

 地面にヒビがはいり、背筋が凍る。


「冥府の王は、僕が手助けをしたよね。成志川少年には勝てなかった。鮮やか万死には過去の力にすら縋り、灰燼の侍や六紗優には勝てたけれど……それは、勝つべくして勝っただけ」


 僕を見下ろす瞳は、どこまでも冷たい。


「相性は良くない。相手の調子も悪くない。何ひとつとして付け入る隙がない。そんな格上に……君が勝てたことは無い」


 ……そうだ。

 事実、僕が自分の力()()()ジャイアントキリングに成功したことは……ない。


 霧矢の蹴りを、両腕でガードする。

 弾かれた僕は10数メートル先で着地し、地面を踏ん張りながら静止する。

 両腕の骨が砕けた。

 だが、それもすぐに癒える。


 僕は大きく息を吐き、集中の泉の中に意識を沈める。


 だが。



「援軍は、来ないよ」



 霧矢の言葉が、動揺を誘う。


「何度でも言うよ。援軍は来ない。シオンちゃんたちはここには来ない。君を引っ張ってくる時、君の『渦』は消させてもらったからね。……君がいない状態で、彼らが世界を渡ることは出来ない」

「……ッ!?」

「君は、ここで俺に殺される」


 その言葉が響いた直後。

 霧矢ハチは、僕の目の前に立っていた。

 視界の端にソレを映して、僕は大きく目を見開く。

 霧矢はそのノートを片手に、僕へと言った。


「だけどね、カイ君。僕は君のことを友達だって思ってるんだ。君には生きて欲しいんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 彼の言葉に、少しだけ違和感を覚えた。

 まるで、本当にそれが霧矢ハチの願いであるかのような……。そんな感じがした。

 だが、次の一言で、そんな違和感も砕かれた。



「だからさ、君の持つノート……全部俺に渡してよ」



 聞いた瞬間に理解した。

 それこそが、霧矢ハチの目的。

 彼が友人たる僕をも殺そうとする、本当の理由。


「俺はね、どうしても叶えたい願いがあるんだ。それ以外の全てを知った。感情の起伏なんて……もう、ほとんどない。だけどね、思うんだ。【終焉】だけは違うんじゃないか、って」


 僕は、彼の言いたいことが分かってしまった。

 分かりたくなんてなかったけれど。

 彼の素性、彼の言葉。

 全てを知り、理解した。


 僕は苦渋に顔を歪めて。

 彼は、第捌巻を片手に言った。



「俺は、そのノートで自殺する」



 悠久を終わらせる。

 きっと、霧矢ハチはその為だけに生きている。

 そう理解した瞬間、僕は霧矢の胸ぐらを掴みあげていた。


 僕の攻撃なんて、いくらだって躱せるだろうに。

 その時だけは、霧矢は一切の抵抗をしなかった。


「おま……お前は! そんなことのために……2年間も、僕に力を貸したのか!? 僕を助けたのは、ノートを集めさせるためだったとでも言うつもりか!」


 やめてくれ。

 お前の口から、そんなことは言わないでくれ。

 僕はお前を信頼してる。

 心の底から、友達だって思ってる。

 2年間も一緒に過ごした。

 何度も救われた。

 何度も笑って、怒って、肩を組んで。

 一緒に深淵を生き抜いた。


 そんな、お前が……ッ。



「そうだよ。君は、ただの駒だった」



 僕は、拳を振り抜いた。

 確かに頬を抉った感触。

 霧矢はたたらを踏むように数歩後退り、僕を見る。

 その頬には赤い跡がついており、口の端から血が伝う。


「……ッ、はぁっ、は……ぁ、ぅっ!」

「それで、満足かい? 恨みや鬱憤は晴らせたかい?」


 霧矢の言葉に、視界が赤く染まる。

 それは怒りによるものだった。

 僕は拳を振りかぶる。

 霧矢ハチは、一切の抵抗をしなかった。


 ……僕は、拳を振り抜くことが……出来なかった。


「……んで」


 ふと、言葉が溢れた。

 霧矢は、ぴくりと反応を示し。

 僕は、その場に崩れ落ちた。


「なんで、そんなことを言うんだよ……」


 気の知れた友達のようだった。

 兄のように思っていた。

 誰よりも長く、一緒の時を過ごした。

 多くを知った、2人で死にかけもした。

 その度に、肩を組んで乗り越えてきた。


 そんな、お前が……。

 どうして、そんなことを言うんだよ。


 なぁ、霧矢。


「…………っ」


 霧矢は、何か言いかけたように口を開く。

 だけど、すぐにその動揺は掻き消えて。

 彼の瞳に、暗い光が宿った。


「言いたいことは、それだけかい?」


 彼は拳を握り締める。


「俺はね、君の日常を壊したくないんだ」


 その言葉からは、限りなく本心に近いものを感じとった。

 僕は思わず反応し、肩を振るわせる。

 霧矢ハチは、どこまでも淡々と僕を見ていた。


「5つ数える。その間に、ノートを渡すかここで死ぬか選んで欲しい。答えが出なかったその時は……残念だけれど、ここで殺す」


 ノートは僕の『アイテムボックス』の中。

 次元技能で作ったものだ。

 僕が死ねば、中身は全てこの場に溢れる。


 霧矢ハチは、きっとなんだって知っている。


 分かってるんだ、そんなこと。

 この男が、どんな男かってことは。



 この僕が、他の誰より知っている。



「5……4……3」


 霧矢は数字を刻み始める。

 僕は大きく息を吐き、言葉を紡ぐ。



「なぁ、霧矢」



 呼び掛けに彼は応じず。

 カウントダウンは止まらない。


 やがて、その数字が1を刻み。

 霧矢の拳に、力が篭もる。


 確実に、殺すつもりのその拳。

 それを見上げて、僕は笑った。




「それでも僕は、お前を信じたい」




 その言葉を聞くと同時に、霧矢は大きく目を見開いた。

 彼は焦ったように飛び退る。

 そのコートは一部が灰となって消えてゆき、それを見た霧矢は初めて冷や汗を流した。


「おいおい……カイくん。六代目勇者と戦った時より、まだ強くなってないかい?」


 彼の言葉を受け、僕は立ち上がる。

 右手を振り払えば、周囲の草木が朽ち果てる。


 ――消滅技能、全力展開。


 既に手加減する気などなく。

 僕は、霧矢に真正面から視線をぶつける。


「悲しいと思うよ。辛いと思うよ。お前は僕の友達だ。……誰だって、友達にそんなことを言われたら傷つく。()()()()()()()()()

「…………なんだって?」


 霧矢は、目を細めた。

 その反応に、僕は更に確信を深めた。

 ……お前はいつだってそうだった。

 核心をつかれた時。

 お前はいつだって、怒るふりをした。


「お前の目的が……自殺することだってのは、疑ってないよ。事実そうなんだろうと思う。……だけど、()()()()()()()()()気がする」

「……困ったね。少し、一緒に居過ぎたのかなぁ?」


 全て、理由があるんだろ。


 お前が僕の殺害に躊躇いがないのは、冥府に行っても自力で生き延び、生き返ると知っているから。


 お前が『説得は無駄』と言っておきながら、無駄に言葉を重ねるのは……僕を説得したいから。


 それに、あれだ。

 僕の日常を守りたい。

 その言葉はきっと、本心だ。

 理由は知らん。

 だけどお前は……僕の道の先で、今の日常が崩壊すると知っているんだろう。


 お前はなんでも知っている。

 なら、今が壊れるのは本当なのかもしれない。



 だけどな、霧矢。


 分かってんだろ、お前も、僕を。



「……あぁ、知ってたさ。常軌を逸した努力の人。灰村解。()()()()()()()()()



 その言葉に、僕は笑った。

 僕は灰村解。

 いつだって、それ以上を求めてきた。

 生きることで必死な人生に、多くのことを求め続けて足掻いてきた。


 今回だって、その通りだ。


「……格上を自力で倒したことがない……か。それじゃあ霧矢。お前が最初の相手だな」

「……なんだって?」


 霧矢は目を細め、僕は拳を構える。


 僕はな、霧矢。


 負けるつもりは毛頭ない。

 死ぬつもりも毛頭ない。

 お前を殺す気も毛頭ない。

 自殺させるなんて絶対阻止する。

 加えて今の平和も維持する。

 日常は絶対に壊させない。


 その上で、過去の黒歴史は抹消する。


 それが、灰村解の高望み。

 それを叶えてこその、奇跡だろう。

 なら、僕がノートに望むのは『ソレ』だ。



「お前を倒す。でもって、お前の自殺以外、全部の願いを叶えてやるさ」



 お前は絶対に死なせない。

 大切な人だから。

 気心知れた友人だから。


 友人として、お前の自殺を蹴っ飛ばす。



「ざまぁみやがれ、てめぇの願いは叶わない」



 その言葉に、霧矢は静かに笑った。



「……本当に、性格の悪い子だね、君は」



 その瞳には、楽しげな光が宿っていた。


いずれ到る崩壊を知っている。

君の末路を知っている。

だからこそ、それを俺は阻止するよ。

自殺のついでに、あっさりと。

君の願いをぶっ壊す。


……その、つもりだったのに。


ねぇ、カイ君。

君ちょっと、諦めが悪いにも程があるよ。

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