特異世界クラウディア。
この世界の裏側に、ピッタリと張り付く鏡面世界。まぁ、言ってみれば一種の異世界のようなもの。
そこには異能が溢れている。
たくさんの不可思議が満ちている。
……と、されている。
「で、ホントにあるのか? そんな世界……」
「あるって言ってんでしょうが!」
僕の言葉に、六紗は叫んだ。
その日のうちに、僕らは全ての準備を整えた。
といっても、準備なんてのはとてもシンプル。
数日分の食料と、着替え。
それと、今ある黒歴史ノートの全て。
それをバッグに詰め込み、終了だ。
僕はバッグを背負い直し、近くの阿久津さんへと視線を向ける。
「移動手段としては……御仁の『次元』技能で穴を開け、私と勇者で穴の先を調整する」
「私と悪魔王は、1度向こう側から来ているわけだしね! 簡単な調整くらいなら朝飯前よ!」
2人はそう言って肩を並べる。
こうして、悪魔王と勇者が肩を並べて立っているだなんて、それこそ、特異世界クラウディアの人間が見たら卒倒するんじゃなかろうか?
そんなことを思いつつ……僕は、背後を振り返る。
「成志川。それじゃあ……僕のいない間、この世界は任せたぞ」
「……寂しくなるけど、同時に少しだけ嬉しいよ。君に頼って貰えているんだからね」
そう言って苦笑したのは、成志川景。
特異世界クラウディアに渡るには、相応の危険が付きまとう。
独り身ならまだしも……成志川にはエニグマ先生がいる。彼をそんな危険に連れ出す訳には行かない。
そもそも、万死の時だって……。
と、言い出したらキリがないのでやめておくが、今回、成志川には僕らの留守番をお願いすることにした。
「てめぇは、随分とまぁ主人公顔で活躍してくれたみたいだからな……。今回は出番無しだ。ざまぁみやがれ」
「うん。君たちが無事に帰ってきてくれさえすれば、僕はそれでいいからね」
……また爽やかなことを言いやがる。
これでイケメンだったらモテてモテて大変だったろう。まぁ、成志川は、せめて痩せてから出直してきて欲しいところだが。
そうこう考えていると、彼は僕へと近寄ってくる。
「それと、灰村くん。
そう言って、彼が差し出してきたもの。
それを見た瞬間、僕は大きく目を見開いた。
「……ッ!? お、お前……これって!」
「君と別れてから、二年間。何もすることがなかったわけじゃない。僕も僕なりに、色々と探し回ってみたんだ」
道理で【埋蔵場所】に行っても、何も見つけられなかったわけだ。
僕は、彼からそのアイテムを受け取る。
それは、漆黒色の宝玉だった。
「……まぁ、それは戦闘には一切役に立たないだろうし、一種のお守り代わりにして欲しいかな」
「知ってるよ。……僕が作ったんだからな」
そう言って、僕は宝玉を握って踵を返す。
僕の言葉に、成志川は少し驚いたようだったが、僕が手を振ると、嬉しそうに笑ってくれた。
「必ず帰ってくる。こっちは任せた」
「……うん、任されたよ」
僕は拳を握り、前を向く。
既に、クラウディアへ乗り込むメンバーは揃っていた。
悪魔王、阿久津真央。
六代目勇者、六紗優。
征服の獣、ポンタ。
死地の紅神、シオン・ライアー。
暴走列車、ナムダ・コルタナ。
深淵最強の守護者、深淵竜ボイド。
そして、僕、灰村解。
男性三名、女性四名。
過剰とも思える戦力で、僕らは異世界に殴り込む。
「御仁。特異世界クラウディアは、異能力者の巣窟だ。そこに生息する全ての生命体が異能を用いる。……純粋な強さで我らに匹敵するものこそ少ないが、その多様さは馬鹿には出来ん」
ポンタみたいな謎生物ですら異能を使えるんだからな。
それに、阿久津さんたちがその世界出身と言うのであれば、油断なんて出来ない。
いつ、3人と同格の化け物が出てくるかも分からないんだからな。
だから、馬鹿になんてしないさ。
ただ、このメンバーで負けるとも思わない。
「【次元】」
僕は、転移の渦を召喚する。
それを前に、阿久津さんと六紗が向き直る。
「……覚悟は出来ている、と見て良いな?」
「愚問でしょ。コイツがブルって足を踏み出せない、なんてこと。今までに1度としてあったかしら?」
六紗の言葉に、僕は苦笑した。
恐怖でブルったことはある。
けど、足を止めたことは1度もないな。
僕は次元の渦を真正面から見据える。
確かに怖いとは思うよ。
行きたくないとも思ってる。
けど、その先に過去焼却が待っているなら。
僕の願いが叶うというのなら。
「……願いのためなら、何を捨てたっていい」
そういう覚悟で、僕はここに立っている。
僕の言葉に、乗り込む面々は笑みを漏らす。
全員の視線を受けて、僕は、一歩渦へと近づいた。
――その、瞬間だった。
「さすがはカイ君だ。格好いいことを言う」
「――ッ!?」
あまりの光景に、体が硬直する。
その場にいた誰も、想像できなかったこと。
どこに繋げた訳でもない。
異世界行きへの調整だって出来てない。
この穴は、どこにも繋がってない。
にも関わらず。
その中には、
「ふ、ざけ……ッ!?」
まさか……っ、僕の【次元】が……!
それ以上の『界刻』の異能力で。
力ずくで、その使用権をぶんどられた!
そう理解した瞬間、怖気が走る。
今の僕は【
無限に等しい想力を取り戻している。
――そんな僕が、力技で敗北した。
その事実が表していた。
その相手が、どれほどの化け物かということを。
抗う間もなく、僕は渦の中へと引きずり込まれる。
「ちょ!? ま、待ちやがれ! おい!」
シオンが叫んだ声が聞こえた。
皆が僕へと手を伸ばす。
されどその手が届くことはなく。
気がつけば、僕は異世界に立っていた。
目を見開く。
空には太陽が二つ並んでいて。
青空の下に、僕は居た。
周囲へと視線をめぐらせる。
緑一色、草原の絨毯。
僕のすぐ後ろには森があって。
様々な動生物の、気配があった。
だけど……そんな、ことよりも。
僕は、目の前の男から、目を離せなかった。
「……な、なん……で、お前が!」
僕がこのタイミングで、1番会いたくなかった奴。
二年近く、同じ釜の飯を食った奴。
僕が誰よりも信頼してた奴。
……友達だって、思ってた奴。
「もう、分かってるだろ? この状況だ」
男は、そこに生きていた。
あの場所と何も変わらず。
黒いコートを風に揺らして。
目を細めて、嬉しそうに僕を見ていた。
その姿に、僕は苦痛に顔をゆがめた。
誰か……嘘だと言ってくれ。
なんで、どうして……。
どうして……最後の異能力者が、お前なんだよ。
「き、霧矢ハチ……ッ!」
僕の声に、彼は右手を構える。
その指先に炎が灯り。
全身の細胞が、死を叫んだ。
「お待たせカイ君。早速だが、死んでくれ」
炎が放たれ。
僕の体は、抗う間もなく飲み込まれた。
10人目の異能使い、霧矢ハチ。
世界最初にして、最強の逸常使い。
満を持して、表舞台へと登壇する。
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