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願うことは、とても自由だ。

人は何かを願い、願いのために立ち上がる。


されど、その願いを叶える時に。

必ず人は、何かを捨てる。

時間であれ、絆であれ、命であれ。


求めるものが大きいほどに。

捨てるものは、大切なものへと変わってゆく。



そして、その願いの果てを、少年はまだ知らない。

最終章【妄想クラウディア】
501『夢』

 夢を見ていた。

 何もいない、暗い空間に。

 僕は一人、佇んでいる。


『……さすがは灰村解。良い事を言う』


 その声は、どこからともなく聞こえてきた。


『自分を否定するということは、今までに培ってきた経験も、絆も、触れ合ってきた人も……。全てに【無駄】と叩きつけることに等しい』


 どこかで言ったような台詞だった。

 ただ、頭に靄がかかったように思い出せない。

 僕がそんなことを言ったのは、いつ、どこで……誰に対してだったろう?


 僕はぼんやりと暗がりを見つめていると。

 その中から、1人の少年が姿を見せた。


 暗く、その顔は分からない。

 ただ、足元だけが見えていた。



『ならば、貴様はどうか、灰村解』



 その言葉に、僕は顔を上げる。

 顔の見えない少年は、僕に対して問いかけていた。

 どこまでも純粋に、怒りすら浮かべて。

 詰問していた。


『お前の()()()()()()()()()()()、それに等しいことでは無いのか、灰村解』


 僕のしようとしていること。

 僕がなさんとしている奇跡。

 それだけは覚えていた。


 過去の改編、黒歴史の焼却。


 忘れることなんて出来やしない。

 灰村解の根底の部分。


「僕は――」


 声を発した。

 されど、それを少年の声がかき消した。



『それこそ貴様の言う【否定】ではないのか?』



 その言葉に、思考が止まる。

 そんな僕の頭を、少年は髪を掴んで持ち上げる。


『思考を止めるな。考えろと言ったのはどの口だ。貴様は考えなければならない。どれだけ苦しい選択でも……貴様が求めたその先に、何が待っているのかを』


 僕が求めた、その先。

 僕が求めた未来。

 黒歴史なんてものがなくて。

 僕が、幸せに生きているはずの未来。

 きっとそこには、みんながいて。


 みんな笑って、一緒に生きているんだ。


『ほんとうに?』


 声は問う。

 僕は少年の顔を見た。


 そして、大きく目を見開いた。




『お前は【黒歴史】がなければ、彼らとは出会っていなかったのに?』




「……ッ!」


 頭を金槌で殴られたような、衝撃だった。


 少年は僕の髪を強く掴んで、真っ赤な瞳で僕を見下ろす。

 その瞳には、ありありと伝えたいことが刻まれていた。



『黒歴史を消した先で、みんなと暮らす? そんな未来は有り得ない。頭を回せ、現実を見ろ。彼ら彼女らは、黒歴史の上に立つお前を見ているだけに過ぎない』



 その根底を喪って。

 灰村解ではなくなった、平凡な少年は。


 きっと……異能力者の目には映らない。



「ぼ、くは……」



 頬を涙が伝った。


 その瞬間、僕は理解したんだ。



『黒歴史を消すことが、何を意味するのか』



 僕は、彼ら彼女らと別れなければならない。


 過去を改変するということは。


 きっと、そういうことを意味しているんだ。




 ☆☆☆




「おいカイ! 朝だぜ起きやがれ!」

「ふがっ」


 朝。

 僕はシオンに叩き起された。


 退院から、まだ数日。

 しばらくは安静にしていてくださいね、というお医者さんの話を完全無視。

 意気揚々と特異世界へ渡るための準備をしていた僕は、ついついうっかり徹夜してしまった。


 でもって、これである。


「少しは寝かせてくれよ……」

「嫌だぜ!」


 元気よく否定するシオン。

 彼女のうるさい声に耳を塞ぎ、頭から布団を被る。が、布団の外側から強烈な力が加わって、僕の被っていた毛布は剥ぎ取られてしまう。

 朝日が目に飛び込んで、顔を顰める。


 シオンは高笑いしながら僕を見て……ふと、彼女は僕の顔に視線を止めた。


「……おい、カイ。てめぇ……()()()()()()()()?」

「………………は?」


 何を言ってるんだ、コイツ。

 僕はそう思って顔に手を当てると……本当だ、頬を涙が伝ってる。

 なんで僕は泣いているんだろう。

 なにか、大切な夢を見ていた気がする。

 忘れちゃいけないこと。

 命よりも大切なこと。


 なのに、目が覚めた瞬間。

 あっさりと、大切なことは頭の中から抜け落ちていった。


「なにを……僕は」


 僕は、何に気付いたのか。

 両手へと視線を下ろすが、何も思い出せない。

 僕はとりあえず涙を拭くと、僕をじっとみていたシオンが手を打った。


「なるほど! 寂しかったんだな! 仕方ねぇやつだ! 今晩からはオレ様が一緒に寝てやるぜ!」

「いやそれはちょっと」

「なんでだ!!」


 シオンが憤慨する中、僕はベッドから立ち上がる。


 彼女がいつもみたいに騒いでいること。

 毎日の騒がしさが、いつも通り訪れること。


 この日常が、続いていること。



 ……なんでだろうな。


 僕は、不思議とそれに感謝していた。



終わりが見えて、初めて輝く光景がある。

その日常は……彼が願いを掲げる限り、いつか壊れるものだった。

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