願うことは、とても自由だ。
人は何かを願い、願いのために立ち上がる。
されど、その願いを叶える時に。
必ず人は、何かを捨てる。
時間であれ、絆であれ、命であれ。
求めるものが大きいほどに。
捨てるものは、大切なものへと変わってゆく。
そして、その願いの果てを、少年はまだ知らない。
夢を見ていた。
何もいない、暗い空間に。
僕は一人、佇んでいる。
『……さすがは灰村解。良い事を言う』
その声は、どこからともなく聞こえてきた。
『自分を否定するということは、今までに培ってきた経験も、絆も、触れ合ってきた人も……。全てに【無駄】と叩きつけることに等しい』
どこかで言ったような台詞だった。
ただ、頭に靄がかかったように思い出せない。
僕がそんなことを言ったのは、いつ、どこで……誰に対してだったろう?
僕はぼんやりと暗がりを見つめていると。
その中から、1人の少年が姿を見せた。
暗く、その顔は分からない。
ただ、足元だけが見えていた。
『ならば、貴様はどうか、灰村解』
その言葉に、僕は顔を上げる。
顔の見えない少年は、僕に対して問いかけていた。
どこまでも純粋に、怒りすら浮かべて。
詰問していた。
『お前の
僕のしようとしていること。
僕がなさんとしている奇跡。
それだけは覚えていた。
過去の改編、黒歴史の焼却。
忘れることなんて出来やしない。
灰村解の根底の部分。
「僕は――」
声を発した。
されど、それを少年の声がかき消した。
『それこそ貴様の言う【否定】ではないのか?』
その言葉に、思考が止まる。
そんな僕の頭を、少年は髪を掴んで持ち上げる。
『思考を止めるな。考えろと言ったのはどの口だ。貴様は考えなければならない。どれだけ苦しい選択でも……貴様が求めたその先に、何が待っているのかを』
僕が求めた、その先。
僕が求めた未来。
黒歴史なんてものがなくて。
僕が、幸せに生きているはずの未来。
きっとそこには、みんながいて。
みんな笑って、一緒に生きているんだ。
『ほんとうに?』
声は問う。
僕は少年の顔を見た。
そして、大きく目を見開いた。
『お前は【黒歴史】がなければ、彼らとは出会っていなかったのに?』
「……ッ!」
頭を金槌で殴られたような、衝撃だった。
少年は僕の髪を強く掴んで、真っ赤な瞳で僕を見下ろす。
その瞳には、ありありと伝えたいことが刻まれていた。
『黒歴史を消した先で、みんなと暮らす? そんな未来は有り得ない。頭を回せ、現実を見ろ。彼ら彼女らは、黒歴史の上に立つお前を見ているだけに過ぎない』
その根底を喪って。
灰村解ではなくなった、平凡な少年は。
きっと……異能力者の目には映らない。
「ぼ、くは……」
頬を涙が伝った。
その瞬間、僕は理解したんだ。
『黒歴史を消すことが、何を意味するのか』
僕は、彼ら彼女らと別れなければならない。
過去を改変するということは。
きっと、そういうことを意味しているんだ。
☆☆☆
「おいカイ! 朝だぜ起きやがれ!」
「ふがっ」
朝。
僕はシオンに叩き起された。
退院から、まだ数日。
しばらくは安静にしていてくださいね、というお医者さんの話を完全無視。
意気揚々と特異世界へ渡るための準備をしていた僕は、ついついうっかり徹夜してしまった。
でもって、これである。
「少しは寝かせてくれよ……」
「嫌だぜ!」
元気よく否定するシオン。
彼女のうるさい声に耳を塞ぎ、頭から布団を被る。が、布団の外側から強烈な力が加わって、僕の被っていた毛布は剥ぎ取られてしまう。
朝日が目に飛び込んで、顔を顰める。
シオンは高笑いしながら僕を見て……ふと、彼女は僕の顔に視線を止めた。
「……おい、カイ。てめぇ……
「………………は?」
何を言ってるんだ、コイツ。
僕はそう思って顔に手を当てると……本当だ、頬を涙が伝ってる。
なんで僕は泣いているんだろう。
なにか、大切な夢を見ていた気がする。
忘れちゃいけないこと。
命よりも大切なこと。
なのに、目が覚めた瞬間。
あっさりと、大切なことは頭の中から抜け落ちていった。
「なにを……僕は」
僕は、何に気付いたのか。
両手へと視線を下ろすが、何も思い出せない。
僕はとりあえず涙を拭くと、僕をじっとみていたシオンが手を打った。
「なるほど! 寂しかったんだな! 仕方ねぇやつだ! 今晩からはオレ様が一緒に寝てやるぜ!」
「いやそれはちょっと」
「なんでだ!!」
シオンが憤慨する中、僕はベッドから立ち上がる。
彼女がいつもみたいに騒いでいること。
毎日の騒がしさが、いつも通り訪れること。
この日常が、続いていること。
……なんでだろうな。
僕は、不思議とそれに感謝していた。
終わりが見えて、初めて輝く光景がある。
その日常は……彼が願いを掲げる限り、いつか壊れるものだった。
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