鮮やか万死を前にして。
シオンは一瞬、その男が誰だか分からなかった。
興味のないものは直ぐに忘れる。
シオンのそんな性格が、悪い方向に出てしまった。
だから、咄嗟の攻撃に反応が遅れて。
その瞬間を、鮮やか万死は見逃さなかった。
「取った――ッ!」
骨を硬質化させ、鋭い手刀を薙ぎ払う。
それは、一直線にシオンの首へと向かってゆき、その光景に万死は笑顔を深めた。
その、直後――。
「あ? そーいやお前、あの時のアイツか!」
思い出したような声とともに。
万死の顔面へと、シオンのカウンターが叩き込まれた。
鮮やか万死は凄まじい勢いで跳ね返されて、地面や壁に何度も跳ねながら飛ばされてゆく。
その首はおかしな方向へと捻れていたが、それは万死にとって即死とはなり得ぬ軽傷。
彼は勢いを殺して立ち上がると、首を回転させて元の状態へと無理やりに戻す。
すぐに癒着が始まり、1秒後には元通りの鮮やか万死が立っていた。
だが。
「……っ、僕を、見切った、だって?」
万死の中に、ひと握りの冷静さが戻った。
相対するのは赤髪の少女。
S級異能力者、シオン・ライアー。
かつて、なんの抵抗もなく鮮やか万死に殺された張本人。
(あの時のこの女は……圧倒的な弱者だったはず)
物の怪の寿命からすれば、ほんの瞬くような僅かな期間しか経っていない。
にも関わらず、冷静さを取り戻した万死から見て……その少女は【強敵】に映った。
「てめぇだな? カイの野郎が珍しく怒ってたのは! そりゃそうだぜ、なんたって、このオレ様、親分をぶっ殺した野郎だからな!」
「ほ、本当にそういう理由なのだろうか……」
「うるせぇう○こたれ! てめぇは黙ってやがれ!」
地面に転がる、う○こたれ侍。
もとい、灰燼の侍は苦笑しつつ、鮮やか万死へと視線を向ける。
対して、その視線を受けた万死は笑みを浮かべた。
そうだ、あの駒を使って強襲すれば。
前後から同時に迫れば、確実に殺せる。
たとえ、想力を使いすぎてあの侍が死んだとしても、喰らうのにわざわざ殺さなくて済むだけだ。無駄な労力が省ける。
まさに一石二鳥。
鮮やか万死は笑顔で口を開いて。
「……言っておくが、もう、お前には協力しない」
その言葉に、万死の笑顔は固まった。
「…………はぁ?」
「聞いたよ。あの時、あの瞬間……僕は確実に父さんに殺されたと思った。だけど殺したのは僕だった。……そこに違和感がなかったか、と聞かれれば首を横に振るよ」
その瞳を見て。万死は察した。
あぁ、この駒はもう使えない。
余計な悪知恵を吹き込まれたようだ。
万死の額に青筋が浮かぶ。
ならば、その悪知恵をこの侍に叩き込んだのはどこのどいつだ。
目の前の赤髪か?
いいや、違う。
「……灰村解。君は……どこまで僕をイラつかせるのかなぁ」
万死はその顔に憎悪を浮かべ。
それを見て、灰燼の侍は告げた。
「父さんはお前を殺せと言った。なら、今度こそ……父さんの意志を守ってみるさ」
「だ、そうだぜ! クソッタレ野郎!」
そう叫び、シオンの全身から銃火器が生まれ落ちる。
それらは無数の弾丸を撃ち放つ。
まるで、弾丸の津波。
超高密度の弾幕は一直線に万死へと迫り、それを前に、彼は目を細めた。
「うん、それが遺言でいいんだね」
かくして、彼の体から血の蒸気が溢れ出す。
灰村解の『異常稼働』と似て非なる力。
それを前に、攻めているはずのシオンは大きく目を見開いて。
万死は、その技を解禁する。
――その、刹那のこと。
「……ッ!?」
万死は、弾かれたように上空を見上げる。
直感に従ってその場を跳ねれば、直前まで彼のいた場所へと巨大な存在が降りてくる。
全身から吹き上がる蒸気。
マグマのように揺れ動く血液。
脈動する肉体。
その姿……他でもない鮮やか万死は、痛くなるほどに知っていた。
「……ッ、暴走列車、ナムダ・コルタナ……!」
【GOOOOOOOOOAAAAAAAAAA!!】
咆哮が大気を揺らす。
周囲の建物が咆哮だけで歪む中、鮮やか万死は本能的に理解した。
灰村解のことだ、暴走列車という切り札は最後の最後まで取っておくはず。
それが、この局面で現れた。
……と、いうことは。
「……ここで、僕を殺す気か」
込み上げてくるのは憎悪。
本当に……人の身でこの『死骨の王』を殺そうとしていることに、哀れみ通り越して憎悪を抱く。
馬鹿じゃないのか。
勝てる見込みなんてどこにもないと言うのに。
本当に、腹立たしい。
こんな程度で勝てると思っているその脳味噌に。
こんな程度で……危険を感じている、自分自身の情けなさに。
「……ッ」
それは、理知よりも先に本能で察した危機。
ここに居続ければ、まずいことになる。
そう理解した瞬間、鮮やか万死はシオンたちに背を向けて逃げ出していた。
「……! ま、待ちやがれこの野郎!」
背後からシオンの叫び声と、暴走列車の咆哮が聞こえてくる中。
鮮やか万死の歩みに、一切の迷いはなかった。
それは、格下相手に逃げることで傷つくプライドを、死ぬかもしれないという恐怖が上回った瞬間だった。
「僕はまだ……死にたくないッ!」
死なないためになら、なんだってやる。
格下相手にだってしっぽを巻いて逃げ出してやる。
その覚悟は、シオンやナムダが唯一想定していなかったものだった。
鮮やか万死は、強敵だ。
おそらく格上であろうと、二人は共に考えていた。にも関わらず……まさか、拳をまじえることも無く逃げ出すだなんて夢にも思わない。
「ちくしょうが! 速ぇな、クソが!」
あまりの速度にシオンが叫ぶ。
ナムダは大地を踏みしめ、一気に加速。
瞬く間に万死へと追いついたが、攻撃が触れる直前で回避され、さらなる裏路地の奥へと逃げ込まれてゆく。
「あはははは! やっぱり、僕はこんなところで死ぬ男じゃない! 鮮やか万死は終わらない! いつまでもそうさ!」
裏路地の奥を駆け、万死は叫ぶ。
自分は死なない、自分こそが最強である。
強迫観念とも呼べる自覚に、類まれなる『生き残る力』。それらが、万死の身体能力を向上させ始めていた。
精神力が身体に影響するのは、よくある話。
それが万死を、さらなる強さへと導いてゆく。
だが、万死が生き残ることに必死なように。
万死を殺すために、託された者もいる。
「【
瞬間、感じ取ったのは違和感だった。
体に力が入らない。
代わりに、今まで不得意としていた防御面で、力が膨れ上がるのを感じた。
「――ッ」
咄嗟に察する、猛烈な殺意。
姿は見えず、気配も感じず。
それでも察した隠しきれぬ殺意。
万死は咄嗟に顔面への防御を回し。
「【
その無防備な腹を、凶悪無比な拳が穿つ。
体内で、彼の本体たる骨が凄まじい勢いで砕けてゆく。
あまりの激痛に悲鳴をあげながら、万死は
衝撃があった。
強烈な威力があった。
にも関わらず、殴られた体はほとんど動いていない。
それはひとえに、全ての威力を1点に集中されたが故のものだった。
「ぐ、ぎっ、き、さまぁ……!!」
「ようやく追いついた。が……あまり、援軍は要らなかったと見えるな」
背後を振り返れば、ナムダとシオンが立っている。
前には、その二人をして『崩せない』鉄壁が、牙を剥いて立ち塞がる。
――死。
万死の瞳にその情景が浮かぶ。
「奥の手も、必殺技も、使う暇も与えない。お前は何もできずに死ぬだけさ、万死」
自分は死ぬ。ここで死ぬかもしれない。
思い切り歯を食いしばり、彼はその感情を排除するべく目を閉ざす。
だが、次第にその感情は……恐怖は、膨れ上がってくるばかり。
「こ、この! この……人間風情が!」
「その『風情』に殺される。なぁ万死、今、どんな気持ちだ?」
阿久津の声がひびき、万死は大地を蹴った。
それは、前でも後ろでもなく、上空へと向けた跳躍。
あまりの速度に三人は目を見開き、万死は眼前の希望へと手を伸ばす。
「死にたくない、死にたくない!!」
こんな所で死にたくない!
その気持ちだけが視界を埋め尽くす。
文字1色に塗り潰された、黒々しい視界の中。
……ふと、万死は人影を幻視した。
その男は、自分に背を向けて立っている。
万死は目を見開いて、男へと手を伸ばす。
後ろ姿だけで分かった。
忌々しく、憎たらしいその男。
彼は万死を振り返る。
それは、あくまでも万死が垣間見た幻視。
にも関わらず……否、だからこそ、なのかもしれない。
その少年は、満面の笑顔で『らしい』ことを口にした。
『下らねぇ死に様だな、ざまぁみやがれ』
ドクンッ、と、心臓が強く脈打った。
口から鮮血が溢れ出す。
激痛が身体中につきぬけて。
それが【毒】であると理解した瞬間、彼の身体中を強烈な憎悪が貫いた。
「灰村……ッ、解ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
貴様はどこまで邪魔をする!
なんという性格の悪さッ!
鮮やか万死は、生まれて初めて思考した。
それもそのはず。
灰村解が、鮮やか万死へと調合した毒。
それは、致死率ゼロの劇毒だった。
時に痛みの種類を変えて、時に痛みの強度を変えて。
相手を永遠に苦しめるためだけに作られた毒だ。
そしてその毒は。
灰村解へと膨れ上がる憎悪。
されど、その憎悪も、死への恐怖が塗りつぶした。
死にたくない。
こんなところで。
まだまだ僕は、生きていたい。
もっと人を殺すんだ。
たくさんの絶望を味わうんだ。
いっぱいの憎悪に浸るんだ。
こんなところで、僕は――っ
「死にたく、ないなぁ……」
堕ちてゆく。
どこまでも、沈んでゆく。
その果ては冥府か地獄か、煉獄か。
鮮やか万死は、死の間際。
自分の足を引きずり下ろす、無数の亡者を垣間見た。
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